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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-12 弱者の戦い方

 対峙したクローヴィスは、ウォルリルの様子を見ながらトントンと軽くその場でジャンプする。そしてグッと腰をかがめたかと思うと、一気に加速した。

 ウォルリルは当然前足を横に振り、足元への侵入を防ぐ。すると即座にバックステップで元の位置へと戻ってきた。


「反応速度は獣と同じか。んじゃこれ」


 次にウォルリルの左側へと回り込むように走り出す。

 それもすでに私がやったことだ。

 ウォルリルは、体を捻りながら右足でクローヴィスを狙う。すると、またバックステップで元の位置へと戻ってきた。

 何をしているのか分からない。攻め込み手が見えていないのか?


「ふむふむ」


 クローヴィスは小さく呟きつつ、納得するように頷いている。


「んじゃ、これはどうかな」


 両腕の包帯がほどけ、ウォルリルの首へと巻き付こうとする。

 ウォルリルは迫る二本の包帯を咥え、クローヴィスの体勢を崩させようと一気に引っ張り寄せた。

 だがクローヴィスは包帯を伸ばすことでその力をいなし、その場から動かない。

 包帯を引っ張れないと分かり、ウォルリルは咥えていたものをそのまま噛み千切る。

 切れ端が凍って地面へと落下し、パリンと砕けた。


「クローヴィス、大丈夫なのか?」


 先ほどからクローヴィスの動きは全て対処されてしまっている。奴の頼みの綱である包帯も簡単に咥えられてしまった。

 クローヴィスの主な攻撃は包帯による拘束と拳による連打だ。大型の魔物相手には相性が悪い。

 するとクローヴィスは振り返らずに私へと話しかけてくる。


「ミラベルちゃんは、一つ大きな勘違いをしてるな」

「勘違い?」

「強さってのはさ、強力な技をぶっ放すことじゃねぇんだよ。俺たちは人間だ。どうやったってあいつらみたいな化け物が使う魔法に威力で勝とうってのは無理がある。だから俺たちは武器や頭を使うわけだ。これから強い敵と戦い続ける覚悟があるなら覚えときな。人間ってのは根本的には弱い存在だ。けど戦い方を知っていれば、弱い存在でも強く有れる。傭兵の先輩として教えてやるよ。弱者の戦い方ってやつをな!」


 クローヴィスが動いた。一気に加速し、最初と同じように懐へと飛び込んでいく。

 当然ウォルリルは腕を振るうが、今度は止まらない。クローヴィスはスライディングで振るわれた腕の下を通り過ぎ、同時に包帯をウォルリルの爪へと引っ掛ける。

 引っ張られるようにして地面から空へと上がったクローヴィスは、爪にひっかかっていた包帯を手元に引き寄せると、右腕の包帯をウォルリルの顔に、左腕の包帯を左前足へと伸ばす。

 当然ウォルリルは包帯を避けるために移動しながら顔に来た包帯を再び噛む。

 だがなぜか、移動して躱したはずの足に、クローヴィスの包帯が巻き付いた。


「グル!?」

「動物ってのは基本的に自身の弱点に対して過剰に反応する。目の前に首を絞める包帯が伸びれば、それを捕まえるために視線が集中する。だから、躱したと思った包帯が少しだけ動いていることに気付きにくい。まして利き腕と反対側なら尚更な」


 噛まれた包帯はあっさりと切り離し、足に巻き付いた包帯を手繰り寄せることで自身をウォルリルの背中へと誘導する。

 着地と同時に右足へと包帯を放ち、同じように巻き付けた。

 丁度、両前足の肩と背中を結ぶような形だ。これは――


「そして動物である以上、骨格の構造的に届かない場所ってのは必ず存在する。そこに陣取っちまえば、基本的には安全だ。けど――」


 ウォルリルが吠えた。同時に体から冷気があふれ出し、足元の地面が凍り付いていく。

 それは背中側も同じようで、クローヴィスの足元と包帯が一瞬のうちに凍り付いた。


「相手は魔物だ。こうやって弱点をカバーしてくる場合があるから油断は禁物だな。魔拳術、震芯抗」


 クローヴィスが何かの技を放つ。一見動いていないように見えるが、突然凍っていた足の氷が砕け散り、ウォルリルが痛がるように体を震わせる。


「強い魔物になるほどガワが硬い。自重を支えるのに少しでも負担を減らすためだが、同時に防御も硬くなる。だが、魔物だって生きもんだ。中身まで硬くするわけにはいかない。だから、直接内側を攻撃する方法は、魔物にとって有効打になりやすい」


 凍ってしまった包帯を割り、ウォルリルから飛び降りて私のところに戻ってくる。


「どうだ。強力な技なんかなくても何とかなるだろ?」

「だが倒せなければ――」

「意味はねぇわな。ま、戦い方はあるさ。そろそろ動けるようになっただろ? 手伝ってもらうぜ」


 クローヴィスは包帯を伸ばし、私が手放してしまった愛剣を回収してくれる。

 私はそれを手に取り立ち上がる。痛みは引いてきた。動かすと痛い部分もあるが我慢できないほどではない。活性化を使えば、問題ないだろう。


「動物の死角は背中側だ。四足歩行の連中は背骨が横にけっこう曲がるから背中側に顔を向けることもできるが、前足の肩までは向けない。それとあいつの利き足は右だ。とっさに動くときあいつは右を使うから意識しておけよ」

「了解した」

「んで、戦い方だ。今の一撃であいつは俺を警戒している。ミラベルちゃんは一度倒されているから警戒は緩んでいるはずだ。だから俺が注意を引いてやるよ。先輩が顔立てるんだ。しっかり決めろ」

「どうすればいい」

「一瞬だけ俺が動きを止める。それに合わせて奴の左足に全力で叩き込め」

「利き足じゃなくていいのか?」


 拘束できるのならば、奴の利き足を破壊したほうが後の戦いに有利になるはずだ。


「左でいい。重要なのは躱されないことだ」


 なるほど、右ではとっさの動きでこちらの攻撃を躱される無いし、ダメージを軽減させられる可能性があるのか。だからとっさに動くことができない左を狙うと。

 一撃で倒すことは考えない。細かい傷を増やし、相手を着実に自分たちと同じ力まで落としていく。

 これが強いものたちとの戦い方なのだな。


「分かった。全力で行こう」


 覇衣を纏い直し、いつでも動けるように腰を落とす。

 ウォルリルは警戒していた。私と同じかそれ以上の実力者が来たのだ。倒されるとは思っていないのだろうが、傷を負うリスクは考えているのだろう。

 その余裕、奪い去ってやる。

 クローヴィスが踏み込むと同時にウォルリルも動く。後追いではだめだと判断したのだろう。

 同じように接近し、爪と牙に氷を纏って突き立ててくる。クローヴィスは牙を躱し、足に包帯を伸ばすが包帯は爪によって切断される。

 さらに爪を地面へと叩きつけ、凍り付いた土塊が飛散する。

 クローヴィスは包帯を回転させることで土塊を防ぎつつ、バックステップで距離を取る。

 するとウォルリルが口を開いた。そこにはあの氷壁を作った玉ができている。

 足を固定していないので、あれほどの威力はないはずだ。だがこの至近距離。クローヴィスに耐えられるのか!?


「クローヴィス、氷壁が来るぞ!」

「なるほど、あれが最大火力技か」


 クローヴィスが不敵な笑みを浮かべ、横へと駆け出す。

 ウォルリルはそれを追って顔を横へと向けていく。これは好機だ。

 私はとっさに駆け出し、ウォルリルへと近づく。奴の視線が一瞬こちらを向いた。だが、顔はクローヴィスからそらさない。やはり奴を優先したか。

 そして放たれる氷壁。規模こそ小さいものの、その威力は先ほどと変わらない。

 それがクローヴィスへと襲い掛かり、一瞬にして飲み込んだ。


「クローヴィス! この!」


 私は奴の左足目掛けて全力で覇斬を放つ。

 氷壁を放っている間は迂闊には動けないはずだ。

 そして予想は的中した。

 放たれた覇斬は、ウォルリルの左足に直撃し毛と皮を裂いて血を噴き出させる。

 確かな手ごたえだ。確実に肉を裂き、骨の近くまでダメージを与えたはずである。


「どうだ」

「惰弱な人間が!」


 ウォルリルは氷壁を放ち終えると、私が切り裂いた足を軽く上げた状態でこちらに向き直る。

 その顔には鼻の上に幾本もの皺が寄っていた。


「無視をするからだ。これで先ほどまでの機動力はもうあるまい」

「だが貴様の仲間は氷の中だ。もはや助けはないぞ」

「くっ」


 クローヴィス……


「ハハハハハ! 勝手に殺すなバカ野郎ども!」


 突如草原に高笑いが響き渡り、ウォルリルの足元から包帯が飛び出し巻き付いていく。


「クローヴィスなのか!?」

「俺はここにいるぞ!」

「どこだ!?」


 周囲を見るが、クローヴィスの影は見当たらない。

 と、突然私の足元が盛り上がり、腕が飛び出して私の足首を掴んだ。


「ここだ!」

「ひゃぁぁああああ!」

「可愛い声も出るじゃねぇか! そっちの方が似合ってるぜ」


 腕を振り払い飛び退ると、地面の下から土を盛り上げながらクローヴィスが這い出してくる。


「ば、馬鹿者!? 無事だったのだな!」

「あの攻撃は地面の中までは届かない。来る時に氷壁の下を突いて調べてたからな。包帯で地面を掘って逃げたんだよ。後はそっちに注意が言っている間にちょちょっとあれの下準備をね。これでがっちり捕まえた。簡単には動けないだろ、狼さんよ」


 ウォルリルを見れば、全ての足にガッチリと包帯が巻き付いている。その上、氷を纏わせても包帯はその戒めを緩めない。


「時間かけて魔力を練り込んだ特殊な包帯だ。簡単には凍らねぇぞ」

「ならば」


 ウォルリルが自身の両足を凍らせて固定させる。口を開き、尻尾をピンと水平に伸ばした。

 あの体制は!?


「拙いぞ! 最大火力の氷壁が来る! アワマエラを狙うつもりだ!」

「なるほど。あれが奴の本気か。確かにヤバそうだな」


 もう私にあれを一瞬だけでも相殺する力はない。次撃たれれば、避難民どころかアワマエラの住人全員が巻き込まれる。

 だがやるしかないか――守るためには命を懸けてでも。

 私が覇気に意識を集中させていると、クローヴィスが肩を叩く。


「さっきの講義の続きだ。強い奴の強い技ってのは確かに厄介だ。馬鹿でかいエネルギーを内包しているし、中断させるのも難しい。けどそれは逆に言えばチャンスでもあるわけよ」

「チャンス?」

「俺たちじゃ絶対に放てない威力だ。それは奴自身を殺す力すら内包する。つまり――」


 ダンッと地面を蹴り、ウォルリルの顎下へと飛び込むクローヴィス。ウォルリルの口回りはすでに凍り付き、いつでも放てる状態だ。

 何をするつもりだ?


「魔拳技、星蹴り」


 地面へと手くほど深く構え、包帯が動くと同時に逆立ちの状態で飛び上がる。

 その速度は、これまで見てきた中で最速だ。私でも反応するのがやっとだろう。もしかしたら防御が間に合わないかもしれない。

 当然、そんな速度を四肢を固定しているウォルリルが躱せるはずもなく、顎を激しく蹴り上げられる。

 球体を作っていた口が強引に閉じられ、奴の牙が球体を砕く。

 激しいエネルギーの本流があふれ出し、口回りを一気に凍らせながら徐々に顔に向かって氷が広がっていく。

 ウォルリルはすぐさま口を開こうとするが、クローヴィスの包帯が幾重にも口に巻き付き開かせないように妨害する。


「かぁ! やっぱきっついなぁ! おい!」


 クローヴィスは顎を蹴り上げた後、ウォルリルの頭に乗って包帯を巻きつけていた。今も千切れる端から包帯を補充していく。だがその足は、膝を超え太ももまでが凍り付いていた。余波に巻き込まれているのだ。


「ミラベルちゃん! 準備しておけよ」

「あ、ああ!」


 正直に言えば見とれていた。クローヴィスの戦い方に。不要な怪我は極力避け、必用とあらば平然と犠牲にする。だが、そこには確かな勝機を見出し、次の一手へと確実な布石とする。

 静と動がはっきりと別れ役割を持つ戦い方は、人を引き付ける魅力があるのだ。

 クローヴィスに言われ、私は即座に覇気を満たして覇斬を構築する。


「狙うのは口だな。自身の技でボロボロになったところに一撃を叩き込む!」

「そうそう、分かってきたじゃない。んじゃ」


 足裏の氷を砕き、クローヴィスが飛び降りる。同時に、包帯が追加されなくなったことで、ウォルリルが大きく口を開いた。

 吹雪にも似た凍える風が辺り一帯に吹き荒れる中、私は剣を構える。

 顔を振って暴れるウォルリルを狙うのは難しい。だがここで外せば意味がない。だが――

 駆け出し、活性化を使って奴の顔の目の前まで飛び上がる。

 ――ゼロ距離ならば外す心配はない!


「ナイトロード流剣殺術――――覇斬!」


 巨大な口の中に放たれた覇斬は、凍っていた奴の口内へと飛び込み、氷を砕きその肉を裂く。

 荒れ狂う刃にウォルリルが血を噴き出しながら悲鳴にも似た声を上げた。


「貴様ら! 絶対に許さんぞ! 我が必ず殺す! 貴様らだけは必ず!」


 余波が収まり、ウォルリルは顔を下げ口からダラダラと血を流しながら吠えた。

 そして私たちに背を向け、全力で駆け出す。

 私はとっさに追おうとしたが、その肩をクローヴィスに捕まれた。


「止めとけ」

「何故だ?」

「四足の獣が本気で逃げるとき、人は絶対に追い付けない。もし追い付ける場合は、罠に誘導するときだけだ」

「……そうか」


 今の奴は全力で逃げていた。ならば追い付けないのだろう。

 私は剣を鞘へとしまい覇衣を解除する。活性化は解かない。今解けばその場で座り込んでしまいそうだからだ。


「どうだ、弱者の戦い方は分かったか?」

「ああ。ああいった戦い方もあるのだな」

「騎士団や兵士隊の訓練は対人戦がメインだからな。ミラベルちゃんの技は強力なものばっかりだし、必用のないもんだったみたいだろうよ。ま、化け物相手の戦い方は傭兵が自分で学ぶしかねぇんだ。それで生き残れりゃ一流だし、死ねばそこまでだ。ミラベルちゃんが俺たちの場所(制限解放者)まで登ってきたいんなら、考えることを止めるな。常に考えて、相手を調べ続けろ」

「指導感謝する。ありがとう先輩」

「ハハハ! 騎士団未来のエースに先輩って言われるのは気持ちがいいな。んじゃ帰るぞ。そろそろ雑魚も片付いただろ」


 クローヴィスがピューッと口笛を吹くと、遠くから馬が駆けよってくる。


「待たせたな、メア。んじゃまた頼むぜ。ミラベルちゃんも乗りな」

「すまない」


 私たちはクローヴィスの愛馬に跨り、アワマエラへと向かうのだった。

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