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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-3 戦争の足音

 ヴァルガスたちとの宴会を終えた翌日、私たちは予定通りヴェルカエラの町を出発した。

 まだしっかりと力を籠めることのできない腕では、満足に手綱も握ることができない。

 クーの体に背中を預け、両腕で囲われるようにしてシルバリオンに乗りのんびりと揺られる。

 ヴェルカエラからトエラまでは馬で十日。私の傷を気にしながら本来よりもゆっくりとしたペースで進んだ私たちは、原因(化身級)を取り除いたからか行きのように大量の魔物などに襲われることもなく、十四日掛けてトエラの町へと戻ってきた。


「久しぶりだな。この町の活気も」

「そうですね。匂いもなんだか懐かしいです」


 どこからともなく流れてくる家畜の匂いや、露店の香りは確かにヴェルカエラとは違うものだ。

 ヴェルカエラでは鉱石の加工場も多くあったからな。常に煙の臭いが漂っていた。


「まずは家に戻ろう。その後にギルドへ帰還の報告だ」

「はい」


 町中を進み、私たちのホームがある外れへとやってくる。

 約一カ月半の旅は、新築だったホームに微かな汚れを纏わせる程度の時間はあったようだ。

 艶のあった壁は雨風にさらされ少しだけ黒くなり、屋根の瓦にも汚れが見える。

 だが、門の前には落ち葉の一つもなく、人が手入れしているがゆえの清潔さもしっかりと残していた。

 門の前でシルバリオンから降りると、ちょうどホームの扉が開いた。

 そこには、変わらないメイド姿のティエリスと、少しだけ背が大きくなったような気のするトアの姿があった。


「ミラ姉さま! クー姉さま!」


 トアが私たちを見た瞬間、玄関から勢いよく駆け出してくる。

 私はその場でしゃがみ、膝立ちの状態でトアを受け止める。


「ただいま。いい子にしていたか?」

「ん! 色々勉強しながら待ってた!」

「そうか」


 ティエリスのことだ。本当にいろいろと教えていたのだろう。

 私はトアの背中を撫でつつ立ち上がる。それと入れ替わるように、クーがシルバリオンから降りるとトアを抱き上げた。


「少し大きくなりましたか?」

「二センチ!」


 やはりトアは大きくなっていたらしい。そういえば、トアを受け止めた時にも胸のあたりに柔らかな感触が……まさか――まさか私より大きくなったりはしないよな?


「じゃあまた新しい服を作らないといけませんね。どんな服を作りましょうか?」

「ん、ならエリ姉さまみたいな服がいい」


 どうやらトアはティエリスのことをエリ姉さまと呼んでいるようだ。


「メイド服ですか?」

「エリ姉さまが、これは仕事をするときに着る服だって言ってた」

「ああ、なるほど」


 どうやらトアは、仕事着が欲しいようだ。家でも傷薬の調合を任せているし、確かに数着は仕事着があってもいいかもしれないな。

 トアとクーはそのままどんな服にするか相談を始める。その横を通ってティエリスが私の前に立った。


「お疲れさまでした。トエラにも噂程度ですがいろいろと情報は流れてきています。旦那様の方からも、当たり障りのない範囲で教えていただいておりました。かなり危険なことをされていたようですね」

「ああ、相手が相手だったからな。だが私もクーもこの通り無事だ。そして私はまた一つ強くなって帰ってきたぞ」


 嵐覇に覇断、そしてそれを使いこなすためのヒントになるであろうアーマメント。今回の旅は、私をより高見へと昇らせてくれるいい経験が多かった。


「それはよろしゅうございました。ですが、ミラベル様が危険に飛び込むことで心配する方々がいることを忘れないで頂きたいのです。私もトアも、ただ家でミラベル様たちの帰りを待つことしかできないのですから」


 そう言ってティエリスは私の腕をそっととる。


「ミラベル様が両腕を怪我なされたと聞いた時、トアは顔を蒼白にして今にも泣きだしそうだったのですよ。あの子にとってミラベル様は居場所を作ってくれた恩人の様な存在です。そんな方のために何かできないかと、必死に涙をこらえて今日まで勉強を続けていらっしゃいました」


 そう聞いて私はハッとトアを見る。

 トアは楽しそうに笑顔を浮かべクーと服について話し合っていた。その姿からは、心配しているような素振りは全く見せない。

 だが、不安にならないわけがないのだ。

 ヴェルカエラからトエラは遠い。情報が届くのも七日や十日先のことだ。

 その情報を知ったとき、既に手遅れになっている可能性も高い時間だ。

 スタンピードの発生、化身級の確認、私の怪我。どの情報を知っても、不安になって当然だ。私だって、手の届かないところでトア暮らす街に盗賊が現れたと聞けば、大丈夫だと分かっていても心配になる。それが人の心というものだ。

 だから騎士は戦闘に立ち、その背中を見せる。

 ただ危険を取り除くだけではない。同時に民たちから不安も取り除くために。


「私もまだまだだな」


 力は付けられたとしても、騎士としての在り方はまだまだ未熟だ。


「分かっていただけたのならいいのです。帰ってきて早々説教の様な事を言って申し訳ありません」

「いや、よく言ってくれた。ティエリスが言ってくれなければ、私は自分の未熟さに気づくことすらできなかっただろう。これからも、私に足りないところがあればどんどん指摘してくれ」

「承知しました。ではまずは中へ入りましょう。いつまでもここにいる必要はありませんから」

「そうだな。クー、トア、家に入るぞ」

「あ、はい」

「ん!」


 そして私たちは、ようやくホームへと帰るのだった。


 せっかくホームに戻ってきたのだから、ゆっくりとソファーでお茶でも飲みながらくつろぎたいところなのだが、私とクーは再び外を歩いていた。

 目的地はギルドである。

 もともと、私たちがヴェルカエラへ向かった理由はルレアの依頼だったからな。依頼を受けた以上はしっかりと完了報告をしなくてはいけない。


「ルレアかヒューエが空いているといいのだが」

「この時間ですし大丈夫だとは思いますけどね」


 トエラに戻ってきたのが丁度昼頃だった。今は一息ついた後で十五の鐘が鳴った後だ。

 今朝依頼を受けた傭兵ならば、戻ってくるには早い時間だし、依頼報告をするにしても遅い時間だ。

 そしてギルドへと到着すると、案の定ギルドの受付は空いていた。

 閑古鳥が鳴くほどではないが、傭兵ギルドとしては思えないような静かな空間になっている。まるで役場のようだな。

 そしてルレアかヒューエの姿は――いた。ちょうど二人で談笑しているようだ。


「ルレア!」

「ヒューエさん!」


 私たちがそれぞれ声をかけると、気づいた二人が驚いたようにこちらを振り向き、受付から飛び出してきた。


「ミラベル、ルレアさん、戻ってきてたんですね!」

「二人ともお帰りなさい。大変だったみたいね。情報は向こう(ヴェルカエラ)のギルドから貰ってるわ」

「昼頃に戻ってきたばかりだ。一応依頼の完了報告をしておこうと思ってな」

「分かりました。では受付を開けますね。五番へどうぞ」

「うむ」


 二人が受付内へと戻り、私たちは言われた通りに五番の受付へと向かう。


「では早速依頼の完了処理を行いますね」

「うむ、頼む」


 ヴェルカエラ支部で小包を渡した時点で報酬は貰っているし完了報告は終わっているのだが、依頼主への報告書を渡す必要があるからな。今回は目の前の相手が依頼主だから、依頼主が自分で書いて自分で受け取るわけだ。


「ルレア、ついでにあれもしちゃいましょ。上から連絡来てたでしょ」

「ああ、そうですね。ミラベル、クーネルエさん、ギルドカードを貸してください。お二人のカードの情報を更新しますので」

「更新? なんのだ?」

「も、もしかして」


 私には心当たりがなかったが、クーには何か思い当たる節があるようだ。


「はい、クラスアップです。今回の一連の騒動の活躍はこちらにも情報が来ていますし、ヴェルカエラ支部からの推薦もありますので、お二人とも一律でAクラスへの昇格となります」

「わ、私がAクラス!?」

「ふむ、まあようやく実力に見合ったクラスになったという感じか」


 むしろ今までCクラスだったことが問題だった気がするしな。クラスアップ試験を免除されるのは非常にありがたい。


「まあ、ミラベルに対してはこれでも低評価じゃないかって上で議題にも上がってたんだけどね」

「化身級の撃破ですからね。ただ、完全に倒せたのはクーネルエさんの魔法があったからという理由もあってAクラスで落ち着いた感じです」


 まあ、覇断でも化身級に致命打を与えることはなかなかできなかったからな。クーの消滅魔法が無ければ私も負けていただろうしな。そのあたりギルドの評価は適切で信用できる。


「では頼む」

「お願いします」


 ギルドカードを渡し、それをヒューエが奥へと持って行った。

 ルレアが完了報告を製作する間に、こちらのことについて雑談も兼ねて尋ねてみる。


「こっちは何か変わったことはあったか?」

「ミラベルたちが向こうにいた間はいつも通りでしたね」


 ということは、今は少し違うということか。


「何があった?」

「国から傭兵の募集がかけられています。派遣先はフィリモリス王国」

「戦争するのか!?」


 確かに今のフィリモリス王国は相当不安定になっているとも聞いているし、ルーテ様から戦争になるかもしれないとは聞いていたが、ここまで早く動いていたのか。


「依頼は全ての支部に出されていまして、かなりの傭兵が参加する傾向です。フィリモリス王国がまともに戦える状態ではないことも原因かもしれません」


 国から出される依頼は、比較的報酬が高く設定されている。戦争なんて命を懸けるものならば、なおさらだ。その上、フィリモリス王国がまともに戦えない状態だと分かれば、常に金欠な傭兵たちがこぞって参加したがるのも当然かもしれない。


「おかげで、こっちの依頼の受注が減って大変ですよ。引退した人たちにも声をかけて簡単な依頼をこなしてもらってるぐらいです」

「それは大変だな。できれば協力したいところだが、この腕だとな」


 それに、アーマメントの訓練も行いたい。


「ミラベルがしばらく依頼を受けられない状態なのは報告で聞いています。全治三カ月でしたか?」

「うむ、後二カ月だな」

「ではその間、クーネルエさんだけでできる依頼を受けてみませんか? 簡単な採取や低級の害獣の討伐などですが」


 ふむ、私の修行の間もクーにただ待ってもらうというのも無意味だしな。まあ、依頼を受けるのはクーになるのだから、クーの考え次第だが。


「クー、どうする?」

「お願いします。二カ月無給というのも不安になりそうですし」

「ハハハ、確かにな」


 スタンピードの鎮圧協力や、フィリモリス王国の偵察などで結構まとまった額が振り込まれることは確定しているが、気になるものは気になるだろう。


「ありがとうございます。ではミラベルの完治までは簡単な依頼をお渡ししますね」

「はい」

「っと、完了報告ができました。これはこのまま私が貰っておきますね」

「うむ」

「こっちもできたわよ」


 ちょうどいいところに二枚のカードを持ったヒューエが戻ってきた。


「これがAクラスのギルドカード。って言っても、彫り込まれている文字が違うだけだけどね」


 受け取ったギルドカードには、確かに今までCと書かれていた部分がAに変わっている。


「あまり変わり映えはしないのだな」

「ギルドは見た目にはこだわらないからね」


 必要ないところに拘らないのは、ある意味傭兵らしいといえるかもしれないな。


「では私たちはそろそろ帰らせてもらう。トアがまっているのでな」

「はい、お疲れさまでした。クーネルエさんは、いつごろから依頼を受けますか?」

「とりあえず明日はゆっくりしたいので、明後日の朝ギルドに伺います」


 帰ってきたばっかりだしな。今日の明日で依頼というのも疲れるだろう。

 三日ぐらいはのんびりしてしまってもいいかもしれないが、ヴェルカエラでも私が治療を受ける間結構のんびりとしてしまったからな。


「分かりました。それまでにヒューエが選んでおくと思いますので」

「ああ、あの話受けてくれたんだ。ありがと、じゃあ適当なの選んでおくわね」

「お願いします」


 二人に別れを告げ、私たちはギルドを出る。


「帰りに何かおやつでも買っていくか」

「いいですね。数カ月で屋台も変わっているところがあるでしょうし」


 そして進路を家ではなく屋台街に向けた。

 さて、明日からはリハビリの含めつつアーマメントの訓練だ。


   ◇


 フィリモリス王国山岳部。その岩陰に三人の男たちがいた。

 シェーキ、ロスレイド、ピエスタ。情報収集専門傭兵団風見鶏の三人だ。

 彼らは岩陰に隠れながら、少し先を進む部隊を偵察する。


「あの服装、俺は見たことが無い」


 彼らを見ながらつぶやいたのは、戦闘担当のロスレイドだ。


「確かに俺も見たことが無い。けど、あの重ね着や装飾から判断するとかなり寒いところの衣装っぽいな」

「確かに。ここじゃかなり暑そうだ」


 山岳部とはいえ標高はかなり低い。冬場ではあるが、五枚六枚と重ね着をしているように見える彼らは、風見鶏のメンバーからすればかなり暑そうに見えた。


「どうする? もっと調べてみる?」

「いや、ここはいったん引こう。部族の移動っぽく見えるが、武装の仕方が完全に戦争向けだ。マーロともセブスタとも違うところが動いてる。それだけ分ければ今は十分だ」

「「了解」」


 シェーキの判断でこれ以上の調査を断念し、三人は慎重に岩陰を離れようとした。その瞬間、空高くからピーと猛禽類の様な鳴き声が響く。

 それと同時に、様子を窺っていた部隊が一斉に風見鶏が隠れていた岩陰へと注視する。

 シェーキの判断は早かった。今のが何かしらこちらを見つけた合図だと判断し、全力の逃走へと切り替える。


「走るぞ!」

「何でバレたの!?」

「上の鳥か! 周辺確認に使ってたのかもな!」

「あれは厄介だな」


 空の遥か高く。こちらからでは絶対に届かない位置にいる偵察。そんな相手がいては、近づくのはもはや不可能に近い。

 部隊の一部が風見鶏目掛けて駆けてくる。その後方からは弓が放たれ、彼らの頭上を襲った。


「チッ」


 一つ舌打ちし、ロスレイドが剣を振るった。それは飛来してきた矢を切り飛ばす。


「ナイスだ」


 その間に馬へと飛び乗り、ロスレイドを馬上へと引っ張り上げる。


「あいつらは歩兵だ。馬なら逃げ切れる」

「後ろは任せろ」

「先導するよ!」


 馬に乗った時点で相手は歩兵での追撃を諦めたのか、その場で持っていた弓を構え、一斉に放ってくる。

 三人は必死にその場から逃走し、なんとか部隊を振り切ることができた。

 だが無傷とはいかなかった。馬の尻には何本か矢が刺さっており、そして――


「ロスレイド!」

「しっかりして!」


 二人の背中を守っていたロスレイドの胸にも、一本の矢が深く突き刺さっていた。


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