《第143話》久しぶりのおでかけ 8 〜 昼食編
温泉の火照りを発散させながら、2人で海鮮丼の店を検索し始めた。
インターネットでぐるりと検索して決めた頃には13時を過ぎていたため、すぐに連藤が電話を入れ、店の空きを確認してくれた。
店も席も空いてることを確認したため、決めた店に向かって走り出した。
莉子は運転手側に割り当てられたエアコンの出口を動かし、顔にかかるように調整する。
連藤はすでに調整済みのようで、柔らかそうな黒髪をなびかせている。
「やっぱり温泉は芯まであったまるな……」
「家に帰ったらお昼寝しましょ」
「いいな、それ」
大して話をしないうちに到着した海鮮丼が名物の店は、こじんまりとしたお寿司屋さんだ。
隣には魚屋さんが並び、ネットの情報によると、この魚屋さんがお寿司屋さんも経営していて、常に鮮度のいい、いいネタが仕入れられているそうだ。水揚げされた内容で海鮮丼が変わるため、お昼に通うサラリーマンが多いという。
だが現在13時30分に差し掛かるところ。
お昼休みを過ぎた店は、少しのんびりとした時間が流れていた。
「予約してた連藤ですが……」
連藤が暖簾をくぐり言うと、女将さんが「はいはい」とカウンターに案内してくれた。
席に着くなり、温かいお茶と、冷えた水が滑り出てくる。
さらにおしぼりが渡され、大将が「なんにしますか?」声をかけてきた。
「電話でお伺いした通り、今日のおススメで海鮮丼を2つお願いしたいんですが」
連藤がにこやかに返し、それに大将も応えるように「へい」と返事をして準備に取り掛かっていく。
「今日はマグロもいいのあるし、今日はサンマも揚がったからそれも入れとくね。
あ、おふたりはなんか苦手なもんとかあるかい?」
「特には……莉子さん、何かあったか?」
「いえ、私も海産物はだいたいなんでも食べれます。……ホヤだけは無理かな」
「ホヤは癖あるからね。そしたら、お姉さん、ウニ食べれるかい?
「え、はい、ウニ食べれます」
「結構女性ってウニ苦手な人多いからサァ。今日の、北海道の塩水ウニなんだけど、濃厚でうまいから、ちょっとだけど盛っておくわ。あ、お兄さんはウニ嫌いだった?」
「いえ、俺もウニは好きです」
「したらいいねぇ」
にこやかに話しかけながらも丼がどんどん盛り付けられていく。
もう何種類が盛り付けられたのだろう……
マグロにイカはもちろん、お寿司屋さん特製の厚焼き玉子も添えられている。
丼からはみ出るほどに盛り付けられた海鮮丼が、ふたりの前に鎮座した。
「めっちゃ美味しそう」
「連藤さん、ネタの場所、教えますか?」
「いや、構わない。何が口に入るか楽しみながら食べるよ」
「おー、斬新な楽しみ方」
莉子が醤油にわさびを溶いてあげると、連藤はそれを箸を伝わせ丼にまわしかけていく。
「準備できたね。じゃ、」
「「いただきます」」
ふたりで声を揃えると、丼に箸を差し込んでいく。
莉子は好物の厚焼き玉子を頬張り、微笑んだ。だしの具合、甘さの具合、どれも完璧だ。
連藤はマグロを取り上げたようだ。
頬張ると、よぉーく味わっている。
「このマグロ、赤身だが脂がすごくのってる」
「マグロってわかるところがすごい」
莉子が感心しながら連藤に声を返すと、仕込みをしながら大将が話しかけてきた。
「お兄さん、目が見えないのかい?」
「あ、そうなんです。すみません、食べ方が多少汚いかもしれません」
「いや、そんなのはいいんだけど、目、見えないで、ネタ当てられんのかい?」
「かなり訓練しましたよ」
言いつつ頬張ると、
「あ、これは簡単。イカと白身……鯛ですね。どちらもすごく鮮度がいいですね。イカなんて、まったりと舌に絡んで、すごく甘い」
「いやぁ、お兄さん、すごいねあんた。よくテレビでさ、目隠しして食べるやつあるじゃん。お兄さんなら百発百中だろうね」
「それなりに自信ありますよ」
そう言って眼鏡を指で持ち上げた彼は、かなりのドヤ顔だ。
莉子はそのやりとりを聞き流し、さっそくウニに箸を伸ばした。
口に頬張ると、ほのかな甘みと濃厚な舌触り、さらに磯風味が合間って、とても美味しい!
莉子は思わず連藤の肩を叩いた。
「ウニ、やばい。すごく美味しいっ!」
「お、お姉さん、ウニ、わかるかい? これバフンウニってやつ。赤みがかってるだろ? 今の時期だけなんだよ」
「そうなんですか!!! すごく味が濃くって、量が少なくても『ウニを食べた!』ってわかります。すごく美味しかったです」
「そりゃ良かったァ」
大将との和やかな会話を楽しみながら、旬のさんまに鯛、マグロにイカ、タコにウニまで……!!!
贅沢の限りを尽くした気がする。
金額もそれなりだけれど、これだけのいいネタを食べられたのなら、むしろコスパ良し! と言っていいほど。
「「ごちそうさまでした〜」」
「また来てくださいね」
優しいおかみさんの声に見送られ、暖簾をくぐったあと、莉子は連藤を掴み、インカメラで写真を写した。
暖簾ごと自分たちを撮るように構図をつくり、写真を撮ったようだ。
「これでログ残るから、また来れるでしょ?」
助手席に通された連藤は、大きく頷いた。
「莉子さん、頭いいな」
「また連藤さんと来たいなぁって思ったので。
さ、あとは帰りますよぉ」
莉子の車は再び走り出した。
夏の熱気は相変わらずアスファルトを焼いている。
連藤は道路を削る音を聞きながら、莉子の一言に本当に救われていると思ってやまない。
何気なく言ってくれる一言が、これからの未来に繋がっているのがわかるからだ。
「莉子さん、今日は本当に楽しい1日をありがとう」
「連藤さん、感謝を述べるにはまだ早いです。今日は半分が終わったばかりですよ!
お昼寝したら、夜ご飯、ゆっくり食べましょうね。ワインがいいなぁ。あ、シャンパンなんて飲んじゃいます?
シャンパンなんてしばらくご無沙汰だから、飲みたいなぁ、私」
「ああ、構わない」
「やった! したら夜ご飯なんにするか決めましょ」
「焼肉じゃないのか?」
「確かに焼肉なんですけど、どういう焼肉にするのか、話し合って帰りましょうよ」
どこまでも楽しそうな莉子の声を聞きながら、自分もどこまでも楽しまなくては、そう思う連藤だった。





