4-18 防衛戦2
爆風と共に熱気が私たちの頬を撫でる。
大きく羽ばたき、空へと舞い上がったフェリクスは、まるで太陽のように羽を広げて輝いた。
まさしく再誕という言葉にふさわしい神々しさがそこにはあった。
「面倒なことになったな」
私の横でクローヴィスが呟く。
殺すと復活し、拘束は自らの炎で解いてしまう。確かに厄介な相手だ。
奴を倒すにはどうするべきかというのは、太陽を消すにはどうするべきかというのに等しい。
全員が手を止めて空を見上げる中、フェリクスが大きく鳴き声を上げる。すると、ポッポッとフェリクスの回りに炎弾が生まれていく。
それは全部で六つ。
ハッと我に返ったときには、六つの炎弾はその一つ一つが外壁の高さと同じものになっていた。
「不味いぞ」
「全部落とせるか」
「やるしかないじゃろ」
私たちはとっさに己の最大火力の技を準備し、炎弾の相殺のために動き出す。
私たちで三つ、クーが一つ、魔法隊が二つならば防げるはずだ。
覇衣を全開にさせ、全てを愛剣へと流し込む。
瞬間、炎弾が放たれた。
「覇斬!」
「魔拳、一輝貫通!」
「どっせい!」
「エクスティングレーション!」
「魔法隊! 防御!」
四つの炎弾は、私たちの技により真っ二つに斬られ、中心を打ち抜かれ、衝撃波によって吹き飛ばされ、消滅させられる。
そして残った二つも、グリモアスの指示のもと魔法隊の防御によって軌道を逸らされ上空へと逃がされる。
全員がホッとした瞬間、外壁を破壊しうる能力を持つもう一体が動いていた。
カッと光が走り、直後衝撃と共に外壁の一部が吹き飛ぶ。
「なっ!?」
「チッ」
「やられちまったのう」
それはウォルリルの氷壁砲だった。
それを放った張本人は、悠然と足の氷を砕き、口元に笑みを湛えて言う。
「守りは抜けた! 魔物たちよ、食事の時間である!」
雄叫びと共にウォルリルが外壁の穴目掛けて走り出す。
この場で一番機動力のある私とクローヴィスがとっさにウォルリルの進路をふさぐが、外壁で兵士や傭兵たちと戦っていた魔物たちのうち、後方にいたものが外壁の穴目掛けてなだれ込んでいく。
「グリモアス! 兵士に余裕はおるか! 中で暴れられたら甚大な被害になるぞ!」
「すでに移動させている! だが吹き飛んだ外壁が中に崩れて道が断たれている! 間に合わない可能性が高い!」
「何ちゅうことじゃ……変態、お主は中に入っちまった魔物の討伐に当たれ!」
「分かったぜ、おっさん!」
変態が気持ち悪い挙動で外壁をよじ登り、町側へと飛び込んでいった。
彼一人では到底足りないだろう。だが、せめて一人でも多く住民を救うことができれば。
私も町の中に行きたいが――
「貴様らの相手は私だ」
ウォルリルが私とクローヴィスの前に立ちはだかる。
「クローヴィス、出来るだけ早くケリを付けるぞ」
「あたぼうだ。せっかく見つけた美味い店、ぶっ壊されてたまるかよ」
「我だけでいいのかな?」
直後、フェリクスがこちらに向けて炎弾を放ってきた。
私たちはとっさに躱し、二体の位置を改めて確認する。
外壁とウォルリルの間に私たち。そしてフェリクスはウォルリルから少し離れた位置で炎弾を宙に浮かせている。あの一発がこちらに飛んできたのだろう。
口から放つのではなく、自由な位置から飛ばせるのは厄介だ。ヴァルガスと戦いながらでもこちらを狙える。
「おっさん! そっち押さえられるか!?」
「変態がおらんと厳しいかのう」
「私がサポートします!」
「消滅魔法の嬢ちゃんか! なら頼むぞ! あの玉を消してくれりゃ、また叩き落したる!」
「クー、そちらは任せるぞ」
あの二人ならば、炎弾に対処することは可能だ。フェリクスの対処は完全に任せてしまおう。
ここは信頼が大切だ。任せると決めたら、全て任せる。
「行くぜミラベルちゃん、ちゃんとついて来いよ」
「うむ!」
クローヴィスが駆け出し、私もそれに合わせる。
クローヴィスが右から、私が左から仕掛け同時に攻撃を仕掛けた。
ウォルリルは氷の壁を生み出し、私たちの攻撃を受け止める。さらに、氷壁の面が波打ったかと思うと、刺が飛び出してきた。
私は目の前に迫ったそれをアーマメントを纏った左手で受け止める。かなりの衝撃に空中にいた私の体は持っていかれた。
着地しながらウォルリルの様子を見ると、クローヴィスがすでに取り付いている。包帯で刺にも対処し背中に乗ったようだ。
ウォルリルはゴロンとその場で一回転しクローヴィスを引き離す。
私はそこ目掛けて覇斬を放つ。
覇斬はウォルリルの背中に浅い傷を付ける。だがすぐに煙と共に傷が凍り付き塞がってしまう。
やはり覇斬ではダメだ。あれを使わなければ。
だがなぜか覇気の溢れてくる感覚がない。
一度目の対面では当然のように溢れてきたのに――
「なにが原因なのだ」
背中には守るべき町がある。人がいる。騎士として、これ以上引けない場だというのに何故覇気が溢れない。
あの時と何が違う。
「くっ、覇斬!」
「ミラベルちゃん! 捕縛連打! 浸透打! 市展穿ち!」
ふと気をとられていた。
気づいた時、私はウォルリルの爪によって吹き飛ばされ地面を転がっていた。
すんでのところで覇斬を使い威力を相殺したが、それでも全身に激痛が走っている。
何とか体を起こすと、クローヴィスがウォルリルに纏わりつき技を続けざまに放っている。ウォルリルは鬱陶しそうに纏わりついてくるクローヴィスに体を振り回しながら牙や爪で攻撃を仕掛けている。
「ミラベルちゃん、無事か!」
「痛みはあるが大丈夫だ。骨も筋肉も切れてはいない」
剣を杖に立ち上がる。そして覇衣を纏い直し再びウォルリルに向かおうとしたところで、背中から悲鳴が聞こえた。
その声に思わず振り返る。
そこにあったのは、燃え上がる町だった。
ウォルリルの開けた大穴から、魔物によって破壊され炎上する建物の様子が見える。兵士たちと魔物が戦い、その中で市民が逃げ惑う。
それは騎士の背中ではあってはいけない光景。
その光景を見た瞬間、私の膝から力が抜ける。
「ミラベルちゃん!? やっぱりどっかヤバいのか!?」
私は――何をしているんだ……
何故私の後ろでこんな光景が広がっている……
何のために、私はここにいる……
私は……
「……騎士足り得ないのか」
「ミラ!」
愛剣が指先から零れ落ちそうになった時、視界を覆った影に頬を叩かれた。
見上げれば、マントで全身を隠したクーがいる。
「クー」
「ミラ、しっかりしてください!」
「私は……なぜ私の背中で人が死ぬ。なぜ騎士の背中から悲鳴が聞こえる」
「聞こえてくるのは本当に悲鳴だけですか?」
「何を言っている」
「もう一度後ろを見てください。そしてちゃんと確かめてください。本当に聞こえてくるのは悲鳴だけですか?」
言われるままにもう一度背後を振り返る。
崩れた外壁、いたるところに広がる魔物と兵士の死体。燃える建物、逃げる人。そして悲鳴……やはり悲鳴しか――
「ミラ」
クーが私の肩にそっと手を乗せる。そして背中から抱きしめるように包み込む。
耳元に寄せられた口から零れる息に熱を感じた。
「本当に悲鳴だけですか? よく聞いてください。聞こえるはずですよ?」
耳を澄ます。クーに抱きしめられながら、ここが戦場だというにも関わらず、すぐ近くに化身級がいることすら忘れ、私は自分の耳に全神経を集中させる。
クーは何を聞いた。何を私に聞かせたいのだ。
パチパチと火が爆ぜ、肉を抉る音が聞こえ、人の苦悶と悲鳴、そしてその奥からわずかに聞こえた。
これは――
この叫びは!?
「ナイトロード流剣殺術、覇斬!」
私がそれに気づいたと同時に、町の大通りを巨大な覇斬が駆け抜けた。
「まずは町中を片付けるぞ! 穴まで押し返す! 一匹たりとも討ち漏らすな!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
港側から駆けてくる大勢の足音。白銀の鎧を身に纏い、男たちはすれ違いざまに魔物たちを両断していく。ここにいる兵士たちとは技量が隔絶していた。
大通りから細道へとそれぞれに別れながら、瞬く間に入り込んでいた魔物たちを屠っていくその集団は、最後に三人を残して町中へと散らばっていった。
その三人は襲い掛かってくる魔物たちを斬り殺しながら悠然とこちらへ歩いてくる。
「久しぶりだな、ミラベル」
「父さま」
三人の中心に立っていたのは、バラナス・ナイトロード。私の父だった。
そしてその左右を固めているのは、フィエル兄さまとルーカス兄さまだ。
ここに父さまたちがいるということは、つまり今町中で次々に魔物を屠っている部隊が騎士団であるという何よりの証拠。
「ふむ、あれが敵か」
「厄介そうな相手ですね」
「ミラベルが勝てなかったんだし、相当じゃない? 僕は町中行きたいんだけど」
三人が化身級二体を眺め、それぞれに感想を口にする。そして父さまの視線がこちらに戻った。
「ミラベル、そのまま膝を突いていろ。そうすれば私たちが守ってやる」
頭を殴られたような衝撃だった。
私が。騎士になろうとしているものが、本物の騎士から守ってやるなどと言われるのは、落第に等しい言葉だ。
父さまは、まだ私を認めていない。いや、当然かもしれない。壁を抜かれ、背中に悲鳴を聞いたのだ。
私の実力は確かに騎士失格だ。
肩から力が抜ける。自分の情けなさに笑ってしまいそうだ。
「だが――
――まだ騎士として戦いたいというのであれば立て」
立って……いいのだろうか。
「騎士とは強者だ。何者にも負けない強さを持たなければならない。だが同時に人である。人の手は有限だ。どこまでも伸ばすことは出来ず、全てを掴むことはできない。ミラベル、お前には騎士が騎士団を結する理由をまだ見せていなかったな。立つならばそれをここで見せてやろう」
結する理由?
それを知れば、私はまだ騎士を目指せるだろうか。
自分の力を民のために振るうことができるだろうか。
今目の前にはチャンスが与えられている。ならば私は――
「クー、ありがとう。もう大丈夫だ」
ずっと抱きしめてくれていたクーの手に私の手をかぶせ、そっと肩から降ろす。
クーは笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いてくれた。
力が溢れている。あれだけ戦い、怪我を負ったというのにもかかわらず、まるで戦う直前の様な気力が満ちている。
剣を握り直し、私は立ち上がった。
「見せてください。騎士団の戦い方を」
「フッ、いいだろう。フィエル、ミラベル、私に合わせろ」
「「はい!」」
「あれ、僕は?」
波に取り残されたルーカス兄さまがポカンと声を上げる。
「そこのお嬢さんの護衛だ。情報は来ている、単体戦闘は苦手なのだろう」
「あ、なるほど。クーネルエさん、よろしくね」
「あ、えっと、よろしくお願いします」
「では、参るぞ」
父さまが飛び出し、私とルーカス兄さまがそれに続く。
私たちが動いたのを見て、今まで一人でウォルリルを押さえていてくれたクローヴィスがウォルリルから離れて後方へと引いていく。その表情は安堵して言うように見えた。後で食事でも奢るとしよう。
「ナイトロード流剣殺術改、覇斬二式」
「「ナイトロード流剣殺術、覇斬!」」
父さまの放った覇斬は、私たちの斬撃飛ばしと違い一直線に伸びる突きのような覇斬だった。
これが、父さまの固有剣技。覇斬の改良型であり三式まであると聞く。この三種類を相手によって使い分けることで、臨機応変な戦闘を体現していると以前騎士から聞いたことがある。
ウォルリルは二式を躱すために横に避けようとするが、そこに一歩早く到着する私たちの覇斬。
それによって退路を防がれ、ウォルリルは二式を直接破壊する方向に動く。
牙を氷で覆い、迫ってきた二式をかみ砕いた。
「ふむ、かみ砕くか。だが二式は続くぞ」
父さまの言う通り、二式は刃元から直接続く一本の長い覇斬だ。つまり、砕かれたところでさらに伸ばせばいい。
これまで私の覇斬を何度も砕いてきたせいで、それが一撃の物であると勘違いしてくれたようだ。
砕いたところからさらに伸びた二式が、ウォルリルの下あごを貫く。
「ぬん!」
さらに父さまは地面を踏み込むと、剣を高く掲げていく。それに合わせて伸びた覇斬も下顎を貫かれているウォルリルの頭を両断するように、頭上を目指して刃を切り上げる。
ウォルリルはとっさに爪で覇斬を砕き、それから逃れた。
分断され消滅した覇斬の傷跡から血があふれ出し、地面に落ちて煙を上げる。
そう言えばあの時もそうだった。ウォルリルから流れたちは、いつも沸かしたお湯のように湯気を上げている。
いくらウォルリルの周辺の温度が下がっているとはいえ、あれほど湯気を上げるのは相当な温度でなければならないはず。
血がかなり熱いのか。何のために?
「そうか――肉を保つためか」
生き物の筋肉は冷えれば収縮する。それは俊敏な動きを阻害し、代謝の低下させる。
それを防ぐために、ウォルリルはあの熱い血液で体内の温度を保っている。
ならば――
「血を多く流せれば、奴は弱る」
「いい考えだ。では徹底的に切り刻むぞ」
「分かりました」
兄さまがウォルリルの懐へと飛び込み、得意のカウンター戦術でその両足に傷を量産していく。
さらに私と父さまの覇斬が着実に深手を与えていた。
「グルル……」
余裕のなくなったウォルリルが、唸り声を上げながら私たちから距離を取っている。気が付けば町からもだいぶ離れている。
空でもクローヴィスがそちらに参戦したことで優勢になったのか、フェリクスがウォルリルの近くまで撤退してきていた。
「さあ、追い詰めたぞ、化身級」
さらに、町中の掃討を終えた騎士たちが次々に壁から現れる。
もはや趨勢は完全に決した。この戦いは私たちの勝ちだ。後はこの二体を討ち取れるかどうかの違いしかない。
父さまはここで逃すつもりはないのか、覇衣を展開したまま慎重に相手の動きを観察する。
逃げる素振りを見せれば、一気に攻めかかるつもりなのだろう。私もそれに遅れないよう、二体の動きをつぶさに観察しながら感心する。
これが団の戦いか。
一人二人で戦ってきた時とは全く違う。強い技すら囮に仕える余裕、得意分野に集中できる安心感、そしてなにより、横に立てる喜び。
団は騎士を強くする。父さまが言っていたのはこういうことか!
騎士どうしがお互いを支え合うことで、より強固な盾となり剣となる。それがメビエラ王国の騎士団の強さの秘訣!
私一人でも、クーと二人でも足りない、団になることで初めて完成する戦場での強さ!
「父さま、これが騎士団なのですね」
「理解したのならば、今度はミラベルが力を見せてみろ。その力が騎士団の力となれるかどうか。私が直接確かめてやる」
「分かりました」
今ならばはっきりと感じる。あふれ出る覇気を。私の中に納まりきらない、感情の高ぶりを。
「もう、押さえられなかったところです。吹き荒べ私の覇気! 嵐覇!」
あふれ出した覇衣の嵐が、空へと舞い上がり天に嵐を巻き起こす。
これまでで最大級の嵐覇だ。
これならば!
「覇斬・乱舞!!」
一発に全開以上の覇衣を込め、覇斬をひたすらに連打する。
ウォルリルは覇斬の嵐を躱しきれず、フェリクスさえも嵐に巻き込まれその身を地へと落としていた。
ただひたすらに、覇斬を連打し相手の回復を許さない。
殺しきることはしない。それはフェリクスの蘇生を誘発する。
フェリクスとウォルリル。二体を完全に殺す方法は私の背後にすでに用意されている。
だから私が行うのは御膳立て。騎士団に強さを見せなければならないのは私だけではないからな!
「後は任せたぞ! クー!」
「お任せください! 黒の刻、白の世界、知らぬ永久は未知へと向かう。深淵より生まれし言の葉に導かれ、現へと魅せるは輝かしき畏怖。解放に従うは目前の妨げ。奪い、喰らい、全へと飲み込む! 虚無へと誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!!」
最大威力の消滅魔法が私の背中から放たれる。
私が巻き起こした嵐の乱舞の中心で、二体の化身級は逃げることもできずその光に飲み込まれていった。
そして乱舞の終了と共に、光も収束し、後には大きな穴だけが残された。
「やったな、クー」
「化身級の討伐レコードに乗れそうですね」
確かに、トドメだけとはいえ化身級を三体確殺したのは世界でもクーだけだろうしな。
そんなことを思いながら覇衣を解除しようとしたとき、二体を消滅させたはずの大穴から突如大量の土砂が噴出した。
それはまるで火山の噴火のように空高く土煙を巻き上げ、視界を覆う。
「気を付けろ! 何かいるぞ!」
父さまの注意に、全員が戦闘態勢をとった。
生きていたのか!? あの消滅魔法を喰らって!?
そう思った私が見たものは、全く別の存在だった。
ウォルリルとフェリクスをその口に加え、ゆっくりと丸飲みにしていく。二体はすでに抗う力もないのか、その巨大な蛇によって飲み込まれた。
そして気づく。蛇の頭の上に人が乗っている。その男は杖を掲げた。
「我こそはノーザンライツの指導者、仙僧なり! 我らの悲願を拒む愚か者たちに、世界の鉄槌を下すもの! 今こそ、その身にしかと刻め! これこそがノーザンライツの切り札、世界を喰らう者・スィータクロチなり!」
完全に土煙が晴れ、ようやく蛇の全容が見える。
胴体から別れる九つの首が鎌首をもたげ、その眼は得物を狙うように私たちを見つめていた。




