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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-16 傭兵の選択

 カーンカーンカーンとトンカチを打ち付ける音が響いている。

 兵士たちが指示を飛ばし、次々に物資が外壁の上へと運び込まれていた。

 遺体の回収に成功してから二日、喪に服し静かだった港町アワマエラは一隻の大型船の寄港と共にその静寂を打ち破り熱気に包まれていた。

 と、言っても活発に動いているのは兵士たちだけであり、住民たちが家に引きこもっていることに変わりはない。ただ、船に乗せられていた食料品の一部を住民に販売したため、少しだけ彼らの態度が軟化したのは大きな変化と言えるかもしれない。

 そんな街並みを眺めながら、私は兵士隊の拠点となっている建物にやってきた。

 メビウス王国から今後の方針に関する返答が返ってきたというので、各傭兵団の団長に説明を行うということだった。その為、クーは宿でお留守番である。

 受付で傭兵団と名前を伝えると会議室に通された。すでにある程度の人数が集まっており、一瞬だけ入り口の私に視線が集中した後、すぐに霧散した。

 私は適当にあいている席へと座り、説明が始まるのを待つ。

 しばらくすると、席が全て埋まった上に、壁際に立つ者たちも現れたところで兵士隊の総指揮であるグリモアス・ソユーズが現れた。

 後ろに続いて入ってきた兵士たちが黒板に用紙を貼り付けていく。


「この町の地図か」


 貼り付けられたものは、アワマエラの地図だった。外壁部分から町中、そして港側まで描かれた大きなものだ。

 ざわつく会議室の中、グリモアスが視線を遮るように地図の前に立った。


「では今後の方針を説明したいと思う! まず本国の方針だが、化身級の出現に伴い、侵攻は一時的に中断。アワマエラでの防衛を主として増援の到着までここを守り切ることとなる。増援は本国から騎士団が派遣されることとなり、現在遠征部隊を編制中とのことだ。そして騎士団の到着と同時に、その船で一部の兵士隊が本国へ帰還することとなる。これは、騎士団が抜けた分の防衛力を維持するためのものだ。帰還する兵士のリストは……まあ、お前たちには関係ないな」


 確かにその通りだ。ここにいるのは雇われた傭兵だけだからな。


「お前たちが心配なのは、おそらく騎士団の到着までにここが襲われたらということだろう。現状、化身級に対応できるのはこの町に三人いる。基本的には彼らを頼ることになるが、寄港した船が対大型魔獣用の防衛装備を持ってきてくれた。今急ピッチで外壁に設置中だ」


 外壁から聞こえてきたのはその音だったようだ。


「主に、大砲と大型バリスタだが、これは兵士隊で運用することになる。火薬やバリスタの取り扱いに自身がある者は、こちらでも編制に加えることを考慮するので明日までに申し出てほしい」


 その後、地図を見ながら大砲類の配置や防衛戦発生時の傭兵団の配置や砲撃タイミングなども確認していく。

 アワマエラには草原側に三つの門が作られており、中央を兵士隊第一部隊、北側を第二部隊が守ることとなり、傭兵は主に南側の門の防衛を任されることとなった。

 ただ、化身級に対応できるクローヴィス、ヴァルガス、そして私の三人は遊撃として自由に配置を移動することが許可されている。クーは基本的には南配置だが、私の傭兵団に含まれているためクーにも移動の自由が許可されている。

 正直これはかなり助かる。私の火力でも化身級を殺しきることができるかは難しいし、どんなものでも強制的に消滅させることのできるクーの火力は絶対に必要になる。


「説明は以上だ。何か質問はあるか?」


 グリモアスの問いかけにいくつか手が上がった。

 グリモアスは適当に一人を指名する。


「防衛っつうことだが、食料はどうなってる?」

「装備と一緒に運び込まれてきている。これだけでも私たちだけなら一週間分はあるが、三日置きに食料を本国側から輸送してもらう手はずになっている。そこで、知っての通りすでに住民にも一部の食料品を適正価格で販売している」


 まだアワマエラの町にも麦の備蓄はあるし、川に面しているため魚を取っていれば餓えることはない。だが、野菜などはやはり不足による価格の上昇が始まっており、住民にも不満がたまり始めていた。そこで、グリモアスは食料の中でも生野菜の類を住民に通常価格で販売することにしたそうだ。

 確かに、今住民との軋轢が生まれるのは避けたいし、今後ここもメビウス王国の一部となるのならば当然の行動だろう。

 そしていくつかの質問に答え、だいたいの手が上がらなくなった。


「時間もそろそろいいか。次の質問を最後にしたい。ではその壁際の方」

「お、俺か」


 最後に指名されたのは、時間ギリギリにやってきて壁際に立って説明を聞いていた男だ。

 やせ型であまり傭兵のようには思えない風貌をしている。もしかしたら、風見鶏のような情報収集などの何か専門傭兵なのかもしれない。


「なら聞かせてもらいたい。化身級が出現したって話だが、依頼を解消してメビウス王国に戻ることは可能か?」


 会議室に緊張が走った。

 それは誰がが言い出すだろうと予想はしていた。ここにいる傭兵たちは相手が人だから今回の依頼に参加したようなものだ。

 だが実際に相手にすることになったのは化身級。とてもではないが、一般の傭兵が相手にできるような存在ではない。

 ならば当然逃げたいと思うものが出てきてもおかしくはない。

 彼らは騎士でも兵士でもないのだ。自分の命と収入を天秤にかけ割に合わなければ逃げることができる。

 視線がグリモアスに集中する。


「正直なところ、戦力の問題もあるので依頼の破棄はなるべくしてほしくはないが、破棄すること自体は可能だ。これはギルドを通した依頼であり、ギルドの規則に則り依頼内容から状況が大きく逸脱したと判断できる場合、傭兵はその依頼を破棄することができる。化身級の出現はこの状況に十分値するだろう。故に、依頼の破棄に対して国がどうこう言うことはない。自分たちの価値観に従ってくれ」

「回答感謝するぜ」


 さて、今の答えでどれだけの傭兵団がいなくなるか。

 おそらく今寄港している船で帰ることになるだろうし、明日には答えが分かるだろうな。


「では説明会を終了する。皆の選択を期待する」


 そう言い残してグリモアスは部屋を後にした。

 残された傭兵たちは、近くの者たちと会話を始める。おそらくこのまま残るか、それとも帰るかの選択を探っているのだろう。

 その中で私はさっさと立ち上がり部屋を出る。私は残ることに決めているし、今更何かを考えることはない。

 後でクーでも誘って荷下ろしをしているであろう船でも見に行こうかと考えていると、後ろから声を掛けられた。振り返って見れば、そこにはシェーキの姿。


「よぉ。説明会は終わったのかい?」

「うむ、今終わったところだ。シェーキはなぜここに?」

「挨拶回りさ。一応軍にも世話になってたからな」

「ということは、帰還許可が出たのだな」


 シェーキ達の依頼は、兵士としての増援とは別口での情報収集だったからな。返答の別によこされていたのだろう。


「ああ。ピエスタの遺体も向こうに持ってってもらえるみたいだ。この時期ならあいつの故郷に連れて帰ってやれる」

「そうか。ユイレスの様子は?」

「ちょっとは話せるようになったが、元に戻るにはまだまだ時間がかかるな。しばらくは戻っても休業になりそうだ」

「ゆっくり傷を癒せばいいさ。傷が残ったままだと次の失敗に繋がる」

「だな。後でクーネルエちゃんにも挨拶に行くよ。夜は時間大丈夫か?」

「うむ。一日暇をしているからな」


 魔物が来なければずっと待機だからな。


「それもそうか。んじゃ、俺はまだ挨拶回りの途中だから」

「うむ、ではまた」

「おう、またな」


 シェーキが通路の向こうへと消えていく。それを見送り、改めて私は拠点を後にするのだった。


 翌朝、港に集まった傭兵は、全体の二割程度となった。

 彼らは命と金を天秤にかけ、割に合わないと判断したのだろう。その判断を批判するつもりはない。彼らにも守らなければならないものがあるだろうし、傭兵の戦う理由など強制されるものじゃない。

 その中にシェーキ達風見鶏の姿もあった。

 馬車のまま船へと乗り込んでいく。


「全体の二割か。かなり減ったな」

「仕方ありません。嫌なタイミングで嫌な情報が来ちゃいましたから」


 船へと乗り込む人たちの姿を、私たちは港の堤防から眺めていた。

 今日は陽ざしが温かく、天気も快晴。対岸の港がはっきりと見える。

 こんな日は釣りでもしながらのんびり過ごしたいところだったのだが、どうもそうはいかないらしい。

 偵察部隊がこちらへと向かってくる魔物の群れを発見したのだ。

 規模はクシュルエラへと攻めてきた数よりも多く、なにより巨大な鳥と狼がいたという。

 一体はウォルリルで間違いないだろう。もう一体もおそらく化身級。ワラエラの外壁に大穴を開けたという存在だと予想している。

 ノーザンライツが本腰を入れてこちらを潰しに来たということだろう。

 魔物の到着予定はおよそ半日後。化身級二体が攻めてくるという情報に、メビウス王国へ帰国するか悩んでいた者たちが一斉に帰国を決めてしまったのである。

 正直二割の帰国は防衛側としては痛い数だ。


「まあ、やれるだけやるしかあるまい。幸い、防衛用の装備の配置は済んでいる」


 昨夜からの徹夜による突貫工事のおかげで、運び込まれた大砲やバリスタはすでに外壁の上に配置が完了していた。

 今は、最終調整のために使用者と技術者が感触を確かめているらしい。

 メビウス王国へ帰らず、戦うことを選んだ傭兵たちは予定通り南門へと集結しつつある。


「私たちもそろそろ行こうか。クーは壁の上に頼むぞ」

「ミラは外ですよね。シルバリオンは連れて行きますか?」


 どうしたものか。戦いの最中はシルバリオンを気にかけている余裕はないだろう。だが、もし化身級が別の門側へと攻撃を仕掛けているとなれば、シルバリオンの足は魅力的だ。


「門の前までは連れて行こう。町の中に待機させておきたい」

「分かりました。私は状況を見て移動しますね」

「うむ」


 乗船が完了したのか、船から板橋が外され錨が巻き上げられていく。

 巨大なオールがゆっくりと水を掻き、大型船が岸から離れ始めた。


「では私たちも行こうか」


 港を出て町中を進む。昨日までの喧騒はどこへやら、住民は民家へと引きこもり硬く扉を閉ざしている。

 これ以上逃げ場のない彼らは、自らの家に引きこもるしかないのだ。

 ここの壁が最後の砦。私たちは絶対にここを死守しなくてはいけない。

 騎士団の到着はまだ先だ。最低でも後二日。

 長い戦いになりそうだな。


   ◇


 確認していた化身級二体がワラエラから離れ、メビウス方面へと向かった。

 マーロ帝国、セブスタ王国はその情報を入手すると途端に侵攻の勢いを強め戦線を押し上げていく。

 善戦していたフィリモリス王国軍は、二国の押し込みによって瞬く間に崩壊状態となり、撤退を余儀なくされる。

 戦線はフィリモリス王国の王都へと迫り、多くの町が戦火に焼かれた。ここに至ってフィリモリス王国は敗北を宣言。二国に対し無条件降伏を行う。

 王都で出会った二国の外交官は、予定通りフィリモリス王国の南部をそれぞれの国へと併合することとし、さらにメビウス方面の土地の分配も話しあう。

 現在メビエラ王国が有しているのはアワマエラのみであり、ワラエラ、セジュエラ、クシュルエラはノーザンライツの占領下にあると判断し、まずはノーザンライツの本拠点となっているワラエラへの攻撃を決定した。

 二国の合同作戦である。

 これまで別々のルートから侵攻してきた二つの軍が旧フィリモリス王国王都フィリエラにて合流し、補給を終えて出発しようとしていた。


「これより我々はメビウス方面へと向かう! 敵は化身級を従えているようだが、その二体は今メビエラ王国の兵士を相手している! つまり奴らの拠点は今がら空きだ! この好機、必ず我らのものとするぞ!」

「今回は初の二国間合同による侵攻戦だ! 足並みが合わない可能性もあるが、基本的に相手に合わせる必要はない! 私たちが行うのはただ侵攻のみ! 目の前の敵を蹂躙し、邪教徒どもに真の神が誰にあらせられるのかを理解させよ!」


 それぞれの司令官が兵士たちを鼓舞し、いざ出発と城門を開く。

 とたん、地面が大きく揺れた。


「何事だ!」


 立っていられないほどの大きな揺れに、兵士たちはその場にしゃがみ込む。

 揺れに耐えきれなくなった建物が崩れ始め、王都を守っていた外壁から砂ぼこりと共にいくつかの破片が落ちてきた。

 運悪くそれに直撃した者が、血を流してその場で動かなくなる。

 二分ほどの揺れがようやく収まり、静けさが戻ってくる。

 王都の建物に無傷なものはなく、被害が軽微なものでは壁に罅が入る程度、酷いものでは完全に潰れてしまっていた。

 突然自分たちに降りかかった被害に、頭の理解が追い付き始めると静けさは一転、人々はパニックに陥り、そこらかしこから叫び声や泣き声が響いた。


「こんな時に」

「流石に出発は無理ですね。とりあえず軍は外に出しましょう」

「そうだな」


 魔が悪いと思いつつ、指揮官たちは兵士たちをいったん町の外へと出すことを決め、門の外へと足を進め始める。

 そしてすぐにその足が止まった。


「なんだ……あれは」

「魔物……なのか?」


 門の先に見える光景に、男たちは唾を飲み込んだ。


「まさか今の地震は」

「だとすれば、マズいぞ」


 そこにあったのは巨大な大穴。一師団を丸ごと飲み込めてしまいそうな巨大な穴が門の前の平原にぽっかりと口を開いており、そこから九つの首が顔を覗かせていた。

 チロチロと舌を出して周囲を窺う姿は蛇そのもの。だがその巨体は、首一本ですら門を通ることができないほどの巨影を作り出していた。

 胴体は穴の中にあり、どうなっているのか分からない。だが、あれが全て出てくれば王都の外壁すらただの柵にもならないほどの巨体であることは容易に想像できる。

 そして不意に、九つの首の十八の目が男たちを捕らえた。

 背中に走る怖気と噴き出す冷や汗に、司令官は足腰から力が抜けていくのを感じる。


「て、撤退! 町に逃げこめ!」


 それは誰が言ったのだろうか。

 誰かの声に、その気配に飲み込まれていた兵士たちが一斉に我に返り、そして逃げ出す。

 慌てて町の中へと戻っていき、進もうとしていた兵士たちとぶつかり合い相撲を始める。

 押し合いによって完全に動きが止まり、その場で立ち往生する兵士たち。そこに影が差した。

 思わず見上げた直後、その顔に液体が降り注ぐ。


「うわぁぁぁ!」

「痛い痛い痛い!」

「助けてくれぇ!」


 液体を浴びた兵士たちの顔から煙りが上がり、苦痛と共に皮膚が溶かされていく。

 粘性を帯びた液体は簡単に流れることなく顔に留まり、やがて肉を溶かしきり骨を露出させた。

 そのころには悲鳴は止み、力なくその場に崩れ落ちた死体だけが残る。

 一瞬のうちに数百の命が溶かされた。

 しかしそれは始まりに過ぎない。

 立て続けに振ってくる液体に、怒号と悲鳴そして嗚咽に包まれながら町は溶けて消滅していった。

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