エピローグ-4
屋敷に戻ってからの一カ月半は、慌ただしくも比較的ゆっくりと過ごすことができた。
基本的には午前中に体を動かし、昼食後にドレスの調整、その後パーティー用のマナーやダンスの覚えなおしで時間を使ってきた。
かあ様が呼んでくれた教師のおかげで、クーのダンスもメキメキとその実力を上げ、今では下級の貴族令嬢なんかよりも立派にダンスをこなせるようになっている。
そしてトアは引っ越しの荷物と共にティエリスが戻ってきたことで、本格的にメイドの見習いとして屋敷で働き始めている。
今はまだお客の前に出せるようなものではないので、基本的にティエリスの助手をしながら私の身の回りの世話を手伝ってもらっている状態だ。
屋敷のメイドたちからの評判もなかなかよく、見どころのある少女だと思われているらしい。
これもティエリスが基礎を叩きこんだからこそだろう。
ここのメイドたちは、自分の仕事にプライドを持っているからな。中途半端なものはいつの間にか叩きだされている。
そんな感じでパーティーまでの残りの期間を過ごし、ようやくというかすぐにというか、功労賞とパーティーの日になった。
功労賞が昼から行われ、パーティーは夕方からとなる。
私たちは昼前に登城し、控室で呼ばれるのを待っていた。
「き、緊張します」
用意された白銀の女性用騎士服に身を包み、クーは緊張で全身を震わせていた。同じソファーに座っている私にまでその震えが伝わってくる。
「そんなに緊張することもない。何か話しかけられるわけでもないのだ。習ったとおりに動いて答えればいい」
「そ、それでも緊張しますよ。国王陛下にお会いするんですよ!?」
「まあそうだがな」
かと言って直接言葉を交わすことなどまず無いだろうし、せいぜい遠目に見ることができる程度だろう。
「そんなに緊張していたら、この後のパーティーは失神しそうだな」
「それが出来たらどれだけ楽か」
「そこまでか……」
これは思ったよりも重症か?
「大丈夫だ。式典は私がメインだし、パーティーでもできるだけ側にいてやる。離れるときは兄さまたちがカバーしてくれるさ」
クーの体は魅力的だからな。馬鹿な貴族が誘いに来ないとも限らない。だから兄さまたちにカバーしてもらうことになっている。
ナイトロード家の二人に囲まれている女性に声を掛けられる貴族などいない。
「そ、そうですね。大丈夫ですよね」
「そうだ。大丈夫だ」
「ミラベル様、クーネルエ様、間もなく式典が始まります。移動をお願いします」
「では参ろうか」
扉の外から掛けられた声に答え、私たちは待合室を後にした。
豪華な調度品に彩られた廊下を進み、私たちは大きな両開きと扉の前へと到着する。
そこにはすでに、今回の功労者たちが集まっていた。
「お、お前らも来たか」
「お主らが最後のようじゃな」
「クローヴィス、それにヴァルガスも久しぶりだな」
「お久しぶりです。ヴァルガスさんは怪我はもう大丈夫なんですか?」
ヴァルガスは、化身級との戦闘で酸を浴び全身に火傷を負って戦線を離脱していたはずだが、今は包帯も取れ、怪我らしい怪我は見当たらない。
ここに集められたのはこの四人だ。要は傭兵の中での功労者という枠組みである。父さまや兄さまたちも功労者ではあるが、騎士であるため別枠で勲章の授与などがあるらしい。
「まだ全快とはいかんがのう。それでも日常生活には支障はないわい。まだまだ儂は戦い足りんからのう! さっさと直してヴェルカエラに戻らんとな!」
「それだけ元気があれば、すぐにでも戻れそうだな。クローヴィスはあれからなにをしていたんだ?」
「俺はそのまま前線に残って雑用さ。あっちこっちにこき使われたよ。その分王国からはきっちり給料もらうけどな」
「褒賞は金か。分かりやすくていいな」
「儂も金じゃな。装備の補てんもあるが、そろそろヴェルカエラに土地が欲しい」
二人もすでに、希望の褒賞は伝えており、今日はそれを受け取るためにここに来ているらしい。
私とクーは金銭の要求は最低限になっているが、その代わりに騎士団入りを希望した形だな。
「私語はそこまでにお願いします」
兵士の声に遮られ、私たちは扉の前に整列する。
同時に、部屋の中からファンファーレが鳴らされ、ゆっくりと扉が開いた。
私たちは中へと進み、貴族たちが並ぶ間を進む。
部屋の中頃まで来たところで足を止め、片膝を突いて顔を伏せる。
「これより民間功労者への我が国に対する功績を湛え、功労賞の授与を行う。陛下、功労者たちへのお言葉をお願いいたします」
「うむ」
私たちがただじっと絨毯を眺める中、正面に座っていた陛下が立ち上がるのを感じる。
「此度の戦い、敵は強く苦しい戦いであったと聞いている。そんな中、よくぞ戦い抜き我が国に勝利をもたらすことに貢献した。その戦功、高く評価するものである。よくぞやってくれた」
「ありがとうございます。では、功労者への褒賞の発表を行います。まずは制限解放者ヴァルガス。ヴァルガスには、褒賞金三千万。それとヴァルガスの希望により、ヴェルカエラの国有地の一部を私有地とすることを認める」
「希望を受け入れていただき感謝いたします」
「次に同じく制限解放者クローヴィス。褒賞金三千万と、希望によりさらに追加で二千万を与える」
「感謝します」
「続いて、Aクラス傭兵クーネルエ。クーネルエには褒賞金三千万と、希望により騎士団訓練課程への入団を認める」
「希望を聞いていただき感謝いたします」
瞬間、並んでいた貴族たちの中にどよめきが走った。
貴族の中でも柱貴族までは褒賞の決定会議に参加しているため当然知っていることだが、領主貴族や準貴族の中には初耳の者も多いのだろう。
女が訓練課程とはいえ騎士団への入団を許可されたのだ。メビウス王国の中でも歴史的な事件だと言える。驚くなという方が無理かもしれないな。だがその程度では次の褒賞を聞いて倒れかねんぞ?
静粛にと司会から注意が飛び、会場が再び静寂に包まれる。
「最後にAクラス傭兵ミラベル・ナイトロード。ミラベル・ナイトロードには、褒賞金三千万と希望により騎士団への入団を認める!」
今度のざわめきは先ほどの比ではなかった。
クーはまだ訓練課程だ。そこで能力が足りないと判断されれば落とすこともできる。つまり、希望だけ叶えておいて能力不足を理由に騎士団入りを蹴ることができるのだ。これであれば、これまでの伝統の本質に傷を付けることはなかっただろう。
だが私への報酬は違う。騎士団への入団。そのまま正式なメビウス王国の騎士となりすぐに働き始めることを意味している。
これまでの伝統を全て吹き飛ばし、女性初の騎士が誕生するのだ。
ざわめきで司会の注意さえまともに届かなくなった会場。そこに私は声を張る
「感謝いたします。騎士として、この身はメビウス王国の為に!」
会場中に聞こえただろうその声に、貴族たちは黙った。
そんな中、一人の男が立ち上がる。
「よくぞ言った」
陛下だ。
「この中には今回の褒賞に不服を述べる者もいるだろう。だがこれは、私と柱貴族たちの協議によって決められたことである。前例はない。だが、この者の力は確かなものだ。それは騎士団長、そして副騎士団長両名も認めている。そして化身級の討伐という揺るぎようのない証明を行った。この者はただ守られるだけの女子供ではない。我らと共に立ち、守る者だ。
今日、この日よりメビウス王国の歴史は変わる。だが伝統は変わらない。
女子供はただ守られるだけの存在ではなくなる。我らを後方で支える盟友となるのだ。一同、考えかたを改めよ。我らが守るのは女子供ではなく、盟友である!
剣だけでは守ることはできない! 盾だけでは倒すことはできない!
両者が共に支え合うことにより、最高の武器となるのだ!
一丸となった我が国は、どのような害にも負けない鋼となる! メビウス王国に栄光を!」
陛下が拳を振り上げる。
それに合わせて、柱貴族たちが拳を振り上げた。
「メビウス王国万歳!」「メビウス王国万歳!」
「メビウス王国万歳!」「メビウス王国万歳!」
それは次第に領主貴族、準貴族へと伝わり、大きな波となって会場を包み込むのだった。
◇
あの日からちょうど二年か。
冬を超え、温かくなってきた風を受けながら、私は二年前のことを思い出していた。
褒賞により騎士となり、パーティーで経験したこともないほど多くの男たちに募られ、そのすべてを精神的に切り捨てたあの日から早くも二年が経った。
私は騎士団の中で順調に仕事をこなし、今では騎士隊の分隊を任せてもらえる程度には信頼してもらえている。
と、かつてを懐かしんでいると後方から声を掛けられた。
「ミラベル、ちょっといい」
「ダイアか」
「言われていた通りに調べてきたけど、後方の部隊はそこまで大きくないわね。町の維持と補給路の確保のために配置しているって感じよ。戦えるのは目の前にいる部隊でほぼ全部」
「そうか、いいことを聞いた」
川を挟んで対岸には、マーロ帝国の大規模な侵攻部隊が展開していた。その数はおおよそ二万。
たった二年で軍を立て直し、ここまでやってきたことは素直に感心するが、それにしても戦争をしすぎだろう。
どうもマーロ帝国の上層部は、旧フィリモリス王国の鉱山資源をこちらが確保したことが気に入らないらしい。今回の侵攻は、フィリモリス王国を併合した自分たちが、メビウス王国にかすめ取られた領地を取り戻すのだという名目で息巻いている。
「どうするの?」
「当然撃退する。私の背には、多くの民がいるからな。この後に警告を行うことになっている。ダイアは安全圏まで撤退していてくれ」
「分かったわ。ミラベルのことだから大丈夫だとは思うけど、無茶はしないようにね」
「問題ないさ。今回は強い助っ人もいる」
「ああ、確かにそうね。じゃあ頑張って」
そう言い残し、ダイアの気配が消えた。
ここ二年でダイアの隠密も上手くなったものだ。背後からでは私も覇衣を展開していなければ気づけない程度には練度が上がっている。
まあ、私が無茶なお願いを何度もしたことが理由かもしれないがな。
そしてダイアが消えた後、もう一つの気配が近づいてくる。
「ミラ」
私の名をそう呼ぶのはただ一人だ。
「クーか」
振り返れば、女性用騎士団員の制服に、いつものマントを羽織った姿のクーネルエがいた。
「ようやくここまで来ましたよ。今日からはミラの隣で戦えます」
「緊張は――していないようだな」
「化身級に比べたら、目の前の敵も小さく見えますよ」
二年をかけて基礎体力や体術のトレーニングを行い、クーも今年から正式に騎士団の仲間となった。
その上、訓練課程の際ちゅうにも突発的に発生した化身級を二体ほど撃破しており、クーの存在は騎士団の中ではもっぱら最終兵器だ。当然、化身級の討伐記録は断トツのトップだ。
消滅魔法は化身級相手でもないと、基本的にはオーバーキルだからな。
「ふむ。ちなみにクーよ」
「何でしょう?」
「その服は消えても大丈夫なのか?」
今回の戦い、場合によっては初撃を任せることになるのだが――消えると後が大変だぞ?
私が心配していると、クーが「ふっふっふ」と不敵に笑みを浮かべる。
「なんとこの制服、対抗魔術繊維製なんです! ボタンや装飾にも魔法抵抗の強い鉱石が使われているんですよ! つまり、私はもう裸にはなりません!」
「ほう、それはおめでとう! では下着も作ってくれる職人を見つけたのだな!」
一番の問題はそれだったからな。制服は料金しだいで作ってくれる可能性はあったが、下着だけは職人のプライドの問題でもあったからな。いい人が見つかったのならよかった。
そう思ったのだが、クーの視線がそっと逸らされる。
「あ、えっと……下着はまだなんですよ……」
「むっ?」
「だから、出来たのは制服だけなんですよ! 消滅魔法を使えば、下着は消えます……」
「それは……ノーパンはそっちの方が問題じゃないか?」
女性用の制服はミニスカートである。そんな状態でノーパンになれば、ある意味裸マントより恥ずかしいぞ。
「し、仕方がないじゃないですか! そもそも下着をおじさんに依頼することすら恥ずかしいし、実物を見せるなんてお互いに気まずいんですから!」
「ではずっとノーパンか……」
「いえいえいえいえ、ちゃんと考えていますよ! 機織り職人の女性を私が後ろ盾になって今鍛えていますから!」
「ほう」
「あと一年ぐらいは必要になりそうですけど、そうすれば何とか下着も準備出来そうなんです」
「そうだったのか。そうなれば完全体クーネルエが完成するのだな」
「はい。パーフェクトな状態の私にもはや怖いものはありません」
「だが今回はノーパンと」
「す、スカートをちゃんと押さえておけば大丈夫ですから……」
まあ、ほどほどに頑張ってくれ。
「さて、では向こうがそろそろ動きそうだし、こちらも準備をするか」
「そうですね」
見れば向こうの部隊は船に乗り込み始めている。
こちら側に接岸されれば、一気に流れ込んでくるだろう。一応こちらも部隊の展開は行っているが、数は一万程度と相手の半分ほど。正面から戦えばまず負けるだろう。
だがそんな状態であるにもかかわらず、こちらの部隊は落ち着いた様子で隊列を組んでいた。
「ミラ、噂に聞く王国最強騎士の力。見せてください」
「うむ! フルアーマメント! そして来い、シェバリー!」
太陽色の覇衣による全身甲冑。そして剣。この二つが私を最強たらしめる武器。
その刃を振るえば、川が横一キロに渡って両断された。
激しい波が船を襲い、乗り込んでいた兵士たちが落下していく。
「マーロ帝国軍に告ぐ! 川にできた線を越えてみよ! 次に振るわれる刃は、お前たちを両断するものとなる! 我らは王国騎士団! 全てを守る絶対の剣である!」
敵側が動揺しているのがわかる。船へと乗り込んでいた兵士たちは明らかに及び腰であり、陸にいる兵士たちの足も止まっている。
そんな中、敵側で大声が響いた。
「恐れるな! 所詮は女を使わなければならないほどの弱兵どもだ! 我らの武威は世界を制するものである! 者ども船を進めよ! 我らから簒奪せし土地、今こそ取り返すのだ!」
どうやら相手側の指揮官が鼓舞しているようだ。なかなか上手い演説じゃないか。
私も一撃で心を折れないとはまだまだだな。
「来るようですね」
船が出向し、切断され濁流となった川を強引に超えてくる。
相手がやる気満々では仕方がない。
最強の騎士の名に恥じぬ戦いをしなくてはな。
「では、参ろうか。全軍、我に続け!」
同時に私は敵軍へと突っ込んだ。
総大将だろうと関係ない。常に最前線に立ち、その背中で味方を鼓舞する。
それが憧れた、私の騎士としての戦い方なのだから。
これにて完結となります。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
もし、次回作でお会いできることがあれば、またよろしくお願いいたします。




