《第7話》勢いってなに? 〜オーナーの思惑②〜
「誘われてよかったのかな……」
こんなに悩むくらいなら断ればいいのかもしれない。
こんなに悩むことも久しぶりな気がする。
お客が少ないからか!
忙しければ悩む時間もないだろう。
だが、こんな日もある。
悩むおかげで無心にガス台を磨いてみたが、思いの外捗ったし、良しとしよう。
こういう時は掃除に限るのだ。
夢中で何かをする時間は大切であり、何よりも、結果、綺麗になる!
何て素晴らしいことだろう!
が、
ひとつため息が落ちる。
きっと友達にこの悩みを言ったら、
『あんた、バカァ?』アスカ並みに罵倒されるだろう。
『あんなイケメンに誘われといて、行かないのなんてありえない!』
そう言うに違いない。
スリムな彼は180㎝は超えているだろうか。
切れ長の目に、薄い色が入った眼鏡が年齢より落ち着きと貫禄、さらに厳しさも見せるが、何より、料理を頬張ったときの驚いた表情と、美味しそうに微笑む彼の顔は、本当に素敵なのだ。
それにあの料理を置いた時の彼の表情!
これは私だけの特権であるのだが、香りが届いて、さらに料理の熱が頬を掠る。
今まで無表情より険しいとうほうが的確な気がする。それほどに固く結ばれた表情が、湯気で一気にほぐれるのだ。
木漏れ日に身体を預け、ゆったりとワインを楽しむような、そんな光景が浮かび上がってくる。
だから、彼が食事をする光景は誰にも見せたくないので、奥の席に背を向けて座るように仕向けている。
それでもちらりと覗く横顔や身なりのよさ、仕草のスマートさに見惚れる女性は少なくない。
いつか友人に話したっけ。
手を持って皿と料理の場所を教えてあげるんだ、と。
『なにそのセクハラ!! 私に替わりなさいよ!』
怒鳴られたなぁ……
一度友人が来店した時に彼も来店していて、彼女の琴線に触れたらしい。
いや、女性なら、どれかの琴線には触れるんじゃないだろうか。
だいたい三井も漢らしい雰囲気で女性慣れしてそうな物腰と気遣いがあり、華麗なエスコートを期待できるだろう。そんなふたりで来ている時など、女性客の目の色が変わるのがわかる。どうにかお近づきになりたいそうだ。
実際、どこで働いてるのか、名前はなんていうのか、そんなことはしょっちゅう聞かれている。
そしてそんな彼らと楽しく会話できているのも羨ましいらしい。たまに嫌味も聞こえてくるがそんな人は来なければいい。
お客が減るのは困るんだけどね!
だけど、
そんな人に食事を誘われるなんて、有り得ない。
だけど、
そんな人の食事に行かないかだなんて損するよ、損!
私の悪魔か天使かわからない分身が交互に言ってくる。
もし断ろうかなんて友人に言ったら、私が替わりに行くとかいってきかないだろうしな……
って、何が怖いって、
急に目が見えるようになって、
『なんだこのブサイク!』
って言われたら、どうしたらいいんだろう。
そんなこと、ありえないって巧くんは言っていたけど、奇跡は急に起こるから、奇跡という。
私は、そんな悲劇の奇跡を信じる。
何故なら、私の悲劇の奇跡は起こったんだから──
接客業ができてる時点で、陽キャだと私は思うの。
羨ましいよオーナー。
ちなみに私は隠キャ。パソコンと一緒に自室にこもるタイプ。
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