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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第4章 café「R」〜料理覚書〜

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202/218

《第202話》玉葱地獄編 豚の玉葱煮

 北海道に住む祖母からの電話で、


『莉子ちゃん、玉葱おくろっか』

「いいの? 助かるー」

『今週には届くから』

「ありがと。待ってるね」


 そんな、些細な連絡だったのだが……


「なにこれ、業者?」


 20キロの玉葱が3つ、届いたのだ。

 確かに、毎日の仕込みで使わなくはない玉葱だが、これほどの処理はかなり厳しい。

 なにより、春の玉葱・シンタマも箱で買ったばかりなのだ。


「これ、もう、目が死ぬんじゃないかな……」


 未来の自分が玉葱をむき、スライスしている姿が見えるが、大泣きだ。

 目が痛いよぉ痛いよぉと呟きながら処理をしている姿が見える。

 それでも今日から使っていかないことには処理は進まない。


 予定を見ると、今日は連藤と三井が夕食に来ることになっている。

 少し暖かくなってきたこともあり、さっぱりしたロゼのスパークリングワインを所望している。


「あれ、やりますかな」


 莉子はランチを乗り切った勢いで、玉葱を処理することにした。



 今回、二人に出そうと思っているメイン料理は、豚の玉葱煮。

 もう、そのままのタイトルなのだが、放っておけばいいという、とっても楽ちんな煮込み料理だ。

 豚は、チャーシューで使う豚モモの塊肉。少し脂身が多いものを選ぶと、筋もしっかり柔らかく煮込まれ、コラーゲンたっぷりなスープと一緒に食べられる一品だ。


 豚はフォークでさして、肉の量の1%の塩をもみ込んでおく。

 常温になるように30分ほど放置している間に、玉葱の処理だ。

 丸まま半分に切り、使う方法もあるが、莉子はオニオンスープもいっしょに楽しみたいため、スライスしていく。

 多少厚くなってもとろとろになるため、それほど問題はない。

 とはいえ、薄い方がよりとろとろになるため、手際よく、手を気をつけつつ、スライスしていく。

 大きめの蓋付きの鍋を用意。見たところ、玉葱は6玉は入れられそうだ。


 玉葱をスライスするとき、頭に何かのせながらとか、何か加えながらとか、ガムを噛めばとか、いろいろ対処法は存在する。

 だが、莉子のやり方は少しちがう。

 ガンガン換気扇を回しながら、体を横に向けて、玉葱の飛沫を少しでも避けて急いでスライスをする、という方法だ。

 3回に1回は成功していると思う。

 ちなみに今回は、


「……いだい……しみる……いだい……」


 失敗である。


 玉葱自体の温度や、玉葱の機嫌もあるのだと、莉子は勝手に思っている。

 今回はあまり切られたくないタイミングだったようだ。


「人間は勝手だからね……申し訳ない……」


 一度手をしっかり洗い、顔も洗い、目を腫らした莉子だが、そのまま料理へ進んでいく。

 オリーブオイルを鍋の中で熱し、キッチンペーパーでドリップを拭いた豚肉を投入。

 ニンニクも入れて、肉の表面を焼いていく。

 全体にいい色がついたらニンニクといっしょに一度とりだし、次に玉葱だ。


 予想よりも玉葱の入り方が多い。

 大ぶりの玉葱だったせいもありそうだ。

 7割が玉葱となった鍋底から油を回すように炒めていく。

 少しカサが減ってきたあたりで、肉汁ごと豚肉を戻し、そこへ白ワインだがあいにく中途半端なワインがない。


「料理酒でいいか」


 日本酒と表示のあるパック酒を100ccほど注ぎ入れ、ここで粒胡椒も数粒いれるが、手元にないため、省くことに決める。

 少し煮立ったのを確認し、とろ火にすると、このまま1時間放置だ。

 タイマーをセットし、あとは諸々の準備である。


 ここのところ、ランチの入りがいいため、夜は飲み物がメイン。

 食事はなしのため、乾物やショーケースにあるケーキの提供のみだ。

 ディナーは予約制としているため、夜の営業はのんびりできる。

 彼氏との食事までの時間潰しにちょうどいいらしく、コーヒー1杯で出ていく方はもちろん、駆けつけ一杯とばかりにビールを飲み干し、出ていく男性もいる。


 今日の食事のお供はスパークリングワインとなる。

 華やかなロゼだが、味はドライのものを選んである。

 メインは豚の玉葱煮なので、あとはランチで余ったカリカリベーコン入りポテトサラダ、バゲットと数種類のチーズ、春らしくタラの芽とホタテの天ぷらを出す準備を整えておく。


「ただいま」


 言いながら入ってきたのは連藤だ。


「おつおつ。まず、ビールな」


 続けてきたのは三井だ。


「おかえりなさい、おふたりとも。今日は泡って聞いてたんですけど、ビールですか?」

「なんか暑かったんだよ。小さいグラスで少しでいいから」

「はいはい」


 ビールの準備をしていると、「俺もお願いできるかな」連藤も続いてくる。


「わかりましたよー」


 小ぶりのグラスにビールを注ぎ、カウンターに置くと、もちろん莉子の手にもビールがある。


「「「かんぱーい」」」


 普通の日の、普通の平日だが、こういう息抜きもいいものだ。

 一気に飲み干し、3人で、ぷはぁと息をつく。


 莉子は前菜用の皿を出し、スパークリングも注いでいく。

 細長いチューリップ型のワイングラスが薄紅色に染まる。


「ロゼの泡なので、可愛いからこれに注ぎました。ちょっと香りとか飛ぶと思いますが、ドライだから、たぶん大丈夫だと思います。どーぞ」


 連藤はグラスを受け取ると、そっと指でグラスをなぞる。

 小さく頷き、そっとグラスを口元に運ぶと、香りをかいでいる。

 三井はざっとグラスを見て、速攻半分飲み込み、


「意外と辛いな」

「……言ったじゃん」

「これほどって思わねーし」


 ぱくりとチーズをひとかけつまみ、飲み切るとグラスが滑りでる。

 莉子はダラダラと注いでいくと、連藤がくすりと笑う。


「見た目が柔らかな色合いなんだろうな」

「桜色より、梅ぐらいか?」


 三井はグラスをぐるりと傾け、色を確認している。


「確かに濃いめの色かもしれないですね」


 莉子もひと口含む。

 華やかな葡萄の香りはすぐに消え、強めの泡が舌を叩く。

 そのせいか喉越しはよく、鼻から抜ける香りはベリーの雰囲気があり、少し甘みも感じるが、余韻は短い。

 これは春というより、初夏の雰囲気を感じる、元気なスパークリングだ。


「んー……ちょっと選択を誤りましたかー……」


 唸る莉子に、連藤は2杯目をねだる。


「これはこれで、陽気な雰囲気でいいと思う」

「今日、暑かったしなぁ」


 よっぽど三井は暑かったようだ。

 連藤の2杯目を注ぎ終えたとき、タイマーが切れる音がする。


「……お、メインができたみたいです」


 莉子は厨房へ小走りで向かう。

 焦がさないように、焦げていないかも確認しつつの1時間。

 蓋を開けると、蒸気の塊と一緒に甘い玉葱の香りもする。


 塊肉をトングで取り出し、まな板に乗せるが、しっとりとやわらかいのがわかる。

 もう、切る前からわかる柔らかさだ。


「うわー……厚さ、どうしよ……」


 少し厚めと思いつつ、5㎜幅ぐらいに切り分けていく。

 鉢にたっぷりの玉葱とスープを注ぎ、そこへ切った豚肉を並べ、黒胡椒と粉チーズ、パセリをふりかければ、完成だ。


「できましたー。豚の玉葱煮」


 莉子が二人の前に置くが、具沢山スープのように見えなくもない。

 しかしながら、香りがいい。

 上がる湯気は甘く、しつこくない。少し焦げた玉葱の香りが奥深さを感じさせ、ぐっと食欲をわかせてくる。


「じゃ、いただこうかな」


 ナイフとスプーンを取った連藤に「どーぞ」と声をかけると、連藤はスプーンで肉とスープの感覚をつかむと、ナイフでひと口台に切り、スープと溶けかけた玉葱をいっしょにすくい、口に含んだ。

 三井もそれにならうように、大きめに切り取ると、大胆に頬張っていく。


「……これは、おいしい」

「おー……じんわり、うめぇ」


 莉子もおなじようにひと口。

 肉は本当にやわらかい。かみごたえはあるが、硬いわけじゃないのがまたいい。

 玉葱はオニオンスープかのような旨味がある。

 きっと豚肉の肉汁と合わさってコクが出たのかもしれない。

 少し焦げた玉葱のキャラメル感があとから鼻に抜けてくる。


「……なにこれ、一石二鳥じゃーん」


 豚の煮物とオニオンスープを一緒に食べれているのが、お得感があるようだ。

 味変として、和芥子、粒マスタード、岩塩フレークを出してみるが、ふたりは自然の味がいいようだ。


「ほっこりあったまる」

「だな」


 連藤のしみじみした言い方が、よけいにほっこりするが、しっかりとスパークリングとも合って、おいしい時間になったのは間違いない。


「あとは、たらの芽の天ぷらとかもできるので、言ってくださいね」


 莉子はぐびりとひと口飲んで、チーズを頬張った。

 連藤と三井は、豚の玉葱煮が気に入ったのか、のんびりとスープを啜る。


 だんだんと春が濃くなり、忙しさが増す新年度だが、今晩はゆっくりと時間が流れていく。

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