3-18 化身退治
ヴォルスカルノと向き合ったまま、私はいったん嵐覇を解除する。
体内に覇気が詰まるのを感じるが、しばらくなら我慢できないわけではない。
嵐覇は強力な覇気を使った技を連発できる代わりに移動ができないという弱点がある。
正面から向かってくる敵や拠点の防衛には最適かもしれないが、ヴォルスカルノのような正面からでは力負けするような相手だと多少使いにくさを感じるな。
これはまだまだ改良の余地がある。私はもっと強くなれる。
「来るか」
嵐覇がなくなった途端、ヴォルスカルノが突撃してくる。私は即座に反転し、逃走を開始した。
これは逃げではない。有利な場所への誘導だ。決して騎士が敵に対して背中を見せたわけではない!
「ぬっ!?」
嫌な気配を感じて振り返る。
ヴォルスカルノが大きく口を開けていた。そこには蓄えられた炎の塊。
「覇斬!」
体を一回転させながら覇斬を放つ。放たれた直後の炎に直撃し、顔の正面で爆発を起こした。
だが、あの程度では意味がないのだろうな。
予想通り、煙の中からヴォルスカルノは平然と飛び出してくる。熱にはめっぽう強い。というより、熱で倒すことはできないだろう。
熱いなら冷やさねばな。
この町の規模はヴェルカエラとさほど変わらない。ならば、どこかに生活用水に使っている川が流れているはず。そこに叩き落せれば一時的にでも炎は除けるかもしれない。
外壁まで戻り、北側へと回り込んでいく。
すぐ後ろからはヴォルスカルノが追ってきているが、ときおり覇斬を足元や外壁に打ち込むことで妨害し距離を保っている。
クーはどこにいるだろうか。私の移動に合わせて動いてくれていると良いが。
魔法を撃っていた場所を見るが、そこにクーもシルバリオンの姿も見えない。
移動しているのか。こちらに合わせてくれるつもりか? クーならきっと。そう信じて私は合わせてくれている予定で動くことにする。
外壁を北へと回っていくと、やがて町中に入っていく川を見つけた。やはり、山から下りてきた川をそのまま使っているな。
大きさは小型船なら自由に動ける程度。そこまで大きくはないが、生活用水を確保するだけなら十分な量の水量だ。あれならギリギリ行けるか?
河原へと飛び降りると、ヴォルスカルノも河原へ飛び込んできた。水を恐れる習性はないか。いや、恐れる必要すらないのだろう。あれだけ炎を纏った魔物だ。生息域はおそらく火山。水など雨程度だっただろうしな。
「さあ、ここが決戦の場だ」
再び押さえていた覇気を放ち、嵐覇を生み出す。
ヴォルスカルノも炎を噴き出しながら私を威嚇してくる。
魔物ながら常に正面から挑んでくる。自身を強者とし、その矜持を心に咲かせている証拠! 実に清々しい強敵だ! だからこそ、私も燃えがある!
「覇斬、乱舞!」
二度目の乱舞を放つ。
学習したのか、ヴォルスカルノは最初数発の覇斬を回避つつ、口内に炎を溜めそれを壁のように正面へと吐きだした。
真っ赤な灼熱の壁が私とヴォルスカルノの間を遮り、同時に覇斬を飲み込んでいく。
相当な威力だ。覇斬を連続して飲み込むだけの力はまさしく化身。
「くっ」
私の腕が痛みを放ち、覇斬乱舞が止まる。その隙を突いて、炎の壁を突き破りヴォルスカルノが飛び出してきた。口を大きく開き、私に噛みつかんと頭を地面すれすれまで下げる。
腕は痛むがこれはチャンスだ。
私も駆け出し、タイミングを合わせて飛び上がる。
足元すれすれで牙が閉じ、私はヴォルスカルノの頭部へと飛び乗ることに成功した。とたん、皮膚に加熱された靴の底が煙を上げる。
ロデオはできないか。だが、ここなら首元を直接狙える!
「くぅっ! 覇斬!」
覇斬を放った瞬間、強烈な痛みが右腕に走った。だが、強引に放った覇斬は確実にヴォルスカルノの首筋を直撃する。
勢いよく倒れ込んだヴォルスカルノから巻き込まれないように飛び降りる。
多少はダメージが入ったのか、覇斬によって激しく抉られた首筋から、血ともマグマとも思える赤い液体が噴出していた。
今のうちだ。
私は川に向かって駆けだし、橋を渡る。
「クー! いるか!」
大声でクーを呼ぶ。私の動きを察してくれているのであれば、きっと近くに来ているはず。
「ミラ!」
いた。河原の上流。木の影にシルバリオンと共に隠れていた。
「魔法の準備を! 隙は私が作る!」
「腕は大丈夫なんですか!?」
気づかれていたか。
「右は厳しいが左は使える」
利き腕ほど力は出ないが、左腕でも剣を振るえるように訓練は積んできた。
実戦で使うのは初めてだが、ここで躊躇う理由にはならない。
「信じていいんですね!」
「信じるといい!」
ヴォルスカルノが再び起き上がる。傷口を防ぐように噴き出していた血が凝固し、エリマキトカゲのようになっていた。防衛本能が生み出したのか。
まあ、二度も同じものが通じないのは、どの強者であっても同じこと。常に次の手を考えてこそ、より強くなれるというものだ。
ギャァァァアアアアア!!!!
ヴォルスカルノは怒りを爆発させていた。全身の炎はこれまでで最高に猛っている。まるで炎の渦のように空へと昇り、私の嵐覇とぶつかりお互いを削り合っていた。
「さあ、来い!」
剣を構える。ヴォルスカルノは、真っ直ぐに私へと向かってきた。そして橋へと足を踏み出す。
「そこだ! 覇斬!」
石を組んで作ったアーチ状の橋はかなり頑丈に出来ている。その橋脚目掛けて覇斬を放つ。
放たれた覇斬は、橋の足場を両断し橋脚を穿った。だが威力が弱い。慣れない振りだったせいで、力がのりきらなかったのか、橋脚は罅こそ入るも破壊まではいかなかった。
「くっ、きついがもう一発を」
嵐覇から剣へと覇気を装填する。だが、痛みに剣を握る手が緩む。思わず落としそうになった剣をギリギリで掴みなおすが、もう覇斬を撃つ余裕はない。
だが、ヴォルスカルノの巨体が幸運を導いた。
罅の入っていた橋脚が、ヴォルスカルノの重さに耐えきれず崩壊する。
一か所が崩れれば、石造りの端は脆い。一気に崩れだし、ヴォルスカルノを巻き込んで川へと落ちる。
直後、強烈な爆風が周囲に吹き荒れた。
体が浮き上がり、後方へと吹き飛ばされる。
「な、なにが!?」
ギャァァァアアアアア!!!!
川の中からヴォルスカルノの叫び声が聞こえるが、水蒸気が激しく相手を確認できない。
そして町の方からガラガラと何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。
恐る恐る視線をそちらへと向ける。
「これは……」
崩れ落ちる外壁。爆風によって吹き飛ばされ、その瓦礫が町中に降り注いでいる。
ヴォルスカルノが遮った川からは水が枯れ、そこに流れ込む上流からの新たな水がヴォルスカルノによって沸騰した濁流となり町中へと注がれていた。
完全に水蒸気爆発のことを忘れていた。あれ程の熱量が一度に大量の水の中に落ちれば、当然の結果だ。
「くっ、ヴォルスカルノ、よくも町を!」
私は水蒸気によって姿を隠してしまったヴォルスカルノへ向けて睨みつける。
この被害は全てヴォルスカルノのせいなのだ! 決して私の作戦ミスではない! そうでなければ、傭兵とはいえ貴族の子女が起こしたことだ、国際問題に発展しかねない!
だから、こいつは確実にここで倒し、責任は全て擦り付ける!
その為にも、この水蒸気を吹き飛ばし、クーのために射線を確保しなくては。
「もう一発、この一発が撃てればいい!」
両腕が痛む。だが、痛むだけなら腕は動いている!
握れ、掲げろ、覇衣を纏え、意識を集中させろ。敵は目の前にいる!
「断ち切れ! 覇斬!」
両腕によって振り下ろされた剣が覇斬を放つ。
赤黒い刃は水蒸気を勢いよく吹き飛ばし、その先にいるヴォルスカルノの姿を露出させた。
炎は消えている。大量の水を浴びたことで一時的に表面の温度が下がり鎮火したようだ。だが、足元に残っている川の水は絶えず沸騰をくりかえり、バチバチと音を立てている。
もはや、熱した油に水をかけた状態だ。
だが、これならば!
「クー!」
「エクスティングレーション!」
光が走る。
クーの隠れていた木の影から一直線に走った光は、炎の消えたヴォルスカルノのへと直撃する。
消滅の光に触れ、ヴォルスカルノの肌が粒子となって空へと昇り始めた。
ここまでは順調だ。問題はこの先。
来た――
消滅する傷口から溶解した肉片が噴き出し、周囲へと飛び散り始める。だが、その量は先ほどの比ではないほどに少ない。
体が冷えて、自身を溶かしきれていないのだ。これならば!
ギャァァァアアアアア!!!!
断末魔にも似た咆哮が空へと響く。そして、ゆっくりとヴォルスカルノはその巨体を川底へと倒していく。
溶解も徐々に止まり、それに呼応されて粒子化の速度は上がっていった。
「やった……のか」
まだ警戒は解かない。両腕はもうボロボロでほとんど動かない。もしヴォルスカルノが起き上がってきたら、文字通り私に手は残されていないだろう。
だがそれでも、私は奴の前に立ち続けるだろう。奴を倒すために、何度でも。
しかし、その心配は杞憂だったようだ。
「ふぅ、やってしまったな」
光がヴォルスカルノの全身を包み込み、粒子を空へと舞いあげていく。
上流から流れてきた川の水が、その体を隠し川から光が昇るだけとなった。
「ミラ! 無事ですか!」
「クー、ああ大丈夫だ」
シルバリオンに乗ってきたクーが、飛び降りて私の両腕を手に取る。瞬間、ピキンッと神経に痛みが走る。動かすだけでこれだと、かなり痛めてしまっているな。
感覚はあるが指はもう動かない。
「こんな……酷い……」
私の腕をまくったクーが、その光景を見て息をのむ。目に涙を溜め、口元を押さえた。
私の両腕は、真っ赤に腫れ上がっていた。筋繊維の断裂に内出血、骨には罅が入っているだろう。折れていないのが奇跡的なぐらいだ。
「すぐにお医者さんに見せないと!」
「ああ、そう――」
「ミラ?」
いかん、身体強化の反動も来た。
覇気による肉体強化は、厳密にいえばリミッターの解除だ。覇気を通じて神経系を刺激し、筋肉に本来以上に力を出させる技である。故に、使いすぎれば使用後に反動が来るのは当然。
ヴォルスカルノを倒したことで心が緩んでしまった私に、その反動が一斉に襲い掛かってきた。
もう一歩も動けない。疲労で意識が……
「クー、後は任せる」
それだけ伝え、私は意識を手放すのだった。
◇
避難誘導を行っていた部隊は、無事南門へと到着していた。
「点呼! 全員いるな」
隊長の声に、一人ずつ答え点呼を終える。ヴォルスカルノを目にしておきながら、全員が生きて戻ってこれたのは間違いなくあの少女のおかげだと隊長であるドルソは確信する。
たった一人で対峙し、あまつさえごくわずかな時間と言えど行動を封じることのできた少女。その凄さは、彼ら兵士たちが一番理解していた。
何もできなかったのだ。
フィリモリス王国の兵士たちとて、ただ手をこまねいてヴォルスカルノがやってくるのを待っていたわけではない。傭兵団や狩猟団などと協力し、討伐しようともした。
だがどれも失敗だった。
圧倒的な力に押しつぶされ、罠は意味を成さず、長距離からの大砲もすぐに回復されてしまう。終いには、炎弾によってこっちの大砲部隊が壊滅させられた。
今いるクシュルエラに来るまでに多くの兵たちの命が失われた。だがそれは無意味だったと言ってしまってもいいほど、化身級に何かしらの影響を与えることもできなかった。
「これから、この国はどうなってしまうんだ……」
「隊長……」
クシュルエラもすでに深刻なほどの被害を受けてしまっている。あらかじめ出していた避難命令によって、その人命こそ多くが守られたが、財産はことごとくが炎に飲まれ、がれきの下敷きとなっている。
さらに、襲われたのがこの町だったというのも問題だ。
クシュルエラはフィリモリス王国の東部を支える重要な拠点だった。
東、メビウス王国からの輸入品や山脈からの資源、各農村から運ばれてくる食料を西部の町へと運ぶための中継地点だったのだ。
ここが機能しなくなれば、フィリモリス王国自体の経済活動に大きな支障が出る。
経済的にも、軍事的にもガタガタになった国に先はない。
首脳部は西部からの物資によって立て直しをと考えているようだが、それまでに他の国が待っていてくれる保証はどこにもない。
それ以前に、ヴォルスカルノが西を目指してしまえば、この国は魔物によって滅ぼされることとなる。
「考えても仕方のないことか」
自分たちの命は、明日にはないかもしれないのだ。今も避難民たちは南や西の町へと移動を開始しているが、兵士である自分たちの移動は最後である。
もう一度ヴォルスカルノが暴れだせば、無事では済まされない。
「お前たちの中で家族のいる――」
せめて子供がいる連中だけでも先に避難させよう、そう考えて部隊に声をかけた瞬間、爆音と共に北の外壁が砕け散り、町中へと降り注いだ。
「北だと!?」
「あの煙はなんなんだ!」
「何が起きているんだ!」
慌てて外壁へと駆けのぼり、双眼鏡で北の様子を確かめる。
北部から町中へと流れ込んでいる川。その川がある部分の外壁が大きく吹き飛んでいた。
そしてその穴から見えたのは、先ほどの少女が剣を振り下ろす姿。
立ち込めていた水蒸気を吹き飛ばし、その先にいたヴォルスカルノの姿を露わにさせる。直後の閃光。そして粒子化し空へと昇っていくヴォルスカルノの姿をただ茫然と見送り、隊長はゆっくりと双眼鏡を下す。
「な、なにがあったんですか!」
双眼鏡を持っていなかった部下に尋ねられたが、言い表す言葉が見つからない。
「隊長!」
「あ、ああ。あの少女が戦っていて、ヴォルスカルノが川に倒れていて、光になって消えた」
「意味わかりませんよ!」
部下の言葉ももっともだろう。だが、俺だって訳が分からないと叫びたかった。
だが、それを押さえ込み、部下たちに指示を出す。
「ヴォルスカルノが消えた可能性が高い。確認に向かう! 志願者だけでいい! 俺についてこい」
当然のように全員ついてきた部下たちを引き連れ、北へと向かう。
町中は瓦礫で道が塞がれているだろうと判断し、外壁の外を西からぐるっと回って北へと出た。
そこにいたのは、馬に担がれた先ほどの少女と、その少女を心配そうに見つめながら歩く見知らぬ少女。
「君たち!」
「あ、兵士さんですか! お医者さんを!」
「怪我をしているのか!」
「私は大丈夫です。けどミラが。両腕が酷い状態で」
気を失っている先ほどの少女の両腕は、真っ赤にはれ上がり明らかに尋常ではない状態だ。すぐにでも医者に見せるべきだろうと判断した隊長は、即座に部隊を反転させ東門にいる医者の元へと一人を走らせ自分たちも早足で門へと向かう。
「君、名前は?」
「クーネルエです。気を失っているのがミラベルです」
「クーネルエ君にミラベル君だね。君はミラベル君の仲間かい?」
「はい、同じ傭兵団です」
「やはり傭兵だったか。色々聞くことになると思うが、それは落ち着いたらでいい。とりあえず一つだけ確認しておきたい。ヴォルスカルノはどうなった?」
「消滅しました。もう跡形もありません」
「ではこれ以上の被害はないと判断していいのだな?」
「はい」
それを聞いた瞬間、肩に伸し掛かっていた重さがスッと消えるのを隊長は感じた。
「そうか、ありがとう」
後はただ無言で歩き続け、東門へと到着する。
受け入れ準備をしていた医者にミラベルを託し、事態を報告するため部下と共に仮設本部へと向かうのだった。




