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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-8 避難民

間が空いたので前回までのあらすじを


騎士を目指すミラベルはギルドと国にからの依頼によってフィリモリス王国で状況を調べている傭兵団風見鶏の応援へとやってきていた。そこでクシュルエラの町に襲撃を掛けてきたノーザンライツと魔物の集団に遭遇し撃退に成功するも、町の兵士たちがこれ以上の防衛は不可能と判断しミラベルたちは彼らを守りながら避難民と共に町からの撤退を始める。

「失敗した?」


 窓際に立つ初老の男は、その報告を聞き思わず聞き返す。

 振り返った際に、蓄えたその長い白髭が揺れた。


「クシュルエラを制圧出来なかったというのか?」

「はい仙僧様。部隊からの報告によれば、尋常ではない強さの兵士に差し向けた魔物が全滅し、町中に入るどこから外壁にたどり着くことすらできなかったとのこと」

「あの町にそんな兵士が……こちらの兵士たちに被害はないのだな?」

「はい、魔物への攻撃が始まった時点で危険と判断、即座に矢を放ちながら撤退した模様。現在は警戒鳥を放ち潜伏しております」

「そうか、ご苦労だった。追って指示を出す。下がりしばし待て」

「失礼します」


 兵士が退室し、仙僧と呼ばれた男は再び窓から外を見る。

 眼下に映るのは、自分たちが三日前に占領したばかりのセジュエラの町。だが、町というにはあまりにも無残な姿だ。

 多くの家は焼け落ち、わずかに残ったものも人が住めるような状態ではない。

 外壁にも巨大な穴が開いており、その周囲は積み上げられた石壁がドロドロに溶けた跡が残っている。

 兵士たちが復旧作業と同時にこの町に住むための準備を進めているが、まだしばらくかかる。

 その間にもしフィリモリス王国の部隊がこの町を取り返しに来た場合、今の兵士たちだけでは守り切ることができないだろう。


「フェリクスを向かわせるか――いや、奴にはこの町を守らせねばならんか。ならばウォルリルを向けるとしよう」


 仙僧は窓を開け放ち、持っていた錫杖を頭上へと掲げる。


「魔を宿し道外れしモノたち。我が魔に宿る声を聴き、その意思に確かな知を。声届きし魔に我が意思を」


 詠唱の開始と共に、仙僧の中へと大量の情報が流れ込んできた。

 それは、この町を囲むように潜んでいた魔物たちの意思。感覚。膨大な感情の本流に自らの意思すら流されそうになりながら、仙僧は尚も詠唱を続ける。


「意思は心を纏い……其処に眠るに祈りに……答えよ――答えよ――答えよ」


 仙僧が感情の本流に苦しみ、目を閉じて脂汗を流しながら詠唱を続けると、潜伏していた魔物たちが声を上げながら動き出した。

 向かうのは東、クシュルエラだ。


「魔を宿すモノたちよ。我が願いに呼応し敵を討て」

「それがソナタの願いか」


 その声は仙僧のすぐ目の前から聞こえてきた。

 薄く目を開けば、窓の先にあるのは巨大な目玉。真っ直ぐにその眼光は仙僧を射抜いていた。


「ウォルリルよ。我が願いはクシュルエラの制圧。そして逃げる者たちの排除だ」

「――良かろう。ソナタの宿す魔は見せてもらった。では対価を」

「私の未来を差し出そう」

「頂いていく」


 窓の外でウォルリルが動く。巨大な眼孔が消え、巨大な口が見えた。

 どんな強固なものでさえ一瞬のうちに土塊のように砕いてしまう凶悪な口が開き、なにかが飲み込まれていく。同時に仙僧は自らの命が削られるのを感じた。

 疲れを感じる。また年老いた。

 皺は深くなり、腰は曲がる。

 窓にちらりと映ったのは、まだ二十代とは思えないほどの年老いた老人の姿。七十だと言われた方がまだしっくりする姿に、仙僧はまだ終われないと意思を燃やす。

 錫杖を杖代わりにふら付く体を椅子へと運ぶ。

 息が上がる。

 自分のものとは思えないほど重く感じる腕を持ち上げ、テーブルに置いてあったベルを鳴らした。


「お呼びでしょうか、仙僧様」


 すぐに待機していた兵士が部屋の中へと入ってくる。兵士は目を伏せたまま、仙僧の姿を見ずに要件を聞いた。


「ウォルリルが向かう。クシュルエラを制圧せよ。逃げるものは皆殺せ。我らの悲願を」

「ハッ! 必ずや!」

「行け」


 仙僧の一言で兵士は部屋を出て行った。

 そして仙僧は、静かに目を閉じる。まだ死ねないと闘志を燃やし、つかの間の休息のために。


   ◇


 私たちがクルシュエラの町から避難を開始して三日。避難民たちの足取りは遅く、思うように進めていなかった。

 本来ならば今日中にはアワマエラまでは到着するはずなのだが、このペースで進むとなればもう一日多くかかりそうだ。

 ノーザンライツの動きが分からない以上、正直不安になる。


「もう少し早く進めないのだろうか」


 そう呟いてしまっても仕方がないだろう。


「仕方ありませんよ。彼らは家も財産も、場合によっては家族も失っているんですし」

「むぅ、しかしこのままでは自分の命も危ない可能性があるのだぞ?」

「それを冷静に考えられる余裕があれば、きっともっと早く逃げてますよ」

「ぬぅ……」


 もどかしい。

 だがクーが言うことももっともだ。彼らにも彼らなりにあの町に守りたかったものがあるのだろう。

 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 振り返って歩いてきた道を確認するが、追手らしき影は見えない。

 このままアワマエラまでたどり着いてくれればいいのだが……


「それにこの寒さです。足が遅くなるのも仕方がありません」


 そう言ってクーは自分の首に巻いてあったマフラーに口元を埋める。

 確かに今日は朝からかなり寒かった。当然のように息は白くなるし、霜柱が立っている地面は、踏むとザクザクと音を立てる。

 昨日までは快晴の元で夜こそ寒かったものの日が出ればある程度は過ごしやすい気温になっていたのだが、今日はそこまで上がりそうもないな。


「幸い、寒さで脱落する人がいないのでそれは助かりますね」

「ああ、人を置いていくのは精神的な負担が大きい。これ以上彼らに疲労を強いると総崩れになりかねない」


 何人かはもう歩けないという老人や子供がいたが、用意してあった馬車に乗せて何とか一緒に連れていくことができている。もともと老人が少なかったことや、自分で無理だと思ったものたちはすでにクシュルエラに残っているのも大きな理由だろう。

 今移動している彼らは、少なくとも別の地へ避難したいという思いはあるのだから。


「移動日数は増えそうですが、明日の午前中にはアワマエラに到着しそうですし、何とかなると思いますよ」

「だと良いのだが」


 こういう時の希望的な観測は、いつだって裏切られる。

 それはある意味歴史が証明していた。


 三日目の移動から半日。昼を過ぎ、町であれば十四の鐘が鳴るであろう時間に奴らは来てしまった。

 私は背後から感じる敵意に振り返る。

 まだ影は見えない。だが、このままなら追い付かれるのは時間の問題だろう。

 相手はなんだ――魔物、にしては真っ直ぐにこちらに敵意を向けている気がする。だが人が出せるような敵意ではない。むき出しの欲望が混じるこの感覚は、魔物のもののはず。

 奴らの敵意は目の前にいれば一身に浴びるが、見えないところの相手に対しては強い敵意を抱くことはないはずだ。それも感じる敵意は一つや二つではない。クシュルエラを襲った魔物たちと同規模だろう。

 やはり魔物たちは誘導されている。何者か、意思のある存在に。


「ミラ、来ましたか」


 後ろを見ていた私に、クーが小声で尋ねてくる。


「ああ。クシュルエラを襲ったのと同規模だ。真っ直ぐにこちらに向かってきている」

「オージンさんに伝えてきます」

「走らせるように言ってくれ。この距離なら、走れば夜にはたどり着ける。私たちと兵士だけでは壁が無ければ民を守り抜けない」


 逆にアワマエラにさえ到着してしまえば、あそこの外壁を使って防衛が可能だ。アワマエラには国境警備のための部隊も常駐しているはずだから、他の町よりも防御は硬い。


「分かりました」


 私がシルバリオンから飛び降りると、クーは即座に先頭に向けて駆けていく。

 私たちの動きに最後尾の避難民が反応した。心配そうにこちらを窺っている。

 その様子に気付いた兵士の一人がこちらに向かってきた。


「何かありましたか?」

「敵が近づいてきている。後一時間もしないうちに遭遇するはずだ」

「た、大変だ! すぐに知らせないと」

「すでに先頭にはクーを送っている。お前たちは避難民が動揺しないように注意してくれ。ここでばらけられたら、守れるものも守れなくなるぞ。横を固めて逃げる場所をアワマエラに誘導するんだ」

「わ、分かりました!」


 兵士は慌てて元の配置へと戻っていき、そこで隊長と話している。

 話を聞いたのだろう隊長がこちらを見た。私はそれに一つ頷く。

 あの隊長は落ち着いているな。先ほどの兵士はまだ新人か? まあ、あの様子ならしっかりと守ってくれそうだ。

 なら私がやることは一つだな。

 もう一度背後を振り返る。

 気配が強くなってきている。

 敵意に当てあれるように、私は体の底が徐々に熱くなってきているのを感じていた。


 クーが戻ってくる頃になると、避難民の移動速度が明らかに変化した。

 横側を守る兵士たちの連携が取れているおかげか、大きな乱れはなく、やや列が伸びた程度で収まっている。

 だが明らかに速度が上がったことで避難民たちの間に動揺が広がっていた。不安そうに周囲を見渡す人や馬車の上から遠くを確認するものもいるほどだ。

 まだ魔物は見えないが、時間の問題だろう。それともう一つ問題が。


「さらに冷え込んできましたね」

「これは異常だな」


 日が高いというのにもかかわらず、明らかに気温が下がってきている。山脈からの吹き下ろしなどでもなく、平原で突然気温が下がるのは明らかにおかしい。

 そもそも、日が出ている日中に霜柱が新たにできること自体異常だ。


「ミラもマフラー使いますか?」

「いや、すぐに動くことになる。マフラーが破れてしまうといけないからな」


 ティエリスが私のために作ってくれた防寒具は今はクーの魔宝庫の中だ。戦闘になるのが分かっているので、しまってもらってある。魔宝庫の中が一番安全だからな。


「どれぐらいで追い付かれそうですか?」

「三十分もないだろうな。速度は上がったが向こうも速度を上げている」


 走りっぱなしだ。多少は魔物も疲労してくれるとありがたいが、あいつらの体力は無尽蔵だからな。あまり期待はできないか。


「では私も防寒具はしまっておきましょう。消しちゃうのはもったいないですからね」

「クーの魔法も連発することになると思う。周りの視線は気を付けるのだぞ」

「はい、ミラ以外に見せるつもりはありませんからね」


 クーはマフラーや手袋、そしてマントの中でこっそりと体に巻いていた毛布を魔宝庫の中へとしまい、いつものラフな格好へと戻る。

 そして寒さに体をブルッと震わせた。


「やっぱり寒いですね」

「こうすれば少しはあったかいか?」


 私は体を密着させ、後ろから抱きしめるようにその腰に腕を回す。


「良いですね。あったまれそうです」

「ならよかった」


 それから十分ほど。若干の不安と緊張を孕んだ静寂が一つの咆哮によって終止符を打たれた。

遅くなって申し訳ありません。

冬コミの原稿が一段落したので取り急ぎ更新します。

次回からは普通の更新速度に戻れるかと。徐々に完結へと近づいてきてますが、どうぞ最後までよろしくお願いします。

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