3-11 傭兵ギルド、ヴェルカエラ支部
通常の出現率とは明らかに異なる魔物の襲撃に対処しつつ、七日掛けて私たちは目的の町であるヴェルカエラへと到着した。
ルーテ様を伴った騎士たちも、あと半日もすればこの町に到着するだろう。
ルーテ様の宿泊する宿やその周辺は警備隊によって既に固められていて私たちが近づくことはできない。今回の先行殲滅型護衛の感想を聞きたいところだが、まあ傭兵である私たちがルーテ様に会うことなど不可能だろうし、私たちのやるべきことをさっさと済ませてしまおう。
「とりあえずギルドだな」
「はい」
ルーテ様の視察による警戒強化中で、馬を町中に連れて入れることはできなくなっていたため、シルバリオンを町の入り口にある馬屋に預け徒歩でギルドへと向かう。
ヴェルカエラはメビウス王国の西に位置し、町の西側をヴェルン山脈から流れてきた大河が通っている。そこが隣国との国境となっているため、人や貿易品で賑わう大きな町だ。
傭兵ギルドは町の北側、北門のすぐ近くにあった。
大きな支部だ。トエラの本部やオーロスの支部と同じぐらいの大きさがある。
中に入ると、視線が集中した。
女性の二人組だ。目立たない方がおかしいというもの。今更この程度の視線で驚くつもりもない。
「随分と大きな支部だな。依頼も多そうだ」
掲示板にも大量の張り紙があり、今も依頼を選んでいる傭兵たちがたむろしていた。
「人が集まれば、依頼も増えますからね。それに、ヴェルン山脈には強い魔物も多いです。傭兵というよりも、狩人の面でヴェルカエラは稼ぎやすい場所なんですよ」
「なるほど」
本部のトエラ、新人からベテランまで何でも来いのオーロスエラ、そしてベテラン揃いのヴェルカエラというわけか。
確かに、ギルドにいる傭兵たちもどこか雰囲気が違うものが多い。命の危機を乗り越え、一皮むけた連中ばかりだな。興味深そうにこちらを見ている視線の中には、私の実力に気付いているものもいるようだ。
私たちは真っ直ぐに受付へと向かう。
「こんにちは。傭兵ギルドヴェルカエラ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼で荷物を届けに来た。依頼書はこちらだ」
「失礼します」
トエラで受けた依頼の内容を受付嬢に渡す。
受付嬢はそれを確認し、小さく頷いた。
「確認しました。ヴェルカエラ支部のミレーユにトエラのルレア様から小包の配達ですね。ミレーユでしたら今おりますので、ただいまお呼びします」
「よろしく頼む」
受付嬢が離籍している間に、クーが魔宝庫の中から小包を取り出す。
両手に乗るぐらいの小さなものだ。中に何が入っているかは聞いていないが、重さはほとんど無い。
ちなみにこの依頼、私たちがヴェルカエラに移動するための理由に、わざわざルレアが作ってくれたものだ。なんでも、定期的にミレーユという人物に贈り物をしているのだとか。それを今回は私たちに任せてくれた。
依頼料は荷物便とほぼ同じ。急ぐ必要もないとのことだったので、まさにうってつけというわけだな。
「何が入っているのだろうな」
「重さ的には服とか小物とかでしょうか?」
「定期的に送ると言っていたし、薬ではないか?」
「それだと時間は結構シビアになる気がします」
「確かに」
中身をあれこれ予想していると、先ほどの受付嬢がもう一人を伴って戻ってきた。
その顔に、私たちは目を丸くして驚く。
「お待たせいたしました。こちらがミレーユになります」
「初めまして。ヴェルカエラ支部受付のミレーユと申します。ルレアから荷物があるとお聞きしたのですが」
ギルドの制服を身にまとったミレーユの顔は、ルレアにそっくりだった。
「あ、はい。これがその小包です」
「ああ、いつもの奴ですね。はい、確かに受け取りました」
「ミレーユ、中身の確認は大丈夫?」
「ええ、壊れる物でもないしね。依頼は完了でいいわ」
「分かったわ。では受け取りも確認できましたので、依頼の完了手続きに当たらせていただきます」
「うむ、頼む」
カウンターの中へと戻った受付嬢が完了手続きを行う中、私は気になっていることを尋ねる。
「ミレーユ殿はルレアとどのような関係で? 特に姉妹がいるとは聞いたことが無かったのだが」
ルレアはトエラ出身であり、町から出たことはほとんど無いという。ギルドの職員寮で一人暮らしをしているそうだが、姉妹がいるような話は聞いたことが無かった。
「私はルレアの従妹なんです。母が姉妹なんですよ」
「そうだったのか。それにしてはそっくりで驚いた」
「トエラから来た人は皆さん驚きますね。なんでルレアちゃんがここに!?って」
クスクスと笑うミレーユは本当にルレアそっくりだ。従妹なのにここまで似るのも不思議なものだ。よほど母方の血が強いのか?
「お二人のことも、時々送られてくる手紙によく書いてありますよ。とても優秀な方たちだと」
「知らないところで褒められていると、なんだか恥ずかしいですね」
「何を言う。騎士ならば、どこでも褒められるようにならなければな」
「う、そうですね。慣れないと!」
オーッと気合を入れている横で、ミレーユが問いかけてきた。
「お二人はこの後すぐにトエラへ?」
「いや、ルーテ様の視察が一週間ほどのはずだ。それを待って、帰りも騎士に先んじて魔物を殲滅しながら帰る予定だ」
「ではその間に依頼でも受けますか? 一週間待機ももったいないでしょう。ヴェルカエラには強い魔物も多いですし、依頼料も結構いい値段になりますから」
ふむ、それもいいな。シルバリオンの購入で、チームの金庫がほぼ空だ。ここまでの遠征も依頼料が出るとはいえ、移動費だけで消えてしまっている。ここらでしっかりと稼ぐとしよう。
「では依頼を適当に見繕ってもらえるだろうか? 強さの上限は特に気にしないが、トエラでも受けられる程度の弱さは除いてもらいたい」
「分かりました。ではヴェルカエラ支部にいる間、私が担当受付としてお二人の依頼の斡旋を行いますね」
「よろしく頼む。今日は、今から宿を探すので、明日の朝依頼を見させてもらいたい」
「分かりました。それまでに用意しておきますね」
「お待たせいたしました。依頼の完了報告が終了しました。こちらが報酬になります」
「うむ、確かに。ではミレーユまた明日」
「明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
受付嬢から依頼報酬を受け取り、二人に見送られながらギルドを後にする。
そしてミレーユに聞いておいたおすすめの宿へと向かった。
ミレーユおすすめの宿で、久しぶりの風呂にゆっくりと浸かり、旅と戦闘の疲れを落とした翌日。
私たちは予定通り朝からギルドを訪れていた。
早朝のギルドは、どこの町でも依頼を受ける傭兵たちで混雑する。
何となくその支部に所属している傭兵たちに気を使い、喫茶スペースで買った飲み物を手に、彼らが掃けるのを待つ。
声をかけられたのは、そんな時だった。
「なあ、あんたら他の支部から来たんだろ?」
声を掛けてきたのは、二メートルを超える大男。ガタイも大きく、いかにもパワー系の印象を受ける。だが、それ以上にインパクトがあるのは服装だった。
ズボンをサスペンダーで止めているのは良い。問題は上に何も着ていないこと。サスペンダーで上手いこと乳首を隠した男に、私たちは内心で変態と名付ける。
男はにやにやした笑みを浮かべながら、私たちの答えを待っているようだ。
クーと軽く目くばせして、私が答える。
「うむ、トエラから来た。一週間ほどこちらにいるつもりだ」
「そうか。もう依頼は受けたのか?」
「いや、所属している傭兵が優先だと思ってな」
「ハハハ、気にする必要なんかねぇさ。ここじゃ、依頼の取り合いなんてもんは起きないからな」
「そうなのか?」
トエラやオーロスでは、割のいい依頼から早い者勝ちで持っていかれてしまう。朝でも遅い方に来ようものなら、大半のめぼしい依頼は誰かに受けられてしまい、面倒くさい依頼や、報酬の少ない依頼しか残っていないのが普通だ。
「ヴェルン山脈に魔物が多いのは周知の事実だしな。その素材が欲しくて、学者や職人が毎日大量の依頼を出している。そいつらのおかげで、俺たちは自由に依頼を選ぶことができるわけだ。ま、どいつも強い魔物だから、弱けりゃ殺されちまうけどな。ま、お前らなら大丈夫だろ」
「ほう、なぜそう思った?」
私は唇を釣り上げるように笑みを浮かべ、尋ねる。
「見りゃ分かるさ。あんたらの実力は、この中でも飛び抜けてる。特にあんたはこのギルドの中でもトップクラスだと睨んだね」
「おいおい、それは聞き捨てならねぇな」
変態の発言に待ったをかける男が現れた。
こちらも変態に負けず劣らずの大男だ。と、いうか背中に背負う巨大な斬馬刀と黒髪黒目に無精ひげ、そして特徴的な袴と呼ばれるイルースの伝統衣装。この男の特徴は一人の人物に全て当てはまる。
「ヴァルガスの旦那か。今日はずいぶんゆっくりなんだな」
やはりヴァルガス。ギルドの制限解放者。クローヴィスと同じ、ギルド最上位の一人だ。
「昨日飲み過ぎたからな。ま、迎え酒でもう治ったがな!」
「かか、相変わらずだねぇ」
「んでだ、そこの嬢ちゃんがトップクラスだって?」
「おうよ、俺の目は確かだぜ」
「ふむ」
ヴァルガスが私に顔を近づけてくる。
迎え酒をしているだけあって、その息は、というか体臭からして酒臭い。
「なるほどなぁ。確かに強え。けど発展途上だな。もっと強くなる。どうだ、軽く手合わせしてみねぇか?」
「ふむ、興味深いが制限解放者は制限があるだろう。一度クローヴィスと試合をして指導を受けているのでな」
「なんだ、あのガキともヤッたのか。ギルドから指導受けてんじゃ仕方ねぇな」
ギルドからの指導は累積式だ。三点で一カ月の受注禁止と評価低下が発生する。
評価低下はまだしも、受注禁止はその日暮らしの多い傭兵には痛恨のダメージになるからな。
ヴァルガスも、それを聞いてすぐに諦めてくれた。
「強者と戦って強くなるタイプだと思ったが残念だ。ま、ヴェルン山脈には強い魔物も多い。最近増えてるって話も聞くし、訓練にはちょうどいいだろ」
「ああ、この後も依頼を受けるつもりだ」
「そうか、んじゃ頑張れよ。俺は頭が痛くなってきたから、また飲んでくるわ」
「ヴァルガスの旦那、ほどほどにな」
変態が苦笑して見送る中、私たちも受付が空いてきたので顔を出すことにする。
ミレーユは、私たちの顔を見ると、すぐに一枚の依頼書を取り出した。
「おはようございます。いいの探しておきましたよ」
「ほう、どんな依頼だ?」
「ここから北、ヴェルン山脈にある王国の砦近くなんですが、最近そこでオガトースが確認されています。内容はオガートスの甲羅を採取です。依頼主からは傷が少ないほど追加で報酬を出すと聞いてます。いかがでしょうか?」
「ふむ、オガートスか」
「初めて聞く魔物です。ミラ、知っていますか?」
「うむ」
オガートス、確かヴェルン山脈周辺に生息するリクガメの魔物だったはずだ。
巨大化と共に特殊な変容を遂げ、二足歩行をしているとか。その顔が豚の魔物であるオーガに似ていることから、オーガトータス、オガートスと名付けられたとか。
亀の硬い甲羅はもちろん、手足は硬い筋肉で覆われており、それをさらに魔力で強化している。
剣は通りにくく、魔法で倒すのが定石だな。ただ、今回の依頼は甲羅の確保だから、クーの固有魔法は使えないな。
「大変そうですね。けど、やりがいはありそうです」
「うむ、ルーテ様の視察は今日砦だったはずだ。それもあるのだろう?」
「ええ、派手に倒せばルーテ様のお耳にも入るかもしれませんしね」
「ではこの依頼を受けよう。期間はどうなっている?」
「三日です」
まあ、発見されている場所は分かっているのだし、ここから砦なら日帰りも可能なはずだ。
三日あれば十分だろう。
「ではクー、行こうか」
「はい、頑張りましょう!」
「ご活躍、期待しております」
ルレアとそっくりの顔に見送られると、なんだかトエラで依頼を受けたようで無駄な緊張をせずに済むな。
さ、頑張ろうか!
tips
ルレアの小包
中身は服。トエラで流行している服を、定期的にヴェルカエラにいる従妹に送っている。代わりに、外国から入ってきた服を送ってもらっている。




