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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-22 もう一人の騎士

「しっかりと、飲み込んではくれたようだな」

「ここからが俺たちの本番ってわけだ」


 蛇を縛り付けたまま、クローヴィスは額に浮いた汗を拭い包帯を握り直す。

 クーネルエがミラベルを助け出すまでの間、外に残ったものたちは蛇と戦い続けなければならない。

 覚悟していたことだが、二人の戦力を欠いた状態で戦うのだ。それが容易なわけがない。

 その上蛇の瞳には怒りが満ちていた。。

 自分よりも明らかに小さくひ弱な存在に、もう何度も傷を付けられ、縛られ、自由を封じられたのだ。怒るなという方が無理があるだろう。

 その蛇が縛られながらも体を揺する。それだけで、縛っていた包帯の何本かが千切れた。それに、クローヴィスは顔を引きつらせる。


「コイツ、さっきよりパワーが上がってやがる」

「私の覇斬も飲み込んだのだ。当然だろう」

「どこまでも力が上がるタイプかよ。そっちの坊ちゃんたち、もっと離れろ。拘束が限界だ」

「ぼ、坊ちゃん!?

「兄さん、引くよ!」


 ルーカスがフィエルに肩を貸し、駆け足で蛇から離れる。それと同時に残っていた包帯も引きちぎられ、蛇が再び自由を取り戻した。

 クローヴィスは蛇からとびおり、バラナスの側へと着地する。


「んじゃ、もうひと頑張りしますかね」

「首の一つでも斬り落とさねば、ミラベルたちが戻ってきた時に笑われそうだな」

「ハッ、上等!」


 蛇が鎌首をもたげ、酸を吐く予備動作が出ると同時に、二人は駆け出すのだった。 一瞬の浮遊感の跡、足のうらにねっとりとした感覚が伝わってきた。


   ◇


 目を開けると、真っ暗闇。魔宝庫からランタンを取り出し魔法の作用で消滅する前に前方へと放り投げると、真っ赤ないぼの並ぶ肉の壁が現れる。頭上からは常に液がしたたっており、足元にもくるぶしまで液体が溜まっていた。

 それとと共に皮膚が熱くなるような痛みも走る。


「くっ、予想はしていたけど、消しきれてない」


 蛇の消化液を、消滅魔法が消しきる前に次の液が補充されているのだ。それが少しずつクーネルエの皮膚を焼いていた。


「時間がない。急がないと」


 投げたランタンは、消化液によってジュウジュウと音を立てて溶けてしまい、再び暗闇が戻ってくる。

 消滅魔法を連続使用している以上、クーネルエも明かりを手に持つことができない。

 慎重に、しかし足取りは速く蛇の中を進み始める。

 酸の液をかき分けながら進んでいくと、じょじょに目が暗闇へと慣れてくる。

 本来ならば、内臓の中など完全な暗闇だろう。だが、ここにはごくわずかに光があった。

 時折内臓に付着している光の粒。それにクーネルエは見覚えがある。

 

「これは――覇衣?」


 指に触れると、消滅魔法にわずかな時間だけ耐え、やがれ崩壊するように消滅する。

 だが近くで見たことではっきりと感じることができた。

 いつも自分の隣にいてくれた存在の気配だ。


「ミラの覇衣。これを追っていけば」


 ミラベルにたどり着けると判断し、クーは光の粒を追って蛇の奥へと進んでいく。

 光の粒は、今にも消えてしまいそうなほど小さく、注意しなければ見落としてしまいそうなほどだ。だが、クーは粒を見落とさない。その粒には、温かいオーラがあった。


「ミラ、今迎えに行きますから」


 五分ほどだろうか。暗闇の中を進み続け、時間の感覚が曖昧になってきたころ、クーは開けた場所へと出た。


「ここは……内臓のどこなのでしょうか。胃のあたり?」


 今までの場所にも酸があったということは消化器官のどこかなのだろうが、ドーム状に開けたこの場所は、まるで闘技場のようにも見えた。

 クーは空間の中央まで来て周囲の様子を確かめる。

 肉壁は相変わらずうようよと気持ち悪く動めき、天井からは酸の液が絶えず降り注ぐ。

 足元の酸も、ふくらはぎまでその嵩を増していた。

 ヒリヒリと痛む皮膚は、薄皮をすでに溶かしており、ひび割れたようにできた傷口からは血が流れだしている。


「ここにもいない」


 ミラベルの姿は見当たらない。

 内臓はなおも奥へと続いており、ミラベルはその先かと足を進めようとする。

 と、肉壁が大きく胎動した。

 とっさに警戒し、腰を落としていつでも避けられる体勢を取る。

 胎動していた肉壁は動きを止めたかと思うと、そこに大量の小さな穴を生み出す。

 その奥からもぞもぞと何かが這い出してきた。


「これは……」


 這い出てきたそれは、そのまま穴から抜け、酸の液の中にボトリと落ちる。

 だが溶ける様子はない。

 ゆっくりと鎌首をもたげ、じっとクーだけを見つめる。その眼は四つ、八つ、十六と増えていく。

 それは小さな蛇だ。だがその数は、優に五十を超えていた。


「ちょっと大変そうですね」


 だが負けるとは思わない。自分にはまだ武器がある。教えてもらった技がある。鍛えてもらった体がある。だからまだ諦めない。全てを出し切って尚、諦めることはしない。


「エクスティン・ソード」


 それは、ミラベルと共に考えたクーネルエだけの新しい技。

 本来ならば、光と共に放ち、着弾と共に消滅する魔法を、短剣の形に維持する魔法。

 触れたものを消滅させる、最強の短剣である。

 斬る必要はない。ただ触れさせればいい。

 クーネルエが短剣を出現させたと同時に、蛇たちが酸の液を泳ぎ、一斉に飛び掛かってくる。

 クーは液体に抵抗されながらも足を動かし、自分から蛇たちへと飛び込んでいった。


(囲まれている状態というのは、最悪の状況だ。そういう場合は、全力で一点突破を図れ)


 剣を振り、目の前の蛇を消す。横から飛び掛かってきた蛇には、自分の腕を噛ませることで消滅させる。

 蛇の牙が皮膚に届き、二つの小さな穴を作った。

 だが毒の心配はない。異物であれば、クーの体の中であろうとも消滅魔法から逃れることはできない。

 ただ、傷は傷だ。噛まれ続ければ動きが鈍るし、死も近づく。


(傷口は相手に攻撃させるな。そこは自分の最大の弱点になっていると考えろ)


 クーネルエは、左腕にマントの裾を巻き付け傷口を覆う。

 蛇の包囲網を突破し、壁を背に蛇たちと対峙する。

 蛇たちは、クーの剣を危険と見たのか、迂闊に飛び込んでくる様子はない。クーのまわりをしずかに泳ぎ回っている。

 一陣は凌いだ。だが油断はできない。


(戦場が相手のテリトリーの場合は、常に三百六十度警戒する必要がある。罠や奇策は多少賢い動物ならば使ってくる)


 今一番油断しているのは背中。

 とっさにその場から横にずれ、視線を壁際に向ける。

 そこには穴が数個出来ており、蛇が飛び出そうとしていた。

 後一秒でも遅ければ、背中から何匹もの蛇に噛みつかれていただろう。


(多対一になった場合、道を限定しろ。クーの魔法が一番効力を発揮するのは、狭い一本道だ)


 駆け出したクーネルエは、広場の奥にある短い通路へと向かう。

 後ろからは蛇たちが泳いで追いかけてくる。その速度は、液体に邪魔されているクーネルエの速度よりも早い。


「エクスティングレーション!」


 クーネルエは魔法を足元へと放った。

 消滅する酸と数匹の蛇。そして消滅した部分に流れ込む酸の流れによって泳ぎを邪魔された蛇たちと少しだけ距離が空いた。

 その間にクーネルエは通路へと飛び込み振り返る。

 そこには流れに巻き込まれ一か所に集まった蛇たち。


「もう一度、エクスティングレーション!」


 放たれた魔法は、今度こそすべての蛇を一度に飲み込み消滅させる。

 ホッと息を吐くも、すぐに肉壁が胎動を再開した。そして現れる無数の穴。


「この蛇たちは異物の排除係と言うことですか」


 ここにクーネルエがい続ける限り、蛇は何度でも壁から出てくるだろう。それは言わば、風邪に対する抵抗のようなもの。

 倒すだけ無駄だと判断したクーネルエは、そのまま通路の奥へと駆けていくのだった。


 暗闇を蛇から逃げ続けるとだんだん周辺が明るくなってきていることに気付いた。

 そしてその光の発生源は通路の先。

 クーネルエは真っ直ぐにそこへと向かう。


「あった」


 そして見つけた。

 ヤマブキ色に輝く、八面体の結晶だ。そしてその中で膝を抱え、静かに眠っているミラベルの姿。


「ミラ!」


 クーネルエは八面体へと駆け寄り、結晶に触れる。まるで鉄のように硬く、つなぎ目のようなものは見当たらない。


「ミラ! ミラ!」


 声をかけてみても、ミラベルに反応は見られない。

 結晶を叩いてみても、手ごたえはなくむしろ拳がじんじんと痛みを放った。

 結晶はミラベルの覇衣、それをアーマメントにした状態の物だった。飲み込まれる瞬間、酸に耐えるためにミラベルは自身をアーマメントの繭に包み込んだのだ。


「どうすれば……」


 ミラベルのアーマメントを解除できるのはミラベルしかいない。

 なんとか自分の存在に気付いてもらう方法はないかと考えるが、名案は思い浮かばなかった。


「ミラ! 私です! クーネルエです! ミラ!!」


 拳を痛めるのも気にせず、ひたすらアーマメントを叩き声をかけ続ける。

 そんなクーネルエの背後には、広場から追ってきた蛇たちがゆっくりと迫ってきていた。


   ◇


 誰かが呼んでいる。

 霞む意識の中で、私はその声を聞いた。

 だが誰の声だろうか。分からない。

 眠い――この暖かい場所でずっと眠っていたい。

 意識が遠のいていく。疲れ切った体でベッドに入ったときの気分に似ているな。


「ミラ!」


 このまま眠ってしまったら、どれだけ気持ちいだろうか。

 だが私を呼ぶ声はまだ続いている。

 急ぎの用事なのだろうか。違うのなら明日にしてほしい。

 今日はもういいじゃないか。私は頑張ったんだ。

 ――何を頑張ったんだったかな?


「こんなところで終わるつもりですか! 夢はどうしたんですか!」


 夢――私の夢は何だったかな。

 思い出すのは祖父の背中。あの白銀の鎧を纏い、真っ赤なマントをたなびかせていた雄々しい姿。

 そうだ。あれに憧れた私は騎士を目指したんだった。

 薄っすらと目を開ける。

 光の先に背中が見えた。華奢な体だ。だがなぜ裸なのだろうか?

 短剣を構え、左手にマントを巻いた裸の女性がいる。

 変態か? ならば騎士を目指すものとして見逃すのは問題な気もするが……いや、市民の問題は警備隊の管轄かもしれない。

 なら私はいい――


「きゃっ!?」


 悲鳴が聞こえた。

 蛇が女性の足に噛みついたようだ。だがその蛇はすぐに粒子となって消滅する。

 蛇はまだたくさんいるようだ。

 逃げればいいのに、なぜかその場で短剣を振り続ける少女。その姿は、まるで何かを守ろうかとしているようだ。

 そこまでして何を――


「ミラ、私もそろそろ限界なんです。だからちょっと強引にでも叩き起こさせてもらいますよ!」


 何を言っているのだ。

 体中に噛み傷を作った少女が振り返る。

 その顔に見覚えがあった。

 クー!


「起きてください。エクスティングレーション!」


 魔法を放つと同時に、温かい場所は一瞬にして砕けた。

 現実に戻される。それと同時に、意識が覚醒し、目の前の光景がスローモーションになって進んでいく。

 蛇がクーの後ろから飛び掛かってきていた。

 気づいていない。このままでは首筋を噛まれる。


「させない」


 伸ばした腕がクーの顔の横を通り過ぎ、飛び掛かってきていた蛇を鷲掴みにする。

 そのまま握りつぶし、足元へと捨てた。


「ミラ、迎えに来ましたよ」

「ありがとう。クーの背中を見せてくれてありがとう。格好良かったぞ」

「私も騎士を目指していますから」


 笑顔を浮かべ膝から崩れ落ちるクーを抱き留め、そのまま持ち上げる。

 足元の酸の中では多くの蛇が泳いでいた。こいつらがクーを襲っていたのか。


「邪魔だ」


 酸の中に私の覇気を流し込む。

 覇気に充てられた蛇たちが、酸の海に浮かび上がってきた。


「やっぱりミラは凄いですね。ミラ、後は任せてもいいですか?」

「うむ。さっさとここから出て治療をせねばな」

「お願いします」

「では参ろうか」


 剣はなくしてしまったし、服もボロボロだ。

 こんな格好では戦えない。

 想像するのはあの時の背中。

 

「フルアーマメント」


 ヤマブキ色の鎧とマントを纏い、私は覇衣を愛剣と同じ形にまとめ上げ振りぬいた。


「覇斬!」

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