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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
三章 騎士と兵士のアイドル
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3-15 原因調査

 さて、騎士団の連中が私のことをどう呼んでいるのかも気になるところだが、取り合えずは目の前の敵だ。

 第三波が到着した。厄介な(うえ)の敵はクーが消してくれたから、後は目の前の敵を掃討するだけだ。


「覇斬!」


 こちらに来た魔物を纏めて吹き飛ばしつつ、私は騎士団たちが乱戦を繰り広げる西門前へと向かう。

 そこに、兄さまたちが戻ってきていた。二人とも、全身が血で真っ赤である。まあ、私と同じで全部返り血なのだろうが。


「フィエル兄さま、ルーカス兄さま、応援に来ました」

「そうか、東はどうなっている?」

「流れてきたものは一度掃討してあります。第三波以降で流れていても、彼らだけで大丈夫でしょう。後半日もすれば、ヴェルカエラからも増援が来るかと」

「それは良いことを聞いたね。警備隊の手前、弱音は吐けなかったけど、意外ときつかったんだ」

「そうなのですか? そういえば、団長が見当たりませんか」


 レオンハルト団長がいれば、第一波第二波共に殲滅が可能だと思ったのだが、当の団長の姿が見えない。


「団長は一人で南を押さえている」

「なるほど、下に流れないようにですか」

「そういうことだ」

「では私はこのままここの殲滅に協力しましょう。規模的に後どのくらい波は来そうですか?」

「第一第二を見ると、四か五までは来るだろう。空の敵がまだイビルホークだけだったのも気になる」

「どちらかで空が主になる波が来そうですね。では魔法隊は温存してもらいましょう」

「そうだな」


 私は外壁の上に視線を向ける。そこではクーがここの砦の指揮官らしき人物と話している。しきりにマントの下を気にしているのは、裸だからだろう。

 魔法隊は外壁の根元に待機しているようだ。時折魔法が放たれ、波の後方を穿っている。


「流石に私が伝えに行くのはまずいでしょうし、ルーカス兄さまに任せます」

「しょうがないね。じゃあ僕はいったん離脱するから、ここは頼んだよ」

「急がないと、殲滅してしまいますよ?」

「ミラベルが言うと、冗談にならないからね。急ぐよ」


 ルーカス兄さまが、戦線から離脱して外壁まで下がっていく。

 抜けた穴に私が収まり、殲滅速度を上昇させた。

 範囲技は周りを巻き込みかねない。正面の騎士がいない方向へは高威力の技を放ち、左右の敵に対しては切り捨てることで対処していく。

 覇衣を使える騎士は、やはり殲滅速度が早い。

 周囲の敵を潰した後は、他の騎士のサポートにも回っている。

 そうやって、騎士どうしの連携を図りつつ、二十分ほど戦い続け私たちは第三波を鎮圧させた。

 第四波はまだ確認できない。少し休憩ができるか――私はまだ大丈夫だが、他の騎士たちの消耗が激しい。

 周囲を見回していても、膝を突いて肩で息をしているものが多い。警備隊に至っては、完全に座り込んでしまっている。

 その分魔法隊は温存できたので、空の敵は楽になるだろうが。


「フェイル兄さま」

「どうした?」

「騎馬隊に偵察をさせたほうがいいかと。四波が来るまでに休憩できるかどうかも調べなくては」

「既に疲労の少ない連中を国境線に送っている」

「そうでしたか」


 さすがフェイル兄さま。団長や隊長の側で学んでいるだけのことはある。私が思いつくことなど、既に実行済みか。


「この惨状では、警備隊の再編成も必要だろう。いったん砦内に戻り、点呼を行うことになると思う。ミラベルも砦に入っていろ」

「分かりました」


 私は兄さまに言われた通り、一足先に砦の中へと戻る。そして、外壁の上に上がり、クーを探す。

 クーは、見張り塔の中にこっそりと気配を消して佇んでいた。


「クー」

「ミラ、お疲れ様です」

「うむ、そちらは大丈夫だったか? 主に服の面でだが」

「何とか守り切りました。この砦の司令官にはだいぶ怪しまれていましたが」

「まあ、こんなところに裸足で立っていればな――とりあえず服を着ようか。私が周囲を見張っておく」

「お願いします」


 クーが魔宝庫から服を取り出し着る間、私は周囲の兵士たちが物陰に来ないか注意して見張る。幸い、誰もがスタンピードの疲労でそれどころではなく、その場に座り込んで動く気配はない。

 そして着替えたクーが物陰から出てきたところで、私は視線を外へと向ける。

 むき出しの岩肌が続く起伏。そこを越えた先は緩やかな下り坂になっており、さらに行けば国境線となっている川が流れているはずだ。

 起伏の上に立てば、隣国までは見えるはずだし、そろそろ兄さまが頼んだ騎馬隊の偵察が戻ってくる頃だろう。


「ミラ、何か見えました?」

「いや、何も。砦の中に入ろう。私も休息は取っておきたい」


 まだまだ体力は残っているが、覇衣を使い続ける影響がどこに出るか分からないからな。休めるときは休んでおかなければ。

 クーを連れて、砦の中へ入る。兵士たちは適当な部屋や歓談室、食堂などでで各々に休息をとっていた。

 私たちは食堂の椅子に腰かけ、魔宝庫から出した飲み物と菓子でカロリーを補充しておく。

 クーは単純に甘いものが食べたかっただけみたいだけどな。


「うーん、なかなか美味しいですね。ヴェルカエラでも人気のお菓子だそうですよ」

「不思議なものだな。外はしっかりと焼けているのに、中はしっとりとしている。だが、生焼けというわけでもない」


 このしっとりとした舌触りが癖になり、ついつい手が進んでしまう。


「お、ここにいたか」


 丁度クッキーを平らげお茶を飲み干した時、食堂から聞いたことのある声が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けると、やはりレオンハルト団長の姿があった。その後ろにはそれぞれの隊の隊長の姿もある。

 私はとっさに立ち上がり、頭を下げた。

 クーはそんな私の様子を見て、団長が来たことに気付いたのか、少し遅れて立ち上がり頭を下げる。


「レオンハルト団長、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「お疲れ。堅苦しいのはいい。今は座って休んでいろ」

「ありがとうございます」


 私たちが席へと座りなおすと、団長は隊長たちに一言二言告げ、食堂に入ってくる。隊長たちは分かれて別のところへと向かった。


「二人がヴェルカエラからの増援だそうだな」

「とりあえずはですが。後ほど、他の増援も到着すると思います」

「だが、第三波までの危機に間に合ってくれたのは二人だ。この国の人間として、騎士団長として感謝する。ありがとう」

「いえ、できることをしたまでです」


 周りの兵士たちは、騎士団長が頭を下げたことに驚いていた。

 だが、こういう団長だからこそ、多くの騎士たちが付いていきたいと思うのだ。たとえ事務仕事が壊滅的でもだ。

 だからこそ、私が目指す理想の騎士団長でもあるのだがな。私も事務仕事は苦手だろうし。


「それで、この後作戦会議を行うのだが、それに二人も参加してもらえないだろうか? 現状、ヴェルカエラからの応援は君たち二人だ。それに、先ほどまでの戦闘での活躍もある。傭兵としての意見も聞いておきたい」

「分かりました。クーもいいか?」

「ミラが良ければ大丈夫ですよ。私はほとんど何も言えないと思いますが」

「では付いてきてくれ。会議はすぐに始まる」


 なるほど、先ほどの隊長たちは先に会議室へと向かったのだな。

 私とクーは立ち上がり、団長と共に会議室へと向かうのだった。


 会議室へと入ると、室内にいた者たちの視線が集中する。騎士たちの間では、私は結構有名なため「ああ、やっぱり来たか」程度の視線だが、警備隊の人たちからすれば「なんだこの女は」と言った感じだろう。

 そんな視線を浴びつつ、部屋の隅に用意された椅子へと腰かける。急遽参加ということで、テーブル側の席は埋まってしまっていたし仕方あるまい。


「全員集まっているようだな」


 レオンハルト団長が前に立つ。先ほど見たこの砦の司令官は、一番上座に座っている。ここは団長に全て任せるようだ。

 一応騎士団長と司令官では騎士団長の方が立場が上だからな。それも当然か。


「まずは二人のことを紹介しておこう。ヴェルカエラからの応援で来てくれた、傭兵のミラベルとクーネルエだ」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「彼女たちの活躍で被害が押さえられたのは、現場にいた者たちなら知っているだろう。今後のこともあり、この会議に参加してもらうことにした」


 団長はこれに対して反対意見は求めていないとばかりに断言し、即座に本題へと入る。


「まず、騎馬隊がスタンピードの偵察から戻ってきている。彼らから報告を聞く」

「ハッ! 我々は、山道を西へと進み国境線付近までの偵察を行いました――」


 騎馬隊からの報告はおおよそ予想通りのものであった。

 スタンピードの痕跡は国境線の先隣国から続いており、広範囲に渡っているとのこと。今のところ、国境線から第四波の影は確認できなかったらしい。

 現在は、警備隊から常に監視用の索敵班を編成し、巡回させているとのことだ。


「と、言うことらしい。即座に第四波が来ることはないと分かったが、予断は許さない。もうしばらくは常に気を引き締めてもらいたい。次に、魔物に関して魔法隊の者で気づいたことがあるらしい。頼むぞ」

「ハッ! 魔法隊所属テオドールと言います! 自分は魔物の分類に特徴があることに気付き、団長に報告させていただきました」


 立ち上がったのは、隊長たちの後ろに控えていた一人の騎士。魔法隊だけあって、他の騎士たちよりも体格は小さいが、騎士団用の鎧を装備している。

 そして手にしている杖の先端は、なぜかモーニングスターになっていた。その針に血の跡があることから、きっと先ほどの戦いでも前線で暴れていたのだろう。

 テオドールが前に出るのに合わせて、団長が指示を出し机の上に地図を広げる。ここからでは地図が見えにくいので、立ち上がってそれを見る。


「これは、ヴェルカエラ一帯と隣国の一部が描かれた地図です。そして、魔物の第一波が生息している地域がここ」


 テオドールが指揮棒で円を描いたのは、山の頂上付近。


「そして二波目の魔物たちが主に生息しているのはここです」


 指揮棒は、山頂付近から中腹へと移動された。

 これはまさか――


「既にお気づきでしょう。そして第三波目の魔物はここら辺に生息する魔物でした」


 指揮棒が差す先は、予想通り山の麓。森へ入る前の岩場だ。

 会議室にいた全員が息を飲む。分かってしまった事実が、場合によっては非常に危険なものだからだ。


「この情報から分かるのは、スタンピードの発生原因は移動しているということ。そして、このまま直線に原因が移動を続けるのだとすれば」


 三つの点の先にあるのは、隣国の森林地帯。そしてヴェルカエラと同規模の町だ。


「拙いですね。国際情勢が荒れかねない」

「そういうことだ」


 騎兵隊長のつぶやきに、団長も頷く。


「だが、俺たちが直面している問題は、スタンピードの原因が移動しているということだ」


 原因の移動。そして発生場所が山頂付近であることを考えれば、発生原因は二つに絞れてくる。

 最悪な方か、まだマシな方か。


「これが噴火などの自然災害が原因ならばまだいい。俺が危惧しているのは、化身級の発生だ」


 化身級か。

 それが最悪な方の考えた方だ。

 魔物には本来クラス分けがされていない。それは、魔物と戦うことは常に命がけであり、そこに数値化などというものを持ち込むのは無意味な行為だからだ。

 だが化身級だけは違う。

 彼らは存在そのものが災害と同等なのだ。ただ、移動するだけで嵐を呼び込み、地面を砕き、火災を起こす。

 故に災害の化身。

 もし、このスタンピードの原因が化身級の発生によるものならば、スタンピード自体がただの前座となる。

 移動経路上にある町は災害に飲み込まれ、至る処でスタンピードが発生するだろう。

 これに対処する方法はない。人はただ、災害から逃げるように避難し通り過ぎるのを待つしかないのだ。


「化身級が隣に出現しているのだとすれば、町を襲った後の進路が読めなくなる。もしメビウス王国に来るようであれば、すぐにでも避難指示を出さなければならない。そこで、隣国内へと赴き化身級の存在を確認したいのだが――」


 騎士団や警備隊が勝手に国境を越えれば、その時点で侵略行為と見なされない。

 他国からの攻撃の要因になるようなことを、軍人が迂闊にするわけにはいかない――か。

 そしてここには、幸いなことに軍人でない者が二人だけいる。

 団長が私たちを呼んだ本当の理由が分かったな。


「ミラベル、そしてクーネルエ。二人に化身級の確認をお願いしたい。これはメビウス王国から傭兵への正式な依頼だと思ってもらって構わない」

「ミラ……」


 クーがそっと私の手を握る。その顔は不安そうだ。

 当然か。相手は化身級。側に近づくのは、嵐に自ら飛び込んでいくようなものだ。

 だが、今ここで動けるのは私たちしかいないのも事実。

 私はクーの手をしっかりと握り返す。


「クー、大丈夫か?」

「本音を言えばすごく怖いです」

「うむ」

「けど私たちは傭兵団です。その名前は国境なき騎士団」


 クーが言った名前に、この場にいた全員がぎょっとする。まあ、騎士団を勝手に名乗っている傭兵団だからな。

 だがそれは、私たちの覚悟の表れでもあるのだ。


「今、この名前の意味が一番しっくりくる時なんじゃないでしょうか?」

「そうだな。ではいいんだな?」

「はい、もう大丈夫です。ミラと二人なら、なんだってできますから」


 クーの震えは止まっていた。

 ならば国境なき騎士団の代表として答えを出そう。


「レオンハルト団長、私たち国境なき騎士団がその任務を受け覆う。化身級の調査、完遂させて見せよう」

「二人の勇気に敬意を表する」


   ◇


「え、女性二人が化身級の調査に?」


 側付きが持ってきた情報を聞き、ルーテは思わずそのまま聞き返してしまった。


「はい。スタンピードの原因が化身級の可能性を考え、今この砦で唯一他国への入国が容易な傭兵である二人組に白羽の矢が立ったそうです」

「そのような人たちなのかしら?」

「かなりの実力者だそうです。一人は強力な固有魔法で一番厄介な魔物を一撃で倒したとか。もう一人に至っては、ルーテ様も知る人物かと」

「誰?」

「ミラベル・ナイトロード様です」

「ナイトロード家の――なるほど」


 その名を聞いて、ルーテは二カ月前に呼んだ報告書を思い出した。

 違法奴隷を扱う商人を壊滅させた傭兵。騎士を目指すと公言している、変わった女性。

 まさか、こんなところに来ているとは思わなかった。

 同時に、好奇心が疼く。


「その二人と会える時間はあるかしら?」

「お会いになるので!?」


 一国の姫が、一介の傭兵と会うことなど異例中の異例だ。

 だが、ルーテはすでに決めていた。


「この国のために命を懸けてくださるのです。すれ違える程度の時間でいいので、王家として感謝を伝えたいと思いました。ただ、時間が無いようなら無理はしないようにと」

「承りました。伝えてまいります」


 時間がないならそれでいい。これだけのことをしたのだ。会う機会は後からいくらでも作れる。

 ただ、ルーテは無性にその二人組に会いたかった。

 ただ一言「ありがとう」と伝えるために。

 

tips

化身級

災害と同規模の被害を出す魔物。もはや魔物として狩ることは不可能と言われている。

過去、化身級が通った国では例外なく大規模な被害が出ており、最悪の場合国が滅んでいる。

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