3-17 化身ヴォルスカルノ
外壁が近づいてくる。門には人の姿はなく、しっかりと閉ざされており中には入れそうもない。ならばと私は化身級が開けた外壁の穴を目指した。
そこには巨大な穴が開いているが、地面が激しく炎上している。あそこが通れるようになれば、取り残された人たちも逃げやすいはずだ。
「クー、あの穴の炎を消せるか?」
「大丈夫です。降りるので、速度を」
シルバリオンの速度を落とすと、クーは背中から飛び降りた。
「大きいの撃ちます! 射線に気を付けて!」
「分かった」
左側へと避けると、後方から詠唱が聞こえてくる。
いつもの短縮したものではない。完全詠唱というやつか。
「黒の刻、白の世界、知らぬ永久は未知へと向かう。深淵より生まれし言の葉に導かれ、現へと魅せるは輝かしき畏怖。解放に従うは目前の妨げ。奪い、喰らい、全へと飲み込む! 虚無へと誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!!」
これまでと明らかに規模が違う。光を放った直後、草原の空気が震え、背中が凍るような死の気配を感じた。
光は私の横を通り過ぎ、一直線に崩壊した外壁へと向かう。
そして直撃。
太陽が落ちたかのような眩しさに、私は目を細めた。その中で見たものは、空へと昇る消滅の光に巻き込まれた残骸たち。
一瞬の跡には、そこにあったはずの残骸が消滅し、崩壊してボロボロになっていた外壁も光の範囲がまるでナイフに裂かれたバターのごとく滑らかな断面を見せていた。
道は開けた。
「突っ込む!」
手綱を振るい、速度を上げさせる。
消滅魔法によって整備された道を使い、町の中へと突入した。
一言でいえば、酷い状況だ。それ以外の言葉が見つからない。
倒壊した家屋、燃える死体、悲鳴と嗚咽、怒号と絶叫がどこからともなく聞こえてくる。
人が多い!
想像以上に逃げ遅れた者たちがいる。
私一人でどうにかなる量ではない。町の規模が大きいだけあり、逃げ遅れた人の数も膨大になっていた。
そして町の中央付近に、その姿を見つけた。
「あいつか」
五階建てはある建物。それとほぼ同等の高さに首を持つ、二足歩行のトカゲ。
体中からは炎と溶岩を垂れ流し、近くのものを全て燃やしていく。
その炎は自身すら溶かしているのか、見えている尻尾は表面がドロドロになっていた。だが、その下から次々に新しい皮膚が生まれ、尻尾が全て溶けるのを防いでいるのだ。それは胴体や頭部も同じなのだろう。
やつが通った後には、溶けた皮膚が水たまりとなり、蝋のように火を蓄えている。
外壁付近を炎上させていたのも、あれが原因だったのだろう。
「あれが化身級……」
想像を絶する姿に、思わずシルバリオンの足を止めた。
どう対処すればいい。時間を稼ぐにしても、あれに有効な手はあるのか?
と、魔物が振り返りながらその尻尾を振るった。
飛び散った炎が町全体に広がっていき、尻尾が叩きつけられた建物が大きく傾く。
それを見て閃いた。
覇衣を纏い、剣を抜く。
シルバリオンから飛び降り、剣を高く掲げる。
纏わせる覇衣は、私の全力。
赤黒いオーラが、剣へと纏わりつき魔物とほぼ同程度の高さにまで伸びた。
「切り裂け! 覇斬!」
振り下ろした刃は、魔物の横を抜け傾いていた建物の根元を穿つ。
衝撃が残った柱を破壊し、その傾きが徐々に大きくなる。メリメリとレンガが砕ける音と共に、建物は加速度的にその傾斜を大きくし、やがて魔物へと伸し掛かるように崩れ始めた。
――ギュァァァアアアアア!!!!
魔物は悲鳴を上げながら建物の瓦礫に流され、反対側の建物へと押し込まれた。
立ち上がろうとしているが、五階建ての建物一つ使った石を雪崩だ。簡単には抜け出せまい。
だが、時間の問題でもあるな。奴の体温によって瓦礫が融解し始めている。
「チッ、時間稼ぎにもならないか。ならばもう一度!」
今度は魔物が突っ込んだ建物の根元を破壊する。
両側から倒壊した瓦礫によって、魔物は頭部と胴体の一部を残し全てが埋まる。これならば少しは時間稼ぎができるか。
「おい、あんた!」
「むっ」
一度クーと合流しようかと考えたところで、後ろから数人の気配を感じ声をかけられたことで視線を向ける。
そこにはフィリモリス王国の兵士らしき制服を纏った男たちがいた。
「ヴォルスカルノをあんたが倒したのか」
「ヴォルスカルノ? この化身級のことか?」
「ああ」
聞いたことのない名だな。まあ、化身級など早々現れるものでもないし、確認された時点で命名されたのだろう。名前が無いと何かと不便だからな。
「とりあえず生き埋めにした。だが、すぐに出てくるぞ」
「チッ、簡単にはやられてくれねぇか。いや、少しでも時間が稼げるだけありがたい」
「避難はどうなっている?」
「東門は閉じっぱなしだ。やつの襲来に備えて閉じてたら、鉄が溶けて溶接されちまったらしい。今は西と北の門から避難させてるが、どこもぎゅうぎゅう詰めだ。まともに動いてない」
あの門が閉じたままだったのはそういうことか。
だが、そういうことならば東門付近は人が少なくなっている可能性は高いな。
「東門の周りに人はいるか?」
「いや、俺たちで避難は完了させてる。今は東から北で逃げ遅れた奴がいないか確認中だ。住民は大半西と南に逃げた」
「そうか」
では私のやるべきことは、こいつを南西へと向かわせないことだな。
「あんたも早く避難しろ! ヴォルスカルノが倒れている今しかチャンスはないぞ!」
「いや、私の役目はこいつを引き付けることだ。そちらこそ早く避難誘導を済ませるんだ。この辺りは焦土になるぞ」
私が再び覇衣を纏うと同時に、瓦礫の中から強烈な炎が噴き出した。
ジュクジュクと音を立てて瓦礫が溶け、その下から熱風を伴いヴォルスカルノが這い出してくる。
「もう出てきやがった」
立ち上がったヴォルスカルノは、ゆっくりと視線を巡らせ覇衣を纏っている私を見つけ動きを止める。
そうか、私を敵と認識したか。
化身級に敵と思っていただけるのは光栄だな。
「こ、こっちを狙ってんのか……」
「正しくは私を――だな。よほど生き埋めにされたのが腹立たしかったのだろう」
挑発に刃走を飛ばしてみる。
頬に当たってはじけ飛び、傷一つ付けられなかった。まあ、そうだろうな。
ギャァァァアアアアア!!!!
咆哮と共に熱風が押し寄せる。これは覇衣を纏っていない後ろの兵士たちにはキツいかもしれないな。
「衝覇術、波打!」
熱風を波打で受け止め、周囲へと吹き飛ばす。
「早く移動しろ。お前たちがいては動きにくい」
「わ、分かった。死ぬんじゃねぇぞ! お前たち、ついてこい!」
隊長格の男は、建物の脇道へと入っていった。それに部下たちも続く。広い通りよりも、壁の密集した裏道の方が安全と考えたか。まあ、あの巨体だからな。細い道の奥までは入ってこれまい。
「さて、邪魔者はいなくなった。付き合ってもらうぞ!」
シルバリオンへと跨りながら、覇斬を放つ。
ヴォルスカルノの噴き出した炎によって、覇斬すら容易くかき消された。さすが化身級とでもいうべきか。
ナイトロード流の必殺技すら傷を付けられないか。やはり奴を殺すにはクーに頼るしかないな。
手綱を振れば、シルバリオンが勢いよく駆け出す。その先は、入ってきた外壁の穴だ。
ヴォルスカルノの私を殺すべき敵と認めたのだろう。勢いよく追いかけてくる。
かなりの速度だな。二足歩行のおかげだろうか。一歩が大きいのもあるだろうが――
「このままでは追い付かれるか」
直線の速度では勝てない。ならば、隊長に習って裏道を使わせてもらおう。家屋の被害は多くなるかもしれないが、まあ化身級に襲われたのだ。諦めてくれ!
手綱を操作し、シルバリオンを横道へと誘導する。
ヴォルスカルノも当然追ってきたが、建物によって体を挟まれる。だが奴に回り道という発想はないようだ。体から再び炎を噴き出し、建物を溶かし破壊し、なぎ倒しながら私を追ってくる。
やつは馬鹿だな。知能は下手すると他の魔物よりも低いかもしれない。
その分凶悪な能力を持っているようだが、上手く使えなければ宝の持ち腐れだ。
「いいぞ、その調子だ」
シルバリオンを褒めつつ、適度な距離を取ってヴォルスカルノから逃げる。
そして、横道から飛び出したところは外壁の穴の目の前だった。
「クー!」
「あ、ミラ! やっと見つけました! 置いて行っちゃうなんて酷くないですか!?」
「むっ、一緒に来るつもりだったのか!? まあいい、掴まれ!」
すれ違いざま私はクーの手を取ってシルバリオンへと引き上げる。
「あれ、町を出ちゃうんですか?」
「後ろを見てみろ」
「えっ?」
クーが振り返るとほぼ同時に、横道から瓦礫をまき散らしつつヴォルスカルノが飛び出してきた。
「なっ、なんですかあれは!?」
「化身級ヴォルスカルノだ。私を敵と認識してくれたらしくてな。ちょうど追いかけっこの最中だ」
「また無茶苦茶やってますね!」
「それほどでもない」
草原へと出ると、ヴォルスカルノが速度を上げて迫ってくる。
キャーッと背中からクーの悲鳴が聞こえてくる中、私はシルバリオンの手綱を腰を掴むクーの手にねじ込んだ。
「え」
「では頼むぞ」
ペッと腰の手を引き剥がすと、馬上から飛び降り地面を削りながら着地する。
「ミラ!?」
「やってみたいことがある。クーは安全な位置に待機。撃てそうなら撃て」
「え、あ、はい!」
「では――覇斬!」
迫るヴォルスカルノ。その足元の地面目掛け、私は覇斬を放った。
突如抉れた足元にヴォルスカルノがふらつき、目測を誤って私の横を通り過ぎる。
凄い熱気だ。日焼け止めクリームを塗ってくれば良かったかもな。
やつが通り過ぎた後の草原は、一瞬で乾燥させられた草たちが燃え上がっていた。一面が火の海になるのも時間の問題かもしれない。
振り返るヴォルスカルノ。私も同じように振り返り、不敵に笑みを浮かべる。
あの時の感覚が蘇ってきている。
心の底からたぎる様な熱。あふれ出そうとする覇衣を、解放する。
吹き上がる覇衣に、ヴォルスカルノが一歩後ずさった。威圧感を感じたのか。私でも化身級に威圧感を与えることができるのだな。
対抗するようにヴォルスカルノが全身から炎を噴き出した。
戦える。その感覚がより私を昂らせる。
「そうか。強者でなければだめなのか」
私を高めてくれる存在。それが嵐覇の発動の鍵。
私自身がより強くなりたいと、目の前の強敵に打ち勝ちたいと、そう心の底から思ったときに溢れる嵐。それが嵐覇。
相手が火山の化身ならば、私は嵐の化身になろう。
さあ、勝負だ。
私の意思が通じたかのように、ヴォルスカルノが突撃してくる。
私は嵐覇から覇気を剣に纏わせ、後方に構える。
「覇斬、乱舞! ハァァァアアアア!!!!」
身体強化を最大限にまで高め、無数の覇斬をヴォルスカルノへと叩き込んでいく。
強化しているにもかかわらず、私の腕が悲鳴を上げている。当然だろう。だが、止まらない! 止まれない!
凶悪な刃の嵐に、さすがのヴォルスカルノもその体表に傷を付けていく。だが、傷つくだけだ。致命傷にはならないし、持ち前の回復力で瞬く間に新しい皮膚を生み出している。
だが、拮抗した。私の攻撃を受け止めるのに精一杯で前に進めなくなっている。この状態ならば――
光が走った。
「来たか」
クーの消滅魔法。草原で自由に動き回る相手には当てられないかもしれないが、これならば当てられるだろう!
草原を駆け抜けた閃光が、ヴォルスカルノの背中へと触れる。
瞬間、これまでにない悲鳴にも似た声を上げヴォルスカルノの全身から炎が激しく噴き出す。それはまるで、血を噴き出すかのように周囲へと飛び散り、辺り一帯を火の海へと瞬く間に変えていく。
そんな中、閃光の直撃を受けたはずのヴォルスカルノは、まだその存在を保っていた。
背中は大きく抉れ、骨が露出しているがそれが広がる様子はない。
クーの放った光はすでに消滅している。上空には、その残りでもある粒子がきらきらと輝いている。
防がれた。
「消滅魔法の直撃を耐えた? いや、直撃しなかったのか」
クーの説明が正しければ、体に触れた瞬間その個体全てを消滅させているはず。
ならば、触れていなかったと考えるしかない。もしくは消える前に切り取ったか――
そこで気づく。奴は消滅する直前激しい炎をまき散らしていた。
おかげで草原は火の海になってしまっているが、炎自体が落ちた場所に燃えた痕跡は残っていなかった。
なるほど、流石は化身級だ。
全身が消滅する前に、体の一部を炎として分離したのか。
まき散らした炎だけが消滅魔法で消滅し、残ったのは燃え広がった本物の火だけ。
身を斬らせて骨を守ったか。そしてその身もすでに回復が始まっている。
骨は肉に埋まり、ぐじゅぐじゅと音を立てながら欠損部分を増えた肉が埋めていく。
魔物の肉でも美味しいものはあるが、あの肉は食べたいとは思えないな。
さて――
「貴様を殺すには、火になれないようにしなければいけないようだな」
クーの消滅魔法が有効であることは分かった。後はその効果を発揮できる状態にするだけ。
右腕を確認する。内出血だらけだ。クーが見たら凄い怒りそうだな。
覇斬乱舞の負荷はやはり厳しい。できて後一回か二回だろう。三回以上は後遺症を考えなければならないな。まだ騎士にもなっていないのに、後遺症を持つなどまっぴらごめんだ。
ヴォルスカルノの敵意が向けられる。どうやら回復はほどほどに済んだらしい。
もしかしたら、クーに敵意が向かうかとも思ったが、目の前の敵を優先しているようだ。いや、もしかしたら怒りで目の前のことしか考えられなくなっているのか。それだったら楽なのだが。
とりあえずは――
「第二ラウンドだ。貴様を殺す手段はすでに思いついているぞ?」
不適に笑みを浮かべ、嵐覇から覇気を纏うのだった。
tips
化身級
災害と同規模の被害を出す魔物の総称。有名なものでは「嵐の化身バペスディーノ」「大地の化身モルグロード」「波の化身タイダレングル」などが存在する。
ヴォルスカルノは「火山の化身」として登録される。




