3-22 お茶会
「どうだろうか?」
鏡の前でくるっと回る。
スカートがふわりと広がり、三つ編みが揺れた。
「凄く似合ってますよ。包帯も目立ちませんし」
両腕に巻かれた包帯は、肘まである純白の手袋によって隠されている。結び目もないので、腕のラインそのままだ。これなら包帯を巻いているとは気づかれまい。
「そうか。クーも良く似合っているぞ。夜会でも引っ張りだこになりそうだな」
クーが着ているドレスは、肩ひもにフリルの付けられた黒いシックなドレスだ。胸が強調され、いつもより凶悪に見える。
普段は化粧も基礎程度しかせず、体をマントで覆っているため幼い印象を受けるが、しっかりと化粧を施したクーは立派なレディーだった。
これは男が放っておかないな。まあ、今回はルーテ様とのお茶会なので男はいないが。
「ふふ、ありがとうございます。ドレスって初めて来ましたけど、結構苦しいですね」
「コルセットは慣れないと苦しいからな。私は大体いつも付けているから慣れてしまったが」
「それ以上に絞めるところがないからですよ」
まあ、腹周りの皮下は筋肉ですでに締まっているからな。コルセットを付けても付けなくても、体型が変わらない。私のささやかな自慢である。
それに、いつも着ている改造騎士服の下は、ブラ一体型コルセットだからな。付け慣れてしまっているのもあるだろう。
さて、スタンピードの発生からすでに二週間が過ぎた。
元凶であるヴォルスカルノは退治してしまったため、あれ以降のスタンピードは見られない。
ただ、魔物の大移動の後は何が起こるのか分からない状況だ。念のため、騎士団の一部はまだ北砦に残っており、ヴェルカエラへと戻ってきたルーテ様や護衛の騎士や警備隊は、そこで待機を命じられている。
私とクーも北砦へと戻ってきた翌日にヴェルカエラへと移動し、宿に泊まってルーテ様からの連絡を待っていた。
そしてお茶会の招待状がギルドを通して届いたのが五日前。
ミレーユが凄い動揺していたな。何せ王家からのお茶会の招待状だ。普通に考えれば傭兵に出される様なものじゃないからな。
緊張で手紙を持つ手が激しく震えていた。
そして、側付きに相談していたドレスの件だが、この町の衣装店のドレスを貸してもらえることとなった。
ドレス合わせに一日、調整に一日、再度試着確認に一日。そんな風にあっという間に時間が過ぎ、今日お茶会の当日となったわけだ。
私たちが今いるのは、ルーテ様が宿泊されているホテルのドレスルーム。お茶会もこのホテルの一室で開催される。
本来は王城に戻ってからと考えられていたそうだが、帰還はまだもうしばらくかかりそうということで、ルーテ様の暇つぶしも兼ねてお茶会を開催することになったらしい。
と、ドレスルームの扉がノックされ、メイドが入ってくる。あの時の側付きだ。
「ミラベル様、クーネルエ様、お迎えに参りました」
「そうか、ではよろしく頼む」
「緊張します」
側付きに案内され廊下を進む。ハイヒールで歩く絨毯は久しぶりだが、かかとが刺さるな。しっかりとスカートの中で足を上げないと躓きそうになる。かといって、大股で歩こうものなら、ロングドレスのスカートを踏んでまた転ぶ。
女性はなぜこうも歩きにくい衣装を身にまとうのか。スカートなどミニでいいだろうに。スパッツを穿けば下着も見えん。
現にハイヒールにもドレスにも慣れていないクーは、先ほどから何度も転びそうになり今は私の腕につかまって歩いている。完全にエスコートだ。
「こちらです。ミラベル様、クーネルエ様をお連れしました」
「どうぞ」
中から返事があり、側付きが扉を開く。
そこはゲストルーム用の調度品が飾られた落ち着いた雰囲気の部屋だ。本来ならばソファーと机が置かれているであろうところに、今は椅子とテーブルが並べられ、隅には側付きたちが控えている。
すでに室内は甘い菓子の匂いと紅茶の香りに満たされており、女性ならば否応なく心を擽られる。
当の私も、この甘い誘惑には抗えない。
一歩室内へと入り、既に着席されているルーテ様に軽く裾を持ち上げて淑女式の礼をする
「本日はお招きいただきありがとうございます。私もクーネルエも、ルーテ様とお会いできる日を心待ちにしておりました」
私とてナイトロード家の長女である。剣は好きだし、体を動かしているときの方が楽しいが、一通りの社交ができる程度には教育を受けているのだ。
こら、クー。後ろでクスクス笑うんじゃない!
「ようこそ、おいで下さいました。ミラベル様、本日は楽しんでいってくださいね。クーネルエ様も、事情は伺っておりますわ。粗相などは気にせず、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
「感謝いたします。よろしくお願いいたします」
クーはガチガチに緊張していた。一応クーのことは平民出身で作法などは何も知らないことは事前に伝えているので、よっぽどおかしなことをしない限りは問題ない。
クーの性格なら、そのよっぽどを起こすこともないだろうと安心していたのだが……大丈夫か?
「さあ、こちらにどうぞ。ちょうどお菓子も焼きあがったところなんですよ」
側付きが椅子を引き、私たちはそっちへと誘導される。
席に着くと同時に、ティーカップに紅茶が注がれ、菓子が並べられた
手際が良すぎる。さすが王女様の側付きたちだ。
「まずはいただきましょう。冷めてしまってはもったいないわ」
「そうですね。ではいただきます」
「いただきます」
紅茶を口に着けると、芳醇な風味が広がる。渋すぎず、甘すぎず、香りは後に癖を残さない素直なものだ。さすがというべきだろう。
焼きたてのクッキーは荒熱がとれ、程よい温度になっている。一つ齧れば、濃厚なバターの香りが口内に広がり、しっとりとした甘味と舌触りが甘美に木霊した。
この甘さ、その後の紅茶を渋み。そしてまたクッキーの甘さ。
計算され尽くされた紅茶とお茶菓子だ。
「美味しいですね。これほどのものは初めて食べました」
「ここの料理長は料理も一流ですけど、パティシエとしては超一流なんです。王宮のパティシエとしても誘ったんですけど、断られてしまったんですよね。良質な砂糖は海外からの輸入でしたから」
「なるほど、食材や鮮度にもこだわっているわけですね」
「クーネルエさん、いかがですか?」
「は、はい! とても美味しいです!」
ガチガチに緊張したクーは、骨が鉄にでもなったかのようにピンと延びた状態で答える。
ああ、これは味も何も分かってない感じだな。クーも甘いものは好きなんだが、緊張で味覚も嗅覚も吹っ飛んでるな。
これはいささか問題だ。
五感が緊張で働かなくなるというのは、戦闘時には致命的な欠点になりかねない。
どのような訓練をすれば克服できるか分からないが、少し考えておこう。
「良かった。お二人のために焼いてもらった甲斐がありましたわ。お土産も用意してありますから、帰りにお渡ししますね」
「感謝します」
今のクーじゃ何も覚えてないだろうしな。家に帰ったら、改めて食べればいいだろう。
「そういえばミラベルさん、お怪我の具合はいかがかしら? 砦でお会いした時は、かなりひどい様子だったけれど」
「生憎完治とは行きません。だいぶ傷みは引きましたが、まだ手袋の下は包帯がぐるぐる巻きです。重い物も持てないので、私生活が何かと不便ですね。クーがいなければ、早々に家に戻っていたかもしれません」
この傷、内出血による腫れが引いたので、包帯を巻いてしまうと見た目はそこまでひどくない。だが、骨の罅は簡単にはくっつかないし、切れてしまった筋もすぐには戻らない。おかげで、剣やカバンは持てないし、突然力が抜けることもあるので、ティーカップをずっと持っているもの結構危険なのだ。
お茶を飲んではすぐにテーブルに置いているのは、そういう理由もある。
トエラに戻ってしまえば、ティエリスがいるので身の回りの世話をやってくれるから、クーがいなければ本当に家に戻っていたところだ。私の家であるトエラのホームにな。
「ミラベルさんのご実家はナイトロード家でしたね」
「はい、父が騎士団の副団長を、兄弟が共に騎士団に所属しております」
「ミラベルさんも騎士を目指していたと窺いましたわ」
ルーテ様の視線が鋭くなる。
「そうです。ですが、見ての通り今は傭兵ですが――」
「事情は聞いております。女性ということで入団試験を禁止されたとか」
そこまで知っているのか。あの時の騒動はナイトロード家だけで収めたと思ったのだが、メイドの誰かが口を滑らせたな? まあ、知られて困ることでもない。女性だからという理由で禁止するのは
メビウス王国の考え方ならば当然のことだ。ただ、私が少し普通の女性たちと違っていただけの話。
だからこの話が外に出たところで、ナイトロード家の家名に傷がつくことはない。
「今も騎士を目指しているのですよね?」
「はい。騎士にはスカウト制度があります。優秀な人材は警備隊や傭兵ギルドからの引き抜きも行っておりますので、それを目当てに名を上げようかと」
「いい判断だと思いますわ。女性が騎士を目指すのであれば、やはり実力でアピールするしか今は方法が無いと思いますし。クーネルエさんも騎士を目指しているんですか?」
「は、はい!」
話を振られたクーの方がビクッと跳ねる。それを見て、ルーテ様は小さく笑った。
「クーネルエさん、一度深呼吸しましょう。さあ、吸って――吐いて――吸って――吐いて――」
言われるままに深呼吸を繰り返すクー。まるで操り人形のように、上体をゆらゆらさせながら、深呼吸を繰り返す。
「クーネルエさん、私は王女という身分ではありますが、ただの女の子でもあります。そんなに身構えられてばかりでは寂しいですわ」
「そ、そう――ですよね。私……すみません」
「いいんですよ。でも私はクーネルエさんとも仲良くなりたいんです。だからもっとお話ししましょう。その、少し恥ずかしいんですけど、胸の大きくなる方法とかも知りたいですし」
照れたように言うルーテ様の胸は、確かに小さい。それでも私よりはあるが……確かルーテ様は今年で十六だったはず。ならば私よりも大きいのは当然だな。おかしいのは、思いっきり育ってしまっているクーの方なのだ。うん。
「む、胸は……ちょっと分かりませんが――はい、私もルーテ様ともっとお話ししたいと思います」
「ふふ、ありがと。それで話は戻るんですけど、クーネルエさんもミラベルさんと一緒に騎士を目指しているのですか?」
「はい、私の場合は騎士になりたいというよりも、騎士になって欲しいものがあるという感じですが――対抗魔術繊維の服が欲しいんです。私の魔法は、使うと私の服も消してしまうので」
「そうだったんですか。確か消滅魔法――でしたか」
そこまで調べていたか。ルーテ様の情報能力はなかなか侮れないな。
クーの消滅魔法は、クー自信が広めたがらないためにあまりギルドでも知る者は少ない。凄い固有魔法を持っているという程度の認識が大半だ。
クーは知られていることに驚きつつも、こくこくと縦に頷く。
「そうです。魔法を使うたびに服や靴が消えちゃうので、魔法に対抗のある対抗魔術繊維で全身の服を固めようと思っていまして」
「なるほど、それは死活問題ですね。今はどうしているんですか? 魔法を使うとその――全裸? になってしまうんですよね?」
「持っているマントだけは対抗魔術繊維製なので、それで必死に隠しています」
「大変なんですね」
魔法を使うたびに全裸になることを想像したのか、ルーテ様は少し頬を赤らめつつ同情するような視線を送る。
クーはアハハと軽い笑い声を上げて頭をかいた。
「では、今回のことでかなり有利になるかもしれませんね。なにせ化身級を退治したお二人です。国としても、なんとしてもこの国に留めたいと思うでしょうし」
それだ。今回のお茶会、私がルーテ様から聞きたかったのはまさにそのことだ。
今回私たちはスタンピードの原因であり災害と同じもので退治することは不可能だと思われていた化身級を倒すことに成功した。この事実は現場にいた兵士たちも証言しており、フィリモリス王国内では正式な報告書として受理されるだろう。となれば、メビウス王国内であっても、私たちの存在は嫌でも無視はできない状況となってくる。
これまでの犯罪者の殺害や、違法組織の摘発とは訳が違う。偶然や運であったとしても、化身級を倒したという事実はそれだけ大きなものなのだ。
だからこそ、私は聞きたい。国は私たちをどうするつもりなのかと。
「ルーテ様はどのようにお考えでしょうか?」
「王族としての意見は出せませんが、私個人の意見ということでもよろしいかしら?」
「はい、お願いします」
釘を刺されてしまったが、個人の意見であっても王族の意見は聞いておきたい。
「私としては、二人の希望を叶えてでも国の一部として正式に取り込むべきだと思っていますわ」
「それはメビウス王国の価値観を壊しても――ということですか?」
王国が積み上げてきた価値観は、簡単に崩れるものではない。それを壊そうとするのであれば、大きな混乱が生まれる可能性もある。
それでもなお、私たちを欲しいと思っていただけているのだろか。
ルーテ様は一度目を閉じると、少し考えそして私たちの目を真っ直ぐに見つめる。
「――そうですね、お二人には話しておいた方がいいかもしれません」
「ルーテ様」
意味深なことを呟くルーテに、側付きが声をかける。何やら機密に係わりそうなことだ。
「ミラベルさんはナイトロード家ですし、遅かれ早かれ情報は伝わるでしょう。彼女たちの実力を考えると、私としては知っておいてもらうべきだと思うの」
「……承知しました」
前に出ていた側付きが下がる。了承ということか。まあ、王族が話すと決めたのならば、訴えかけることはできても否定はできない。特に、今のように明確な理由を述べられてしまっては。
「化身級の出現後、フィリモリス王国の周辺が騒がしくなっています」
「セブスタやマーロですか」
「ええ。それとノーザンライツも」
「北も動いているのですか!?」
セブスタ神聖皇国はフィリモリス王国の南側、マーロ帝国は西側の国境を接する。
セブスタ神聖皇国は宗教国家であり、七星教を国教と定め教皇が国王を兼ねる宗教の強い国だ。かねてより、七星教の元に人は統一されるべきと唱えており、他国は煙たがっている。
唱えているだけで、軍事力などはそこまで強いわけでもないので、羽虫が飛んでいると揶揄されることもあった。
対してマーロ帝国は質実剛健を現したような国だ。国の舵取りは丁寧であり、外交手腕はメビウス王国でも高く評価している。軍事力も強く、正面から戦うのは避けたい国である。
二国とも、併合意欲はそこまで高くはないが目の前に転がる利益をみすみす逃すような国でもない。
国内経済が崩れ、軍事力も著しく低下しているフィリモリス王国は、さぞ美味しい獲物に見えているだろう。
この二つが動くのは、予想の範囲内だ。もともと警戒していたことであり、さほど驚きはない。
だがノーザンライツ。あの集団が動きていたのは完全に予想外だった。
ノーザンライツは国ではない。山脈を超えた先、極限の大地に生きる民たちの総称である。
国を作れるような土地はなく、原住民のようにただその日を必死に生きている彼らがまさか国を狙った?
「スタンピードの終息が発表された今、騎士団が北砦にいる意味はそういうことです。ノーザンライツの動きは私たちには読めません。故に、山脈越えでこちらに流れてくることも考え、戦力の増強を図ったんです」
「ならばルーテ様は早くメビエラに戻られた方が」
「そうなんですけど、ただでさえ少数精鋭にした騎士団のさらに半分では護衛として危険だと判断されてしまいまして。騎士団の追加部隊が今こちらに向かってきているんです」
違法組織の調査を終えた騎士たちを部隊編成してこちらに送ってもらっているらしい。
「そうだったのですね。なるほど、フィリモリス王国はそんな状態に……」
「だからこそ、あなたたちの様な戦力は是が非でも手に留めておきたい。私はそう考えました」
「大きな戦いになると?」
「セブスタ、マーロ、ノーザンライツ、三つが動くとなればメビウスも動かなければなりません。フィリモリス王国との貿易は鉱山資源や小麦、海産物など多岐にわたります。その利益を確保するためには――」
「奪われる前に奪う」
「そうなってしましますね。戦争なんて、無い方がいいに決まっていますが、この国の利益は国民の利益。それを守るための判断を私たちはしなければなりません」
「民は今の王家を信頼しています。騎士たちも当然王家の方々を全力で支えます。それが、民を守ることになると信じていますから」
「ありがとう。騎士を目指す方にそう言ってもらえると、少しだけ安心しますね。さ、少しお茶会には似合わない話題になってしまいましたね。何か楽しいお話をしましょう。お二人の傭兵としての仕事も聞いてみたいわ」
ルーテ様は雰囲気を変えるようにポンと手を叩くと、私たちがどんな依頼をこなしてきたのかを聞きたがった。私としても、暗い雰囲気のままお茶会なんて嫌だし、話題の転換はありがたい。ありがたいのだが、私たちは傭兵だ。大抵の依頼は血なまぐさいものになってしまうんだよなぁ。
何か良いものはあったか――
私がクーに視線を向けると、クーも悩んでいた。そしてアッと小さく声を漏らす。
その声にルーテ様の視線が集中した。これは話さないわけにはいかない雰囲気になったぞ。さあ、クーどうする。
「じゃ、じゃあ薬として使える穴ジカの角を取りに行ったときの話なんてどうでしょう」
「むっ、それならいいな」
あの心折れた話は、ちょっと恥ずかしいが傭兵としてはかなり平和な部類の話になる。なにせ殺生与奪が発生してしないのだからな。
「面白そうですね。ぜひ聞かせてください」
クーと私は、お互いに補いつつ、穴ジカの時の依頼を語る。
そこに、先ほどまでの様な暗い雰囲気は存在しなくなっていた。
tips
貸出ドレス
ミラベル
シンクのチューブトップに赤いハイヒール。ミラベルのキリッとした印象が映えるように強めの色が選択された。大胆な露出ながら、持ち前の胸の小ささでいやらしさを感じない作りとなっている!
クーネルエ
両肩の紐で支えるタイプの真っ黒なドレス。深青色の落ち着いた髪に合わせ、全体をシックにまとめてある。だが、暗い印象を持たせないように、ドレスにはフリルがふんだんに施され、シックながら華のあるものとなっている。
これにて三章、騎士と兵士のアイドルは終了となります。少しサブタイとの印象に違いが出てしまったので、後ほどサブタイは変更するかもしれません。
四章、タイトル未定は十月開始を目標にしていますが、冬コミの準備があるので少々遅れるかと。
あ、四章か五章で完結させます。




