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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-5 正しい国境の渡り方

「これと、これと、あとこっちも」

「トア、ちょっと多すぎないか?」


 ギルドで依頼を受注した後、私たちはトアと共にホームへと戻ってきた。

 そこでティエリスにも事情を説明し、出発の準備をしているとトアが部屋から何やら大きなカバンを持って降りてきたのだ。

 そこから取り出したのは、大量の薬や包帯などの治療道具。

 何やら色がおかしなポーションもあるのだが――毒かな?


「多い?」

「うむ。急がねばならないし、シルバリオンに乗せるものはなるべく軽くしたい。むこうでも手に入るものは置いていきたいのだが」

「ならこれとこれ。二つは特製」

「トアさん特製の改良型ポーションですね」

「む、あれか」


 クーともう一人の傭兵に悲鳴を上げさせた恐怖の激痛治癒ポーション。

 クーが痛みを思い出しているのか、やや顔を青くしつつ鳥肌を撫でていた。


「ん、それの改良版。痛みが少ない」

「痛くなくなってるんですか!?」

「少し痛いだけ」

「あ、痛いことには変わりないんですね」


 クーがガックリと肩を落としているが、少しだけになっただけでもかなり凄い進歩だと思うぞ? 前回は絶叫してただろうに。


「お二人がヴェルカエラいる間、トアさんもずっとポーションの改良を続けていたんです。その成果ですので、ぜひ使ってあげてください」

「そうか。ではトア、ありがたく使わせてもらおう」

「ん、頑張って」

「うむ」


 トア謹製の治癒ポーションと解毒ポーションを受け取り、カバンへと詰める。

 他にもティエリスが用意してくれたテントや食料を纏めた。と言っても、二カ月前に使っていた道具一式を倉庫から再び取り出しただけだから、前回の準備よりもだいぶ楽だったらしいが。

 総量的には、だいたい前回の遠征よりも少しだけ荷物が減った感じだな。これならば、シルバリオンも多少は楽をできるだろう。


「出発は明日だ。今日はゆっくり過ごそう」

「そうですね。トアちゃん、その服はどうですか?」

「ん、いい感じ」


 トアがその場でクルッと回ると、ふんわりとスカートが浮き上がる。

 トアが来ているのはメイド服だ。ティエリスの来ているものを子供サイズに作り直したものだな。いろいろと話し合ったらしいが、結局作業着はこれに落ち着いたらしい。

 さらに、かなり気に入っているのか、それともティエリスがメイド服で普通に出かけているからか、ギルドにもこの服を着て行っている。

 ギルドの役員や傭兵たちには大人気だそうだ。

 変な輩がトアに出を出さないように注意してもらわなければな。もし手を出そうものなら、生きていることを後悔させてやる。


「他にも何着か作っていなかったか?」

「はい、冬物をいくつか作っておきました。これから寒くなりますからね。厚手のコートや毛糸の下着も作っておきました」

「それは暖かそうだな。そういえば、私たちの防寒着はどうなっている?」

「もちろんミラの分もありますよ」


 いや、毛糸の下着は暖かくてうれしいのだが、さすがにそれだけでは冬のフィリモリス王国では辛いだろう。


「すでに、荷物の中に入れてあります。マントとマフラー、それと湯たんぽも」

「湯たんぽは助かるな。冷える夜には一番効果的だ」


 マントで身をくるんで、その中に湯たんぽを入れておくと心地よい暖かさが続くのだ。冷めてきたら、維持しているたき火で再び水を沸かせばいい。

 湯たんぽの発明のおかげで、軍でも冬の遠征や警備が楽になったと聞く。


「ではそろそろ夜ご飯にしましょう。トア、手伝ってください」

「ん、分かりました」


 ティエリスとトアが台所へ向かう。彼らを見送り、私は体内で覇衣を活性化させつつ机の上の本を手に取るのだった。


 ゆっくりと体を休め、美味しい料理で英気を養った私たちは予定通り朝にトエラを出発した。

 ヴェルカエラへはシルバリオンで十日。私の腕もほぼ治っているので、本来の速度で移動できる。

 時折スタンピード以降に戻ってきた魔物や害獣を軽く退治しつつ、予定通りヴェルカエラへとたどり着くと、そこは二カ月前よりも遥かに活気づいていた。

 いや、活気づくとは少し違うかもしれない。

 戦争のために集められた傭兵や兵士たちがヴェルカエラに金を落としているのだ。その為の特需だろう。

 メビウス王国の兵士と傭兵たちは、まだヴェルカエラで待機しており出兵を待っている。その間、傭兵たちがヴェルカエラで簡単な依頼を受けたおかげで、トエラと違いこちらの町では依頼の奪い合いが起きているようだな。

 これは治安もかなり悪くなっているだろうし、戦争中とは言え戦線が国の反対側にあるフィリモリス王国に入ってしまったほうがいいだろう。


「クー、このまま港に向かうぞ」

「はい」


 シルバリオンに乗ったまま、私たちは町を抜け港へとたどり着く。

 山岳部からならば小さな橋を渡るだけで国境を超えることができるが、ヴェルカエラの横に流れている川は大河だ。船を使わなければ到底国境を超えることはできない。

 フィリモリス王国からの難民も考え、今は定期船も停止されており、個人で船を所有している商人や漁師たちが川に船を浮かべている程度だ。

 そのおかげか、港の監理局は閑古鳥が鳴きそうなほどに空いていた。

 シルバリオンを管理局の前に繋ぎ、念のためクーに番をしてもらい私は中へと足を踏み入れる。

 空いているカウンターへと向かうと、疲れた様子の男性係員が出迎えてくれた。


「ようこそ、ヴェルカエラ港管理局へ。フィリモリス王国への定期船なら今は停止していますよ。再開の目途は付いていません」

「ああ、それは知っている。これを見てもらいたい」


 ギルドから発行された書類を係員へと渡す。

 それは、私たちの受けた依頼が国とギルドからの共同依頼であり、フィリモリス王国へ行く船を手配するように頼んだものだ。

 それを見た係員は驚いたように私を一度見ると、少々お待ちくださいと言って席を立った。

 そして少しすると、席を立った係員が男を一人連れて戻ってくる。


「彼女がギルドからの応援です」

「始めまして。私は定期船の艦長の一人でセボマと申します。連絡は受けておりますので、すぐにでも出発は可能ですが」

「国境なき騎士団団長のミラベルです。ではすぐにでもお願いします。今日中に向こうに渡ってしまいたい」

「そうですね。今この町はいささか治安が悪い」


 やはり大量の傭兵の流入は治安を悪化させているようだ。

 まあ、戦争に一も二もなく飛びつく連中が集まっているのだ。仕方のないことだろう。

 セボマを伴って管理局から出る。クーにセボマが送ってくれることを説明し、揃って船へと向かった。

 今回用意されていたのは、中型の帆船だ。二十人程度まで乗れる代物で、半数が乗組員といった感じだろう。

 今回は私とクー、そしてシルバリオンが乗客であり、七名が乗組員として同乗するようだ。


「今日の波は穏やかですからね。風もいい向きですし、十分ほどで到着しますよ」

「分かった。意外と早いのだな」

「泳いでも渡れそうだと思いますか?」

「うむ」


 騎士団では海での遠泳訓練などもやっているからな。当然私も参加したことがあるが、子供のころの私の体力でも二時間程度なら泳ぎ続けることができた。今なら半日は余裕だが。


「まあ、泳ぐだけなら可能なのですがね。この川は独特な流れがあって、突然水底への強い流れに襲われることも多いんです。船ならば浮いているので安全ですが、人ですとそのまま引きずり込まれておぼれてしまうんですよ」

「恐ろしいですね」


 おぼれ死ぬのはかなり苦しい死に方だと聞くからな。私も経験はしたくない。


「ええ、ですからお二人も船の縁にもあまり近づかないようにしてください」

「分かりました」

「承知した」


 では私たちは帆の柱に繋がれたシルバリオンと一緒にいるとしよう。


「出向するぞ! 帆を張れ!」


 セボマの合図で帆が下ろされ、風を受けてゆっくりと船は陸を離れていった。


 特にトラブルに見舞われることもなく、私たちは無事対岸へとたどり着いた。

 もうここはフィリモリス王国の港町アワマエラである。

 セボマたちはこのままヴェルカエラへと戻る様なので、私たちだけを港へと降ろし「頑張れよー」と船員たちの声を残して再び岸から離れて行ってしまった。


「とりあえず管理局へ行くか」


 前回は非常時ということもあり、入国の手続きを一切なしでフィリモリス王国に入ってしまったが、本来は正式な手続きを取らなければ不法入国になってしまう。というか、前回のも普通に不法入国なのだが、事が事なので見逃してもらえたといった感じだ。

 アワマエラの管理局へはヴェルカエラのものとほぼ同じ建物だった。

 だが違いがあるとすれば、向こうよりもはるかに人でごった返していることだろう。係員たちに大声で怒鳴りつけるように話す彼らは、どこか殺気立っているようにも感じる。


「ちょっと怖いですね」

「仕方もあるまい。フィリモリス王国は現在進行形で戦争中。定期船は停止されているし、川の向こう側にはいつでも戦争できる状態の軍だ。一秒でも早くここから逃げたいと思うのは人の本能だろう」


 メビウス王国としては何かあるまで攻め込むことはないのだが、それを彼らに行っても意味のないことだろう。

 彼らはただ不安なのだ。自分たちの命が、財産が危機に見舞われないかと。その不安のぶつけ先がたまたまここの係員になってしまっただけなのだろう。


「私たちには無関係だ。それよりも手続きを済ませてしまおう」


 幸い出国と入国の窓口は別なようで、入国手続きの窓口には誰もいない。

 私たちはそこに向かい声をかけた。


「すまない、入国手続きを頼む」

「こんな時に珍しいな。傭兵かい」

「ああ。依頼を受けてきた」

「大変だな。頑張れよ」


 係員の男は特にこちらの素性や理由を調べることなく、簡単な会話だけすると許可証を発行した。

 完全にやる気がない。まあ、この状況を見ればそうなるのも仕方がないか。


「ああ、それと馬を一頭連れてきている。通っても大丈夫か?」

「馬車はないんだよな?」

「うむ」

「なら大丈夫だ。手綱はしっかり握ってくれよ」

「分かっている」

「んじゃ、よい仕事を」


 皮肉の効いた定型文で男は私たちを送り出した。

 私たちも特にここで押し問答をするつもりもない。そのまま管理局を出てシルバリオンと共に港から町へと向かう。

 石壁一つ隔てた先がアワマエラの町になっており、壁を超えると喧騒が一段落したように静かになる。


「ここの住民はまだ落ち着いているようだな」

「戦争は国の反対側で起きていますからね。それに平民じゃ簡単に逃げることもできませんし」

「ある意味諦めてしまっているのか」


 シルバリオンに跨り、ゆっくりと町中を進んでいく。やはり戦争独特の重苦しい雰囲気が町には薄っすらとだが立ち込めていた。


「とりあえず今日はこの町で一泊しよう。明日合流地点のクルシュエラへ向かおう」

「はい」


 やはりというか、町の宿はどこも閑古鳥が鳴いており、シルバリオンの馬屋にすら困ることなく簡単に宿を取ることができた。

 宿の店主はとても親切に私たちをもてなしてくれ、値段以上の料理やサービスをしてくれる。

 いつまでこの宿ができるか分からないからと悲しそうに言って厨房へと戻って店主に、私たちは掛ける言葉が見つからなかった。


 翌朝、私たちは少し多めにチップを置いて宿を出る。

 そしてクルシュエラへと足を進めた。

 途中、何組もの商人や団体がアワマエラへと向かっていくのとすれ違う。全員がその背に大きな荷物を背負っており、どこかの町や村から逃げてきたであろうことが分かった。

 中には貴族らしき風体の者たちもいる。

 彼らは逃げるのだろうか。それとも、メビウス王国に何かしらの援助を求めに行くのだろうか。

 私には分からないが、どちらにしてもフィリモリス王国はあまりいい状況ではないようだ。

 そしてアワマエラを出発して二日、ようやく目的地であるクルシュエラへと到着した。

 三カ月ぶりの町は、まだ化身級に受けた被害が直っておらず、外壁は修理の途中で中止されており、町の外にも家を失った人たちのテントがいくつも並んでいる。

 門は開いたままになっており、一応なのか見張りが二人門の両側に立っていた。

 彼らは真っ直ぐに向かってくる私たちに気付くと、道を塞ぐように立つ。


「現在この町は厳戒態勢である。どのような要件でこの町に来たか答えよ」

「傭兵ギルドからの依頼で、この町にいる傭兵の応援として来た。依頼書もあるので、確認してもらいたい」

「その場で待て!」


 兵士の一人が私たちの元へ駆けてくる。そしてある程度近づいてきたところで、ふと足を止めた。


「どうした?」

「いや、何でもない!」


 男は門に待機していた兵士にそう声をかけ、再びこちらに近づいてきた。そして、兵士は私たちの名前を呼んだ。


「やはりミラベルさんにクーネルエさんだったか」

「む? 貴殿は?」

「おっと失礼」


 兵士が被っていた兜を取る。私もクーもその顔に見覚えがあった。

 私たちが化身級を倒した後、色々と面倒を見てくれた隊長だ。名前は確か――


「オージンさん、お久しぶりです!」


 そうだ、オージン殿だ。


「覚えていてくれたか。二人ともお元気そうで何よりだ」

「そちらも色々と大変なようだが無事で何よりだ」

「まあ、あれからいろいろあって隊長職は返上になってしまったがね」

「む、なぜだ?」


 オージン殿は化身級に襲われ崩壊寸前のクシュルエラから住人を必死に逃がし、化身級を退治した後も復興のためにいろいろと駆けまわっていただろう。

 昇格することはあれ、降格などあり得ないと思うのだが。


「ハハハ、あの時いろいろと無茶をやり過ぎてな。越権行為も数えきれないほどやってしまったから、その分マイナス評価といったところだな。まあ、住民からは親しくしてもらえる分、隊長をやっていた時よりも気分的には楽だがね。それに、懲罰期間が過ぎれば部隊長に戻ることも内々には決まっている。気にすることではないさ」

「そうか。安心したぞ」

「さ、おしゃべりもここまでにして本題に入ろうか。傭兵ギルドからの依頼ということだが」

「うむ、これだ」


 発行された依頼書をオージンに見せ、この町で風見鶏のメンバーと合流予定であることを伝える。


「そうか、そういうことなら問題ない。許可しよう」

「感謝する」


 そのまま歩いて門へと向かい、町へ入る手続きを澄ます。手続きと言っても、簡単な書類に名前を書く程度だ。


「手続きはこれで完了だ。何か町に付いて聞きたいことがあったら、俺は大抵ここにいるから来てもらえれば答えるぞ」

「そうか。では一つ聞きたいのだが」

「なんだ?」

「リバーボートという名の宿はどこだろうか? そこで待ち合わせているんだが」

「お安い御用だ」


 オージンはにやりと笑みを浮かべ、紙に簡単な地図と門からの行き方を書き込んで渡してくれた。


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