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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
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脅迫消去

 こぼれているのと同じ赤茶色のマニキュアが塗られていたが、人差し指と中指だけに白いバラの絵が描いてあった。


「器用だな」


 被害者が自分で塗ったのだろうか。

 三枝は頷きながら、被害者の手を見た。

 足はもう塗ってあったのだ、途中なのは手の方だろう。


(左手が途中……だったのかな)


 美しく整えられた爪に不似合いな白の点と線が、事件の状況を予想させた。

 そこから被害者の着ているワンピースに目を移すと、白いペンキが跳ねたような汚れが点々とついている。

 汚れを辿っていくと、腰とソファの間にキャップの空いた白いマニキュアの小瓶があった。


「手は、これからだったみたいですね」


 三枝の言葉に紗川は黙って頷いた。


「妻は……薔薇が好きでした」


 こちらの会話を聞いていたのだろう、岸が声をかけてきた。

 三枝はここにくるまでに目に入った小物を頭に思い浮かべた。玄関に入ったところにも廊下にも、商品ではないかと思う小物がたくさんあった。


「薔薇に……あと、天使と犬も好きですよね」

「そうだよ、よく分かったね」

「あちこちに天使と犬の小物がありましたから……あ、犬は飼ってないんですか?」


 三枝の問いかけに、岸は首を振る。


「犬は商品をダメにしてしまうからね。飼えなかったんだよ」


 商売の都合と言われると納得してしまう。三枝の家も同じ理由で猫が飼えない。


(幼稚園の頃はそれが納得できなくて、親と喧嘩したっけ……)


 三枝が共感しながら深く頷いている間に、紗川は再び席についていた。


「ところで岸さん」

「なんでしょう?」

「遺体がある以上、遠慮はなしでお伺いしたい。奥様について、詳細をお話しください。詳しいことは奥様に会ってから、ということでしたね」


 紗川の声に苛立ちを感じたのは気のせいだろうか。三枝は顔を上げた。


「奥様が殺されるかもしれないとあなたは恐れていました。ですが、その理由を少しも話してくださっていない。岸さん……なぜ、奥様は殺されると思ったのですか?」

「妻に会っていただき、直接お話をと思っていたんです」


 岸はまだ動揺しているのか、噛み合っていない。

 今度こそ紗川は苛立っているのではないかと横顔を盗み見たが、その気配はなかった。


「こういう形で奥様にお会いすることになってしまい、非常に残念です」

「そうですよね……申し訳ない」


 紗川に謝ることは少しもないのに、と遺体の首に巻きついたスカーフを見て思った。

 そのスカーフこそが凶器だったのだろう。

 岸は低い声でゆっくりと語りだした。


「一年ほど前から、妻がインターネットで通信販売を始めたのは言いましたよね?」

「最初はうまくいかなかったそうですが、最近は軌道に乗っていたようですね」

「軌道に……そうですね。安定して売れるようになりました。最初の頃は全く反応がなく……毎月赤字が続いていて、私の給料でどうにかもたせていたんです」

「何がきっかけで変わったのでしょうか」

「宣伝のためにと、大手サイトのネットオークションを使った時だと思います。ネットオークションを見る人があんなにもいるとは思っていませんでした」

「宣伝が功を奏したと喜ぶだけでは済まなかった?」

「もともと、仕入れたアクセサリーや小物を実際に身に付けて、見ている人がイメージしやすくしていました。ところが、商品以上にモデルに興味を持たれてしまったんです」

「モデル……つまり、奥様に興味を持つ輩が出てきたというわけですね。しかし店主の魅力で商売が成り立っている店は少なくありません。うちの事務所の近くのガソリンスタンドが他より多少高くても人が入っているのはそう言う理由だと思いますよ」

「よく見てくれるって言ってましたっけね。私はエンジンオイルを売りつけられそうになりましたが――妻は昔、モデルをしていました」


 被害者は元モデルだったと言われ、三枝は思わず頷いてしまった。


「だからだと思います。魅せ方、と言うのをよく分かっていたと思うんですよ。夫の私が驚くほど美しい写真がいくつもありました」

「自身がモデルとなって、商品を販売するのは珍しいことではありませんよ」

「ですがね、商品より妻自身の紹介が増えるのはどうなんでしょうかね。商品レビューは、商品の感想よりも妻自身に向けた言葉が連なっています。常連と思われる書き込みも多数です」


 三枝は、チャリティーなどで著名人が私物を販売する様子を思い出していた。その商品そのものではなく、「誰が使っていたか」に価値があるものもある。

 綺麗な爪、華やかな髪色、スタイルもいい。


(すごく綺麗な人だったんだろうなあ)


 三枝は、誰にも気づかれぬように、ひっそりとため息をついた。


「とても美しい方ですから、熱狂的なファンがついてもおかしくはありませんね。ーーそれはいつごろからです?」

「気づいたときにはもうそういう状態でした」

「気づいたきっかけは何でしたか?」

「同僚から『こんなことを許していていいのか』と言われたんです。初めは何のことかわかりませんでした」

「ホームページを見て初めて知ったのですね?」

「私の給料から補填しなくても回せるようになって良かったと思っていたのに……今から思えばちゃんと見ておけばよかったんです。そうしたらこんなことには……」

「同僚の方の言う『こんなこと』とは、何を指していたんでしょうか」

「写真、動画……ほとんど全てです。中にはかなりきわどいところまで写っているものもありました。ランプを売るのに入浴しながら写真を撮る必要がどこにあるんです。防水性もしっかりと書いていましたが、そんなのは水をかけるだけでいいだけじゃないですか」


 三枝はタブレットで件のホームページを開いた。

 ヘッダーは美しい女性が薔薇の花の花束に顔を寄せている写真だった。その写真は被害者だと分かったが、本物よりもずっと若々しく見える。

 新商品のページをタップすると、泡風呂に浸る被害者がうっとりした表情でランプを見つめている。

 商品説明には、実験をしたところ高い防水性が確認できました。と書いてあった。

 これは広告というより、グラビア写真のようだ。

 会話の邪魔にならないように気をつけながら、横からそのページを紗川に見せる。

 成る程、と紗川は頷いた。


「夫としては、心穏やかではいらないでしょうね」

「穏やかではいられないどころではありません。購入者は妻が実際に身につけた商品を……妻を口説いている男たちが買っていたんですから」


 岸はギリッと奥歯を噛締めている様だった。


「奥さんにそのことは……」

「もちろん注意しなければど思っていました。通信販売をする以上、店舗の住所は知られているし、少し調べれば、店舗と自宅が同じことも分かってしまう」

「確かに危険です。だから岸さんは、注意をしなければと思っていたわけですね?」

「本人に危機感が全くないのが問題でした」

「それなのに、貴方は奥様に何も言っていなかったのですか」


 それは怠慢ではないだろうか。

 だが岸は激しく首を振った。


「言うつもりでした。ですが決意した矢先に、わたしに脅迫のメールが来たのです」

「脅迫?」

「妻と別れなければ殺す。といった内容でした」


証拠の保存は大切です。

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