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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
三章 騎士と兵士のアイドル
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3-19 スタンピード第四波

「伝令!」


 そう言って息を切らした兵士が会議室へと飛び込んできたのは、ミラベル達がヴェルカエラ北砦を出発してから半日経った時のことだった。


「偵察部隊がスタンピードの第四波を確認。規模はこれまでの三波を超えるものであり、魔物の進路も広範囲に広がっている模様! 偵察部隊は撤退を開始、出発予定だった部隊は中止し、戦闘準備を行っております!」

「遂に来たか。全騎士に通達、戦闘準備!」

「全部隊に通達しろ。定めたローテーションに基づき持ち場に着け! ここからが本番だ。各員気合を入れろ!」


 レオンハルトとビルエストが指示を出し始めるのに合わせ、砦内が一気に慌ただしくなる。

 仮の休憩所や団らん室で休んでいた兵士たちが一斉に戦闘準備を開始し、西門の前へと集まっていく。その光景を見ながら、団長たちはより詳しい情報の収集にあたっていた。

 戻ってきた偵察部隊に、地図を見ながら詳しい魔物の分布を聞いていく。

 伝令が言っていただけあって、魔物は数も範囲もこれまでのものより遥かに多く広くなっていた。

 魔物の数が多すぎて、道に入りきらずに溢れたものたちが歩きやすい場所を求め広範囲に散ってしまったのだ。


「砦を経由せずに町まで降りてしまいそうだな」

「私一人で押さえるのも無理だろう」


 三波までは、レオンハルト一人が南への道を防ぐことで砦から溢れた魔物たちを処理していたが、今度は最初から広範囲に散ってしまっているため、波をそのまま受け止めることとなる。


「魔法隊の休息は十分だ。彼らの支援を使いつつ、部隊を横に広げよう。ビルエスト司令、これまで以上に警備隊には負担をかけると思うが」

「今更です、レオンハルト団長。スタンピードの対処という時点で、覚悟はできていますよ。むしろ、騎士がこの場にいてくれなければ、我々はすでに死んでいたかもしれない。それが、負担になる程度で済んでいるのです。気にしないでください」

「感謝する」


 半刻ほどで兵士たちの準備が整い、砦から南の斜面に向かって壁を作るように部隊が展開した。

 当然近接で戦う騎士たちが先頭に立ち、その後ろに警備隊と騎士団魔法隊の一部が並ぶ。

 すでに彼方には魔物たちの影が見え始めていた。

 その量と種類に、レオンハルトもビルエストも息をのむ。

 これまでいなかった飛行型の魔物も多く混じっている。テオドールが予想していた通り、森に生息する魔物が多い。

 だがこちらも、短い時間ではあったがそれに対処するための手段はできるだけ用意していた。


「弩兵隊、構え!」


 ビルエストの指示で、砦の外壁に並んだ弩兵隊が鏃を飛行型の魔物へと向ける。

 本来ならば大砲が並んでいる外壁だが、急遽倉庫から引っ張り出した弩を並べたのだ。飛翔距離や威力は大砲に劣るが、連射や狙いの付けやすさはこちらの方が遥かに上だ。


「良く引きつけろ!」


 先行する飛行型が砦へと迫ってくる。そして、狙いを定めたかのように、一気に低空へと降りてきた。


「撃て!」


 射程に入ると同時に弩兵隊が一斉に矢を放つ。

 飛翔する矢は、多くが目標から外れつつもそのうちの数本が魔物の比翼を突き破る。

 翼を破られた飛行型は、上昇することができず勢いよく地面へと叩きつけられ絶命する。わずかに息が残ったものも、兵士たちによってあっという間に狩られていった。

 突然の攻撃に、無事だった飛行型は慌てて空へと戻っていく。

 だが上昇は下降よりも遥かに時間がかかる。

 次の矢を装填した弩が、飛行型に次々と矢を突き立てて行った。


「いい調子ですな」

「ええ、ちゃんと動いてくれてよかったですよ。倉庫で埃を被ってましたからね」


 飛行型が射程圏外へと逃げたところで、射撃を中断しビルエストはホッと息を吐く。


「では私も前に出ます。全体指揮はお任せします」

「はい、レオンハルト団長。お気を付けて」


 レオンハルトが当然のように外壁から飛び降りていく。

 心臓が縮みあがる様な光景だが、当のレオンハルトは平然と覇衣を展開し着地すると、悠々と隊列の先頭に向かって歩いて行った。


「全く、騎士というのは人間離れしすぎです」


 小さく呟き、ビルエストは空を見上げる。そこには、再び攻撃に戻ってきた飛行型の影。今度は明らかにこちらを明確な敵と認識し、攻撃を仕掛けに来ている。


「さあ、落としますよ! 放て!」


 地上の兵士たちに先んじて、外壁の戦闘が始まった。


   ◇


 後方からビルエストの指示が飛び、飛行型との戦闘が始まった。

 レオンハルトは、その気配を感じつつ最前線へとやってくる。すでに、こちらに迫ってきている魔物たちは目と鼻の先だ。

 突撃するにはちょうどいい時間だろう。


「騎士団の諸君! 我々が戦場でやるべきこと。それはただ戦うだけではない! 仲間を守り、味方を鼓舞し、そして勝利することだ! 圧倒的な力を示せ! それが、我々の騎士としての戦い方である! 目の前の魔物は多い! だがたかが数が多いだけだ! これまでの訓練を越えてきたお前たちならば、奴らは烏合の衆に過ぎない! 死ぬことは許されない! ただ、当然のように圧倒し! ただ当然のように勝利せよ!」

「「「「「おぉぉぉおおおお!!!!」」」」」

「騎士団、突撃開始!」


 レオンハルトの指示と同時に、各所で一斉に覇衣の気配が噴き出す。

 レオンハルトも他の騎士たちに負けず、自身の覇衣を纏って突撃を開始した。

 目の前に迫る魔物が爪を振るう。それを衝覇で弾き、懐に潜って剣を突き立てる。

 そのまま押し込み、突き飛ばし後ろの魔物まで一息に串刺しにした。


「やはり魔物としての質は低い。これならば行けるな」


 騎士の訓練場でもあるオーロスの森の深部では、見た目は同じであってももっと洗練された強さを持った魔物たちがいた。

 あの森の中で生き残るため、純粋に実力を身に着けた魔物たちだ。

 そんな魔物たちを相手に戦ってきた騎士団からすれば、スタンピードで流れてきている魔物たちの実力は物足りないぐらいである。

 後は、数をどう捌くか。

 第一波から第三波までで学んだ。一匹ずつ相手にしていては間に合わない。

 ならば――


「纏めて吹き飛ばす」


 ミラベルもやっていた。一度の振りで十体の魔物を殺せばいい。それで足りないのであれば百体を殺せばいい。


「覇旋風!」


 レオンハルトの筋力と、覇衣が合わさって生み出された風の刃が、魔物たちを次々に引き裂いていく。

 ミラベルのように洗練された技ではない。ただ、恵まれたレオンハルトの体格から生み出される、力技だ。

 他の地点でも、覇衣を使った範囲技が繰り出され戦場は派手な演出でも行っているのではないかというほどに賑やかになってきている。

 爆発が起こり、竜巻が発生し、土波に飲み込まれ、魔法が飛来し、血が飛び散る。

 次々に来る魔物たちを順調に屠っていると、十分ほどしたところで隊列の一部が乱れ始めた。


「来たか」


 レオンハルトはこの場を部下に任せ、即座に場所を移動する。

 乱れた隊列。その先頭では魔物相手に苦戦する騎士の姿があった。


「大丈夫か」

「すみません団長、手間取り過ぎました」

「よい、良く抑えていた。後は俺に任せろ」

「お願いします」


 団員が魔物から距離をとった一瞬で切り込む。

 レオンハルトの振るった剣を、魔物はその爪で受け止めた。

 なるほどと思う。

 これだけの量の魔物がいるのだ。そのうちの数体は森を支配するような強力な魔物が混ざっていてもおかしくはない。それをあの団員が引いただけの話。


「貴様の相手は俺がしよう!」


 衝覇で相手の体勢を崩し、隙を狙う。だが、魔物は衝覇の力を利用してバク転すると、地面を強くひっかいた。

 典型的な砂かけだ。だが、巨体がそれをやることでただの砂かけから大量の土へと変化する。

 人が浴びれたその衝撃に押し倒されてしまう量である。


「甘い!」


 だがレオンハルトは、剣を振るってその土を吹き飛ばす。

 直後、体勢を立て直した魔物が正面から突っ込んできた。

 左にステップして躱し、剣を振るうも傷は浅い。

 反転した魔物が再び突っ込んで来る。


「そろそろ終いだ」


 大きく口を開けて噛みつこうとする魔物。その正面に立ち、体勢を整えたレオンハルトが技を放つ。


「串打ち!」


 剣ではなく左の拳を振るう。

 その拳から覇衣が突き出され、口を開けた魔物の中を貫いた。

 ドンッと覇衣が奥に突き当たる感触が左腕に伝わる。

 そのまま左腕を持ち上げると、繋がったままの覇衣が魔物を頭上へと持ち上げる。口から血を流しながらもなお暴れる魔物に、レオンハルトはトドメの技を放つ。


「起爆」


 串打ちからの連携技。体内に穿った覇衣を爆散させる技によって、内部をぐちゃぐちゃにされた魔物はようやく息絶えた。

 腕を振り降ろし、魔物の死骸を放り投げる。


「強敵は排除した! 立て直すぞ!」

「「「「「おおおおおお!!!!」」」」」


 レオンハルトの戦いに感化された騎士や兵士たちの動きが一段と良くなる。

 この戦線はもう大丈夫だろうと、レオンハルトは次の場所へ移動するのだった。


   ◇


 戦闘が開始されてから一時間。今なお魔物たちのスタンピードは収まる気配がない。

 それどころか、何かから逃げるように速度を増してきていた。

 後方に強力な魔物がいる。それはほぼ確定だが、現状を考えれば問題なく処理できるとレオンハルトは考えていた。

 そんな時、後方から突然土煙が立ち昇る。


「何が起きた!?」


 警備隊の隊列の中だ。混乱する現場へと駆け付けると、そこには大穴が出来ており中に落ちた兵士たちが足を怪我してうずくまっている。

 これまでの戦いで培ってきた直感が、レオンハルトに「危険だ!」と叫ばせた。

 直後、穴の横の土が崩壊し、そこから飛び出してきたワーム型の魔物に、穴の中にいた兵士たちが飲み込まれる。

 そんな光景を見てしまった兵士たちはもはやパニック状態だ。

 自分の足元にあんな化け物がいると考えれば、仕方のないことだろう。

 レオンハルトはパニックを押さえるため、あえてワームが作った穴の中へと飛び込む。

 光のない穴の先は暗闇に包まれ、どこまでも続いているように見える。いや、実際に続いているのだろう。


「やっかいな」


 舌打ちした瞬間、別の場所で同じような崩落が発生した。


「まさか、下準備をしていたのか」


 移動路を確保したうえで、一気に獲物へと襲い掛かる。

 そんな知能を有する魔物がいるとでもいうのか。

 一刻も早くワームの魔物を退治しなければ。

 穴から飛び出し、周囲を確認する。点々と発生している崩落の中で、兵士たちが仲間を助けようと中へ入っている。

 情報の伝達が間に合っていないのか、それとも無茶を承知で助けに行っているのか。

 どちらにしても無謀だ。


「穴から出るんだ! ワームの魔物がいるぞ!」


 レオンハルトが叫ぶが、ほぼ同時に横穴が完成する。

 驚く兵士たちが見たものは、ワームの口ではなく鋭い爪だった。

 切り裂かれた兵士たちの肉片が穴の中に散乱し、それを踏みつぶす様に爪の持ち主が姿を現す。

 モグラである。モグラの魔物がワームの堀った穴を利用してここまで入り込んできているのだ。

 地中型の魔物が二体。一体だけでも本来ならば騎士団が出動するレベルの事態だ。しかも足場はすでにスカスカになってしまっている。

 騎士団を動員しようにも、それぞれに戦線を支えているため動かすことはできない。

 圧倒的に人手が足りない。穴の中に飛び込み、自らを囮としながら団長は奥歯を噛み締めた。

 そんな時――


「ハハハ! 苦戦してるようなら手を貸してやろう!」

「旦那、俺もいますぜ」


 穴の中に二人の影が飛び込んでくる。そのうちの一人に、レオンハルトは目を奪われた。

 上半身裸のモヒカン男。サスペンダーで乳首だけを隠し、肩には刺の生えたパッドを装着している。

 どう考えてもおかしな人間だ。


「お、お前たちは」


 動揺しながらもなんとか尋ねると、スキッドルから酒を煽っていたもう一人の男が答えた。


「傭兵ギルドの応援だ。げふっ」

「旦那と俺が来たからには、もう大丈夫だぜ。んで、この穴って何なんだ?」

「知らずに飛び込んできたのか!? これはワームの作った穴だ! そこにモグラの魔物まで入り込んでいる! すぐに穴の外へ!」


 だが、少し遅かった。突如として穴の横の土が崩れ、ワームが飛び出してくる。同時に、反対側からモグラが地面を掘り返してきた。


「うおっ!? ワームは干せばいい摘みになるんだ! おい、変態! 狩って帰るぞ!」


 スキッドルを投げ捨て、よっぱらいの親父は背中の斬馬刀を手に取りそのまま振るう。


「モグラかぁ。爪は厄介だけど、後ろに回り込めばなんてことはない相手だな」


 変態は、肩の刺パッドを拳に装着し振り下ろされたモグラの爪をぶん殴った。


「お前たちは、いったい……」


 真っ二つに切断されたワームが、体液を零しながら動きを止める。

 爪を割られたモグラが、慌てて地面へと逃げ出していく。


「旦那ぁ。この騎士様が俺たちのことを知りたいみたいでっせ」

「面倒くせぇ。説明しとけ」


 酔っ払いは、投げ捨てたスキッドルを拾い上げ、突いた埃を払うと再びキャップを開ける。

 そんな姿を見て肩をすくめた変態は、レオンハルトへと向き直った。


「俺は傭兵。周りの連中は俺のことを変態と呼ぶ。Bクラスのナイスガイだ。そしてこっちの旦那は、傭兵ギルドの最強候補の一人。制限解放者のヴァルガスだ。ついでに上には応援がワラワラいるぜ」


 気づけば、穴の外から威勢のいい声が聞こえてくる。


「一気に押し返すぞ!」

「倒した魔物は自分の取り分だ! しっかり覚えておけよ!」

「騎士連中なんぞに負けてられるか!」


 と言った傭兵の声に混じり、彼らの声も聞こえてきていた。


「護衛組ばかりにいいところを取られるな!」

「私たちが守護の要であることを示すのだ!」

「魔物は殺せ! 味方は救え! どっちもやらなきゃならねぇから、騎士ってのは遣り甲斐があるんだ!」


 それは、ヴェルカエラから出発した応援部隊の到着だった。

tips

変態

ヴェルカエラ支部に所属する傭兵。ヴァルガスを旦那と呼び慕っている。ヴェルカエラにいるだけあって実力は確かだが、その姿から変態と呼ばれており、本名は担当受付しか知らない。だが、その担当受付が変態と呼び始めた張本人である。

本人は、担当受付から変態と呼ばれることに喜んでおり、自他ともに認める変態となっている。だが実力はある。

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[一言] 肩パットならぬ拳パット
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