4-4 彼方からの応援要請
物質化した覇衣を、鎧小手のようにする。
概要は簡単にできたが、やはり微調整が難しい。
これまで思いっきり纏わせるか、纏わせないかの二択だったのに、細かい形を変えるという調整が上手くいかないのだ。
カップでゼロか百かの計量をしていたのに、突然これからは一や二の単位でいじれと言われたようなものだからな。
だがこれができなければ、私の技は宝の持ち腐れになってしまう。
トエラに戻ってきて早くも半月。私は今日も、アーマメントの訓練に精を出していた。
「ぬぅ」
突き出した右腕の覇衣が、再び大きく崩れた。
小指の関節を調整しようと思ったのだが、なぜか関節部から刺が突き出している。
それを引っ込めようと意識すると、今度は小指全体の覇衣が消えてしまった。ぬぅ……
根を詰めるのもそろそろ限界に近づいていたと感じたころに、クーがカップを二つ持って現れた。
「ミラ、少し休憩しませんか?」
「そうだな」
朝から続けているが、思うように進まない。まあ、それはここ二週間ずっとなのだが、まあ修行とはそういうものだろう。一朝一夕で身に付くようなものでもないし、焦っても仕方がないか。
覇衣を解除し、タオルで汗を拭ってからクーからカップを受け取る。
カップからは暖かそうな湯気が昇っており、ほんのりとレモンの香りがする。
「はちみつとレモンの紅茶です。寒くなってきましたからね」
「ありがとう」
十一月になり、本格的な冬がやってきた。山岳部の頂上付近はすでに白く染まっており、木々はその葉を落として枝をむき出しにし始めている。
トエラでは吐く息がまだ白くなることはないが、山岳部から平原を越えて吹き下ろしてくる風は非常に冷たい。
すでに農民は冬前の収穫も終え、冬ごもりの準備を進めているところだろう。だというのに、マーロとセブスタは今だフィリモリス王国と戦争を続けている。
まだ国境線でくすぶっている程度のようだが、ここに農民が兵士として動員されれば戦況が一気に変化する可能性は高いな。
それに合わせて、メビウス王国も出兵の準備が順調に進んでいるようだ。物価に大きな変動がない程度で買い溜めを進めているようだし、雇われた傭兵たちもすでにヴェルカエラへと移動を終えて編制が進められているらしい。
ギルドから定期的に入ってくる情報は、確実に開戦へと近づいていた。
「修行は上手くいっていないんですか?」
私が眉をしかめながら紅茶を飲んでいると、クーが心配そうな声で尋ねてきた。
どうやら私のしかめっ面を、修行に進歩がないからだと思ったようだ。
「むっ、そんなに表情に出ていたか」
「眉間に深い皺が寄ってましたよ。こんな感じに」
クーが自分の眉を寄せ、さらに片手で皺を作る。
その表情に、私はプッと噴き出した。
「むぅ、酷いです」
「すまんすまん。ただ、その顔は面白すぎる」
「もう。それで、どうなんですか?」
「別に修行で悩んでいるわけではないのだ。修行に時間がかかるのは当然のことだからな。考えていたのは戦争のことだ」
「メビウス王国も参戦するんですよね」
「間違いなくな。まあ、ルーテ様も言っていたように、これは国民の利益を、生活を守るための戦いだ。マーロやセブスタの様な単純な侵略とも違うのは、まだ救いかもしれないが」
フィリモリス王国に援軍としてメビウス王国の兵を出すことも可能だが、正直今のフィリモリス王国にどこまで国体の維持ができるか疑問の部分も多い。
それに、今行われている戦争の戦線はフィリモリス王国を挟んで反対側。移動だけで二カ月近くかかってしまう。そんなところまで兵を進めても、兵士の疲労や補給の問題でまともに戦えないだろう。
ならば、フィリモリス王国が滅ぶかその国土を大きく削られることを前提に、近場の高山地帯や畑を確保してしまったほうが確実だ。
「でもやっぱり、戦争なんて無い方がいいです」
「そうだな。国境なき騎士団は、なるべく戦争関連の依頼とは離れたものを受けるとしよう。幸い、依頼は有り余っているようだしな」
「そうですね。明日も私は害獣駆除です」
クーもこの二週間、一日置きのペースで害獣駆除や薬草採取の依頼をこなしていた。
本来はAクラスの傭兵が受けるような仕事ではないのだが、クーの場合は攻撃力が極端だからな。
「トアは今日もギルドか?」
「ルレアさんに色々と教えてもらって、受付に座っている姿も随分さまになってきましたよ。まあ、お手伝いみたいな印象はなかなか拭えませんが」
「まあ、身長が低いからな」
椅子に座ると、足が浮いてしまうからな。ぶらぶらした状態で必死に書類を掻く姿は、確かにお手伝いだ。
だが、どうやら大半の受付業務はすでに覚えてしまったらしい。正式なギルド役員ではないので一人で受付を担当することはできないが、ルレア曰くほぼ一人で受付処理のほとんどが可能なほどだとか。
トアも順調に学んでいるということか。私も負けていられないな。
私は紅茶を飲み干し、クーに返す。
「さて、私は昼までもうひと頑張りするとしよう」
「頑張ってください。私は部屋でトアちゃんの服を作っていますので」
「分かった」
クーが室内に戻っていく背中をちらりと見て、私は意識を右手に集中させる。
覇衣からアーマメントを作り出し、再び調整を再開するのだった。
私たちがギルドから呼び出しを受けたのは、それから二週間後のことだった。
クーが依頼の完了報告を行った際に、ヒューエから私を伴ってギルドに来て欲しいと言われたそうだ。
内容は特に教えられなかったが、この時期の呼び出しとなるとあまりいい予感はしないな。
クーから話を聞いた翌日、朝一でギルドへと向かう。
怪我の完治がしていない私たちの呼び出した。どうせ緊急を要することだろう。早いに越したことはない。
ギルドへ入ると、やはり朝一ということもあって依頼を受ける傭兵たちでごった返していた。
ルレアもヒューエも窓口にかかり切りでとてもこちらの対応をできる状態ではなさそうだ。
とりあえずきたことだけ伝えるために、窓口にできた列の横からルレアへと声をかける。
「ルレア、呼び出しがあったと聞いたが」
「あ、ミラベルにクーネルエさん! おはようございます!」
「うむ、おはよう」
「すみません、今ちょっと手が離せないので、二階一番会議室で待っていてもらえますか? マスターを呼びますので」
彼女たちがマスターと呼ぶ存在は一人しかいない。
傭兵ギルド総取締役。ギルドマスターのことだ。
トップが出てくるほどのことなのか……ますます嫌な予感――というかもうこれは面倒なことが確定したようなものだな。
「分かった。一番会議室だな」
「はい、お願いします」
ルレアは、事務所にいた一人に声を掛け、マスターに私たちが来たことを伝えるように頼み、再び受付業務へと戻る。
「これは飲み物を買っている暇もなさそうだな」
「そうですね。すぐに行きましょうか」
「うむ」
フロアの隅にある階段で二階へと向かう。
一番会議室の扉をノックするが、中から反応はない。まだ来ていないようだ。
中へと入り、ソファーに腰かけ誰かが来るのを待つ。
「どんなお話しなんでしょうね」
「戦争に係ることなのは間違いないだろうな」
「出来ればそういう依頼は受けたくないんですけどね」
「トアのこともあるしな」
今もルレアのサポートで事務所内を資料を求めてちょこちょこと走りまわっているトアを、ティエリスがいるとはいえ、また残してどこかに行くのは気が引ける。
短期で済むものならいいが、ヴェルカエラ辺りやましてフィリモリス王国まで行くとなれば、数カ月会えなくなるのは間違いない。
と、廊下の向こうから階段を降りてくる音が聞こえる。
私が扉の先へと視線を向けると、クーも同じように視線を移す。そこでちょうど扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼するよ」
「失礼します」
入ってきたのは、やや小柄の男性だ。四十代程度だろうか。その後ろに秘書らしき女性が続く。
私たちが立ち上がろうとすると、男性はそれを手で制する。
「あ、そのままでいいよ」
男性はそのまま私たちの正面のソファーへと座り、秘書から資料を受け取る。
「始めまして。僕が傭兵ギルドのギルドマスター、フレベルト・ビレッツだ。急に呼び出してしまってすまないね」
「いえ、私たちに話があると窺いましたが」
「そうなんだけどね、話の前にとりあえず先に確認しておきたいことがあるんだ。ミラベル君の腕、後二週間で完治は可能かな?」
「二週間ですか?」
当初の診察結果では後一カ月は必要だといわれていた。だが、確かに筋力も戻ってきているし、神経の違和感も減ってきている。
二週間でも、現場復帰は可能かもしれないが、個人的には医者から完治の診察結果を貰ってから復帰したいところだが。
「おそらく問題ない程度には動けるかと。ただ、全力を出すのは怖いです」
「なるほど……」
ギルドマスターは私の話を聞き、少し考えるように顎に手を当てる。
「よし、とりあえず依頼の内容を聞いてもらいたい。それで、君たちが大丈夫そうだと思ったのなら受けてもらいたい。ギルドからは君たちにこの依頼を強制することはないし、それによって評価が変わることもない。それは信じてもらって大丈夫だ」
私がちらりとクーの様子を窺うと、クーはこちらを見て一つ頷いた。
「お聞きします」
「まず依頼の概要だが、傭兵団風見鶏からの応援依頼だ」
「風見鶏からの?」
「彼らにはギルドと国からの共同依頼としてフィリモリス王国内で情報収集を行ってもらっていた。そこで、おかしな部隊を発見し戦闘になったようだ」
「誰かやられたのですか!?」
「戦闘を担当していたロスレイドが胸に矢を受けたらしい。幸い急所は外れていたらしく命は助かったが、重症であることには変わりない。風見鶏からは情報収集を続ける場合にその補充として戦闘できる少数精鋭を送って欲しいと連絡が来ている。増援が無い場合は依頼を破棄して撤退するそうだ。戦闘担当のロスレイドがやられたのだから当然だろうな。だが――」
ギルドとしては、その怪しい部隊の情報を深く調べたいらしく、風見鶏の支援をしながらいざという時は少数でも安全を確保できるだけの優秀な傭兵を送りたいと考えているそうだ。
だが、実力のある傭兵たちはすでにメビウス王国の依頼を受け編制に組み込まれてしまっており、簡単には抜け出せない状況。そこで、完治の近い私たちに白羽の矢が立ったというわけだった。
確かに、その話を聞けば二週間という期間がどういうものか理解できる。
つまり、フィリモリス王国まで向かう間に傷を完治させることができるかどうかということなのだろう。依頼をこちらの選択に任せてもらえるのも、相応の危険性があり、それは風見鶏にも影響が出るからだ。
「怪しい部隊というのはどういうものなのでしょう?」
「風見鶏のシェーキはどこか北部の部族ではないかとのことだ。つまり」
「ノーザンライツ」
ルーテ様が言っていたことが事実になってしまったようだ。
フィリモリス王国の混乱に乗じて北部が動いている。すでに山脈を越えてこちらにまで入り込んで来ているということか。
「国は動くのですか?」
「国の諜報部隊はまだその部隊を発見できていないらしい。相手の概要が分かっていない上に、まだどこかの村が襲われたなどの情報もないため侵攻を開始するのは難しいそうだ。なので、当初の予定通りどこかの国境線が崩れた時点でフィリモリス王国へ踏み込むとしている」
「国境線が崩れるまでは、根拠が薄いということですか」
メビウス王国の目的は国益の保護だ。なので、もしフィリモリス王国がこのまま国境線で二国を相手に守り抜くことができた場合メビウス王国がフィリモリス王国へ侵攻することはない。
だが、ノーザンライツが北部から侵攻していたとなれば、動くだけの十分な根拠となる。
だからこそ、ギルドとしても増援を送って風見鶏に調査を継続してもらいたいのだろう。
「持ち帰って相談しても?」
「すまないが今日中に結論を出してもらいたい。受けないのであれば、こちらも次を探さねばならないのだ」
「ミラ、私はミラの怪我だけが気になります。もし、完治しないまままた同じような怪我をすることになれば、今度こそ障害が残ってもおかしくありません。それは、ミラの夢を永遠に絶ってしまうことになる」
ふむ。風見鶏からの救援依頼だし、彼らにはこれまでいろいろと世話になっている。私個人としては助けに行くのもやぶさかではないと考えていた。
だが、クーが心配してくれている怪我を無視することはできないな。
「ではこれから医者に行ってきます。その診断で二週間以内の完治が可能であれば、依頼を受けたいと思います。なので答えは今日中ということにできませんか?」
「分かった。では答えが出たら君たちの担当受付に話を通してくれ。もし受けてくれるのであれば、その場で依頼書を発行しよう」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ無茶を承知で頼んでいるのだ。ではよろしく頼む」
ギルドを後にした私たちは早速医者へと向かった。
こちらで世話になっている町医者で、近所でも信頼できると評判の医者だ。
「んで、二週間で治るかって?」
「そうだ。知り合いの傭兵団から増援の依頼が来ていてな。できることなら受けたいのだが」
「ああー、そういうことね。まあ、傭兵さんならそういうこともあるか」
医者のおじさんは何度か頷くと、私の腕を取り袖をまくると触診を始める。
骨や神経の反応を確認し、医者は袖を元に戻した。
「とりあえず、治っては来ているけど完治はやっぱり一カ月は待った方がいいね。骨は問題ないけど、神経がやっぱり治りきってないよ」
「何とかならないか?」
「何とかねぇ。まあ、他の傭兵にも言うんだけど、方法があることはあるのよ。ま、みんなその方法言うと無理だって怒るんだけどね」
「そ、それはなんだ! 是非教えてもらいたい!」
「怒らない?」
「怒らにない」
「本当?」
「本当!」
おっさんが首を頬に指を当てて首を傾げるな。正直殴りたくなるぞ。
「その方法は――」
「方法は」
「覇衣さ! あれを常に体内で巡回させておけば、肉体は活性化して治癒力も高まる。怪我なら大体半分の時間で治せるんだよね」
「覇衣……」
「あ、や、やっぱり起こる気だろ! そんなのできるわけないって!」
医者は机の脚元から鍋蓋を取り出し、盾のように構える。その蓋、防御のために用意してあったのか……
「いや、大丈夫だ。私は怒らん。むしろその情報は感謝する。そうか、覇衣か。盲点だった」
肉体が活性化するのだから、治癒力が高まるのも当然じゃないか。
「ミラ、大丈夫そうですね」
「うむ。早速依頼を受けに行こう。医者、感謝するぞ」
「そ、そう? ならよかった。診察代はちゃんと受付で払ってね」
「当然だ!」
いいアドバイスを貰ったので、診察代に少しだけ色を付けて渡し、私たちはギルドへと駆け戻るのだった。




