3-8 兄妹喧嘩
私とクーはシルバリオンから降りて兄さまたちの前に立つ。
「お二人ともお元気そうで」
「まあ、大きな問題もほとんどないのが騎士団だからね。ミラベルは随分と活躍しているみたいじゃないか。噂は聞いているよ」
「恥ずかしい噂も多いですがね。何とか傭兵として名を上げさせてもらっています。こっちは傭兵で私のチームに所属しているクーネルエだ」
「初めまして、クーネルエと申します。ミラベルさんにはいつもお世話になっております」
クーが頭を下げると、ルーカス兄さまは「いやいや」と笑顔で手を振る。
「こっちこそ、ミラベルがお世話になっているみたいだしね。無茶苦茶な子だし、付いていくの大変でしょ」
「そんな。私のほうこそミラベルさんには色々と教えてもらって、感謝してもしきれないぐらいなんです」
「迷惑かけてないならちょっと安心かな?」
「私も一端の傭兵なのだ。屋敷にいたころとは違うのだぞ?」
「噂を聞いていると、あんまり変わってなさそうだけどね」
まあ、ティエリスがホームにいるから私生活はほとんど変わっていないかもしれないが……
だが傭兵としてならば一人前のはずだ!
まずはルーカス兄さまと、辺り障りのない話題から始める。
兄さまたちがなぜこんなところに来たのか。おおよその予想は付く。
昨日、町に到着する直前に私たちのところまで騎士団の偵察班らしきものたちが来ていた。偵察班の偵察範囲は知っていたので、それよりも外側で殲滅を行っていたのだが、おそらく騎士団長辺りが探索範囲を広げるように指示を出したのだろう。あの人は、妙なところで直感が働くからな。
そして、私の姿を確認して真意を確かめに来たというところか?
「それで、兄さまたちはなぜこんなところに? ここには現役の騎士が必要な場面はありませんよ?」
「いやいや、あるでしょ。むしろ現役の騎士でも対処できないような問題が」
「ほう、それは大変だ。なんなら協力しましょうか?」
「二人ともいい加減にしろ」
ルーカス兄さまと小さな火花をパチパチと飛ばしあっていると、フィエル兄さまの声によって火花を両断されてしまった。
フェイル兄さまも変わっていないようだな。
「ミラベル、なぜ騎士の邪魔をする」
「邪魔などしておりませんが」
「くっ」
フィエル兄さまが歯を噛み締める。
確かに私たちは騎士の邪魔をしていない。むしろ、手伝っていると言っても過言ではない。
なにせ、彼らの進行方向にある危険を未然に取り除いているのだから。
まあ、このことを知った騎士からすれば私たちに守られているようで屈辱的かもしれないがな。
「いつまでこんなことをするつもりだ。お前が騎士になれないことは、分かっているだろう」
「分かりませんね。なぜ騎士になれないのか。その理由がただ性別だけであるのならば、何の意味もないことです」
「意味はある。女性は守られるべき存在だ。前に立ち、脅威と戦う必要はない」
「父さまと同じようなことを言うのですね。では私も父さまに言ったことと同じことを返しましょう。私は私よりも弱い者たちに守られるつもりはありません」
「ミラベル!」
「頭ごなしに押さえ込もうとするのならば、私はその手を振り除けましょう。父さまが反対するというのなら、父さますら逆らえない存在に認めてもらいましょう!」
「言って止まらぬというのなら、力ずくにでも止めて見せる! 私がお前より強ければ、お前の理屈は通らない!」
「ならば倒して押し通る!」
フィエル兄さまが剣を抜き、私も柄に手を掛ける。
兄さまの構えは防御主体。カウンターの一撃で敵を静めるナイトロード流の中でも珍しい型だ。
今まで模擬戦で戦ったときは、私が兄さまの防御の上から力業で叩き潰していた。
だが――
「強くなっている」
構えは同じ。だが、以前のように上から叩き潰せるような感覚は感じない。
それに肌を刺すようなピリピリとした感覚。これは体内で覇衣を発動する準備ができている証拠。
「フィエル兄さまは覇衣を習得されたのですね」
「時間は掛かった。だが、もう一方的に劣ることはない!」
発動される覇衣。赤黒いオーラがフィエル兄さまの周りへとあふれ出し、収束するように肌へと密着していく。
兄さまの覇衣は、鎧としての面が強いのか。だが剣まで完全に覆っているところを見ると、ただ防御のためとも思えない。
私も覇衣を発動させ、身と剣に纏わせる。一部を脚力の強化と身体能力の上昇に使い、一撃目の準備を終えた。
一陣の風が吹き抜け、草原の草が大きく凪ぐ。
「ナイトロード流抜剣術、風切!」
「ナイトロード流防撃術、刃乗!」
抜剣と共に放たれた覇衣の刃が兄さまに迫り、同時に兄さまの技を繰り出す。
飛ばされた覇衣を自らの剣に乗せ、全身を使った動きで風切の進路を百八十度反転させた。
さらに、自らの剣の覇衣を風切に乗せることで、私の放ったものよりも強力な刃がこちらへと戻ってくる。
私はステップで返された風切を躱しつつ、兄さまへと向けて駆け出す。
兄さまの技がカウンターなのは分かっている。だがここでいつまでも突っ立っているのは無意味だ。
私たちは騎士団の出発よりも先に行かなければならない。時間をただ浪費するのは兄さまの思うつぼだろう。
「刃走!」
「流打!」
迫りながら飛ばした刃走は受け流され、さらに小石サイズの覇衣が鳩尾目掛けて飛んでくる。
ナイトロード流の防御技には全て攻撃技までがセットになっている。
受けとめ反射し、威力を増す。受け流しながら小技でけん制する。それは戦場でどのような状態からでも敵を倒すために生まれた流派なのだから当然だろう。
お互いの刃が届くところまで接近した。
走り込んだ勢いのまま大きく横なぎに剣を振るう。
兄さまはその場で剣を立て、私の攻撃を受け止めた。
お互いの覇衣がぶつかり合い、周囲に激しい衝撃とオーラをまき散らす。
「なるほど、硬い。容易くは抜けそうにありませんね」
「二度と抜かせない。その為に鍛えた剣だ」
バックステップで距離を取り、刃走を飛ばすがそれはやはり受け流されカウンターアタックが来る。
だが小石程度の覇衣ならば、一点に固めた私の覇衣は抜けない。
左腕で攻撃を受け止め、そのまま握りつぶす。
すると兄さまは悔しそうに歯を噛み締める。
「あの技で大半の騎士は落ちるのだがな」
「並の騎士と一緒にしないでいただきたい。私はナイトロード流の騎士です」
「違う。ミラベルは騎士ではない!」
「否! 私は騎士だ! この心に騎士の矜持が咲く限り、私は騎士としてあり続ける!」
さらに距離を取り、剣に覇衣を巻き付けていく。
濃密な覇衣の量に、赤黒かったオーラがどす黒く変色する。
「覇斬か。今までのようにはいかんぞ」
同様に、兄さまも剣に覇衣を巻き付け始めた。
お互いの剣が黒く染まり、さらにその刀身を伸ばしていく。
高々と頭上に掲げた剣は、天にまで伸びるのではないかと思わんばかりに覇衣を吹き出し、下段に構える兄さまの剣は、私の覇斬を受け止めるためにその厚みを増していく。
そして――
「ナイトロード流剣殺術! 覇斬!」
「ナイトロード流破剣術! 咢!」
振り下ろした剣と兄さまの剣が衝突した瞬間、強烈な閃光と衝撃に私の視界は奪われた。
◇
ミラベルとフィエルが覇衣を纏う。それを見て、これは止めるのは無理だなぁとのんきに考えていたのはルーカスである。
彼は、ミラベルの近くでおろおろとする少女クーネルエに目を付け、ちょいちょいと二人から離れた位置に呼び寄せた。
クーネルエはシルバリオンを伴ってルーカスの元へとやってくる。
「えっと、あのなんでしょうか? もしかして私たちも戦わないといけなかったりしますか?」
怯えるように尋ねてくるクーネルエに、ルーカスは「いやいや」と苦笑した。
「あの二人の側にいると、巻き込まれたとき大変だからね。避難しただけだよ。僕は戦うつもりはないから安心して」
「ほぉ、良かったです。私対人戦はまだ苦手で」
ホッと息を吐いたクーネルエの胸が大きく揺れる。それを見た瞬間、ルーカスは小さく唾を飲み込んだ。
年はミラベルと同じぐらい。だが、その発育の良さは段違いだ。
今まであってきた令嬢たちにも発育の良い子たちは大勢いたが、その中でもトップクラスだろう。
さらにクーネルエの髪や肌を近くで見たことで気づく。
清潔すぎる。
傭兵ならば汚れていて当然。脂やフケなど珍しくもないし、手入れなどされていない肌は日焼けや戦いの跡でボロボロなもの。だが、クーネルエの肌は染みの一つもなく、その髪は光沢が浮かぶほどに綺麗だった。
連日消滅魔法で魔物を消しているのだから、クーネルエやミラベルからしてみれば当然のことだったが、騎士団に所属し水浴びをする機会もなく汚れた男たちと共に歩いてきたルーカスからしてみれば、それは間違いなく衝撃的なことだった。
「なら二人の決着がつくまでお話しでもしない? 傭兵の時のミラベルとか、君のこととかも知りたいな」
「あ、はい。私もミラの子供のころのお話とか聞きたいです」
クーネルエも嬉しそうに魔宝庫からお茶とお菓子を取り出す。
視線の端では戦いが始まり、お互いが激しく切り結んでいた。その余波は風となってクーネルエの前髪を揺らすが、少女がそれを気にする様子はない。
ルーカスはクーネルエへの評価を改めた。
ただミラベルに付いてきているだけの傭兵かと思ったが、存外肝が据わっている。
二人の戦いは、ぶつかり合うたびに覇衣が飛び散り、周囲の地形を少しずつ削っていた。その光景を見ながら、クーネルエが尋ねてくる。
「ルーカス様も覇衣が使えるのですか?」
「うーん、一応使えるけど、まだまだ二人みたいな使い方はできないね。せいぜい身体強化ぐらいで、物理現象に昇華させるほどの力はまだ出せない」
ルーカスもナイトロードの直系だ。当然剣の才能はあり、覇衣の訓練も積んでいる。
だが、ルーカスの覇衣はまだ弱く、フィエルやミラベルのように赤黒いオーラを出せるほどのものではない。せいぜいが体内を循環させ、身体能力の強化を行うのがやっとだった。
「だから、あの二人の間に入ったら一瞬で消されちゃうだろうね」
「お二人とも凄いんですね」
「ミラベルは間違いなく天才だし、兄さんも努力でいえばミラベル以上にしているからね」
ミラベルが天賦の才を持っているとすれば、フィエルは努力の才を持っているとルーカスは思っていた。
朝から晩までの訓練。それは当然であり、さらに日常のいかなる時であっても、フィエルは覇衣を体内で循環させ操作の訓練を行っていた。
最近では寝ている間すら自然と覇衣を使っているほどである。
才能がある人間ですら、そこまでやらなければ使いこなすことができないのが覇衣だ。それを直感のみで使えているミラベルこそが異常なのである。
クーネルエの質問に答えたことで、なんとなく次はフィエルが質問する雰囲気となった。そこでフィエルは少し探りを入れることにする。
「クーネルエさんはどうしてミラベルと一緒に行動してるの? ミラベルが騎士になりたいってことは知ってるんでしょ?」
クーネルエがただミラベルに付いているだけではないことは分かった。だがならばなおさらミラベルに付いている理由が分からない。
あの戦闘を見ても平然としているのだから、実力はあるはずだ。しかし実力がある傭兵ならば、騎士を目指しいずれ引退する可能性のあるミラベルとチームを組むことは、将来的にはマイナスになる。
富か権力か、はたまたミラベルを騙して何かをさせようとしているのか。
騎士とはいえ、貴族社会に浸かっているルーカスは、常に心のどこかで他人の悪意に対して警戒していた。だがクーネルエからは、予想だにしていなかった答えが返ってくる。
「私も騎士になりたいんです」
「え?」
「ミラと一緒に騎士になろうって約束したんです。まあ、ミラみたいに崇高な理由じゃなくて、もっと俗物的なものなんですけどね。あ! 今の私の実力じゃ、騎士になれないことは分かってますよ! だから今もミラベルに騎士になるための訓練を受けてるんです。だから将来的には騎士団の魔法隊に入れたらいいなって」
ルーカスが驚いたのを、自分の実力のなさからだと勘違いしたクーネルエが慌てて言い訳するが、ルーカスの耳にはそんなものは入ってきていなかった。
まさか、ミラベル以外にも女性で騎士団に入りたいと思うような人がいるとは考えてもいなかったのだ。
ミラベルの周りだからおかしな人が集まってきたのか、それとも傭兵の女性の中には実はもっと騎士団に入りたいと思っている人たちがいるのではないか。そんな疑問に、ルーカスは質問を重ねる。
「騎士団に入ってどうしたいの?」
「対抗魔術繊維の服が欲しいんです。どんな魔法にも耐えられる百パーセント対抗魔術繊維製の服が」
「それは傭兵でも買えるんじゃ?」
「鎧やマントならたぶん買えると思います。ただ、服や下着となると、職人さんが作ってくれないんじゃないかってミラが。ただ、騎士団からの発注なら、受けてくれるかもしれないって」
その理由を聞き、確かにそうかもしれないとルーカスも考える。
対抗魔術繊維を扱える職人は貴重だ。騎士団経由で何度かその職人に会ったことがあるが、誰もが自身の腕と技にプライドを持っていた。
そこに女性ものの服や下着を作ってくれと傭兵がやってきても、確かに断られるだろう。
だが騎士団からの正式な依頼ならば? 仕事として必要だと判断してくれれば作ってくれる可能性はある。
「そこまでして、なんで服や下着が?」
「えっと、ちょっと恥ずかしいであまり言いたくないんですが」
頬を染めてもじもじとするクーネルエに、ルーカスはしまったと内心舌打ちする。
下着をなぜ求めるかなど、女性に聞いて恥ずかしがられないわけがない。
「ごめんごめん。デリカシーが無かったね。つまり、理由はどうあれ、確かに騎士にならないと対抗魔術繊維の服は難しいかも」
「はい、なので騎士になりたいんです。こんな理由だとやっぱりダメですかね?」
不安げに見上げてくる瞳に、ルーカスは首を横に振る。
「そんなことないと思うよ。騎士の中にも給料がいいからとか、武器がいいからって希望して入ってくる人はいるしね。要は騎士としてちゃんと仕事をこなすかどうかだから」
現役の騎士の答えを聞いて、クーネルエはホッとしたように息を吐く。
「良かったです。じゃあ、騎士になったらよろしくお願いしますね。先輩」
「ハハハ、女の子から先輩なんて呼ばれるとときめいちゃうな。良かったら近いうちに食事でも?」
「あ、ミラたちが何かするみたいですよ」
割と真面目に口説こうかと思ったところで、クーネルエが戦闘している二人に視線を戻す。
つられてルーカスも二人を見れば、そこには明らかに危険な気配を放つ二人の濃密な覇衣が立ち昇っていた。
「あれは、ちょっとまずくないかな」
「いざとなったら、私がカバーしますから」
逃げたほうがいいかも。そう提案しようとしたときには、クーネルエがルーカスを庇うように前に出て魔法の準備をしていた。
あれだけの気配を前になんとかできると断言する少女の背中に、ルーカスも頬が引きつる。
やはり、この子も普通ではない。
そして二人の刃が交差し、直後光によって視界が埋め尽くされた。
tips
ナイトロード流の起源
初代ナイトロードが戦場で生み出した剣術および覇衣を用いた技。とにかく敵を倒すことを目的としており、全ての技が攻撃へと通じている。
初代の格言は「殲滅こそ最大の防衛」




