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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第31話》お・も・て・な・し!【後編】

デザートに魔法のケーキが出てきます。


⭐︎ケーキの内容を濃くしました

 食事も程々楽しみ、さて、デザートということで自分のケーキの出番である。

 一切れ削ってみればよかった。

 そう、連藤は目が見えない。

 丸の形が歪でも気づかれはしないだろう。


 自分が切ると言ったものの、自信がない───


「莉子さん、今日のケーキは?」


 連藤は待ちきれないのか、カウンターの前でそわそわしながら待っている。


「魔法のケーキって知ってる?」


「魔法のケーキ……?

 全く知らない」


 莉子はどこから切ろうか悩みながら、ナイフを入れた。


「フランスで流行ったっていうケーキなんだけど、

 一番上がスポンジ、次がカスタードクリーム、下が焼きプリンのような三層になったケーキのことなんだ」


 材料は、卵、砂糖、バター、小麦粉、牛乳。

 これだけである。

 そして、とにかく順番に混ぜる。混ぜる。混ぜる!

 まず牛乳を冷蔵庫から出して、常温にしておく。これは絶対しなければいけないこと。

 次に、卵は卵黄と卵白に分け、卵白は冷蔵庫に入れてメレンゲを作るまで冷やし続けておく。

 砂糖はグラニュー糖を。小麦粉はスーパーバイオレットがいいとはいうが、ようはタンパク質の量が多いか少ないかの話だ。少ない方がふっくら仕上がるのである。実は黄金天ぷら粉も十分その役割を果たすので、自分のキッチンには黄金をまとめ買いで終わらせている。


 まずは卵黄と砂糖を白くなるまで混ぜ続け、もったりとするまで努力する。

 そこに溶かしバターを何回かに分け混ぜ込むと、バニラエッセンスを少々、ふるった小麦粉を加え、またひたすら混ぜる。

 このケーキのいいところは混ぜすぎ、ということがないというところ!

 きれいに混ざったら常温の牛乳を少しずつ加え、溶かし伸ばしていく。

 そのあとメレンゲをツノが立つほど泡立て、さきほどの液の中に一度に加えて、ホイッパーでざっくり混ぜ合わせる。ここは混ぜすぎちゃダメなポイント。

 ほんとうにざっくり、さっくり、上にメレンゲが浮くので間違いなし。

 この浮いたメレンゲ部分がスポンジ部分になるのです。


 あとは、型に流して焼くだけ。


 焼くコツは低温でじっくり焼くこと。

 天板にお湯を流す方法もあるし、このあたりは自宅のオーブンの機嫌によるのかも。

 だいたい150℃ぐらいで50分ぐらい焼くことが多いけど、私のオーブンなら140℃で50分が一つの目安。

 出来上がったら常温で3時間ぐらい休ませて、冷蔵庫でよく冷やしてから、切り分けること。


 さて、今回で5回目のケーキ。

 成功しているかな……?


 莉子は丁寧に十字に刃を入れ、さらにもう一つ間に刃を入れる。

 8カットにするつもりだ。

 恐る恐るひと切れを皿に乗せて見る。


「お!

 三層になってる!

 ちょっとクリームの層、少ないかもだけど」


「楽しみだな。

 ちょうどカヴァもあるんだ。

 それと一緒にいただこうか」


 連藤は冷蔵庫からスパークリングワインのカヴァを取り出し、グラスを準備する。

 先ほど使っていた赤ワインのボトルはすでに空のため、それと交換とした。


「リビングの方にソファがある。

 そこで飲まないか?」


 莉子は返事を返し、皿とフォークをトレイ乗せて持っていく。

 連藤も器用にグラスを片手に2個持つと、もう一つにワインクーラーを掴み移動した。

 本革のローソファだ。

 座面が大きいのがローソファのメリットだろうか。


「珍しいね、ローソファなんて」


「そうか?

 ここで寝転んでJAZZを聴くのが良いんだ」


 確かに毛足の長いブランケットと柔らかめのクッションが揃っている。


「このローソファは床に座っても、背もたれがちょうど良いんだ」


 連藤はローソファの上にワインクーラーを置き、手招きする。

 床に直置きで座ろうということだ。

 彼女はトレイごと置き、連藤の左横に腰をかけた。

 確かにちょうど良い背もたれ具合だ。

 絨毯も低反発だろうか。クッション性が高くお尻が痛くないし、また毛足が長く触り心地もいい。

 グラスだけは背の低いテーブルに置き、早速と連藤はケーキを頬張った。


「これはすごい。

 一口で含むと、プリンの上にスポンジとクリームが乗っているような、そんな食感だな。

 これは贅沢だ」


 莉子は笑顔で口に運ぶ連藤に安心しながら、自分も食べてみた。

 意外と重量感よし、甘さは控えめながら、食感が面白い。

 そして何より、カヴァに合う。


「すっきりのカヴァとまったりのケーキ、合いますね」


「とはいっても、何切れも食べられないけどな」


「そうですね」


 連藤が好きだというJAZZがいつの間にか流れていた。

 どうも昔のJAZZのようだ。JAZZにも種類が多様にあるが、黒人歌手の声が聞こえる懐かしいJAZZである。連藤らしいといえば、そうかもしれない。


「莉子さん、最近、思い出したことがあるんだ」


 ケーキを流し込むと、連藤は遠くを見ながら話し始めた。

 記憶の映像を見ているようだ。


「どんなことですか?」


「目が見えなくなる前は、よくここの近所の公園をランニングしていたんだ。

 早朝と夜中、どちらも走りこんでた。

 莉子さんもわかるかな?

 朝の散歩とか、ランニングしている人同士、挨拶したりするんだ。

 早朝だけど、自転車で通る人も多くてね。

 そういう人も挨拶しあったりしたんだ。

 その中でもとりわけ元気な人がいてね。

 いつも自転車で走り去りながら挨拶をしてくれるんだ。

 俺はどうしても会いたくて、いつも時間をずらさないように気をつけていたぐらいだ。

 彼女は俺にとっていつの間にか心の支えになっていたんだ。

 一目惚れというやつかもしれないな。 


 確かその日は日曜日だったと思う。

 少し遅く出発して走り始めたんだ。

 今日は会えないな、何て思いながら走りはじめた。

 俺はいつも休憩するポイントがあって、

 そこにいつもはいない先客がいたんだ。

 その人は一人でサンドイッチとスープポットを持って座っていた」


 空いたグラスにカヴァを注ぎながら、なんでこんな話をするんだろうと目が細くなってくる。

 別に連藤さんの過去の恋愛には興味はない。


「またその先客はいつものように挨拶してきたんだ。

『いつもここで休憩ですか?

 朝食食べてなかったらどうですか?』

 そんなこと言うんだよ」


 気がきく子だな。

 一目惚れの相手だもの、そのぐらいのことはする人かもね。

 そんなことを思いつつ、ケーキを突く。


「昨日の余りだというサンドイッチは、生ハムとレアチーズのサンドイッチでね。

 スープポットにはビーフシチューが入っていた」


 すごいもの残り物にしてるんだな……

 彼女の目は、もう少し細くなってきている。


「それがとっても美味しかった。

 独り身の自分は料理が得意とはしていたが、

 それほど美味しいものをこんなに気軽な雰囲気で食べられるとは思っていなかった。

 ましてや若い子だったしね。

 料理ができるなんて思いもしなかったし。

 それに近くで話したときにやっぱり思ったんだ。

 笑顔が明るくて、元気で、小柄で華奢で、

 本当に可愛らしい子だった」


 若けりゃ可愛いよな。

 もうまぶたとまぶたがくっつく寸前である。


「その子は言ったんだ。

『そこのカフェ「R」でオーナーしてます。

 遊びに来てください。

 今日はサボりで店閉じてるけど』

 ってね」


 かっぴらく、という表現はこういうときに使うのだろう。

 眠気なんざ今までなかったかのように、頭が回り始める。

 そんなことあったっけ?

 そんなことしたっけかな?



 ────何にも覚えてない!



「え?

 ……え?

 私、過去に会ってたの?

 覚えてないでしょ?

 ね、連藤さん、

 私の顔なんか覚えてないでしょ?」


 連藤の肩を掴み揺するが、


「しっかり思い出してしまった」


 明るい口調で吐き出された言葉は、激しい刃物になって莉子に襲いかかる。

 莉子は床へと崩れ落ちるしかなかった。


 ありえない。

 激しくありえない。


「なんで思い出しちゃったの?

 顔が見えてないから良かったのに」


 すでに半泣きである。


「連藤さんはめちゃくちゃイケメンで、背も高くて、身のこなしも優雅で大人で、

 だけど私はちっちゃくて不細工で、全然釣りあわないんです。

 目が見えてないから、私の中身で気に入ってくれたならって思ってたけど、

 思い出しちゃったら、ダメだよ。

 こんなのが隣にいたら、ダメだよぅ」


 もう泣き声である。


 彼女の砦が崩れたのだ。

 それは彼女自身も崩落してもおかしくはない。


「さっきの話聞いてなかったのか?

 一目惚れだったって」


 思わず顔を上げるが、


「嘘、絶対嘘!

 この話するために盛ったんでしょ」


「君ならそう言うと思ったよ。

 三井にでも聞いてみたらいい。

 その当時のこと、覚えているだろうから」


「でもじゃぁなんで、カフェに来なかったんですか?」


「その後に目が見えなくなったからな」


 何も言えなくなるではないか───


「なんかずるいな」


「何がだ?」


「なんか」


「でもこうしてまた君のビーフシチューが毎日食べられて、そして、俺のビーフシチューもご馳走できるとは、ちょっとした奇跡だと思わないか?」


「さぁね」


 莉子は少しふてくされたようにいうが、もしこれが本当なら、本当であるならどれだけ凄いことだろう。


「ねぇ莉子さん、」


 振り向くと、連藤が左手を伸ばしている。

 どこか行くのかといつもの調子で手を掴んだら、彼はその手を素早く離すと、逆に莉子の腕を掴かみ、引き込んだ。つんのめるように連藤の胸板に鼻頭が当たり、ツンとする。

 莉子が鼻をさすっている間に、くるりと体を浮かせると、いつの間にやら連藤の足の間に座らされていた。

 ぴったりと背中が連藤の胸板に当たる。


 硬直する莉子を無視して、連藤は莉子の頭を台座にするように顎を乗せて、腰に腕を絡ませた。

 

「莉子さんの腰は細いな。

 もう少し、しっかり食事を摂ったほうがいい」


 コクリと頭が揺れるが、声には出さないようだ。


 いや、声に出せないのだ。


 こんなことは初めてで、身構える上に、緊張が激しい。


 心臓が張り裂けそうだ───



「脈がとても早いな。

 ……もう少し、俺に慣れてくれないか」


 首が小さく横に振られた。


 連藤は莉子の首筋に顔を埋めながら、莉子の昔を思い出す。

 昔のほうが何故かよく思い出せるのだ。

 今は視界からの情報がないからだろう。



「……君はやっぱり可愛らしかった。

 ずっとこうしたかったんだ……」



 ただ体温が上がるのを感じるので精一杯の莉子だった。

魔法のケーキは火の入れ方が本当に難しいのです。

何度か作っていますが、なかなか三層にならないんですよねー

下の層がメッチャ厚くなることが多いです。

また作ってみなきゃなぁ…

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