3-14 騎士の背中
砦へと向かって山道を進んでいくと、対面から掛けてくる影を見つけた。
注意深く見てみれば、それは魔物だ。
「クー、魔物だ」
「まさか、砦が落ちた!?」
「いや、数が少ない。おそらく討ち損ねだろう。急ぎたいが、放置もできん」
岩場ならば隠れるところも少なく、討伐もやりやすいが、まだここは岩場に入る前の林道だ。こんなところで一度見失えば、どこに潜んでいるのか分からなくなってしまう。最悪、後から来る者たちに奇襲をかけかねない。
剣を抜き、体を右へと乗り出す。
「ハッ!」
すれ違いざま、私の剣が魔物を切り裂く。
シルバリオンを止め、振り返って見れば魔物は血を流しながらその場で倒れ込んでいた。この状態ならば大丈夫だろう。
「ミラ、まだ来ます」
「チッ、だいぶ流れてきているな。全てを倒しながら行くのは無理そうだ」
「何体か倒してあれば、後から来る人達も警戒してくれるでしょう」
「そうだな」
全て倒すのは諦め、私たちは目に付いた魔物だけを倒していく。
流れてきているのは、比較的小型か素早いものが多いようで、その分力が弱く倒しやすい。
シルバリオンから降りる必要もなく、順調に倒していくとやがて林道を抜け、本格的な岩場へと突入する。
そこから見えた砦は、多くの魔物に囲まれながらも奮戦しているようだ。兵士たちの声が僅かながら聞こえてくる。
「まだ大丈夫そうだな」
「けど急ぎましょう。犠牲は少ない方がいいです」
「その通りだ」
手綱を振ってシルバリオンの速度を上げる。
斜面で疲労が大きいかもしれないが、頑張ってくれ。
首を撫でてやると、任せろと言わんばかりにシルバリオンの速度が上がる。さすが私たちが見込んだ馬なだけのことはあるな。
砦へと近づいてくると、よりはっきりと戦闘音が聞こえてくる。
時折、大きな爆発音が聞こえるのは、砦からの砲撃と、騎士団の連中だろう。覇衣を使える連中は、派手な技が好きだからな。
まあ、それも後ろに勇気を与えるには有効な手なので、特に何も言うことはないが。と言うよりも、ナイトロード流の覇斬がその中でも飛び抜けて派手なのだが……
「クー!」
「なんですか!」
「砦に付いたら、一旦中に入って責任者に応援が来ていることを伝えてくれ。その後は、外壁の上から支援攻撃を頼む。遠いところにいる魔物を纏めて消し飛ばせ」
「分かりました。ミラは突撃ですか?」
「それしか能が無いのでな」
砦が見えてきた。ヴェルカエラ北砦には西門と東門がある。ヴェルカエラから続く道は東門に通じており、西門からは国境線へと続いている。
当然東側に来たわけだが、そこはすでに魔物で埋め尽くされていた。
門の前には砦の警備隊だろう兵士たちが隊列を組んで押し寄せてくる魔物に対抗している。まだ門は抜かれていないが、かなり厳しそうだな。
外壁の上からも援護はしているようだが、砲弾ではスタンピードに対する有効打にはなりえないか。
「とりあえず門へと道を開く。クーはそのまま駆け抜けろ」
「分かりました。手綱変わります」
手綱をクーへと渡し、シルバリオンから飛び降りる。
地面を削るようにブレーキを掛けながら、覇衣を纏う。
「ナイトロード流衝覇術、波打!」
剣に乗せた覇衣を、地面へと走らせる。
波打つようにうねる覇衣の衝撃が、門の前に集まっていた魔物たちの足元を掬い転倒させた。
団長の衝覇は、全身から覇衣を放ち敵を吹き飛ばす技だが、ナイトロード流の衝覇は地面を走らせ相手の足元を奪う技だ。防御のためでなく、相手の隙を作るために使うのが、なんともナイトロード流らしくて私は好きだな。
兵士たちは突然浮き上がり転倒する魔物たちに驚くが、その隙を突いて多少なりとも数を減らしていく。
そんな中にクーがシルバリオンを駆って突入する。
「な、何者だ!」
「ヴェルカエラからの応援です! こちらの状況を伝えるので、中に入れてください!」
「応援が来てくれたのか! 門を開けろ! 少しだけでいい!」
兵士の声で、閉じられていた門に馬一頭が通れる隙間ができる。
クーがその中へと駆け込んだ直後、再び門は閉じられた。
さて、クー責任者との話を終える前に、多少は片づけておこうか。
だが、挟み討つ形になっていても、私の技だと門まで届きかねないな。下手すると味方の兵士まで技に巻き込んでしまいそうだ。
やはり騎士ならば、味方は背中にいてもらわなくては。
「駆け抜ける!」
クーが通った道。魔物たちが体勢を立て直している最中のそこへ駆け込み、私は適当に厄介そうなものを優先して間引きつつ門へと向かう。
到着したころには、騎士の制服が真っ赤になってしまった。
まあ、魔物を殺して赤く染まるのならいいか。クリーニング代ぐらいは、国が出してくれると嬉しいが。
「君も応援か」
「うむ。ただ私と先ほどの馬に乗った少女は先行してきている。本体の到着はもうしばらくかかるはずだ」
私とクーは完全に他の連中を出し抜いてきているからな。おそらくヴェルカエラでは傭兵たちの部隊を結成して、そろそろ出発しているころだろう。
騎士団や警備隊ならもう少し早く動いているかもしれないが、それでも徒歩での移動ならばここまで半日以上は掛かる。
「そんな……それまで耐えろっていうのかよ」
「まあそうだな」
大量の魔物に、兵士たちの士気はだいぶ下がっているな。見たところ騎士がいないようだが、ここにはルーテ様の護衛用に何割か来ていたはずだ。西か?
「騎士たちはどこにいる?」
「西門を守っている。あっちの方はすでに第二波が合流してかなり乱戦になっているらしい。今こっちにいる魔物は、そのあまりだ」
あまりでこの量。その事実が、兵士たちの士気を下げているのだろう。騎士たちが応援に来れないのも、その拍車をかけているのかもしれない。
確かに西側では激しい音が鳴り続いているし、時々黒い点が空へと舞っている。あれはたぶん打ち上げられた魔物だな。
まあ、向こうには兄さまたちや団長もいるのだ。突破されることはないだろう。むしろ、こっちの方と波から逸れて山を下りている魔物の方が問題か。
山を降りているのはどうしようもないが、とりあえず目の前の魔物を掃討するとしようか。
「ではこちらの魔物は私が担当するとしよう。私の前に出るなよ。怪我では済まないぞ?」
「あんた何言って――ひっ!?」
大量の魔物を前に、昂る気持ちを覇衣に乗せる。どうやら近くにいた兵士は、その威圧感に充てられてしまったようだ。
「あ、あんた……なにもんだ?」
「私はミラベル・ナイトロード。騎士を目指すものさ。ナイトロード流剣殺術、覇斬!」
振りぬかれた覇衣の刃は、大量の魔物を屠りながら台地を爆発させるのだった。
◇
突然東側で起こった爆発に、ルーカスは意識を少しだけ向ける。
しかし、目の前の魔物は的確に急所を突いて殺した。
さらに飛び掛かってきた魔物の一体を蹴り飛ばしつつ、二歩後退すれば背中に軽く衝撃が来る。
フェイルだ。
「兄さん、今のは?」
「分からん。だが、確認にも行けん。そろそろ三波が来るぞ」
「掃討が間に合ってないんだけどなぁ。もう少しゆっくりしてほしいよ」
しゃべりながらも、二人は襲い掛かってくる魔物たちを羽虫のごとく蹴散らしていく。その周りでも、覇衣を使った攻撃や、オリジナル武器で暴れる騎士たちが全身を真っ赤に染めながら魔物たちと戦っている。
時折、遠くで聞こえる爆発音は、魔法隊の連中だろう。
「団長は?」
「南へ流れるのを一人で止めてらっしゃる。山を下られると、川沿いの村が危険だからな」
「もう! 伝令はどこ行っちゃったかな!?」
本来ならば、全体を見て指揮しなければならないはずの騎士団長ではあるのだが、今はその実力を使わないまま置いておける状況ではない。
というよりも、騎士たちが戦っている姿に感化され飛び出して行ってしまったが正しいが。
だが、実際南の防衛も必用なため、部下たちも強くは言えなかった。
レオンハルトでなければ、第一波第二波のおこぼれとはいえ、大量の魔物を一人で対処することなど不可能だからだ。
「誰か動けないかな?」
「周りを見てみろ、無理に決まっている。泣き言言っていないで、目の前の敵に集中しろ」
「はいはい!」
再び別れ、魔物たちを掃討していく。
次々に補充される魔物。終わりの見えない戦いは、騎士たちと言えど疲労と焦りを溜め込ませていっていた。
そんな時に限って、拙いこととは重なるものである。
誰かが叫ぶ。
「第三波だ!」
西の斜面に見える黒い波。それは、スタンピードの第三波だった。
さらに、その上空には巨大な魔物の影。悠々と大空を羽ばたくその姿は、まるで竜を思わせる。
フィエルはその姿を見て、苛立ったように舌打ちした。
「面倒なやつが流れてきたな」
「あれって、お隣さんの火山帯にしかいない魔物だよね?」
大空を飛んできた魔物の名は、イビルホーク。大型化した鷹の魔物だ。
巨大で鋭利な爪と、鋭い嘴。さらに、羽から分裂した両腕が生え、知能も上昇している。
上空から獲物を狙い、一気に急降下して捕まえた後は、上空へと戻りその四肢を使って相手の四肢を固定し、生きたまま内臓を喰らう危険な魔物だ。
捕食中に零れた血が、雨のように空から降ってくるその様から、レイニーデビルとも呼ばれていた。
そしてこの魔物は、メビウス王国内の環境では発生しないとされている。
「つまり、そこから来てるってことだ。スタンピードの発生原因は隣の国で間違いないな。面倒なことだ」
発生原因を叩かなければ、スタンピードの早期収束は望めない。その上、再発の可能性も高い。
しかし、隣国となれば騎士団は国境を越えることができず、指をくわえて眺めていることしかできないのだ。
「あいつの相手は俺がしよう。空を気にしながらではまともに戦えん」
「分かった。その間抜けた穴は僕が埋めるよ」
「頼んだぞ」
第三波から先行して飛んできたイビルホークに向かって、フィエルが飛び掛かろうとした直前、砦の外壁から眩い光が放たれた。
「魔法隊か?」
「あの光、もしかして」
まばゆい光は真っ直ぐにイビルホークへと迫り、その光の触れた瞬間イビルホークの体が粒子状の粒となり消滅していく。
「なんだ……あの魔法は」
「やっぱりあれ、ミラベルの側にいた子の魔法だよ」
「ミラベルの側、あのマントの傭兵か」
「そうそう。魔法使いだって言ってたし、ミラベルの覇断を防いだのもあの魔法だ」
「凄まじいな……しかし、その傭兵が来ているということは――」
「来てるんだろうねぇ」
そして少し前に東であった爆発を思い出す。
あれがミラベルのやったことだとすれば、東側に流れた魔物などすぐに殲滅し終えるだろう。
その後の行動で考えられるのはただ一つ。
と、砦の北側から西に向けて赤黒く太い刃が振り下ろされた。
真っ直ぐに魔物たちの死体が並び、その中を一人の女性が悠然と歩いてくる。
向かっていった魔物たちは、近づく前に両断され、逃げる魔物は背中から血を噴き出す。
魔物にとって、そこは地獄であった。
そして、砦の上から可愛らしい女性の声が響く。
「ミラ! 空のは消しました! 第三波がもうすぐ到着しますよ!」
「そうか。では、第三波は一匹たりとも後ろに逃すことが無いようにしようか。なあ、騎士のみんな!」
「「「「「お前は、|ミラベル・ナイトロード《ナイトロードのバカ娘》!?」」」」」
「お前たち、後でゆっくり話し合おうな?」
魔物に向けられていたミラベルの殺気が自分たちに向けられ、その場にいた騎士たち全員が震えあがるのだった。
◇
東門。ミラベルの去ったそこには静寂が訪れていた。
残っているのは、むせ返るような血の匂いと、帯びたたしい数の魔物の死骸だけ。
兵士たちはその光景が、まるで夢だったのかと思わずにはいられなかった。
何人かの兵士は自らの頬を抓り、他の兵士も目を擦る。
僅か十分程度の時間に、突然現れた少女が魔物を殲滅してしまった。
「騎士を目指していると言っていたか」
唯一、ミラベルと直接言葉を交わした兵士が、呆然とつぶやっく。
「これが、騎士を目指す実力か」
騎士の戦い。話には聞いていたが、直接見る機会はこれまで一度もなかった。今回も、東の防衛に回されたため、直接騎士が剣を振る姿は見ていない。
だが、先ほどの少女の戦いを見れば、嫌でも騎士の凄さが分かった。
自分たちの先頭に立つ存在。その強さを。
「かっこいいな」
彼女の姿を思い出す。
まだ小さい、自分の胸ほどの身長しかないはずの少女は、銀髪を風になびかせ、純白の騎士の様な制服を着て、私たちを背にして堂々と立っていた。
その背中は、まるで親の背中のように大きく見えた。
守られている。それだけで、折れそうになっていた心が繋ぎ止められた。
だから思う。
「騎士になれると良いな」
騎士志望の少女。その夢が叶うことを祈って、兵士は少女が進んでいった西へと顔を向けるのだった。
tips
ナイトロードのバカ娘
騎士になることを夢見た少女のことを示す言葉。主に騎士団内で使われており、侮蔑よりも愛称に近い印象で使われている。
真っ直ぐな心で剣を振るう姿が可愛らしく、ファンは多いが大半のファンはその少女に模擬戦で叩きのめされている。




