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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-23 決着

 ドンッと激しい衝撃と共に覇斬が肉壁に激突する。

 肉壁は激しく揺さぶられ、まるで波紋のようにたわみながら衝撃を受けきってしまった。

 困ったな。今の私なら蛇の内側から斬ることぐらいは可能だと思っていたのだが。

 っといけない。剣を振った際にクーが落ちそうになってる。

 意識を失っているクーをもう一度担ぎ上げ、酸の液から遠ざける。意識のないクーは、消滅魔法を発動もできないしこの液に素肌で触れることになってしまうからな。注意が必要だ。


「ふむ、斬れないか」


 言葉にしてふと首を傾げる。確かに覇斬の衝撃が凄いものだが、その切れ味も絶大だ。具体的に言えば、石も鉄も頑張れば小さな湖でも真っ二つにできる。

 さっき私が放った威力の覇斬であれば、対岸の見えない湖ですら両断できるほどの威力だったはずだ。それを受けきった上に傷跡が一つもないと考えると、この肉壁はただの肉壁とは考えない方がいいのかもしれない。

 もっと魔術的な要因を持った壁だとすれば、突破は別の方法が必要だな。


「よし、火力を上げよう」


 私にできることはそれぐらいしかないからな。

 覇斬で無理ならば、さらに火力を上げる!

 覇斬の剣にさらに覇気を注いでいく。

 琥珀色だった剣の色が次第にどす黒く変色し、周囲に歪みを生み出しながら形を変えていく。

 いつもの愛剣の形では、もう形を保つことすらできない圧縮量を保有し、私の握る剣は歪な刀身を持つ大剣へと変化した。

 大剣に触れる酸が、まるで沸騰するように消滅しているのは何が原因なのだろうか? まあいい。これならいける気がするぞ!


「断ち切れ、覇断!」


 振りぬかれる大剣。その刃が肉壁へと触れ、何の手ごたえもなくその肉を切り裂く。


「ハァ!」


 放たれた覇斬が裂け目の中へと入り込み、内側からまるで氷を砕いた時のように亀裂を広げ破壊した。

 一振りに込めた衝撃波は、先ほどのように逃がされることなく、真っ直ぐに進み壁へとぶつかる。そして少しの拮抗の後、壁をぶち抜いた。

 その先に見えるのは、外の風景。


「成功のようだな」

「うっ……」

「む、クー気が付いたか?」

「ミラ?」


 肩に担いでいたクーが、今の衝撃で目を覚ましたようだ。


「魔法は発動できそうか?」

「ちょっと無理です」

「ではこのまま行くとしよう」

「もうちょっとロマンのある抱き方はありませんでしたか?」

「片手が埋まると攻撃ができないからな」


 私もできることなら背負うか両手で抱きかかえたかったのだがな。この中にも敵がいるし、肉壁を突破しなければならなかった以上片手を開けなければならなかったのだ。すまんが俵担ぎで勘弁してくれ。


「とりあえず外に出るぞ。道は作ったからな」

「道って」


 クーが体を捩じって先を見る。


「うわ、これなにやったんですか?」

「火力を上げてぶち抜いた。なかなか硬かったが、今の私に不可能はない!」

「外大丈夫かなぁ? クローヴィスさんとかミラのお父さんとかが戦っていたと思うんですけど」

「むっ。まあ、直撃しなければ大丈夫じゃないか? とにかく外に出るぞ」

「あ、はい」


 裂け目の間を進み、光の先へと向かう。

 そして肉の中で数歩進んだところで、突然足元が激しく揺れる。丁度、覇断が何かにぶつかったところだ。


「おっと――走るぞ」

「はい」


 クーが私の鎧に捕まり、不安定な足場を駆け抜ける。そしてそのまま一気に外へと飛び出した。

 広がるのは、荒野と化した草原の姿。石と土の地面がどこまでも続き、蛇が暴れた跡が波のように地面に出来ていた。


「空気が美味いな」

「ずっと内臓の中でしたからね」


 地面へと着地し、クーを肩から降ろす。

 クーは少しふら付くと、そのまま座り込んでしまった。


「大丈夫か?」

「ハハハ。ちょっと痛いですね」


 見れば、酸に触れていた足首までが酷い状態だ。肌は爛れ、切れた皮膚から血が流れだしており、とても立っていられる状態ではない。こんな状態になってまで、私を助けに来てくれていたのか。


「全く。無茶をする」

「ミラなら大丈夫だって信じていましたから」

「なら期待には答えなければな」


 立ち上がり振り返る。そこには、怒りをその眼に湛え、こちらを睨みつけてくる蛇の姿があった。

 私が食われたときよりも傷が多くなっているな。有効な傷はなさそうだが、父さまたちが頑張っていてくれたのだろう。

 その父さまたちは――いた。少し離れたところで、四人そろって茫然とこちらを見ている。

 戦いの最中に呆気にとられるとは、父さまたちもまだまだだな。

 やれやれと首を振りつつ、私は手に覇衣の刃を――いい加減名前を付けるか。

 覇衣の刃で覇刀……安直すぎるか。他のものとも被りそうだし、私だけの剣なのだからもっと親しみのある名前を――うん、私の覚悟の印でもあるしシェバリーと名付けさせてもらおうか。

 私はシェバリーを発現させ、蛇と向き合う。


「お前との付き合いもそろそろ終わりにしよう。ノーザンライツの指導者もお前が食ってしまってもういない。お前が終われば、ノーザンライツとの戦争も終結を向かえるだろう。だからもう眠れ、スィータクロチ!」

「シャァァアア!!」


 剣を振るうと同時に、スィータクロチは体を捩じりながら酸を吐き出してくる。

 だが今の私に酸は聞かない。

 全身のアーマメントで酸を受けつつ、振りぬいた覇断がスィータクロチの皮膚を切り裂く。

 血が噴き出し、スィータクロチが目に見えて苦しんでいた。

 効いている。この力ならば殺しきれる!

 アーマメントはパワードスーツのように私の動きをサポートし強化している。それに覇気を巡らせた身体能力を合わせれば――

 ダンッと地面を蹴ると、目の前に蛇がいた。

 瞬間移動にも似た加速と減速。本来ならば肉体が耐えられない加速すら受け止められる。

 そして私の見失った蛇の正面へと飛び上がる。


「眠れ、世界を喰らうもの! 覇断!」


 全力を込めた覇断を、蛇の正面で放つ。

 蛇はとっさに覇断を食べようとしたのか口を開き、その口ごと蛇を両断した。

 頭の天辺から尻尾の先まで一息に貫通した覇断は、背後にある崖を粉砕して消滅する。

 私は着地し、シェバリーとフルアーマメントを解除した。

 ギロリと蛇の目がこちらを見下ろしてくる。だが戦いはもう終わったのだ。

 蛇に背中を向け、私はクーの元へと戻る。その間に、蛇は中心から真っ二つに裂け地面へとその巨体を横たえた。


「お疲れさまでした」


 クーが、戻ってきた私に微笑みかけてくれる。まだ痛むだろうに、無理をして。


「クー、足の治療をしなければ。消毒液と包帯、それに水も必要だな」

「あ、はい。今出しますね」


 クーが魔宝庫から道具を取り出している間に、父さまたちがこちらへと近づいてきているのに気づいた。

 私はとっさに立ち上がり、シェバリーを出現させ父さまたちを向き合う。


「なっ、ミラベルどういうつもりだ!?」

「それ以上近づくのならば斬ります!」

「待て待て待て待て! いきなりどうした!」

「あ、そうか! クーネルエさんの代償だね!」


 ルーカス兄さまが気づいてくれたようだ。


「父さん、クーネルエさんは魔法の代償で今衣服を身に付けていないんです。着替えるまでは待ってあげないと」

「そう言うことか! 分かった! 分かったから落ち着いて剣を下せ!」

「近づきませんね?」

「近づかん!」


 言質を取ったのでシェバリーを消す。


「お前たちは大丈夫なのか!? スィータクロチは倒したのだな!」

「私は問題ありません。クーが足に怪我をしているので、そちらの治療を先に済ませます! スィータクロチは完全に殺しました!」

「そうか! ではこちらもやることをやるとしよう! フィエルは町に戻って騎士団に連絡を。クローヴィス殿は傭兵たちに連絡を頼む。蛇を撃破した以上こちらを止める者はいない。一気に侵攻しノーザンライツを北へと押し返す」

「どこまで進みますか?」

「オルビス川まで進む。あそこならば国境としても使いやすいはずだ」

「了解しました。進軍できるよう準備を進めます」

「こっちも了解」


 父さまが指示を出す中、私はクーが取り出した水を惜しみなくクーの足へと掛けていく。

 かなり染みるのか、クーはひゃっと変な声を上げながら悶えていた。私は逃げる足を捕まえて、強引に水をかけ続ける。酸が残っていては、治癒の妨げになるからな。

 そして、消毒液を掛け、トア特製の傷薬を私の手にたっぷりと乗せ優しくクーの足へと塗っていく。

 ポーションの痛みはずいぶんと改善されているらしく、以前のような悲鳴を上げる痛みはないようだ。それでも、水を掛けられているときと同程度には痛いらしいが。

 最後に包帯で足をぐるぐる巻きにすれば完成である。


「これでどうだ?」

「ミラって包帯巻くの上手かったんですね」

「怪我などよくあることだったからな。簡単な傷は自分で手当しておかなければ切りが無い」

「それもそうですね」

「とりあえず服を着てしまえ。いつまでも父さまたちを待たせるのも悪い」

「そうでした!」


 クーは慌てて魔宝庫の中から替えの下着とスカートにシャツを取り出し、いそいそとマントの中で着替えていく。

 それを見届けて、私は父さまたちへと声をかけた。


「お待たせしました」


 それを合図に、父さまがものすごい勢いでこちらへと駆けてくる。そして私の目の前までくると、突然その巨大すぎる両腕を広げて私を抱きしめた。


「と、父さま!?」

「ミラベル、無事でよかった!」

「……心配をおかけしました。ですが私はこうして無事であり、むしろ父さまの方が怪我が酷いのでは?」


 父さまの鎧はボロボロになっており、剣も刃こぼれが酷い。欠けた鎧の部分からは、血が流れているのが見える。

 対して私はほとんど無傷だ。服が破れている部分はあるものの、血は一滴たりとも垂れていない。

 まあ、相手が相手だっただけに、怪我=死も同然の戦いだったから、生き残った者たちはほぼ軽傷しかないのも当然だが。


「この程度、放っておけば治る」

「まあ、父さまならそうでしょうね」

「二人とも、こんなところで話してないで町に戻ろうよ。父さんの傷も放っておくわけにはいかないんだから」


 横を見ると、いつの間にかルーカス兄さまが顔を真っ赤にしたクーを背負っていた。


「む、そうだな。では戻るとしようか」

「はい」


 父さまとクーを背負った兄さまが町へと戻っていく。

 私は一度振り返り、完全に死んでいるスィータクロチを見た。

 スィータクロチはすでに腐敗が始まり、垂れた液体が土へと沁み込み始めている。これだけ巨大な化身級の魔物の栄養が大地に満ちれば、生命力を吸いつくされたここもすぐに元の草原へと戻るだろう。

 思えば、この蛇も仙僧に操られた被害者の一人なのかもしれない。


「安らかに眠れ」

「ミラ、どうしたんですか? 行っちゃいますよ?」


 立ち止まっていることに気付いたクーの呼びかけに「いや、何でもない」と答え、三人の後を追ってアワマエラへと戻るのだった。


   ◇


 アワマエラへと戻ってきた私たちを出迎えたのは、大きな歓声と市民たちの喜びの声。

 騎士たちに囲まれ、担がれ、凱旋パレードのように町の中央通りを何度も練り歩かれた。

 その後、医療スタッフたちによる救出作戦が慣行され、私たちは治療院へと担ぎ込まれるのだった。

 父さまの怪我は本当に放っておけば治る程度の物であり、消毒と包帯だけで騎士団の指揮へと戻された。

 私は見た目に怪我こそしていなかったものの、肉体疲労が限界に達していたのか治療院のベッドに横になった瞬間眠ってしまい、後のことはほとんど覚えていない。

 目を覚ました後に聞いた話では、栄養剤を点滴されながら二日ほど眠り続けていたのだとか。

 そして一番重症を負っていたクーだが、医者の診断により全治一カ月と宣告された。

 基本的には皮膚部分の軽度の火傷ということなのでしばらくすれば代謝と共に皮膚も元に戻るらしい。だが、皮膚が切れた部分から酸に焼かれてしまい、傷口が塞がっている部分がいくつかあったようだ。

 こうなると、傷口が酷い状態で治ってしまったり、焼けた部分が治らなくなってしまうため手術を行う必要があったようだ。

 簡単に言えば、焼けた傷口部分を切り取って、ちゃんと治せるようにしたというところだろう。その治癒とその後のリハビリで全治一カ月と言うことらしい。

 今後の生活には影響がないように治るということなので、聞いた時にはホッと胸をなでおろしたものだ。

 しかし全治一カ月は全治一カ月。その間私たちは移動することはできない。

 おかげで、その後の戦争処理は全て騎士団の残っていた兵士隊のメンバーによって行われることとなった。

 まずスィータクロチを倒したことでノーザンライツの戦力はほぼなくなったと判断した父さまは軍を進め、クシュルエラを制圧。そのまま進みノーザンライツが拠点を製作していたワラエラとセジュエラまで一気に制圧することに成功した。

 ノーザンライツのメンバーはフィリモリス王国の王都であったフィリエラへと逃げ、待ち構えていたセブスタとマーロの兵士たちによって掃討されたらしい。

 スィータクロチはここに来る前にフィリエラで二国の部隊を襲い多大な被害を出していたようだ。その恨みも合わせて、人ひとり残らず殺されたらしい。

 メビウス王国は、予定通りオルビス側で進軍を停止。そこに防衛陣を作り東へと進軍してきた二国と対面。そこで会談が行われ、暫定的にフィリモリス王国を解体オルビス側を国境として東をメビウス王国が所有し、残りを二国が分割吸収するということになった。

 こうして五つの国を巻き込んだ戦争は終了を見た。

 大方の部分が三国の最初に思い描いていた通りの結果に収まったと言えるだろう。その被害を除けばだが。

四章はこれにて終了となります。

残りはエピローグ

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