表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/86

エピローグ-1

 一ヶ月をかけて私たちはトエラへと戻ってきた。

 町はトエラを出発したときの雰囲気から全くと言っていいほど変わっていない。

 通りは多くの人に溢れ、すでに伝わっているメビウス王国の勝利で大いに盛り上がっている。

 屋台の中には、戦勝記念などと銘打って安売りをする店もあった。

 そんな様子を私とクーはシルバリオンに乗ってやや高い位置から眺めていた。

 傭兵の姿も多く、どうも浮かれている様子が多く見られる。ちょっと会話を盗み聞きしてみると、どうやら戦争に参加していた傭兵のようだ。国から支払われた報酬によって懐が暖かくなったようだ。今夜は前から行きたかったあの店になどと言っているが、どうせ娼館かどこかだろう。まあ、考えることは同じような連中が多いみたいだし、お目当ての子に会えるかどうかは運次第だろうがな。

 そういえば、私たちの報酬はどうなっているだろうか? 風見鶏の支援が依頼立ったはずだが。


「クー。帰る前にギルドによっていかないか? 風見鶏のことや報酬のことも気になるし、ルレアやヒューエにも帰還の報告が必要になるはずだ」

「あ、そうですね。トアちゃんもそっちにいるかもしれませんし」


 クーの賛成を得て、私たちはギルドへと向かう。

 ギルドに近づけば、傭兵の数が多くなると同時に、私たちに向けられる視線の数が各段に増えた。

 シルバリオンに乗っているとはいえ、以前ならばここまで注目を集めることもなかったと思うのだが?


「クー、私は何かおかしなところがあるだろうか?」

「大丈夫だと思いますよ? どうしたんですか?」

「どうも視線を集めているようでな」


 集めてはいるが、悪意は感じない。むしろ興味や好奇心が強い感じがする。

 何やらひそひそと話す姿も見られるが、変な噂でも流れているのだろうか? ルレアに聞いてみるかな。

 そんなことを考えつつ、ギルドへと到着する。シルバリオンを係員に預け、ギルドに入った。


「この景色も久しぶりだな」

「懐かしい気がしますね」


 正面に広がる受付カウンター。右側の掲示板に左側の喫茶スペース。喫茶スペースには、多くの傭兵たちが今もたむろしており、賑やかな声が聞こえてきていた。

 昼過ぎと言うこともあって、カウンターには人が少なく、いくつかの窓口は閉鎖されている。

 私たちは開いているカウンターへと声をかけた。


「すまない、ルレアかヒューエはいるだろうか?」

「ん? お姉ちゃん?」

「トア?」

「トアちゃん!?」


 カウンターの席に座っていたのは、いつものメイド服を身にまとったトアだった。

 トアは少し目を見開き驚いたような表情をした後、すぐ満面の笑みへと変わる。


「お帰り」

「うむ、今戻ったぞ」

「トアちゃんただいまです。今さっきトエラに到着したところなんですよ。トアちゃんはなんでカウンターに? ルレアさんはいないようですが?」

「ルレアたちは所要で出ております。間も無く戻ると思いますが、いかがしますか?」


 定型文を読み上げるように答えるトアに笑いが漏れる。


「ふむ、時間的に昼食か」

「では少し待ちましょうか。ところでトアちゃん一人で大丈夫なんですか?」

「仮の免許は貰ってる」


 トアは胸元に掛けられていた札を見せてくる。それは、ギルド係員のネームプレートだ。そこには事務担当(仮)トアと書かれていた。


「時々一人で受付してる。ルレアお姉ちゃんの担当なら、私もできるよ?」


 どうやらいつの間にか、一人でも対応できるほどに受付業務を覚えてしまっていたらしい。このままではギルドにトアを引き抜かれかねないな。ルレアの計画か? トアには是非ともティエリスの後を継いで家のメイドとして働いてもらいたかったのだが。後でルレアに釘を刺しておくか。


「そうなんですか!? ミラ、じゃあせっかくですしトアちゃんに確かめてもらいましょうよ」


 クーはトアの成長がみられてうっきうきだな。


「では頼もうか。護衛依頼の結果がどうなっているのか確認したいのだが」

「少々お待ちください」


 トアは引き出しから私たちのファイルを取り出し、依頼書を確認する。


「ん、依頼は、風見鶏への増援依頼――ですね」

「うむ」

「風見鶏からは十分なサポートを受けられたと、最高評価が来ています。依頼主からは満額の支給が確定しています。今受け取りますか?」


 事務手続きはすでに完了しているようだ。

 だが風見鶏から最高評価を受けていたとは素で驚いた。風見鶏は撤退時にピエスタを失っている。依頼としては失敗と評されてもおかしくないはずなのだ。


「ああ。それと風見鶏と連絡を取りたい。依頼ではないので、急がないで大丈夫だ」

「ん、分かりました。後ほど、連絡を入れておきます。支払いは口座への振り込みでよろしいですか?」

「大丈夫だ」

「では三百万が口座に振り込まれます。後ほどご確認ください――これで依頼は完了となります。何かございますか?」

「トアは今日は何時までだ?」

「五時まで」


 ふむ、後二時間と言ったところか。どこかで時間を潰して一緒に帰ろうかと思っていたところで、背後から声がかけられる。


「ミラベルにクーネルエさん?」

「あら、帰ってきてたのね」


 振り返ると、ギルドの入り口にルレアとヒューエ、二人の姿があった。

 こちらの姿を見て驚いている様子だ。


「ついさっき戻ってきたところだ」

「お二人にも無事な顔を見せておこうと思いましてね」

「そうだったんですね。あ、トアちゃんお留守番ありがとうね」

「ん、問題なく」


 二人がカウンターへと入り、トアと席を交代する。そして机の上に広げてあった私たちの依頼の書類を見て何をしていたのか理解したようだ。


「完了報告ですね。全て処理済みと。さすがトアちゃんね。ねぇ、やっぱりギルドの役員にならない? 私紹介状書くわよ」

「待て待て待て待て。トアは家でメイドをやってもらうつもりだ。簡単に引き抜かれては困る」

「ええ、私が頑張って色々教えてきたんですけど」

「それはそうだが、それとこれとは話が別さ。まあ、重要なのはトアの気持ちだがな」


 私たち全員の視線がトアを見る。

 トアはビクッと肩を振るわせた後、私たちを全員見回した。


「トアは将来どうしたい?」

「ギルドはいつでもウェルカムよ」

「私は――」


 トアはもう一度私とルレアを見てから答えを告げる。


「私はティエリスと一緒がいい」

「……」

「……」

「ぷふっ」

「くふっ」


 沈黙する私とルレアに、笑いをこらえきれず噴き出すクーとヒューエ。

 クーは後で頬っぺたむにむにの刑だ。


「と、トア。ティエリスなのか?」

「色々教えてくれる。勉強も楽しいし、メイドも楽しい」

「くっ、ずっとメイド服だからもしやとは思っていましたが、まさかティエリスさんに持っていかれるとは……」

「これは傑作すぎるわね。まあ、ミラベル的には良かったんじゃないの? ティエリスさんはミラベルの専属メイドなんだし、トアちゃんが一緒に行動するなら、最終的にはミラベルの専属になる可能性も高いでしょ」

「むっ、それもそうだな!」


 考えてみればそれもそうだな。これは私の勝ちと言っていいのではないだろうか!


「ルレアお姉ちゃん、ごめんね」

「いいのよ、トアちゃん。トアちゃんの未来はトアちゃんの物だからね」


 トアをヒシッと抱きしめ頭を撫でるルレア。その目尻には悔し涙が浮かんでいる。


「ほら、今日飲みにでも付き合ってあげるから」

「お願いします」

「それとトアちゃん、今日はもう上がっていいわよ。せっかくミラベル達も帰ってきたんだしね。いいでしょ、ルレア」

「そうですね。最近は戦後の報酬もあって忙しくもありませんし、大丈夫ですよ」

「ありがと」

「では準備してくるといい」


 トアが事務スペースの奥にあるロッカーへと向かう。その間に、私はルレア達へと問いかけた。


「依頼の結果は聞いたが、本当に満額支給なのか? 風見鶏のピエスタが――」

「知っています。私たちもそのことは風見鶏に確認しました。リーダーのシェーキさんからは、化身級の出現は完全に想定外のことだと返答をいただいております。そのうえで、他のメンバー全員を守るために一人で立ち向かってもらったことに感謝をしているとのことでした」

「……そうか。風見鶏の内情はどうなっているか分かるか? ピエスタの死で、ユイレスがだいぶ落ち込んでいるようだったが」


 シェーキとはかなりひどい喧嘩をしていたようだし、気になるところだ。


「一見はそこまでこじれている感じはなかったわよ。ただ、食事とかに誘ってもあんまり乗ってこないし、内心はまだ整理が付いていないんじゃないかしら? とりあえず風見鶏を抜けるとかそう言うことはないみたいだから安心して」

「そうか」

「こればっかりはすぐにどうこうとはならないと思うしね。まあ、私たちもサポートするから、気長にやるしかないわね」

「頼む。私の力不足が招いたことだ。協力できることがあるなら、どんどん行ってくれ」

「ミラベルの力不足ではないと思いますけど、分かりました。何かあれば相談しますね」

「お待たせ」


 トアがカバンを持って戻ってきたところで、会話は打ち切られた。


「うむ、では帰ろうか」

「はい」

「うん」


 トアの右手を私が、左手をクーが握り、三人ならんで私たちはギルドを後にするのだった。


 シルバリオンを受け取り、トアを乗せて歩いてホームへと向かう。

 ホームに近づけば、シルバリオンにトアが乗っていることに気付いた近所の奥さん方が声をかけてくれたり、野菜を分けてくれたりして、いつの間にか荷物が増えてしまった。

 そんな状態で私たちがホームの前まで到着すると、当然のように扉が開き中からティエリスが出迎える。


「お帰りなさいませ、ミラベルお嬢様、クーネルエさん、トアちゃん」

「うむ、今戻った」

「ただいま戻りました」

「ただいま」

「トアちゃんはシルバリオンをお願いします。お二人は長旅でお疲れでしょう。湯あみと食事の準備ができていますがいかがしますか?」

「む、どうしようか」


 長旅で風呂にも入りたいが、朝から何も食べていないからお腹も減っている。

 どうせ風呂に入るなら、ゆっくりと浸かりたいところだし、食事をするのもありな気もするが、旅で付いた砂を落としてさっぱりしてからティエリスの料理を楽しみたいという気持ちもある。

 クーを見ると、クーも同じように悩んでいる様子だった。


「どうしましょうね」

「ティエリス、料理はなんだ?」

「あまり時間がありませんでしたので、サンドイッチとスープをご用意してあります。よろしければ、お風呂にもお持ちできますが?」

「「それだ(です)!」」


 というわけで、私たちは一足先に風呂場へと向かい、サンドイッチを風呂に持ってきてもらうことにした。

 埃っぽい鎧と衣類を脱ぎ捨て、浴室へ入る。中は蒸気でしっかりと温まっており、心地いい。


「クー、先に体を洗ってしまおう」


 いつもはかけ湯程度で入るのだが、今日はかなり汚れているからな。


「そうですね」


 宿の風呂場ほどではないが、並んで座るには十分な広さのある浴室で、私たちはお湯を被って体を洗っていく。

 いつものようにクーの背中を私が洗い、私の背中をクーが洗ってくれたところで脱衣所にティエリスが来た。


「入ってもよろしいですか?」

「少し待ってくれ。今体を洗っている」

「お手伝いしましょうか?」

「大丈夫だ。もう、ほぼ終わったからな」

「そうですか……」


 なぜ少し残念そうな声なんだ。

 そして完全に泡を流し、湯船へと浸かる。

 浴槽自体の大きさはそこまで広くない。横に並ぶと足が延ばせず体育座りのような形になってしまうため、私たちは向き合ってお互いの体の横へと足を延ばした。


「ティエリス、待たせたな。もう大丈夫だ」

「では失礼します」


 ティエリスが風呂場の扉を開け、お盆を持って中に入ってくる。その上に載っているのは、色鮮やかなサンドイッチ――というよりもハンバーガーだった。


「飲み物は、果汁を入れた炭酸水をご用意しました」

「ありがとう」


 お盆のまま受け取り、風呂椅子の上に置く。


「湯あたりにお気を付けください」


 そう言ってティエリスは風呂場から出て行った。

 私たちは早速手を拭いて、ハンバーガーを手に取る。

 ずっしりとした重さは、パテの重さだろう。間には他にもトマト、レタス、玉ねぎなどが挟まれている。


「美味しいですねぇ」


 クーは一口に豪快に頬張ると、頬をパンパンにしながら嬉しそうに言う。

 私もすぐさま噛り付くと、パテからあふれ出した肉汁が全身に染みわたる様に広がった。

 トマトやレタスも瑞々しく、生の玉ねぎがピリリとアクセントを効かせている。

 炭酸水を飲めば、果物の酸味と甘みで疲労が底からあふれ出すようだ。


「ふぅ……風呂で食べる料理というのも良いものだな」

「そうですね」


 ハンバーガーはあっという間に無くなり、私たちは飲み物を片手に風呂に浸かる。

 町の宿でも風呂に入ることはあったが、ここまで寛ぐことはなかったな。これも家の風呂ならではと言えるかもしれない。

 のんびりとお湯につかっていると、不意にクーと視線がぶつかった。


「ミラ、私たちってどうなるんでしょう?」

「ん? どういうことだ?」

「ミラは家族と仲直りできましたし、今回の功績でほぼ騎士になれると思うんです」

「ふむ」


 まあそうだろうな。私が騎士になるうえで一番の問題点であった父さまが私を騎士として認めてくれた。それ以上に、今の私の力は国家の管理の元に置かなければいけないレベルに達している。国が放っておくとも思えない。


「それに、私も言われたんですけど、ミラが騎士になれば前例ができるので、私も騎士になれる可能性が高いそうです」

「それは誰から聞いたのだ?」

「ルーカスさんです」

「兄さまがそんなことを」

「あ、でも直接騎士にと言うことではなくて、騎士候補の試験を受けられるようになるということみたいですけど」

「まあ、クーの場合はその方がいいかもしれないな」


 クーの魔法の実力は間違いなく騎士として必要なレベルに達しているが、まだ体力や剣技、馬の扱いなどは心許ない部分もある。それを騎士候補のうちにしっかりと鍛えてから魔法隊に入ったほうがいいだろう。


「となると、私たちは王都に戻ることになるな」

「傭兵は廃業ですかね」

「一応籍は残しておいても問題ないと思うぞ。そういう騎士たちもいるからな」

「そうなんですか。じゃあこの家はどうしますか?」


 この家か。私やクーはさほど思い入れが無い家なので売ってしまってもいいと思うのだが、トア達はどうだろうな。二人は私たちがいない間もずっとこの家でくらしていたのだから、思い入れが出来ているかもしれない。


「残すか売るかは二人に相談しよう。残す場合は、誰かに貸すのもありかもしれない」

「二人の気持ち次第ですね」

「そうだな」


 そうか。考えてみれば私たちは騎士になるのだから王都に行くことになるはずだ。となれば、私は実家に帰ることになるだろうし、クーも下宿か……いや、あそこは男どもの巣だからな。そんなところにクーを一人にはできない。ナイトロード家に下宿してもらおう。

 となると、トエラともお別れになるな。ティエリス達には引っ越しの準備も進めておいてもらわなければならない。


「まあ、それも戦後処理が全て終わってからの話だ。後一カ月二カ月はあるだろう。その間に、のんびりと準備を進めて行こう」

「そうですね」

「とりあえずは今ここに戻ってこれたことに」


 私が持っていたグラスを差し出す。


「色々と成功したことに」


 クーが同じようにグラスを差し出し――


「「乾杯」」


 カチンと小さくグラスを打ち合わせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ