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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-15 遺体回収と再起の胎動

 早朝。アワマエラの西門には多くの人と馬車が集まっていた。

 その先頭で指揮を執るのは、風見鶏のシェーキだ。その近くにはネメアの姿もある。

 私とクーは人込みの中を進み、二人の元へと向かった。


「おはよう、シェーキ、ネメア」

「おはようございますミラベルさん、クーネルエさん」

「おう、おはよう、ミラベル。クーネルエちゃんも」

「はい、おはようございます」

「シェーキ、ユイレスはいないのか?」

「完全にふさぎこんじまってるからな。外に連れて行くのは危険だと判断した。ロスレイドの面倒もあるし、そっちを見てもらう」

「そうか」

「あの子、ピエスタのこともそうですけど、その後の自分の態度にも傷ついちゃいましてねぇ」


 ネメアが言うには、ピエスタの死体を残して魔物から逃げた後、錯乱したユイレスは馬車の中でひたすらシェーキのことを悪く言っていたそうだ。

 そしてアワマエラに付き、ネメアから強烈なビンタとシェーキの思いを聞いてさらにふさぎ込んでしまったらしい。シェーキ以外とならばある程度普通に話せるようになってきたらしいが、シェーキを見るとブルブルと震えだし部屋に逃げ込んでしまうのだとか。

 かなり重症だな。


「まあこればっかりは心の整理がつくまでどうしようもないでしょうし、トエラに戻ってからゆっくり治療します」

「それしかないか。早く治ると良いな」

「ありがとうございます」

「よし! そろそろ出発するぞ! 各代表は報告を頼む!」


 シェーキの声に、三人の男たちが集まってきた。その中にはオージンの姿もある。


「荷馬車隊は準備完了だ。道具も積み込みも終了してる」

「兵士たちも準備できている。いつでも行けるぞ」

「作業班も整列完了だ」


 それぞれに報告を終え、すぐに元の位置へと戻っていく。

 それを聞き終え、シェーキが再び声を上げた。


「じゃあ出発する! 昨日の偵察で一通りの安全は確保してあるが、獣や魔物がどこかに隠れている可能性もゼロじゃない! 兵士たちは警戒を頼むぞ! 作業班も完全に兵士たちに任せずに、少しだけ注意しておいてくれ! それだけで守る側も動きやすくなる! んじゃ出発するぞ!」


 シェーキは馬車に乗り込み、ネメアに頼むと合図を送る。

 ネメアが一つ頷き、手綱を振るった。

 先頭のシェーキ達の馬車が進み始め、私たちもその隣を進む。そして馬車と人の列はアワマエラの門を出て、一路西を目指した。


 道中、大きなトラブルもなく、出発から半日で目的地には到着する。

 氷壁の先端が見えた時点で、数人が恐怖を思い出し歩けなくなったりもしたが、予め予想されていたのか、予備の馬車に乗せることで対処していた。

 一日ぶりにみた氷壁は、表面が滑らかな波を打つような形に変化していた。どうやら昼の陽ざしで溶けたものが、夜の冷え込みで再び凍ったのだろう。

 だが、中までは解けてないのか、閉じ込められたものたちはそのままの姿を保っている。

 各所ですすり泣く音が聞こえてくる。作業班の遺族たちだろう。

 シェーキとネメアも、氷に閉じ込められたピエスタの姿を見て拳を握りしめていた。


「よし、作業を開始するぞ! 氷を砕くときは頭上に注意しろ! 何度か溶けて脆くなっているかもしれない! 強く叩くと一気に崩れる可能性もあるぞ! 兵士たちは周辺の警戒を頼む! 魔物はいないかもしれないが、死肉を狙って獣が来てる可能性があるからな!」


 注意を促しながら、シェーキとネメアも道具を手に作業を開始する。

 私とクーの仕事は、兵士たちと同じように周辺の警戒だ。

 ここら辺も魔物たちとの戦闘の爪痕ははっきりと残っており、そこら中に魔物の死骸が散乱している。

 気温が低いため、まだ腐敗は始まっていないが、魔物の中には不自然に肉が抉れたものが何体か存在していた。野生の狼などの肉食獣に食われたのだろう。

 冬のこの時期、森の中でも食料は少ない。餓えた獣たちがこの絶好の餌場を逃すはずがないのだ。

 私たちの兵士たちの任務は、そんな餓えた連中から作業班を守ることだ。

 カンカンと氷が少しずつ砕かれていく音が草原に響く。

 昼を過ぎた太陽の陽ざしは暖かく、冷たい草原でも動けば汗を掻くほどだ。作業班は次第に薄着となり、中にはタンクトップ姿でツルハシを振るう者もいる。

 ピエスタは比較的氷の表層近くにいるため、シェーキとネメアは小さなトンカチやノミなどを使って慎重に氷を砕いていた。

 そして開始から一時間後。

 氷壁の一部から拍手が上がった。だがその音はすぐに収まり、すすり泣く音が聞こえてくる。

 どうやら一人目の回収に成功したようだ。

 様子を見に行けば、氷が所々に残った男性に、女性が縋り付き泣いている。

 男性は用意されていた棺桶に丁寧に納められ、数は少ないが持ってきた花を納められた。

 それを皮切りに、ところどころで拍手が上がり、次々に氷の中から遺体が回収されていく。

 そんな拍手がどうやらこの場に必要もないものも呼び寄せてしまったようだが。


「シェーキ、少し離れるぞ。獣が近づいている」


 姿は見えない。だが、草原の草に隠れておそらく狼だろう気配が近づいてきているのを感じた。数は――なかなかいるな。二十は超えている。


「任せる」


 シェーキは一心不乱にノミを振るいながら、振り返ることなく答えた。

 シルバリオンはクーの足に浸かっているため、私は駆け足で近場を警備している兵士たちのもとへと向かい声をかける。


「ちょっといいか」

「ん? どうした」

「狼らしき群が近づいてきている気配を感じる。二十はいるはずだ」


 私の話を聞いた途端、やや気の抜けていた兵士たちの表情に緊張が戻る。

 私が一つ頷き、だいたいの方角を示すと、兵士の一人が他の仲間の元へと駆けて行き、情報が一気に広がっていった。

 すぐに警戒態勢を取り、狼たちの襲撃に備える。

 物々しい雰囲気を感じ取ったのだろう。作業班の幾人かは手を止めてこちらを見ていた。

 安心して作業を続けてもらうためにも、一匹も通すつもりはない。

 気配が近づき、やがて草むらが揺れるようになる。相手もこちらが気づいていることを分かっているようだ。警戒してなかなか近づいてこない。

 膠着状態になるかとも思ったが、狼たちが先に動いた。

 一匹が勢いよく駆け出し、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。その後を追うように、二十匹近くが一斉に動く。

 どうやら突出したのはまだ若い狼だったようだ。草かげから飛び出してきたそいつは、兵士の槍に一突きされて絶命する。

 他の狼たちは、今若い狼を殺した兵士に一斉に襲い掛かる動きを見せる。

 仲間の敵か、それとも槍に刺さった仲間によって武器が塞がれているからか。

 どちらにしろあの兵士が危ない。私は覇衣を纏い、その兵士の横へと立つと抜刀術風切を放ち邪魔な草むらを両断した。

 狼たちは――二匹は斬れたか。だが他は躱したようだ。諦めることなく兵士たちにとびかかる。

 慌てた兵士を突き飛ばして躱させ、飛び掛かってきた狼を斬り、殴り、蹴り飛ばす。

 化身級の相手をした後だと、普通の狼は赤子の手を捻るのも同然だ。

 腕や足に噛みつかれても、覇衣を抜かれることすらない。最近の覇衣は覇斬のエネルギーとしか使えていなかったからな。改めて覇衣の力を見ると、普通の存在相手ならばこれだけで十分なのだと実感できる。

 だが私はどれほどの強敵からであっても民を守れるような騎士になりたいのだ。

 ここで止まるつもりはない。


「吹き飛べ。飛剣術刃走」


 一度の交差で七匹を行動不能にし、五匹を殺した。

 私の周囲に散らばる狼たちの姿に、兵士たちや作業班から歓声が上がる。

 この歓声は力になるな。

 さて、残りは――逃げたか。

 野生だけあって力の差を理解するのが早い。いや、群れの半分を失っていれば当然か。

 元はと言えば若いものの暴走から始まったのかもしれないから、群れからしてみれば最悪の展開だっただろうな。

 だがこちらも仲間をこれ以上失うつもりはないのだ。


「私たちが帰ったらまた来ればいい」


 どちらにしろ魔物の死体を回収するつもりはない。しばらくこの草原は餌の豊富な食卓になるだろう。

 この狼たちも他の動物の餌になるだろうしな。

 まだ生きている狼にとどめを刺して、剣に付いた血を振り払い鞘へと戻す。


「助かりました」


 突き飛ばした兵士が立ち上がり、頭を下げる。一瞬見えた顔はまだ私とさほど変わらない年に見えた。どうやらこちらも新人だったようだ。


「獣は群で一人を襲う。その方が安全だからだ。一匹を殺したからといって安心しないようにな」

「はい、ありがとうございました」


 狼の群れが去ったことで、再び作業班の手が動き始め、兵士たちの巡回も元に戻る。

 そして全ての作業が完了するまで、次の襲撃が行われることはなかった。


 全員の遺体を回収するころには、日が西の地平線に隠れ始めていた。

 吹く風は冷たくなり、昼にはタンクトップだった男も厚着に戻っている。


「全員収容したな! 帰り道は真っ暗だ! 松明はしっかりと維持しろよ! 兵士たちは注意を! じゃあ出発するぞ!」


 無事ピエスタの遺体を収容した馬車を先頭に、一団が帰路へとつく。

 暗くなった平原は、月明りのみが頼りであり道を外さないようシェーキは先頭を松明三本を使って明るく照らす。

 この暗がりの中、目印のない草原で道を逸れると朝までは戻ってこれなくなるからな。

 私とクーはシルバリオンに乗り、シェーキ達の横を進む。

 時折感じる気配は、夜行性の動物たちだろう。遠巻きにこちらの様子を窺っているが、攻めてくる様子はない。まあ、あれだけの魔物の死体を置いてきているのだから、餌としてこちらを狙っているというよりも、縄張りの警戒といったところか。

 そして慎重に進む一団は、一度も襲撃されることなく、日付が変わるころに無事アワマエラへと到着した。

 深夜にもかかわらず、門では多くの人たちに出迎えられ、用意されていた暖かいスープによって空腹と寒さを癒す。

 死体はすぐに教会へと運ばれ、そこで三日ほど安置された後供養と共に焼かれるそうだ。三日間は最後の別れを惜しむ期間と言うことだな。

 私とクーはスープを貰い、一団から少し離れたところでそれを味わっていた。


「ミラ、お疲れ様です。目立った襲撃もなくてよかったですね」

「クーこそお疲れさまだ。消滅魔法が使えない分気を張っていただろう?」

「バレていましたか」

「クーを乗せたシルバリオンもどことなく緊張していたからな」


 馬は乗りての心をよく理解する。クーの緊張がシルバリオンにも移っていた。


「でも本当に良かったです。魔物の襲撃の可能性もあったんですから」

「ウォルリルがまた来る可能性は高いからな」


 奴は私とクローヴィスを自分の敵だと認めていた。あの傷が治れば、きっと再び私たちを殺しに来るはずだ。

 化身級の傷がどれほどで治るか分からなかったので、最悪今日の襲撃も覚悟していたのだが、何事もなく遺体を回収することができたのは幸運だった。


「だがこれでアワマエラでの防衛ができる。制限解放者二人と私ならば、相手がウォルリルとて遅れは取らない」

「でも油断はしないでくださいね」

「当然だ。油断できる相手ではないからな。さあ、私たちは宿に戻ろう。きっと女将も心配している」

「はい」


 スープの器を回収場所へと戻し、私たちはこっそりと宿に戻るのだった。


   ◇


 深い霧の中、口から吹き上げていた煙がようやく収まる。

 痛みが引いていく感覚に、じっとその場に蹲っていたウォルリルが目を開けた。

 グルルと低い鳴き声を上げ、口の感覚を確かめる。違和感はなく、大きく開いても痛みは感じない。

 完治したと判断したウォルリルがゆっくりと立ち上がる。

 ウォルリルの毛に纏わりついていた氷が砕け、パラパラと石の地面に落ちる。

 と、ウォルリルはわずかな振動から何者かが近づいてくるのを感じた。


「完治したか、化身ウォルリルよ」

「貴様か」


 それは杖を突いた老けた姿の男、仙僧だった。

 その姿は、ウォルリルと契約した時の老いた姿よりもさらに年を重ねていた。すでに見た目からは七十近い印象を受ける。


「契約はまだ果たされていない」

「分かっている」


 ウォルリルと仙僧の契約は、避難民の殺害だ。アワマエラに逃げ込まれたとしても、その契約が反故になるわけでもなければ、解消されるわけでもない。

 願いと対価によって結ばれた契約は、どちらかが死ぬまで継続される。


「奴らは必ず殺す。この我が必ず」

「だが敵は強い。それは身をもって理解しているはずだ」


 氷壁砲を狙った可能な対処は、ウォルリルに深い傷を与えていた。それは化身級が逃げることを選ばなければならないほどのものをだ。

 これまでの生の中で、そのような傷を受けたのは今回が初めてだった。

 だからこそ、敵の強さは理解できる。

 そこに仙僧は一つの道を示した。


「フェリクスと共にアワマエラの全てを滅ぼすのだ」

「よいのか」


 フェリクスはノーザンライツの拠点となっているワラエラとセジュエラの守りの要となっている。それを動かすとなれば、まだわずかに息のあるフィリモリス王国や、その奥にいる他の二国に隙を見せることとなる。


「スィータクロチを呼んだ。奴が暴れればこちらを気にする余裕はなくなる」

「蛇と契約したのか!?」


 ウォルリルから明らかな動揺が零れた。


「ウォルリルでも不安か?」

「奴は別物だ。だからこそ眠っていた。活動を続けていた我らとは違う。我は忠告したはずだ。奴は世界すら喰らうと。契約など出来ぬぞ」

「分かっている。だが奴は単純でもある。目標を示してやれば、そこを喰らうだろう。私は負けるわけにはいかんのだ。たとえこの身を喰われようともな」


 たとえこの戦争で勝ちを得られなかったとしても、負けなければ収穫はある。

 次代に残せる収穫のために、仙僧はこの戦争に全てを掛けていた。

 ウォルリルは仙僧の瞳の奥にその覚悟を見る。


「そうか。ならば何も言うまい。我は契約を遂行する」

「フェリクスにはウォルリルと共に行動するように言ってある。お主の準備が整い次第向かえ」


 そう言い残し、仙僧は部屋から去っていく。

 ウォルリルはその姿を見送り、自らもゆっくりと石で囲まれた部屋を後にするのだった。

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