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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-19 世界を喰らうもの

 突如として私たちの目の前に現れた新たな化身級とノーザンライツの指導者を名乗る男。

 男はノーザンライツの民族衣装を身に纏い、真っ白になった髪を靡かせている。

 見たところすでに七十近い印象だ。確か仙僧と名乗っていたか。

 ノーザンライツは謎が多い集団だ。分かっていることは、山脈を超えた過酷な地域に暮らす者たちの総称と言うことであり、その生活様式や国家運営、宗教性などは全くの未知と言っていい。

 奴の名乗りから考えるに、宗教と国家運営がそのまま直結しているのかもしれない。

 まあ、そんなことは後からいくらでも考えられる。問題は、目の前に迫る脅威だな。

 目を逸らすのを止め、私は現状の問題に直視する。

 スィータクロチと言ったか。九つの首を持つ蛇。大きさは城一つと同じぐらいだろう。下手な丘ならば丸ごと包み込めてしまいそうである。

 首は独立した意識を持っているのか、時折ぶつかりあっては喧嘩のようなことをしている。

 その巨体に足はなく、太い一本の胴とそれに繋がった尻尾でバランスをとっているようだ。動きとしても蛇に近いのかもしれない。


「副団長、どうしますか」


 ルーカス兄さまが蛇から目をそらさずに父さまに尋ねる。


「倒すしかあるまい。後ろには町がある」


 父さまの答えは簡潔だ。それができるかできないかは考えない。

 やらなければならないのだからやる。それが騎士のあり方。やはり騎士は格好いいな!


「了解しました」

「ミラベルも行けるな?」

「もちろんです」


 隣に立つだけでどんどんと力が湧いてくる。

 今ならば、嵐覇をどれだけでも維持ができそうだ。


「ではまず我々で一当てしてみるとしよう。制限解放者の二人は観察を頼む」

「あいよ」

「なら儂らは高みの見物と行かせてもらおうかのう」

「二人とも、行くぞ」


 父さまが駆け出し、私とフィエル兄さまが続く。


「神に逆らう愚か者どもめ! 死ね!」


 仙僧が私たちに杖を向けると、スィータクロチの首が待っていたと言わんばかりに一斉に動き出す。

 九本の首が大きく口を開く。

 ウォルリルと似たような攻撃があるのか?

 そう思ったところで、スィータクロチが何かを吐き出した。

 私たちは大きく横にとび、その液体を回避する。

 着弾した液体は、周囲にジュウジュウという音を立てながら、草原の草を溶かしていく。

 強烈な悪臭が立ち込めた。

 あれは……胃液か? 飛散した箇所まで激しく溶けているところを見るに、かなり強力な酸のようだな。


「酸だ! 触れないように気を付けろ」

「「はい」」


 吐き出される酸を回避し、時には覇斬で吹き飛ばしながら接近する。

 近づけばスィータクロチの大きさがさらに巨大に感じられる。まるで山と敵対しているようだ。

 だがそれゆえに、近づけば相手の攻撃手段は限られる。あの酸は自分の皮膚も溶かすのか、懐近くまでくると吐かなくなった。

 その分仙僧を乗せていない八つの首が噛みついてくるが、ウォルリルよりも動きは遅い。

 気を付けるのは追尾性だけだな。首が長いため、外した後にももう一度後ろから迫ってくる時がある。

 と、父さまが一本の首の上に乗った。

 そのまま首を掛けつつ、剣を突き立てる。


「ふんぬぅ!」


 飛び散る血しぶきと、悶える首。

 ぱっかりと開いた傷口は、ぐじゅぐじゅと肉が動めき非常に気持ち悪い。だが私も遅れを取らないように!


「今」


 後ろから噛みつこうとしてきた頭にジャンプで飛び乗る。

 振り落とそうとしてくるが、薄い鱗の隙間に指を突っ込み耐えた。そして父さまの同じように首を伝って剣を振りぬく。

 覇斬を伴った愛剣は深く蛇の首に食い込み、肉を断つ。貫通しそうなほど深い切り込みを入れたのにもかかわらず、蛇は痛がる素振りを見せるだけ。弱った様子は見られない。

 暴れる蛇の首から飛び降り、足元から離れる。

 すると側に父さまが降りてきた。


「どうだ」

「斬りやすくはありますが、有効打かと言われると疑問です」

「同意見だ。フィエルはどう思う?」

「正直自分と二人の実力の差に傷ついていますよ。私の覇斬、少し切っただけなんですけど」


 兄さまも同じように頭に飛び乗ったようだが、不安定な状態からはなった覇斬は、薄く皮を斬り血を吹かせた程度に終わってしまったらしい。

 ただの覇斬では無理なのか。私の覇斬は嵐覇で強化されているし、父さまの覇斬もおそらく覇斬一式。切れ味を伸ばした形態を使っていたのだろう。


「ならばフィエルは私のサポートだ。ミラ、お前が一番斬れている。今度は落としてみろ」

「分かりました」

「了解」


 斬り落とすか。ならば先ほどよりも威力を上げて。

 愛剣へと纏わせる覇衣の量をさらに増やす。

 どす黒く変化する覇衣の色と威圧感に、これならばと確信を持てる。


「行きます!」


 今度は私を先頭に突っ込む。

 父さまと兄さまが私目掛けて吐かれた酸を覇斬で吹き飛ばし、私は一直線に一本の首へと近づいた。

 それはウォルリルを飲み込んだ首だ。私の得物を奪ったのだ。この仮はしっかりと返さなければな。


「覇斬!」


 首たちは、また私たち目掛けて噛みついてきた。先ほど斬られたことは何とも持っていないらしい。

 ならばともう一度首に飛び乗り、今度は輪切りにするように剣を振るう。

 確かな手ごたえと共に覇斬の衝撃が首を貫き地面を抉る。

 ゆっくりと切断面から首が離れ、ボトリと地面に落ちた。

 頭を失い暴れる首が私を振り落とす。そこにもう一本の首が迫ってきていた。

 父さまたちはそれぞれ別の首の注意を引いている。

 兄さまが何か叫んでいるが、問題ない。


「チャージ」


 嵐覇から一瞬にして覇衣を回収し、再び同量の覇衣を纏った剣を生み出す。


「土産だ。もう一本貰っていくとしよう」


 振りぬかれた剣が、迫ってきた首を縦に割る。

 さらに、放たれた覇斬が首を斬っていき、緩く弧を描いている部分で切断する。


「ほう、蛇の断面はこうなっているのか」


 斬り落とした部分が痙攣しビクビクと跳ねている。

 どろりと零れた蛇の脳が、地面に当たって潰れた。

 さて、今度は斬り落としてみたが。


「ククク」


 笑い声は頭上から聞こえてきた。


「どうした。自慢の化身級が一方的に斬られて、おかしくなったか」

「お前たちは理解していない。化身級にも上下はある。そしてスィータクロチは間違いなくその最上の存在。貴様らの常識が通用する相手ではないことを身をもって理解しろ!」


 と、今まで暴れていた頭を落とした首がピタリとその動きを止める。

 そして驚いたことに、動きを止めた首に別の首が食いつき、噛み千切り、一瞬のうちに根本まで喰らいつくしてしまった。

 そして喰われた首は、根本から気持ち悪いほどの速度で新たな首が伸びてくる。

 その首は他の首と違い、一本は真っ白であり、もう一本は赤く染まっていた。


「ただの治癒ではなさそうだな」


 父さまのつぶやきに私も兄さまも黙って頷く。

 もう一度切り込むべきかと構えをとるが、それを父さまが止めた。


「迂闊に踏み込むな」

「はい」


 その直後、赤い首の各所から炎が噴き出し、その首を包み込んだ。

 かと思えば、白い首は氷を鎧のように纏う。

 あれは――


「喰った化身級の能力を取り込んだということか」

「あの酸なら消化も早そうですからね」

「面倒だな。あの首を落とすと能力が消えると思うか?」

「望み薄では?」

「だ、ろうな」


 生えたばかりの首。その動きが生まれたてのようには見えない。脳すら再構築しているはずなのに、明らかにこちらを敵と認識している。

 胴体のどこかにバックアップのようなものがあるのか、それとも他の脳と知識や経験を共有しているのか。となると、首を一本飛ばしたところで意味はないだろう。むしろ、他の飛ばした首が同じように属性を持つ可能性すらある。

 やるなら一撃で弱点をと言うことだな。


「弱点は……胴のどこか、でしょうか?」

「可能性はあるが、気になる点は他にもある。フィエル、分かるか?」

「エネルギーですね」


 ああ、確かにそうだ。首二本を生やすほどのエネルギーをどこから捻出しているのか。

 そういえば、最初に斬った傷もすぐに治ってしまっていた。あれ程の治癒や再生能力を有するのであれば、それを行うだけの栄養が必要なはずだ。

 だが、あの蛇に少しでも痩せた様子は見られない。


「それも確かめるぞ」

「分かりました。傷を与え続けてみます」

「フィエルは先ほどと同じように私に続け」

「はい!」


 三度駆け出す私たち。それと同時に、属性を持った首が口を開いた。

 そこに生み出されたのは、酸ではなく球体。ウォルリルの氷壁砲にフェリクスの火炎弾だ。

 それがチャージのタイムラグすら無く、私たち目掛けて放たれる。


「ぬっ!? 覇斬三式!」

「覇斬乱舞!」


 父さまは三式の波状の覇斬で火炎弾を逸らし、私は乱舞を使って自分の体を吹き飛ばし氷壁砲の範囲から逃れる。

 あれとまともに正面からぶつかるのは愚の骨頂だと、前回で身に染みたからな。

 吹き飛んだ体は、そのまま狙い通りに蛇の首へと飛び込み、すれ違いざまに深く斬り込みを入れる。さらに返す刀で別の首を斬った。

 そして首を蹴ってさらに根本へと飛び込んでいく。

 首を斬ってもあまり意味がないのならば、胴体を斬ってみればいい。


「覇斬!」


 放たれた覇斬は、胴体に当たり霧散した。


「むっ」


 そのまま胴体に着地すると、首とは違い硬質な感触が足裏に伝わってくる。

 これは――鱗が分厚いのか。しかし覇斬すら弾くとなると相当だぞ。

 直後、背後から首が迫ってきたので、私は考察を中断し胴体の上を走って首を躱すと、一本だけあまり動いていない首に向かって駆けだした。

 仙僧がいる首だ。奴に隙があれば切ってしまうつもりだったのだが――


「ふっ、無駄なことよ」


 とたん、全ての首が私目掛けて攻撃を仕掛けてくる。

 即座に胴体から飛び降り、地面を蹴って父さまたちの元へと戻る。


「父さま、何か分かりましたか?」

「厄介なことは判明した。奴の足元を見てみろ」

「足元?」


 言われるままに奴の足元を見る。そこには大きな穴とどこまでも続く土気色が広がっていた。


「気づかぬか?」

「ミラベル、ここは草原だ。掘り返されたとはいえ、あんなに何もないなんてことはあり得ない」


 兄さまに言われ、気づく。そうだ、草原の草の色が全く見当たらない。それどころか、さっきまで青々と茂っていたはずの草が枯れている。

 これは――まさか!?


「奴は尻尾から土地の生気をエネルギーとして吸収しているようだな。ミラベルが首を斬った瞬間、周辺の草が一斉に枯れた」

「世界を喰らうもの。そういう意味ですか」


 台地から生命力を喰らい、それを使って再生を行う。

 奴の基本的な運動にもきっと使われているのだろう。確かに世界を喰らうものだ。


「ミラベルの方は何か分かったか?」

「胴は異常なほど硬いです。鱗は覇斬でも砕けませんでした。それと仙僧がいる首を狙うと一斉に襲い掛かってきます」

「完全に制御下に置いているということだな。自爆は期待しないほうが良さそうだ」

「首を落としてもダメ。急所らしき場所は硬すぎる。自爆も見込めない。なかなかに手詰まりですね」

「クーの魔法ならば」


 困ったときのクーさんだよりである。だが、消滅魔法の有効性はこういう敵に対して間違いなく発揮される。

 硬さに関係なく、一撃で完全に消し去す。ならば、蘇生されることも、世界を喰われる心配もない。


「あのお嬢さんも魔法はそこまでか」

「ですが蛇の魔法耐性もおそらく高いかと。多少は弱らせる必要もあるでしょう」


 ヴォルスカルノの時も、普通に当てただけでは消し去ることはできなかったからな。

 化身級ともなれば、魔法耐性も高い。弱らせて耐性を落としておかなければ魔法も無効化されてしまうだろう。


「なるほど、やることは決まったな。フィエルはルーカスとお嬢さんを呼んで来い。その後はお嬢さんの守りにつけ。私たちで奴を弱らせる」

「……わかりました」


 やや不満そうな間を置いて、兄さまは頷いた。まあ、この場で下がれというのは、戦力外通告出されたのと同じだからな。不満も当然だろう。

 だが、悪いが今はそんなことを気にしていられるほど余裕があるわけではない。


「作戦は考えられたかな? ならば、続きを使用ではないか! スィータクロチ!」


 仙僧が声を上げると、再び氷壁砲と火炎弾が放たれる。

 それを回避すれば、さらに酸の雨が降り注ぐ。

 嵐覇や覇斬で何とかやり過ごしつつも、先ほどのよりも強くなった猛襲に、攻撃まで手を回す余裕がない。

 その上、属性を持った首が器用に普通の魔法まで使い始めた。

 氷の刺や炎の嵐を使った攻撃がひっきりなしに飛んでくる。

 奴の図体ならば、魔力も相応に大きいだろうし、そもそも奴のエネルギーは大地から吸収されている。

 弾切れの心配のない連続攻撃は羨ましいな。

 だが、威力ならば私とて!


「覇斬乱舞!」


 降りかかる魔法と酸を乱舞によってすべて吹き飛ばす。

 さらに、一撃に威力を込めた覇斬を正面に向けて放った。

 瞬間、何もない空間が私の前に現れる。


「父さま!」

「うむ。覇斬二式!」


 私が声を上げた直後、私の真後ろで全ての攻撃から逃れた父さまの覇斬が伸びる。

 それは私の横をすり抜け、奴の胴体を掠め、そして地面へとつながった尻尾を貫いた。そして――


「二式変形術、炸裂覇!」


 父さまの覇斬応用技が発動し、尻尾に突き刺さっていた覇斬が炸裂、蛇の尻尾を完全に切断したのだった。

覇斬のバーゲンセール

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