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エピローグ-3

 ダイアを誘ってからの二週間はあっという間に過ぎて行った。

 そのうちの大半はクーにマナーや挨拶、ダンスを教えることに使ったがな。

 今度のパーティーには王族の方々も参加される。そこに参加するとなれば、最低限の挨拶やダンスは覚えておかなければ恥をかくのは自分やクーを推薦してくれた兄さまたちだ。

 だから私は心を鬼にして、クーに貴族としての立ち振る舞いを叩きこんだのだ。

 そのおかげもあってか、クーは最低限の立ち振る舞いを覚え、むしろドレスを着ると私よりも貴族らしく見えるようになってしまった……

 やはり胸なのか……

 まあいい。

 そして今日、私たちはトエラを発ち王都へ向かう日となった。

 まだ日が昇り始めたばかりの青空に、春が近づき暖かい風が頬を撫でる。

 若草の香がどこからとなく届き、すこし遅れて花びらが舞った。

 私とクーは用意された馬車の側に立ち、彼女の答えを待つ。


「来てくれますかね?」

「来るさ。きっとな」

「ミラベル様、そろそろ出発しませんと」


 御者役の男が気まずそうに声を掛けてくる。これでもすでに出発時間を少し遅らせているのだ。

 わざわざ父さまが用意してくれた馬車で到着を遅らせるのもまずい。


「分かった。クー、馬車に入ろう」

「はい」


 御者が扉を開け、私たちを中へと誘導する。

 中は対面式のソファーが付けられており、その片側はトアが寝そべることで独占していた。

 待っている間に寝てしまったようだ。

 私とクーが並んで座ると、扉が閉じられ御者が席へと乗り込む。


「間に合いませんでしたね」

「むぅ……来ると思ったんだが」


 確かな手ごたえがあったと思ったのだがなぁ。私の信用度が足りなかったのだろうか?

 明確に給料を提示しておいた方が良かったかもしれないな。その方が、ダイアも動きやすかったかもしれない。

 ただ、私が払う給料は、今回の報奨で支払われるだろう金額で変わるだろうからなぁ。明確な金額は提示しにくかったんだよなぁ。


「では出発します」


 御者の声と共にガタンと一度強く揺れ、馬車が進み始めた。その衝撃にトアが目を覚ます。

 掛けていた布を落としつつ、体を起こして目蓋を擦る。


「トア、出発したぞ」

「トアちゃんはトエラの外に出るのは初めてですよね?」

「ん」


 トアは興味深げに馬車からの景色を見る。

 ゆっくりと進む馬車はやがて門へと差し掛かり、そこで停止した。


「ん? 何かあったのか?」

「ミラお姉ちゃん、門の上に誰かいる」

「門の上?」


 窓からトアの指さす先を見ると、確かに門の上に立つ人影があった。

 町の兵士たちや門番が必死に女性に声をかけ、門から降りて来いと言っている。自殺とでも思っているのだろうか。

 だが私の口元には笑みが浮かんでいた。


「来たか」


 馬車から降りて人影を見上げる。人影はマントを羽織り、春風にたなびかせていた。


「ミラベル・ナイトロード!」

「ここにいるぞ!」

「あなたの提案に乗ってあげるわ! 子供たちのためにね!」

「感謝するぞ! 私は王都で待っている! 準備ができたら挨拶に来てくれ!」

「ノックはしないわよ!」

「構わんさ」

「そう。じゃあ王都でね」


 人影――ダイアは門から飛び降りその姿を消した。

 慌てた兵士たちが飛び降りた先に駆け付けるが、当然そこにダイアの姿はない。

 私は馬車へと乗り込み、座りなおす。


「来てくれたんですね」

「うむ。これで憂いは晴れた。向かおうか、王都へ」

「はい!」

「ん!」

「では出発します」


 改めて御者が手綱を振るい、馬車は今度こそ門を抜けトエラを後にするのだった。



 トエラを出た直後は、始めてみる光景に興奮していたトアも、ずっと続く草原と一本道にやがて飽きてしまい、ティエリスに用意してもらった弁当を食べた後は、ソファーですやすやと寝息を立ててしまった。

 私やクーも朝が早かったため、簡単な仮眠を取り、目が覚めたころにはもう王都のすぐ近くまで来ていた。

 風景も一変しており、道は綺麗に舗装され、王都から広がっている畑で農民たちが仕事をしていた。

 遠くにはすでに王城の影が薄っすらと見えており、後一時間もしないうちに到着するだろうと予想できる。


「ここも懐かしいな」

「一年ぶりぐらいですか?」

「まだ一年しかたっていないのだな」


 家を飛び出したのが去年の春。丁度今の時期だったことを思い出す。

 盗賊を倒したり、傭兵として活動したり、ダイアとやり合ったり、化身級とやり合ったり、化身級とやり合ったり、化身級とやり合ったり……化身級多くないか?

 ま、まあそのおかげでこうして堂々と王都に戻ってくることができたのだから良いとしよう。


「トアちゃん、もうすぐ王都ですよ」


 クーがトアを揺すって起こす。

 トアは眠り過ぎたのか、頭を押さえて顔を顰めつつ外を見た。そこに広がる光景に、表情が一変する。


「わぁ! あれ畑だよね」

「うむ。トエラとは規模が違うだろう?」

「ん! 凄い大きい!」


 トエラでも町の周辺で畑を作っているが、王都周辺の規模は二倍から三倍ある。

 これは、非常時でも王都周辺の食料をなるべく確保しやすくするための対策でもあり、同時にこの広い畑は仮に攻められた場合の大規模が部隊の展開を可能とする最後の防衛線でもあるのだ。


「ここの畑で作られた麦は、一部を販売した後、王家直轄の食糧庫へと運び込まれ、騎士や兵士たちの食事になるのだ。そして売値はそのまま兵士たちの給料にもなる。国の兵を支える重要な畑と言うことだな」

「凄いですね。これだけの畑があるから、強い兵士を維持できるということですか」

「食は全ての支えになるからな」


 数世代前の国王が打ち出した政策らしいが、それが今も変わることなく続けられているのはそれが有効に働いているからだろう。

 その分王都での土地代が上昇傾向にあるらしいが、そのために近くに第二都市を建設するという計画もあると聞く。

 私たちの世代では実現できるかは怪しいが、私たちの子供の世代にはもう一つの都市が出来ているかもしれないな。

 

 舗装された道のおかげで、馬車の揺れも少なく、私たちはのんびりと景色を眺めながら王都へと近づいていく。

 そして一時間程度たったところで、馬車が止まった。目の前にはもう大きな門があり、入都審査をまつ商人たちが列を作っている。

 馬車はすぐに動き出し、門を抜けた。

 ナイトロード家の家紋が入った馬車だ。最優先で通されたのだろう。

 門を抜けると、再びトアが声を上げる。

 トエラも大きな町だったが、王都はやはり別格だ。

 その大きさはトエラの二倍にあたり、背の高い建物というのはあまりない。

 代わりに、屋敷、館と言える大きな建物が並んでいる。

 これが王都の街並みだ。王と貴族を中心とした町がそこにはある。


「門からナイトロード家まではすぐだ。そろそろ降りる準備をしておこうか」


 と言っても、上着を着て手荷物を用意する程度だ。

 飲み物やトランプ、トアの勉強道具などを終っているうちに、馬車は一軒の館の門を抜ける。

 広い芝生が続き、奥にある四階建ての屋敷は他の屋敷と比べても大きい。

 芝の先には巨大なドーム状の建物もある。


「あのドーム状の建物はなんですか?」

「あれがよく話している訓練施設だ」

「あ、あれが!? ギルドよりも大きいですよね!?」

「拡張工事を続けるうちにあんな大きさになってしまったらしい。外は少し古くなっているが、中は常に新品の物に取り換えられているぞ。主に覇斬で壊してしまうせいだがな」


 歴代の当主や兄弟たちの覇斬を受けてなお今も立ち続けるドームに、歴史を感じるな。

 ちなみに、屋敷を破壊した中では、私が歴代トップらしい。親子喧嘩が絶えなかったからな。仕方あるまい。



 やがて馬車は屋敷の前へと到着する。

 馬車が止まると同時に、入り口に待機していたメイドが扉を開けた。


「お帰りなさいませ、ミラベルお嬢様。ようこそおいで下さいました、クーネルエ様、トア様」

「うむ。今戻った」

「お世話になります」

「お世話に、なります」

「父さまはどちらに?」

「今はお城におられます。ミラベルお嬢様には、家でくつろぐようにとのことです」

「そうか」


 まだ書類仕事は残っているのだろう。


「ではそうさせてもらおう。二人用の部屋も頼む。トアはクーと一緒だ」

「万事整えてございます」

「では二人を案内してやってくれ。後荷物を頼む。私は部屋へ行く」

「はい。ではクーネルエ様、トア様、ご案内いたします」

「クー、トア、着替えたら私もそちらの部屋に行く」

「分かりました。じゃあお願いします」

「します」


 二人はメイドに案内され屋敷の中へと入っていく。

 そして私も、約一年ぶりに自分の家の床を踏むのだった。


 久しぶりに入った部屋は、出るときと変わらず綺麗に整理されおり埃一つない。

 荷物をベッドの上に放り投げ、服も脱いでいく。

 下着姿になりクローゼットを開けると、ずらっと並んだドレスに目を眩ませる。


「増えてる……」


 基本的に改造騎士服を着ている私だが、母様がいつの間にか私のドレスを用意し、クローゼットの中に並べているのだ。どうやら私が家出した後もドレスを買い続けていたのだろう。

 もう着れそうにないサイズも何着かあるし、一度整理してもらわないとな。


「着れそうな服は」


 奥の方にラフな格好のものも何種類かあったはずだと探してみるが、一向に見つからない。

 見つからない……捨てられた!?


「ふふ、ミラベル気づいたようね」

「はっ!?」


 振り返ると、部屋の入り口にセンスで口元を隠し豪華なドレスを身にまとった女性がいた。


「かあ様」

「ズボンやシャツ、平民が着るような服は一切を処分させたわ。今そこにあるのは私の厳選したドレスだけ! さあ、ミラベル! 私のためにドレスを着るのよ!」

「そんな!? 私にドレスを着てクーたちのもとへ向かえと!?」

「貴族らしさをたまには思い出しなさい! 傭兵なんて粗野なことを一年も続けたのでしょう! そのドレスを着て、身も心も引き締めるのよ!」

「私には搾るほど脂肪はありませんがね!」


 コルセットは最大限に絞っても私の筋肉を圧迫することはできないぞ!


「キイイ! 羨ましい! メイドたち、ミラベルを着飾ってあげなさい!」

「「「「はい、奥様」」」」


 かあ様の後ろに控えていたメイドたちが一斉に室内へと踏み込み、私を取り囲む。

 こうなってしまえば、私に対抗する手立てはない。騎士は女子供に手を出せないのだ。

 そして私はなされるがままに、かあ様たちの着せ替え人形となるのだった。



「くっ、殺せ」


 笑いをこらえるクーの前で、私はそう呟いた。


「いえいえ、とっても似合っていますよ」

「いや、さすがにこれは……」


 着せられたドレスはピンクのフリルがふんだんにあしらわれたあっま甘な一着だった。

 よりにもよってこれを選ばなくてもいいと思うのだが、どうやら一度も着たことのないタイプを着せてみたかったようだ。

 きっちり化粧まで施され、髪もくるくると巻き上げられている。

 部屋にある鏡には、まるで別人の私が映っていた。


「ミラ……お姉ちゃん?」

「トア、疑わないでくれ。私だ」

「可愛い」

「う……ありがとう」


 トアに言われると何も言えない。


「まあ座ってお茶にしましょう。初老の執事さんが入れてくれたんですけど、すごく美味しいですよ」

「クッキーも美味しい」


 私が着せ替え人形にされている間に、クーたちの部屋にはお茶とお菓子が準備されていたようだ。

 先に食べていた二人は、その美味しさに驚いていたようだが、まあ仮にも名門貴族なのだからそれぐらいは用意するさ。


「夕食は父さまたちと一緒に取るようだ。あまり食べ過ぎないようにな」

「はい」

「ん!」


 そして私も席に付き、用意されていたクッキーに噛り付くのだった。

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