3-13 スタンピード
「第三部に参加してくれたみんな! 今日はありがとう! これで第三部の舞台は終わりになるけど、私は色々なところで歌わせてもらってるから、きっとまた会えるよね!」
「「「「「おぉぉぉおおおおお!!!!!」」」」」
「いい返事だね! じゃあ、いつも私たちのために戦ってくれているみんな! また会おうね!」
ルーテが客席に向かって大きく手を振る中、舞台の両サイドから幕が閉じていく。
最後、姿が完全に消えるまで、ルーテは客席に向かって手を振り続けた。
そして完全に部隊の幕が閉じると、振っていた腕を静かに下ろす。
舞台袖に視線を向けると、控えていた魔法使いが頷く。観客席全体に声が届くよう使われていた拡声の魔法を解除したということだ。それを確認して、大きく息を吐いた。
「ほぅ、みなさんご苦労様でした。あと残すところは最終公演の一回です。最後まで気を抜かず、ミスなく行きましょう」
客席側から拍手が聞こえてくる。それに混じって、スタッフたちもそれぞれに拍手を送る。
ルーテも同じように感謝の意味も込めて拍手を送り、舞台を降りた。
側付きたちがルーテの汗を拭い、衣装の上からマントを羽織らせる。
「お疲れさまでした。控室にお菓子をご用意してあります」
「ありがと。今回は調子がいいわ。いつもより声が乗ってる感じがするの」
「そうですね。袖から見ていても、ルーテ様が楽しそうなご様子が良く分かりました」
「第四部も頑張りましょう。その為にも、ちゃんと体力を回復させておかないとね」
アップテンポな曲が多いルーテの舞台は、非常に体力を消耗する。公演が一つ終われば、クタクタになるしお腹もすく。
控室に戻ってくれば、既に飲み物とお菓子が並べられていた。
それを手に取り、お腹へと入れる。
落ち着いたところで衣装を脱ぎ、濡れタオルで汗を拭ってもらう。さっぱりしたところで部屋着へと着替え、席に着いた。
そこにちょうど昼食が運ばれてくる。
「お待たせいたしました」
「ふふ、もうお腹ペコペコ。美味しそうね」
今日の昼食は、ヴェルカエラの名物料理である。外国から入ってくる多種多様な香辛料や野菜を使った魚料理は、メビエラでは食べることのできない一品である。
砦での料理なので、王城で食べるような豪華なコースではないが、この一品だけでもここに来た甲斐があったと思わせるものである。
柔らかく蒸された魚の身を解し、口へと運ぶ。
ふんわりとした淡泊な魚に香辛料の風味とうま味が重なり、口の中でハーモニーを奏でる。
「美味しいわ」
「ありがとうございます。料理人にも伝えておきます」
第四部の開始は十四の鐘から。あと二の鐘もあるためゆっくりと食事を勧めていく。
側付きたちも、交代で昼食を取り始める中、砦の外が俄かに騒がしくなり始めた。
「どうかしたのでしょうか?」
窓の外を覗こうとしたとき、残っていた側付きの二人がさりげなくルーテの進路を妨害する。
初日のことで、既に学習されていた。
ルーテは苦笑しつつ確認するのを諦め、料理を食べながら外からの報告を待つ。
そしてちょうど食べ終わろうかというころ、扉がノックされ返事をするまでもなく慌てた様子の側付きが全員戻ってきた。
その様子に、ルーテはただ事では何ことを察する。
「何が起きたのですか?」
「スタンピードです。多種の魔物や動物の群れが国境を越えてこちらに流れ込んできているとのこと」
スタンピードと聞いて、ルーテは大声を上げそうになり、それをグッとこらえる。
この世界においてスタンピードが意味するところは一つしかない。
それは魔物の集団暴走である。
大量の魔物が何らかの原因で大移動を起こし、その道中にある全てのものを飲み込む現象。
一度発生すれば、収まるまでに大きな被害をもたらす危険なものだ。
深呼吸を一つして、戻ってきた側付きたちに尋ねる。
「状況と私たちの行動予定は?」
「現在砦の兵士と護衛騎士たちが撃退と防衛の準備に当たっています。ただ、間の悪いことにちょうど巡回の間に第一波が来たためか、発見が遅れたとのことです。すでにその波が近くまで来ており、脱出はかえって危険とのこと。応援要請はすでに砦を出ているとのことなので、砦内にて守りを固めヴェルカエラからの応援を待つそうです」
「分かりました。幸い、私たちの護衛に付いてきている騎士たちがいます。彼らが守ってくれるのだから、問題はないでしょう」
ルーテが断言すると、側付きたちがホッとしたように胸をなでおろす。
「私たちは彼らの邪魔にならないよう、一か所に集まって指示に従いますよ」
ルーテは自身の中にある不安を押し殺し、彼女たちの安心させるように柔らかく笑みを浮かべるのだった。
◇
同時刻、砦の外では騎士と警備隊の兵士たちが集合し、迎撃準備を進めていた。
騎士団側の指揮をするのは当然団長であるレオンハルト、兵士隊側は砦の責任者である警備隊隊長のビルエストだ。
「団長、騎士団の配備完了しました」
「ビルエスト隊長、西側の配備が遅れております。装備の配達が間に合っていないようで」
「急がせろ。魔物は待ってくれない。配達だけの問題なら、装備出来てない連中に直接運ばせろ。ルーテ様の舞台を見たんだ、元気がないなんてことは言わせんぞ」
「了解!」
スタンピードと聞いても、騎士も兵士も士気が落ちることはなかった。
騎士はともかくとして、本来ならば間近に迫ってくる死の恐怖に、兵士たちの士気が落ち十分な力を発揮できないものだ。それを維持、上昇させることが指揮官の役目なのだが、その役目は現在砦の中で待機しているルーテの存在によって不要となってしまっていた。
要は、ルーテを守りたくてしかたない兵士たちの士気が一時的にかなり高揚しているのだ。特に、先ほどまで舞台を見ていた者たちなどは「俺たちが守る」と言って真っ先に装備を着込み砦の外へと出てきたぐらいである。
今まで見たこともないほどの士気の高さに、ルーテのファンの一人であるビルエストも飽きれるぐらいであった。
そして、急がせた結果、予定通りに整列が完了した。
レオンハルトとビルエストは、砦の外壁へと昇り兵士たちの見える位置に立つ。
「騎士の諸君!」
「兵士の諸君!」
「「これより、スタンピードの鎮圧を開始する!」」
「「「「「おぉぉぉおおおおおお!」」」」」
「我々の目標は、この砦を守り抜き、一匹たりとも魔物をヴェルカエラへ近づかせないことだ! すでにヴェルカエラへは伝令を送り、残りの騎士ならびに警備兵と傭兵に協力要請を出している。我々は彼らが到着するまでここを守り、到着と同時に反撃に出る!」
「当然諸君は分かっていると思うが、現在この砦にはルーテ第二王女様が滞在しておられる! ルーテ様は私たちを信じて砦に待機することを承知してくださった! 我々はルーテ様の期待に応える義務がある! そして何より、またあの方の歌を聞きたいだろう! ならば生き残れ! 砦を守り、生き残り、スタンピードを鎮圧する! 簡単なことだ! たった三つを成せばいい! 兵士たちよ剣を掲げよ!」
「騎士たちよ! 剣を掲げよ!」
「「我らの後ろには守るべき者たちがいる! 守るべき者たちのために、我々は勝つぞ!」」
「「「「「おぉぉぉおおおおお!!!!!!!」」」」」
二人の指揮官によって士気は最高へと高められている。
そして、二人の視界の先に薄っすらと影が見え始めた。魔物たちの群れである。
真っ直ぐにこちらへと向かってくるそれを見て、お互いにうなずき合った。
「魔物が来るぞ! 警備隊総員反転! 前進準備! 日ごろの訓練の成果、とくと見せてみよ!」
「騎士団! 突撃開始! 先頭に立ち、その背で示せ! この国の最前線に誰がいるのかということを!」
二人の指揮により、それぞれが動き出す。
兵士たちはその場で隊列を組み、魔物たちが来るのを待つ。対して騎士たちは、砦に到着するまでに一匹でも多く殺すべく突撃を開始した。
そんな騎士たちの中でも先頭集団に、フェイルとルーカス、ナイトロード家の兄弟の姿もあった。
「ルーカス、あまり無茶はするなよ。無様な姿は後ろの士気に影響する」
「兄さんこそ、カウンター主体の流派なんだからもたもたしていると、周りの皆に全部持っていかれるよ?」
「ふっ、甘く見るな! 刃走!」
剣が振るわれ、魔物の一体が足を切断され倒れる。その真後ろにいた魔物が躓き、ドミノ倒しのように周囲を巻き込み始めた。
「覇斬は使えないが、これぐらいは私でもできる」
「流石兄さん。じゃあこっちも行こうか!」
まだ満足に覇衣を展開できないルーカスは、体内強化に全てを回し、他の騎士たちよりも一足早く魔物の中へと突っ込んでいった。
そして突き出される剣は、一撃ごとに確実に一体魔物の命を刈り取っていく。
ルーカスとてナイトロードの血筋なのだ。覇衣こそまだ十全に使えないが、その実力は確かなものである。
確突殺――ルーカスの剣技につけられた名だ。
「僕の一撃からは逃げられないよ!」
それに続くよう、他の騎士たちも魔物の中へと飛び込み、次々に殺していく。
大量の血が舞い、周囲に濃く臭いを立ち込めさせる。
返り血に白い鎧を赤く染めながら、騎士たちの終わりのない戦いが始まった。
◇
午前中をヴェルカエラの散策に費やした私とクーは、気分をリフレッシュさせ明日は依頼でも受けようかとギルドを訪れていた。
「こんにちは。ミラベル様、クーネルエ様」
「こんにちは」
「うむ、こんにちはだ。明日は依頼を受けようと思ってな」
「受けてくれるんですね。ありがとうございます。最近魔物が増えて、討伐が追い付いていなかったんですよ」
なんでも、ここ数カ月魔物が急激に増えてきていたらしい。どうやら国境の向こう側から流れてきているものが多いらしく、傭兵の中には確認のために国境を渡った者たちも何人かいたとか。
彼らによれば、隣国で大きな変化はないが、魔物の活動が活発になっているということだ。
ただ、人を襲うために動いているというよりも、移動のために縄張りから出てきたといった雰囲気なのだとか。これが、スタンピードの前兆なのではないかとギルドにも報告があった。
警戒したギルドは、なるべく魔物を討伐する方向で大量の依頼を傭兵たちに配っているところだということだった。
「スタンピードは厄介だからな。元凶は不明なのも問題だ」
「そうですね。餌の枯渇、自然災害、まさか災害指定獣なんてことはないと思いますけど」
「あれは騎士も死を覚悟して挑まなければならない相手だからな。まあ、そんなものが出ていれば、隣国からも情報があるはずだ。そこまで心配する必要もないだろう」
「それもそうですね」
「それよりも依頼だ。何を討伐すればいい?」
「そうですね、前回と同難易度かもう少し上げても大丈夫ですか?」
「うむ、問題ない」
前回のオガートスもある程度余裕をもって討伐することができた。収集依頼だったため、倒し方を限定されてしまったが、ただ倒すだけならばクーの消滅魔法は無類の強さを発揮する。まあ、討伐証明が消えてしまうので、私が先に切り落とす必要はあるのだが。
「ではアルマジロックをお願いできますか?」
「あいつか」
その名を聞いて、私は眉をしかめる。
アルマジロック。アルマジロの魔物だが、その体表が岩で覆われており、転がりだすと何かにぶつかるまで止まらなくなる面倒な奴だ。
巨体で転がるから、木造の家程度は粉砕して通過する。岩場の多い場所で発生する魔物なので、村への被害報告は少ないが、村まで降りてきてしまうと本当に厄介な存在となる。
草原なんかに来てしまった日には、止める方法が無くてひたすら馬で並走することになるかなら。奴は騎士泣かせだよ。
「了解した。ではその依頼を――」
受けよう。そう言おうとした瞬間、ダンッと勢いよく受付奥の扉が開かれた。
あまりの音の大きさに、ギルド内は一瞬静まり返り視線が集中する。
そこにいたのは一人の受付嬢。受付嬢は緊張した表情で、大きく息を吸い込み声を張り上げた。
「緊急依頼! ヴェルカエラ北砦にてスタンピードを確認! 進路は国境から砦を抜けてヴェルカエラへと向かっている模様! 警備隊から正式に応援要請が出ています! 現在ヴェルカエラにいる全傭兵に依頼が強制受理されました! 討伐に義務はありませんが、相応の報酬が約束されます! スタンピードはヴェルカエラの危機でもあります! 傭兵の皆様の協力をよろしくお願いします!」
「ミラベル様、どうしますか?」
その表情には分かり切っていますがと書いてある。
「悪いがアルマジロックの受注は無しだ。スタンピードを放っておく騎士はいない! クー、行くぞ!」
「はい!」
「行ってらっしゃいませ。お二人のご武運、祈っております」
私たちはギルドを飛び出し、門へと向かう。
門を越えた広場には商人たちがスタンピードの情報を聞きつけ、緊急的に避難してきている。そのせいで、門付近まで馬車と人でごった返していた。
あれでは門の外に出るのも一苦労だな。警備隊が必死に馬車を整列させようとしているが、いかんせん人が多すぎて動けないでいる。
「ミラ、どうやって抜けますか?」
「むろん上を行く。クー、私につかまれ」
「はい」
クーを抱き寄せ、覇衣を纏う。
脚力を強化し、一番近くにいた馬車の上へと駆けあがった。
「おい! あんた何してんだ!」
「許せ、緊急事態だ!」
馬車から馬車へ。私は石を飛び移るように門へと向かって移動していく。
その間に、彼らへの注意も付け加える。
「間も無くここに傭兵の集団が来る! 砦への応援だ! 道を開けとかねば、邪魔な馬車は破壊されかねないぞ!」
「なっ、マジか!」
「どうだかな」
私は含み笑いを加えて、曖昧に返事をしておく。
実際に傭兵が馬車を破壊することなどないだろう。だが、その危険性があると考えた商人たちならば、通れる程度には道を開けておいてくれるはずだ。
そのまま馬車の上を飛び継ぎ、門まで到着した。
クーを降ろすと、警備隊の人が駆け寄ってくる。
「助かった。こちらの指示ではまともに動けなくてな」
「仕方あるまい。だが傭兵たちが来るのも事実だ。警備隊や騎士団からの増援もここを通るはずだ。なるべく道は維持しておいてくれ」
「ああ、協力感謝する」
門を出て、シルバリオンを馬屋の主から受け取ると、ヴェルカエラ北砦に向かって全速力で走らせるのだった。
tips
スタンピード
魔物の大移動であり、非常に危険な現象。
発生原因はさまざまであり、その原因を取り除くか、移動している魔物の大半を駆除することでようやく終息する。
収束までに数百から数千の犠牲者が出ることもあり、最悪の場合は国家の運営にさえ影響する。




