4-20 知性の蛇
父の技によって尻尾を切断されたスィータクロチが、大きく咆哮を上げる。
蛇って鳴くのだななどと思いつつ、私は即座に暴れる蛇の足元へと飛び込んだ。
尻尾を見れば、すでに修復が始まっている。切断面から新たな尻尾が伸び、その先が地面へと向かっていた。私はその回復途中の傷口にめがけて覇斬を放つ。
これから行うのは持久戦だ。
奴の尻尾が修復され、再び地上の生命力を吸収されないように尻尾を斬り続ける。
私の放った覇斬は、まだできたばかりの柔らかい皮膚に食い込み、再び切断した。
これを続ければ、再生のために生命力を使い続けたスィータクロチは直にその力を失う。
弱ったところにクーの消滅魔法を打ち込めば、スィータクロチであろうとも完全に消滅させることができるはずだ。
「根競べだ。付き合ってもらうぞ」
「そんなものに付き合うつもりはない! スィータクロチよ! 羽虫などさっさと振り払え!」
仙僧は声を荒げてスィータクロチに命じる。
蛇も鬱陶しそうに体を揺すり、八本の首で体に纏わりつく私と父さまを攻撃してくる。だが――
「俺たちも」
「そろそろ参加させてもらおうとしようかのう! どっせい!」
振り下ろされた肉厚の斬馬刀によってその首が飛ばされた。
私たちのすぐそばへと来たのは、今まで静観していたクローヴィスとヴァルガスだ。
「コイツの癖は攫んだ」
「負けることはないのう」
ヴァルガスが首を受け止め、クローヴィスが包帯を巻き付け縛り上げていく。
二本の首を縛り付けたかと思えば、ヴァルガスがその二本を纏めて地面へとたたきつける。
二人が参加したことで、こちらへの攻撃はさらに弱まる。
尻尾を斬り続けることはさらに容易になり、蛇の背中に立ち止まる余裕さえ生まれた。
「甘いな」
「単調な攻撃ですね」
父さまの覇斬が私を狙っていた首を弾き飛ばし、私の覇斬が父さまの背中に迫っていた首を削ぐ。
父さまの動きはずっと見てきた。次どう動くかなど、手を取る様に分かる。
それに私の剣術は兄さまたちと共に父さまから習ったもの。当然父さまも私の動きは理解している。
「ミラベル、背中は任せるぞ」
「お任せください!」
二人でひたすらに尻尾を斬り、首を飛ばしていく。
蛇も、かなりの被害を受けているのにもかかわらず、一切怯む様子もなくひたすらに攻撃を仕掛けてきていた。しかしそれもやがて終わる。
九本の首のうちの二本。氷の炎を纏っていた首が普通の首に戻ったのだ。
その様子に私たちは笑みを浮かべる。
「お、蛇さんは息切れかい?」
「もう属性を維持することもできないのか、それとも属性用の生命力も回復に使い果たしてしまったかな?」
「どちらにしろ好機だ。そちらも準備はしておけよ!」
父さまがクーとクーを守る二人に声をかけると、緊張した様子ではいと返事が聞こえてきた。
「好機、好機か。確かにそうよなぁ」
「仙僧、ご自慢の化身級は虫の息だぞ」
「まさか我も、ここまでスィータクロチを追い詰めるとは思わなんだ。だが、それもここまでだ。私の覚悟は決まった。これよりスィータクロチは最後の進化を行う! さあ、ノーザンライツの未来のために! 我を喰らえ! スィータクロチ!!」
「なに!?」
仙僧が高らかと杖を掲げる。瞬間、待っていたと言わんばかりに仙僧を乗せている首が動いた。
仙僧を大きく跳ね上げ、その口を天に向かって限界まで開く。
その中に仙僧はあっけないほど簡単に飲み込まれていた。
喉が動き、仙僧が飲み込まれていくのがわかる。
「奴は何をするつもりだ!?」
「最後の進化、嫌な予感がしますね」
「だがここで止まるわけにはいかん」
「はい、斬ります! 父さまは下がって!」
ここが決め時と判断し、私は嵐覇の全てを愛剣へと纏わせる。
濃密な覇衣は、私の腕に強烈な負荷を掛けてくる。それをアーマメントによって強引に支え、地面を踏みしめる。
「ここで終わらせる。断ち切れ、覇断!」
最大火力の覇断が、スィータクロチを襲う。
三本の首を飛ばし、胴を深く抉り、血しぶきを飛び散らしながら、完全に振りぬく。
地面へと深く爪痕を残した覇断の跡には、ほぼ二つに分かれた蛇の姿。
再生こそ行おうとしているものの、その速度は非常に遅くとても生きているようには思えない。
そして光が放たれた。
クーの消滅魔法がスィータクロチへと迫り、触れる。
飛ばされた首が消滅し、徐々に胴へと向かう。
勝った。そう思った瞬間、中央にあった首が突如としてグリンと回転した。
ミチリとねじ切る様な音と共に、その首が胴から地面へと落ちる。
自分からねじ切ったのか? 何のために……
考えている間にも、クーの消滅魔法を受けたスィータクロチの胴体が光の粒子となって空へと昇り始めていた。
本体は間違いなく倒している。
「シュルルルルル」
蛇の鳴き声。それはねじ切れた首からだ。
ゆっくりとその鎌首をもたげ、大きく口を開く。
直後、背中から強烈な風にあおられた。
体が浮きそうになるのを、しゃがむことで耐える。
何が起きているのか。
見れば、風は蛇の口へと集まっていた。
「喰らっているのか」
父さまが呟いた。
喰らう? 地面からではなく、直接空中から?
そして気づく。風の流れの中に、草や土以外にも光の粒子も混じっていることに。
「まさか――消滅したはずの本体すら喰らっているというのか!?」
だとしたら、マズいぞ!
奴が本体の力を手に入れる前に――そう考え、もう一度覇衣を展開するが、覇断で全て使ってしまっていたせいでまとまった量が集まらない。
これでは奴を止められない。
「父さま!」
「うむ、覇斬二式!」
父さまの覇斬が伸びる。それを感知したのか、蛇が口を開いたままこちらを向いた。
その喉の奥は、まるで全てを飲み込んでしまいそうなほどの暗黒に包まれている。父さまの覇斬は、その喉の奥へと延びていった。
「ぬっ!? これは!?」
そして父さまは慌てたように覇斬を解除した。
「どうしました?」
「覇斬が食われた。喉の奥に入った瞬間から分解され、突き刺す前に吸収された。あれは厄介だぞ」
「そのようですね」
「俺が包帯で押さえ込むか?」
「まて、奴が動く」
クローヴィスが飛び出そうとするとを、父さまが止めた。
直後、蛇がゆっくりと口を閉じる。起きていた風が収まり、当たりに静寂が戻ってきた。
その中で、蛇の肉体が胎動する。
ドクン、ドクンとまるで脈を打つように蛇の胴が膨れ上がり、千切れた尻尾が胎動に合わせて新しく作られその長さを増していく。
そして気づけば、千切れる前とほぼ同じサイズまで戻っていた。
その巨体にさえ目を瞑ればただの蛇だ。だがその蛇の目には明確な知性の光が見える。
「シュルルルルル」
「敵対意識はあるようだな」
「まあ、あれだけ攻撃しましたからね」
「ならもういいかいぶちのめすだけだな」
「傭兵の仕事なんぞ、元からそういうもんじゃろうが」
軽口をたたき合いながらも、蛇からは一瞬も目を逸らさない。
そして蛇が動いた。
鎌首をもたげ、口を開く。反動を付けるように大きくのけ反った時点で、私たちは何をしてこようとしているのか理解した。
あの酸だ。
サッと散会すると、直後まで私たちが立っていた場所に酸の液が吐き出される。
そして蛇はスルスルと本来の動きで移動を始めた。
狙っているのはヴァルガスか。
「儂か! よかろう!」
ヴァルガスが斬馬刀を構え、蛇と対する。
その隙に私と父さまが覇斬を放ち、クローヴィスが包帯を伸ばす。
覇斬は、蛇が胴体を滑らかにくねらせることで回避された。伸ばされた包帯も、胴体には巻き付くが蛇が気にしている様子は見られない。
「この野郎、さっきより力が増してる」
「凝縮したということか」
「かもな。おっさん、気を付けな!」
「儂を舐める出ないわ。アーマメント!」
ヴァルガスはアーマメントを両腕に展開し、振り上げた斬馬刀を蛇の突撃に合わせて振り下ろす。
その刃は蛇の下顎に深々と突き刺さり、ヴァルガスを避けるかのように真っ二つに裂け突撃を完全に受け止めた。
「ふん、こんな硬さで儂に勝てると思うでないわ」
さらにとどめを刺そうとしたのか、ヴァルガスがもう一度斬馬刀を振り上げる。瞬間、私は蛇の目が笑みを浮かべたような気がした。
それは父さまやクローヴィスも気づいたようだ。
「シュルルルル」
「ヴァルガス、何かあるぞ! 引け!」
クローヴィスの注意が飛ぶと同時に、蛇の下がヴァルガスへと延びる。
とっさに下がろうとするヴァルガスだったが、それを真っ二つに裂いたはずの下顎が閉じて退路を断つ。
「ぬっ」
舌を体に巻き付けられたヴァルガスが、斬馬刀を掲げたまま持ち上げられる。そして蛇は激しく顔を振ったかと思うと、勢いを付けてヴァルガスを投げ飛ばす。
砲弾のように飛ばされたヴァルガスは、蛇の背後にある生命力を吸いつくされた岩場へと激突した。
さらに追い打ちをかけるように、蛇はヴァルガスがめり込んだ壁目掛けて酸を吐き出す。
「おっさん!」
「この!」
私が覇斬を放ち蛇の注意を引き付け、クローヴィスがその間に蛇の横を駆け抜け、岩場に埋まったヴァルガスの様子を確かめる。
「ヴァルガスは!?」
「無事だ! 何とか生きてる!」
どうやらヴァルガスは酸を浴びる直前に自身をアーマメントで覆うことで守ったらしい。
ヴァルガスの周辺の岩は煙を上げて溶けているのに、ヴァルガスの場所だけは何とかその形を保っている。
だが、激しく叩きつけられたヴァルガスも無傷とはいかないようだ。意識はあってもさすがに動けそうもない。
蛇はその間にも完全に回復を終えていた。だがその下顎は一つにくっつくことなく、左右に分かれたまま独立して動いている。奴が口を開く姿は、まるで三枚の花弁が開いたかのような形だ。
着実に奴は変化している。
「私とミラベルで注意を引く。その間に退避させろ」
「分かった。すぐに戻る」
クローヴィスは動けないヴァルガスの体に包帯を巻き付け、そのまま背負って戦線を離脱していく。
残った私と父さまはひたすらに覇斬を放ちながら蛇の注意を引く。
だが蛇は、私たちの覇斬をもろともせず、退避するクローヴィスたちの背中を狙った。
「させるか!」
無理な体勢からだったが、私の放った覇斬は蛇の酸を吹き飛ばすことに成功する。
だがそれを狙っていたかのように、覇斬を放った直後の私に蛇が襲い掛かってきた。
巨体のまま突進し、一息に飲み込もうとしてくる。
立て直しが間に合わない。
喰われる。そう思ったとき、私の脇腹に腕が回されあっという間に景色が地面から遠のいた。
「全て一人でやろうとするな。すでにルーカスが護衛に付いている」
そこは父さまの腕の中だった。
そして確かに父さまの言うとり、私が無理に覇斬を撃たなくても、クーの護衛に付いていたルーカス兄さまがクローヴィスたちの撤退を補助できる位置に移動している。
「すみません」
「よい、覚えて行け」
「はい」
着地し、剣を構えなおす。
だが私はその状態で立ち止まってしまった。
「蛇が……いない」
一瞬前まで私たちの目の前に立ちはだかっていた蛇の姿が無くなっている。
あるのは蛇が這いずったときに起きたであろう土煙のみ。
「どこに」
「むっ、ミラベル下だ!」
「なっ!?」
瞬間、私たちの足元が大きく割れ、さらに巨大な穴へと変化する。
ジャンプする暇もなかった。ただ重力に引かれ、私と父さまは穴へと落ちていく。そしてその底には大きな口を開けた状態の蛇の姿。
奴はスィータクロチが移動するときに使った地面の穴を移動していたのだ。
新しく穴を掘っているわけではないから振動はほぼ起きず、土煙のせいで地面の穴は見えていなかった。そして私たちの着地音から場所を特定し、吸収を使って一気に上の地面を吸い込んだ。
これを全て狙ってやっていたというのか!?
「覇斬二式!」
父さまが覇斬を伸ばし、穴の壁に突き立てる。だがその傍から壁ごと飲み込まれ、二式が外れてしまった。
このままでは私も父さまの飲み込まれる。
私はとっさに手を伸ばしていた。
「父さま、手を!」
「何をするつもりだ」
そう言いながらも、父さまも手を伸ばし、私はそれをしっかりとつかんだ。
そして――
私は体を捻って力いっぱいに父さまを穴の外へと投げ飛ばした。
「ミラベル! お前は!?」
「後は任せます!」
父さまの姿が穴の外へと消えていく。
その姿が見えた直後、私の視界は蛇の口によって閉ざされた。




