4-13 報告会と風呂
ウォルリルとの戦いを終え、アワマエラへと向かっていると、草原の先の部隊が展開しているのが見えた。
そしてその前に転がる大量の魔物の死骸。避難民を襲っていたものたちだ。クローヴィスの予想通り、既に討伐は完了しているらしい。
「メビウス王国はすでに出兵していたのか」
「おうよ。風見鶏から緊急の連絡鳥が来てたからな。ノーザンライツが侵攻してきている時点で出兵が決まった。今はアワマエラを併合して防衛線を引いたところだ。この後クシュルエラやワラエラやセジュエラにも向かうみたいだな」
アワマエラからクシュルエラへは草原の一本道を進めばいい。そこから分かれ道に繋がり、山岳部へと向かうとワラエラ、平原を進むとセジュエラへと続いている。
領地の確保を優先するのであればクシュルエラで防衛線を引くのが一番なのだろうが、上層部は防衛線の安定よりもノーザンライツの排除を優先することにしたようだな。
「ノーザンライツを完全に叩くのか」
「俺もこっちに来るまでは正直そこまでする必要はあるのかって思ってたけど、ウォルリルっつったっけ? あいつを操れるとなると話は別だろ。化身級を使える国がお隣とか危険すぎる」
「確かにな。それに気になることをウォルリルは言っていた」
「気になること?」
「我ら。奴はそういった」
「我らか。なるほど、そりゃ面倒なことになりそうだな」
化身級が自身と同列に扱う存在がまだいるということになる。そしてその存在もおそらくノーザンライツと共にあるのだろう。
つまり、ウォルリルのほかにもう一体化身級がいる可能性がある。
「侵攻した部隊は警備隊か?」
「ああ。選抜された警備隊と雇われた傭兵の混成部隊だ。混成っつっても部隊ごとには分かれてるけどな。あと、警備はしてないから兵士隊って名前になってる」
「なるほど。それだと厳しいだろうな」
化身級に兵士では専守防衛は可能かもしれないが、攻めるとなれば太刀打ちできないだろう。せめて騎士団の魔法隊がサポートに入るか、騎士隊が正面に立たなければ。
「まあ、クーネルエちゃんが化身級のことを知らせてくれたから、既に情報は送ってるだろ。後は本国の対応待ちだな」
「そうか。あまりゆっくりは出来そうにないな」
ノーザンライツがこれで諦めるとは思えない。二つの町を拠点に、さらに河川か港を求めて動くはずだ。
ワラエラやセジュエラから一番近い大河川はメビウス王国との国境であり、港となればさらに二倍以上の距離を南下しなければならない。
必然的に狙うとなればアワマエラになるだろう。
「その時はその時だ。来るなら叩くし、来ないなら休む。一兵士や傭兵ができることなんてそんなもんだ。あんま身構えすぎると、疲れるだけだぜ」
「それもそうだな」
すでにことは大きく動き出している。後はその場の対処で最善を尽くすしかできないか。
話しながら魔物たちの死体を超えゆっくりと部隊へと近づいていくと、部隊の隙間から一頭の馬が飛び出してきた。黒の馬体に銀のタテガミ。そして乗せているのはマントを纏った少女。
それだけ分かれば彼女が誰なのかすぐに分かる。
「クー!」
「ミラ! 無事でよかった!」
「やや危なかったがクローヴィスに助けられた。クーが頼んでくれたのだろう? ありがとう」
「いえ、私はただお願いすることしかできませんでしたから」
「嬢ちゃんたち、立ち話は後にして今は町行こうぜ。俺も疲れてんだ」
「む、そうだな」
「じゃあミラはこっちに。クローヴィスさんの馬も走り続けで疲れているでしょうし」
「そうだな。クローヴィス、ここまでありがとう」
私はクローヴィスの後ろから飛び降り、クーの後ろへと乗りなおす。
そしてゆっくりと部隊の場所へ戻っていった。
◇
西日が部屋を赤く染めるなら、私は宿のベッドに横になりながら大きなため息を吐く。
「ふぅ、ようやくゆっくりできるな」
「結構長くなっちゃいましたね」
隣のベッドでは同じようにクーが倒れ込んでいた。
部隊へと戻った跡、すぐに町に行こうと思っていた私たちは兵士たちに呼び止められ、そのまま指揮官の元へと誘導された。
まあ、当然と言えば当然だな。何食わぬ顔で通り過ぎれば行けると思ったのだが、現実は甘くなかった。
そこから始まったのは、長ったらしい情報交換会である。戦闘後の身に実に優しくない連中だ。
そんな優しくない連中の代表は、メビウス王国からの特別遠征兵士隊で総指揮官を務めるグリモアス・ソユーズ。王国内ではレッドバルト・デオラス警備隊総隊長の補佐を務めている。要は数人いる副総隊長の一人というわけだ。
他の参加者には、ソユーズ殿の補佐官を始めこの部隊の重鎮たちがずらりと並んでいる。
対してこちら側は、化身級と戦った私とクローヴィス、それになぜか巻き込まれたクーと、もともと王国に雇われて情報収集を行っていた風見鶏から代表としてシェーキがいる。フィリモリス王国側は、クシュルエラの町長と避難民から代表としてオージンが呼ばれていた。
そこで主に話題となったのはノーザンライツの動向である。まあ、彼らはそれを止めるために来ているのだから当然である。
私たちが知る情報としては、オージン殿とシェーキがほとんど話してくれたおかげで、私たちは椅子に座って話しを聞いているだけ。私とクローヴィスが疲れからウトウトしていたのは内緒である。
二人からの話を聞いて、結論としてやはりノーザンライツを放っておくわけにはいかないとなった。最終的には落とされたワラエラとセジュエラをこちらの支配下に置き、資源を確保、輸送経路を安定させる方向で話はまとまった。
そこで問題となるのが、私たちが戦った化身級のことである。
特別遠征兵士隊が持ち込んでいる武装は、主に城門破壊や侵攻のための道具で化身級を想定したものではない。その為、化身級が現れた場合の対処方法がかなり限られてくる。
防衛ならば、壁を使って大砲などでけん制すればいいのだが、侵攻となればこちらが壁の外。化身級の餌食になるのは間違いない。
奴らと正面から戦えるのは、傭兵で雇われてこちらに来ているクローヴィスと、同じく制限解放者であるヴァルガスの二人に、私を合わせた三人だけ。それでも一対一ではこちらの分が悪い。
ならば二対一でという意見も出たが、私が彼らに化身級が一体だけではない可能性を伝えたことで振り出しに戻ってしまったわけだ。
結局、ここを死守しつつ、本国からの応援と装備を待つという結論が出たのは、会議開始から五時間後。そりゃクタクタになるというものだ。クローヴィスなど、途中から完全に熟睡していたしな。
そしてようやく夕方になり解放された私たちは、近くの宿に部屋を取り、こうしてベッドに倒れている訳である。
「ミラ、軽く寝た後にお風呂行きましょう。夜に使えるようにお願いしてありますし」
「そうだな。客は私たちしかいないということだし、ゆっくり使えそうだ」
「じゃあおやすみなさい」
「うむ」
目を閉じて体の力を抜く。すると一瞬で私の意識は闇の中へと落ちて行った。
次に感じたのは、ゆらゆらと揺れる感覚。
「ミラ」
「むぅ……どうした?」
目を開けると、ベッドの横にクーが立っていた。揺れていたのは、クーが体を揺すっていたのだろう。
「お風呂の準備ができたみたいですけどどうしますか? 眠いならそのまま寝ていてもいいと思いますけど」
「いや、いく」
のっそりと体を起こす。確かにまだ疲れは取れていないが、汗や埃で体や髪がべたついているのだ。このまま寝てもきっとスッキリとした目覚めはやってこない気がした。
ベッドから出て、風呂用のセットを荷物の中から取り出す。
それをクーに渡して魔宝庫の中へと入れてもらい、風呂へと向かった。
この宿の風呂は一階に併設されているようで、外に出なくてもいいのはいいな。
ロビーへと降りて風呂へ向かう廊下へ入る。
突き当りには、風呂と大きく書かれた看板が掛けられていた。
中へ入ると、温かい湿気が肌にまとわりついてい来る。久しぶりの風呂に私は胸が高鳴り、眠気が飛ぶのを感じた。
「この宿のお風呂は、貸し切りの施錠式だそうですよ。貸し切りってなんだかワクワクしますね」
クーは入ってすぐ横の壁に掛けられた風呂の使い方が掛かれた板を指さす。
一の鐘の間貸し切り状態となり、その間は入り口の鍵を閉めておくようだ。絞めておかないと誰が入ってくるか分からないから注意が必要だな。わざわざ赤字で施錠することと書いてある。それと一時間を超えた場合は宿の従業員が鍵を開けて確認に来るらしい。
言われた通りに扉に鍵を掛け、下駄箱に脱いだ靴を入れて奥へと進むと、壁に小さな鏡の掛けられた脱衣所に付いた。
貸し切りで大勢の利用を想定していないのか、脱いだ服を入れておく籠は十個もない。
そのうちの一つに私は脱いだ服を手早く入れていく。
「ミラ、タオルどうぞ」
「すまないな」
魔宝庫から取り出してもあったタオルを受け取り、籠に掛けて下着も脱いでいく。
全て脱ぎ終え、小さな鏡に映り込んだ私を見る。
贅肉はなく、引き締まった体。だが筋肉が盛り上がっているようなこともない。今の私の最適解がそこにあった――いや、胸はもうちょっとこう……
なだらかな起伏をタオルで隠しつつ隣を見ると、セーターの裾に引っかかっていた胸がはずれ、たわんと揺れていた……
「ん? どうしました?」
「いや、何でもない」
「そうですか? 冷えるので先に行っていてください」
「そうか」
冬の脱衣所は湿気があってもやはり寒いからな。
私はとぼとぼと浴室へ向かう。扉を開ければ湯気が充満した暖かな空間だ。
風呂は三人が横に並べる程度の広さで、湯がなみなみと張られている。私たちだけだからどうやらサービスしてくれたようだ。
すぐにでも入りたいところだが、埃まみれの体だからな。先に洗わなくては。
大きな桶でお湯を掬い、洗い場へと運ぶ。全身に湯を掛けてタオルを濡らし、石鹸を泡立てていくとクーが入ってきた。
「わぁ、いいお風呂ですね」
「随分とサービスをしてくれたようだからな。後でチップを渡しておこう」
「そうですね。あ、ミラ背中流しますよ」
クーも同じように桶にお湯を掬い、こちらへとやってくる。
「頼む。終わったら交代しよう」
「お願いしますね」
泡立てたタオルをクーに渡し、背中を向ける。
タオルが背中に当てられ、力強く擦り付けられた。以前やってもらった時よりも力が付いてきているな。ちょうどいい塩梅だ。
「だいぶ筋肉が付いてきたみたいだな」
「そうですか? あんまり実感がわかないんですけど」
「肌で感じると良く分かる。以前よりも気持ちがいいぞ」
「全力でやってるんですけど、まだ気持ちいいレベルなんですね」
「修行してきた年月が違うさ」
どれだけ兄さまや父さま、騎士団長と戦ってきたと思っているのか。
毎回転ばされたりふっ飛ばされたりしてきたのだ。背中を擦られた程度ではもはや痛みなど感じないよ。
「ぬぅ、悔しいです」
「さ、今度は私が変わろう」
タオルを受け取り、クーに背中を向けさせる。
私の力では普通に強すぎるので、クーの背中を洗うときは優しさが大切だ。
泡立てたタオルを折りたたみ、乗せるようにクーの背中へと当てる。相変わらず染み一つない絹の様な肌だ。消滅魔法の恩恵は凄まじいな。
それと背中側から見ても、わきの下からはみ出して見えるその膨らみも。
「ミラ?」
「おっと、すまん」
思わず手が止まっていた。改めてクーの背中を洗う。
「ミラは上手くなりましたね。最初は凄い痛かったですから」
「仕方がないだろう。背中の洗いっこなどしたことが無かったのだから。それに二回目以降はちゃんとやれただろう」
初めてやったときは、力を入れすぎてクーの背中が真っ赤になってしまったからな。
ただのタオルで洗ったはずなのに、たわしで引っかかれたみたいな状態になってしまっていた。
あれはなかなか痛々しかったな。
背中を洗い終え、クーにタオルを返す。
「ありがとうございます」
「うむ。さっさと洗って風呂に入ろう」
「そうですね」
手早く体や手足を洗い、髪も綺麗に洗い流す。
きつく絞ったタオルを頭へと巻き付け、髪が零れないように固定して私たちは浴槽へと向かった。
たっぷりと湯の張られた浴槽は今も暖かそうな湯気を出し続けている。
足先からゆっくりと浸かっていけば、少し熱めのお湯に肌がピリピリと刺激された。
そのまま足が浸かり、腹が浸かり、やがて肩まで入って浴槽に足を投げ出す。
「ふぅ……」
「はぁ……」
「気持ちいな」
「ですね」
残っていた疲れが、体の奥から押し出されるようだ。
冬の風呂はやはりいいな。浴槽が広いから、完全に足を伸ばせるのもありがたい。
一人用は湯が汚れるのを気にする必要がないから楽だが、足が伸ばせないのが唯一の欠点だからな。
「お布団もそこまで悪くなかったですし、宿の人が良ければしばらくここに泊まりませんか?」
宿の主人が避難してしまう可能性もあるからな。いなくなる可能性はあるが、私としてもここに泊まることに反対はない。
「そうだな。兵士隊にはここに泊まると連絡しておこう」
「しばらくはこうやってゆっくりできると良いんですけど」
「戦争中だ。あまり楽観視はできないが、すぐには動かないと思うぞ。相応のダメージは与えてあるし、奴にも回復の時間が必要だろう。ノーザンライツも、滅ぼすだけでは統治はできない。奪った町でも運営のシステムを作らなければ内側から崩壊しかねないからな」
だからこそ、メビウス王国も一気に深くまで攻め込まず、アワマエラに駐軍しているのだ。しっかりと地盤を固めて防衛できる状態にしてから別の町へ行くことを心掛けている。
慎重すぎるかもしれないが、メビウス王国は侵攻戦事態あまり歴史的に見ても行っていないからな。経験がないから慎重になるのも仕方がないだろう。
「ま、今は難しいことを考えずこのお湯を楽しむのが先決だ。せっかくの風呂なのだから」
「そうですね。はぁ……」
私たちは浴槽の縁に頭を掛け、体を水中に浮かせるようにして久しぶりの風呂を楽しむのだった。
tips
騎士隊は団長一人に副団長一人。
対して警備隊は規模が大きいため、総隊長一人に対して副総隊長は三名から五名存在する。




