3-16 フィリモリス王国
できることならしっかりと準備をしたうえで化身級の確認に行きたいところだが、いつ第四波が来るかもわからない状況。時間が経てば状況が悪くなる可能性の方が高いため、私とクーはこちらの準備が整い次第出発することとなった。
私たちは借りてきた地図を広げ、ルートを確認する。
西門から出た私たちは、そのまま道なりに直進し国境門を通過、隣国であるフィリモリス王国へと入国する。国境門は偵察の段階ですでに壊滅していることは把握しているので素通りだ。
そして、スタンピードの始まりらしき場所を発見した場合、その痕を追って山を下る。
化身級をその時点で発見できた場合は直ちに撤退。砦へと戻り報告するというものだ。
見つからなければ、スタンピードの原因を確認するため、そのまま進むこととなる。どちらにしろ、スタンピードの原因を発見するための行動ということだな。
「よし、確認は終えた。行こうか」
「はい」
地図を終い、部屋から出る。
廊下を進むと、すれ違う兵士たちからは期待と不安の混ざった視線を送られた。
私たちがいたことで元凶を確認できるかもしれない期待と、私たちが女二人組であることの不安だろうな。
だが任せるといい! 私たちは騎士になるものだからな!
堂々と胸を張って歩く。
そして砦の入り口へと出た。
そこには、レオンハルト団長を始め、主要な人物たちが集まっていた。その中の一人を見て、私は即座に膝を突く。
「クー、膝を突け。王族の方だ」
「え? あ、はい!」
クーがワンテンポ遅れて膝を突く。
並ぶ彼らの中心にいたのが、第二王女ルーテ様だった。
この砦の部屋で待機しているのは知っていたが、まさかお会いする機会があるとは思わなかった。
「お二人とも、立ってください。今は非常時。礼儀は最低限で結構ですわ」
「感謝します」
ルーテ様の言葉で、私たちは立ち上がる。
にこにことした様子のルーテ様には、スタンピードに巻き込まれたことの不安は見えない。
「お二人が危険を買ってくださった傭兵ですわね。是非ともお礼が言いたいと思ったの」
「もったいなきお言葉です」
「ミラベル・ナイトロード、クーネルエ。お二人の名前はしっかりと覚えましたわ。帰ってきたらゆっくりとお話しする時間を作れると良いですわね。その時は、傭兵のお話を聞かせてくださいな」
「喜んでお話しさせていただきます。その為にも、私たちは必ず任務を完遂してみせましょう」
「はい、期待しています」
そこで、側付きの一人がルーテ様に耳討ちする。そろそろ時間切れということか。
きっとこの面会すら強引にねじ込んだのだろう。本来ならば、こんな危険な状況で王族が部屋から出ることを許してもらえるとは思えない。
「分かりましたわ。では私はこれで失礼しますわね」
ルーテ様と側付きたちが砦内へと戻っていく。
私たちは頭を下げてそれを見送った。
そして砦の扉が完全に閉ざされたところで、顔を上げる。
「ミラベル、ルーテ様の期待裏切るんじゃないぞ」
不服そうにそういったのは、フィエル兄さまだ。その隣でルーカス兄さまは笑うのを必死に堪えている。
私が傭兵になった理由は、騎士団よりも上の権限を持つ者にアピールすることだからな。王族であるルーテ様に名前を覚えてもらっただけでも上々なのに、その上直接お話しする機会まで手に入るかもしれないのだ。
逃してなるものか。
「必ず完遂してみせます。それが私の未来に繋がる」
「では二人とも、頼んだぞ。食料と水はすでに積み込んである」
馬屋から連れてこられたシルバリオンには、既に荷が積まれていた。
とりあえず一週間分の非常食と多少の水だ。水は重くあまり載せられないため現地調達しなければならないが、川が近いし大丈夫だろう。
「シルバリオン、大変かもしれんが頼むぞ」
「本当に二人乗りで行くのか? もう一頭貸すこともできるのだぞ?」
「クーはまだ乗馬が上手くありませんので」
シルバリオンを買ってから、移動中しか練習する時間は無かったからな。普通に歩かせる程度なら何とかできるようになってきたが、今回はギャロップが必要になる。
今のクーがギャロップをやれば、即座に振り落とされてしまうだろう。
恥ずかしそうに頬を赤らめて俯くクーの肩を叩き、これからだと励ましておく。
「では行ってまいります。吉報をお待ちください」
「吉報などとは望まない。どのような情報であれ、お前たちが無事に持ち帰ってきてくれることを期待している」
「ありがとうございます」
シルバリオンへとまたがり、クーをその後ろへと引っ張り上げる。
「クー、では行こうか」
「はい」
「開門!」
団長の声に合わせて、西門が開かれていく。
その先に広がるのは、岩場の間を抜ける一本道。
「ハッ!」
私が強く手綱を振れば、シルバリオンは勢いよく駆け出し砦を飛び出すのだった。
魔物たちに踏み荒らされた道を進んでいく。
所々に残っている魔物の死体は、おそらく転んだ拍子にでも踏みつぶされたものだろう。それが異臭を放ち不快な臭いが山全体を薄っすらと覆っていた。
こういう雰囲気の時は、たいてい碌なことにならないんだがな。
「クー、そろそろ国境だ」
「あれですね」
見えてきたのは、崩壊した石造りの門。本来ならばフィリモリス王国側の兵士が常駐しているべき場所であるはずのそこには人一人おらず静けさに包まれていた。
スタンピードの後はその地域の魔物がほぼ全て移動してしまうため、動物の鳴き声さえ聞こえなくなってしまうのだ。
「酷いな」
「集団になった魔物の恐ろしさですね」
国境門とはいえ、他国の侵略を想定された強固な砦に近いものだ。それが、門の一部を残しほぼ全て倒壊してしまっている。
兵士用の宿舎など、跡形もない。おそらく中にいた人を狙って魔物が押し寄せたのだろう。
「このまま通過するぞ」
「はい」
崩壊した建物の破片を避けながら、私たちは門を通過しフィリモリス王国へと入国した。
さらに、道なりに進んでいく。スタンピードの跡は尚も色濃く残っており、まだ先であることを示している。
「どこまで行くんでしょう」
「分からない。簡単に止められるものでもないし、相応の距離は覚悟しておいた方がいいかもしれないな」
シルバリオンの疲労も考え、速度を落として進んでいく。
フィリモリス王国へと入国して半日で初日の野営地へと到着する。野営地と言っても、ほとんど何もない岩場。ただ石を集めて焚き火用の窯を作っただけだ。
魔物も動物もいないここは、今ある意味最も安全な場所かもしれないな。
「明日は日が昇った時点で出るぞ」
「そうですね。ここまで何も見つかってませんし」
非常食を食べつつ、私たちは今日のことを思い出す。
昼にスタンピードのことを聞き砦へと走った。十五の鐘が鳴るころにはスタンピードの真っただ中で剣を振るい、日が沈むころには国境を越えて原因を探っている。
忙しすぎるとっても過言ではないな。
「これは一カ月ほど休暇を申請しても罰は当たらない気がするな」
「そうですね。旅行でも行きますか?」
「それもいいが、家でゆっくりするのもいいな。どうせ傭兵の仕事など、行く先々が旅先のようなものだ」
せっかく我が家と呼べる場所を手に入れることができたのだから、クーやトア達とのんびり過ごすのもいいかもしれない。もちろん、訓練を怠るつもりはないが。
「ミラらしいですね」
「さ、明日も早い。交代で睡眠をとろう。クーから先に眠るといい」
「いえ、私は後ろに乗っていただけですし、戦闘にもほとんど参加していませんでしたから、ミラが先に寝てください。肉体の疲労、溜まっているんでしょ?」
「むっ」
まさか見抜かれていたとは。
流石に、覇斬の連発と長時間の乗馬は私に疲労を蓄積させていた。
筋肉痛になるほどではないが、確かにこれ以上無理をすると明日に響くかもしれないな。
そういうことなら、クーの言葉に甘えさせてもらおう。
「では先に休ませてもらう」
「はい、おやすみなさい」
「うむ、お休み」
私は毛布をかぶり、星空を見上げゆっくりと瞳を閉じるのだった。
体を揺すられ目を覚ます。そしてふと違和感に気付いた。
妙に体がスッキリしているのだ。
「ミラ、交代の時間ですよ」
「――おはよう」
「どうかしましたか?」
クーが不思議そうに首を傾げるなか、私は体を起こし軽く腕を振る――やはり疲労が完全に抜けている。いや、むしろ筋肉が解れている。
ふくらはぎやふともももそうだ。今日は多少残ると思っていた疲労が完全に抜けていた。これは――
「クー」
「はい?」
にこにことしているクーと目線の高さを合わせ、じっとその瞳の奥をのぞき込む。
そーっと視線が泳いだ。
「マッサージしてくれたのか?」
「か、軽くですよ! 暇を持て余したので、起きないように軽くだけマッサージしたんです」
やはりマッサージをしてくれていたか。クーのマッサージは上手いからな。疲労がスルリと抜けてしまった。これならば今日の強行軍も余裕で耐えることができるだろう。
だが気になるのは――
「クーの疲労はどうだ?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと加減はしています。さすがに私も、こんなところでへとへとにはなりません」
そう言って笑みを浮かべた。
クーのマッサージは気持ちがいいが、クーへの疲労がかなり溜まるらしいからな。宿でマッサージをしたときなどは、疲れてそのまま寝てしまったことが何度もある。
クーの腕を取り、軽く押し込み筋肉の状態を確かめた。確かに疲労が蓄積しているようには感じない。
「ね」
「うむ。だがあまり無理はしないでくれ。クーの疲労が原因で万が一のことがあれば、私は自分を許せなくなる」
「はい。ありがとうございます。じゃあ私は寝ますね」
「うむ、しっかり疲れを抜くのだぞ」
「はい、おやすみなさい」
たき火の側でクーが横になる。山の夜は夏とはいえかなり冷える。私は弱くなってきていたたき火に薪を入れ、火を強くするのだった。
朝日が昇ると共に、私たちは出発する。
ひたすらに山道を進んでいくが、やはり生き物の気配はない。
スタンピードはフィリモリス王国の中でもかなり深い場所から始まっていたようだ。
そしてさらに半日。とうとう私たちはスタンピードの元凶があったらしき場所に到着した。
「これは……」
「……最悪を引いてしまったようだな」
山肌が激しく焦げ、未だに熱気と共に白煙を上げている。
その跡がずっと麓へと続いていた。
遥か先には、青々と茂っていたはずの森。そこは山火事の跡のように木々が炭化し、生き物の死に絶えた地獄と化している。
溶岩ではない。
強烈な火を纏った何かが移動した跡だ。
「どうしますか? 一応化身級の出現であることは分かりましたが」
「敵を確認する。目視した時点で撤退するぞ」
「分かりました。一応魔法の準備だけしておきますね」
「頼む」
クーが魔宝庫にしまってあった杖を取り出す。
消滅魔法を待機状態にしておけば、急な攻撃や敵の出現にも対処はしやすい。
私たちは山肌を駆け下り、焼けた大地を進んでいく。
森を抜け、平原へと出るとはるか先に町が見えた。いや、そこは町と言うにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。
「くっ」
私は奥歯を噛み締める。
規模はヴェルカエラと同じぐらいだろう。大きな町だ。その至るところから黒煙が上がり、高い建物からは火も見える。
外壁の一部に大きく穴が開き、周囲が激しく焼け焦げていた。
そして何より、時折吹き上がる真っ赤な火柱。
あそこに化身級がいる。
「ミラ! 前に人がいます!」
クーの声にハッと我を取り戻し、指さす先を見る。そこにはあの町からの避難民だろう団体が座り込んでいた。
「お前たち!」
シルバリオンで駆け寄り声をかける。
疲労困憊と言った様子で顔を上げる彼らの瞳に生気はない。よほど恐ろしい目にあったのか――
「町が襲われたのか! 魔物はどんな魔物だ! 逃げ遅れたものはいるのか!?」
「火の巨大な化け物だ。あんなのみたことがない」
そう告げたのは、腰に剣を下げた筋肉質の男。おそらく傭兵だ。
私はシルバリオンから飛び降り、その男へと駆け寄る。
「詳しく聞きたい。何があった」
「昨日の夜だ。南の空がやけに明るくて兵士が確認に行った。んでデカい魔物が来てるって分かったんだ。兵士と傭兵で討伐しようとしたんだが、全員返り討ちにあった。何もできなかった。ただ仲間が焼かれているのを見ているしか……」
その時の光景を思い出してしまったのだろう。男は顔を抱えガタガタと震えだす。
「すぐに避難指示が出た。俺たちも必死に逃げたけど、魔物がすぐにやってきて町が襲われた。防壁もバリスタも大砲も意味が無かった」
「避難はどうなっている!? 全員逃げられたのか!?」
「そんなわけがない。まだ沢山残ってるはずだ……あ、あんたまさか助けに行く気じゃないだろうな! 無理だ! 殺されるだけだ! 止めておけ!」
普通はそう考えるだろうな。私だって命は惜しい。この情報を持って砦へ帰れば、私もクーもルーテ様と面会できて話しをすることもできる。
騎士になれる可能性があるのだ。その前に、こんな危険を冒すことは馬鹿馬鹿しいとさえいえるかもしれない。
だが――
「ミラ! さあ、乗って!」
「クー」
「行くんでしょ? そうでなきゃ、騎士じゃありませんもんね」
「ふっ、そうだな」
クーの手を掴み、シルバリオンへと飛び乗る。
「私は騎士だ。国境なき騎士だ。故に、国は関係ない。目の前に救いを求めるものがいるならば、私たちは先頭に立って応えよう!」
「あんた……なにいって……」
「クー、町に突入する。近づいたらあの穴の回りを消滅させてくれ。道を確保するぞ」
「はい!」
「シルバリオンも頼むぞ!」
首を叩いてやると、強く嘶いた。やる気十分だな。それでこそ、我が騎士団の一員だ!
「では行こうか!」
私たちは、魔物に襲われている町目掛けて、全速力で向かっていった。
tips
フィリモリス王国
メビウス王国の西に位置する王国であり、現在の関係は敵ではないが味方でもないと言ったところ。
国の規模は比較的小さく、メビウス王国の半分ほど。




