《第201話》せんべい汁
春になったというのに、肌寒い日が続いている。
そこで取り出したのは『せんべい汁の素』だ。
これは三井が東北の出張先で買ってきたものなのだが、しばらく棚に封印されていたものになる。
「……寒いので、今日はこの封印を解こうと思います……!」
「莉子、それ、閉まってたの忘れてたんだろ」
「そうとも言いますね」
莉子はカウンターにカセットコンロを置くと、土鍋をセットしていく。
「えっと……水が800で、具材はキャベツとか牛蒡、豆腐も入れていいかな……」
「今から作るのかよ!」
三井のツッコミに、莉子は動じない。
「今日、『今から行くからあったかいものなー』と言ったのは、三井さんです。もうここ、閉店してますし」
「そうだぞ、三井。2、30分くらいでできるだろうから、少し待とう」
莉子は先に三井と連藤にペペロンチーノ枝豆とビールを差し出した。
少しでも温かい料理をと思ってのものだが、せんべい汁と合うかは、わからない。
「それ食べて待っててください」
「これはパンチが効いてていいな、三井」
「出汁の汁の前に、ニンニクって……まあいいけどよ」
土鍋に少量の油を入れ、牛蒡を炒め、香りが出てきたら鶏肉を追加。
だいたい肉に火が入ったところで袋に書かれた分量の水を注ぎ、追加で大根、キャベツ、にんじん、油揚げを入れて煮ていく。
「莉子、野菜たっぷり入れたな」
「せっかくですからね。何入れても大体おいしいでしょ、こういうのって」
「「たしかに」」
煮ている間に、昼で余っていたアスパラの黒胡麻和えとフライドポテトを追加でだし、莉子もビールを飲みながら、鍋の様子を伺う。
「どうですかね……」
いちょう切りにした大根の色が透けてきている。
灰汁をとって、スープの素を入れれば、醤油ベースの香り豊かなスープが出来上がる。
そこへ手のひらほどある南部せんべいを割り入れ、煮込めば完成だ。
「あとは、長ネギでも切っておきましょうかね」
そうしているうちに、せんべいがくったりとスープを吸っている。
「おー! できましたよー! このせんべい、ぜんぜん、デロデロしない! すご!」
莉子は一人感動しながら大きめの椀によそっていく。
野菜たっぷりのせんべい汁だ。
仕上げに輪切りの長ネギをのせて、完成である。
「めしあがれ」
ことりと置いた椀からは、高々と湯気があがる。
そっと持ち上げれば、椀から香ばしい香りと、野菜の甘い香りが喉を通っていく。
「「いただきます」」
よっぽど楽しみだったのか、三井と連藤は声をそろえて挨拶すると、箸を椀にさしこんだ。
そっと持ち上げた具材は、やはり、せんべいだ。
それを二人はゆっくり口へ運んでいく。
熱い汁が染み込んだせんべいは、ジューシーで高温だ。
二人ははふはふいいながら、ビールを飲み、口のなかを冷ますが、すぐに汁をぐっと飲んだ。
「……莉子、これ、あったまるわ……」
「じんわりしみる味だよ、莉子さん。これはまた食べたい」
二人はビールをよそに、汁を啜りはじめる。
野菜も肉も、さらには米もしっかり食べられるせんべい汁は食べ応えも抜群だ。
真冬ではないため、暑くなってきたようだ。
じんわりと二人の額に汗が滲む。
莉子も美味しそうに頬張る二人に釣られて汁を飲み、せんべいを頬張る。
これはB級グルメでトップを獲っていたのがわかる!
旨みもあり、なにより、馴染みやすい美味しさ!!
「……これは、ほっとする味ってやつですね……いいですね、これ。真冬にまたやりましょう」
「今度はちゃんと見えるところに置いておけよ」
「わかってますって」
莉子は二杯目の汁を二人に配りつつ、口を尖らせる。
正直、せんべい汁がこれほど美味しいとは思っていなかったのだ。
これだけおいしければ忘れない。
むしろ、寒くなったら思い出すのは間違いない。
「三井さん、たまにいいお土産買ってきますね」
「はぁ? オレはセンスの塊だぞ?」
「ほら、三井、汁が冷めるぞ」
白い湯気があふれるカウンターで、3人は静かに汁をすする。
故郷の味があれば、こういうものなのだろうな、と、ありもしない懐かしさを感じつつ、夜はゆっくり更けていく。





