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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
三章 騎士と兵士のアイドル
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3-6 帰るまでが買い物です

「それではお世話になりました」

「お父さん、お母さん、元気でね」

「またいつでも遊びに来てね。ネルもいつでも帰ってきなさい。ここはあなたの家なんだから」

「今度は羊の毛刈りを教えてやるからな」

「楽しみにしておきます」


 偽騎士を警備隊に突き出た翌日。私とクーの家族一同は、家の前に集まっていた。

 昨夜は私たちが持って帰ったラガーで大いに盛り上がり、機嫌のよくなったビレス殿によってクーの幼いころの痴態が暴露されるなど、クーにとってはなかなか悲惨な時間だったかもしれないが、私には楽しい時間となった。

 そして一夜明け、私たちはトエラへと帰るため、こうしてクーの家族に別れを告げているのだ。

 もう少しゆっくりしていってもいいのではと言われたが、私たちにはやるべきことがある。

 もともと、馬の購入もそのための準備だしな。それに、家に残してきたトアも寂しがっているだろう。


「それではまた」

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」「また来いよミラ姉ちゃん!」「またなぁ!」


 一家に見送られならが、私たちはファンジェラを後にするのだった。


 行きに半月かかったということは、帰りも半月かかるというわけで――

 行商に頼らなくなった分、身軽にはなったがやはり女の二人旅には問題が付きもの。

 私たちを恰好の獲物と睨んで襲い掛かってくのは、野生の獣ばかりではない。

 ちょうど彼らの様な、人間の獣もいるわけだ。


「これで何回目だ?」

「三回目ですね」


 私もクーもさすがにウンザリしている。ファンジェラを発って十日。トエラの町も近づいてきたというのに、こういう輩は一向に減る気配を見せない。

 まあ、三度目ともなればその理由も大体見当がつくがな。


「やはり、宿場町から情報が洩れているのだろうな」

「潜んでいるのかもしれませんね。これは警備隊に連絡しておかないと」


 襲われるのは、町を出た後ではなく宿場町を出た後。それも、半日程度進んだところで必ずと言っていいほど彼らはやってくる。

 おそらく、宿場町に泊まった者の中で狙いやすい者たちを選んで仲間に伝えている、密偵の様な役割の部下がいるのだろう。


「お前たち、馬から降りて剣を捨てろ!」

「出来ればこちらも抵抗してもらいたくない。大切な商品を傷つけることになるからな」

「だが抵抗するなら容赦はできない。一人でもいいとは言われているからな」


 私たちを囲むように総勢十二名の男たちがゆっくりと移動していく。

 彼らの装備はさほど良いものではない。鈍の剣に皮の鎧、そんなところだろう。だが、多少の訓練は受けているのか、剣を握る姿はマシな者もいる。

 さて、どうしたものか。

 ここで叩きのめすのは簡単だ。だがこの先にも泊まる予定の宿場町が五つほどある。そのうちのどれかで襲われる可能性は高いだろうし、いい加減元を叩いてしまうというのも手か? いや、どうせ本拠地はどこかの町のスラムだろうし、移動ルートになければかえって時間の無駄だな。


「あと五秒待つ。それまでに答えを出せ。一、二――」


 カウントが始まる。五秒では相談もほとんどできないではないか。まあ、それが奴らのやり方なのかもしれないが。


「クー、やるぞ」

「分かりました。準備はできてますよ」

「では行こうか。ハイヤ!」


 私が手綱を強く引くと、シルバリオンが勢いよく蹴り立つ。

 クーは斜めになったその背から滑り降り、着地と同時に無詠唱で準備を進めていた固有魔法(オリジン)を放った。


「エクスティングレーション!」


 無慈悲な光が三人の男たちを纏めて飲み込み、塵すら残さず消滅させた。

 突然仲間が消えた光景に呆然とする男たちの一人に、私は馬上から風切を放ち首を断ち切る。

 さらに馬を駆けさせ、体勢を立て直す前に二人をすれ違いざま斬った。


「残り半分」

「また行きますよ! 虚無へと誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!」


 再び光が放たれ、躱そうとした二人が消滅する。残り四人。

 シルバリオンが円を描くように走り、クーと挟みこむよう外側から男たちを威圧した。


「いい子だ。そのまま頼むぞ」


 私もシルバリオンから飛び降り、着地ざまに敵の位置を確認する。一人は私とクーの間。挟まれて動揺している。もう一人は消滅魔法をどうにかしようとしたのだろう。クーに向かって駆けだした。

 それに反応して、さらに一人が走り出す。だが最後の一人は怯え、その場から逃げ出した。

 あれを逃がすのは後々面倒になるな。

 刃走で逃げる男の足を斬る。腱が切れたのか、その場に倒れ込み立ち上がらない。

 その間に二人の男がクーへと迫る。

 挟まれていた男も、クーを排除して突破することにしたのだろう。結果、三人が一斉にクーに襲い掛かる形となってしまった。

 まだクーに三人同時は厳しいだろう。

 ならば隙を作るか。


「クー! 魔法で服が消えているはずだが大丈夫か!」

「「「えっ!?」」」

「今それを言いますか! 必死に隠しているのに!」


 男たちの意識が、クーの排除からそのマントの下へと向かった。

 それだけあれば十分だ。

 私はさらに別の指示を出す。


「シルバリオン!」


 とたん、クーと男たちの間を巨大な影が横切る。

 私を降ろし、ぐるっと大きく周回しながら様子を窺っていたシルバリオンだ。

 突然の馬影にさすがの彼らも足を止めた。

 それだけの隙があれば、私が追い付く。

 背後まで駆け寄り、一人を背中から貫いた。


「ぐあっ」


 さらに、貫いた男を剣を振ってもう一人へとぶつける。


「しまっ、うわっ」

「ゾロ! ジック!」

「エクスティングレーション!」


 倒れた二人が、クーの魔法によって消滅する。そして残ったのは一人だけとなった。


「さて、まだやるか?」

「くっ、獲物を間違えたか」

「お前たちはいったいどこの組織(ビスト)だ」

組織(ビスト)? 八ッ、俺たちは盗賊だ」

「盗賊? ハハハ、今時そんな連中がここら辺にいるわけがないだろ」


 盗賊や山賊や海賊。その名はめっきり聞かなくなった。

 ここ数十年大きな戦争もなく、酷い飢餓も発生していない。街道は整備され、物流の量は遥かに増え、生活物資は潤っている。

 今時こんな町の近くで盗賊業をやろうものならば、即座に警備隊の餌食となる。

 だから彼らは形を変えた。

 町の中に入り込み、スラムを活動の拠点とする組織に。

 反社会集団「ビスト」

 秩序を理解しない獣同然の存在として名付けられた彼らが、今の盗賊の姿だ。

 ただ、山賊や海賊が完全になくなったわけではない。辺境の戦争跡が色濃く残る地域では、やはり彼らも活動している。

 しかし、今目の前にいるのは、間違いなくどこかの町のビストだろう。


「宿場町に連絡役を忍ばせているのだろう? そして狩りやすい獲物を見つけ準備する。それがお前たちのやり方だ。ただ、実力まで見抜けなかったのは失敗だったな」

「くっ、そこまでバレてんのかよ」

「当然だ。さて、お前一人が生かされている理由は分かるな?」

「喋らねぇぞ。俺たちだってビストの一員だ。仲間は売らねぇ」

「そうか。なら耐えることだな」


 私たちは男をロープで簀巻きにすると、シルバリオンの荷物に簀巻きのロープの端を縛り付ける。


「お、おい。マジでこんなことやる気かよ」


 何をされるのか理解した男が、やや怯えているがもう遅い。しゃべらないのならば、町で警備隊に引き渡すまでだ。それまでの間、せいぜい痛みに耐えると良い。

 シルバリオンに跨り歩き出す。

 すると、縛られた男は地面をずりずりと引きずられ、悲鳴を上げた。

 意識がない時にやると、頭を打って場合によっては死ぬらしいが、意識があるうちはただの拷問だ。

 こいつを運ぶために、私たちがシルバリオンから降りるのも馬鹿らしいし、犯罪者にはこれで十分だろう。

 徐々に小さくなる悲鳴を聞きながら、私たちは今日の目的地である町へと向かってやや急ぐのだった。


 夕方に町へと到着し、男を警備隊に引き渡す。心身ともにボロボロになった男は、これ以上引きずられずに済むことに心底ほっとしている様子だったが、この後に待っているのは苛烈な尋問だぞ?

 まあ、それは私たちの関知するところではないな。これ以降は警備隊の仕事だ。

 その町で一泊、翌朝には予定通り出発し、順調に旅路を消化していく。

 そして三日後、ようやく見慣れた外壁が見えてきた。


「戻ってきたのだな」

「そうですね。ファンジェラも実家ですけど、もうここの風景も実家に感じます」

「紛れもなく、国境なき騎士団の実家さ」


 トエラの街門へと到着した私たちは、まずシルバリオンの入町手続きを行う。

 私たちはギルドカードですぐに入れるが、大きな町では馬の登録も必用なのだ。

 シルバリオンの登録を済ませ、町の中へと入る。そこでクーがクスクスと笑いながら後ろから問いかけてくきた。


「ミラ、仮面は被らなくていいんですか?」

「それはあのお祭り仮面のことか!?」

「ええ、もちろん」

「いらない! あれはもう付ける必要がない!」

「ええぇ、けっこう様になってると思ってたんですけど」


 あの仮面を付けた傭兵が、ミラベル・ナイトロードとして想像以上に有名になってしまった。おかげで、あの仮面を付けると町の人たちに囲まれてしまう始末だ。

 逆に、仮面を付けていなければミラベル・ナイトロードとは気づかれず、普通に町を歩くことができる。

 そもそも、あの仮面は私が強制的に連れ帰られないようにするために使ったものだ。しかも一時しのぎ。今は家も購入し、父さまも簡単には手が出せない状態になっている。

 仮面を付ける理由は、完全に失われているのだ。


「あれを付けるのは注目を集めたい時だけだ。そもそも、騎士が顔を隠して行動することの方がおかしいのだ! やましいことなど何もないのだから、堂々と顔を出すのだ」

「けっこう危ないことはしてきた気がしますけどねぇ」


 騎士を騙したり、表向きは一般の組織に突入したり――確かにそれを考えると、あまり堂々とは……いやいや、そんなことはない! 私は正しいことをしてきた! だからこそ、今あの仮面をつけた傭兵は町の人に受け入れられているのだからな!


「さっさと家に戻るぞ。トアがきっと首を長くして待っているはずだ!」

「あ、ちょっと」


 わざとシルバリオンの歩みを速め、クーのバランスを崩してやる。

 即座に腰へと抱き着いてきたクーの胸の弾力に、私は歯を食いしばるのだった。


   ◇


「ん? 宿場町の警備強化案?」


 警備団の総隊長レットバルトは、部下が持ってきた提案書に首を傾げる。

 レットバルトの記憶では、宿場町が特に荒れているという報告はなく、その周辺も大きな問題は出ていなかったはずである。せいぜいが、ビストどもの起こす小さな問題程度で、それは各町の警備隊が管轄することだ。わざわざ総隊長である自分の元まで提案書を上げる必要すらないことのはずなのだ。

 それがなぜ?

 提案者の所属は、トエラから三日ほどの位置にある中規模の町の警備隊隊長だ。


「何かあったとか聞いているか?」


 レットバルトはとりあえず、この提案書を持ってきた部下に聞いてみることにした。


「なんでも、ビストの構成員を捕まえたらしく、そこから聞き出した情報が少し問題になったみたいです。どうも各宿場町に構成員を潜ませていたらしく、そいつらから襲いやすい商隊や旅人を聞いて襲撃していたみたいで」

「なるほど、そういうことか。よくビストの構成員がしゃべったな」


 ただの獣集団かと思うと、意外と仲間意識が強いのがビストだ。

 仲間を売るぐらいなら舌を噛み切って死ぬ。そんな連中で溢れているせいで、思うように尋問が進まないのである。

 だが、報告のあった町で捕まえたビストは、やけにすんなりと話したと記載されていた。

 詳しく読んでみれば、その構成員は傭兵に手を出した挙句返り討ちにあい、引き回しの容量で馬に引きずられて町まで運ばれてきたのだとか。

 

「これは確かにしゃべっちまうかもな」


 半日以上馬に引きずられる。並の精神で耐えられる所業ではない。

 同乗するつもりはないが、そんなことする相手に喧嘩を売ってしまったことを哀れに思う。


「つまり、宿場町に入り込んでいる連中を見つけ出して、捕まえるなり追い払うなりするべきだってことか。確かに、一つの町に留めるには過ぎた情報だな」


 一つの町でやっているのなら、別の町でも同じことが起こっていると考えるべきだ。

 宿場町での諜報活動。レットバルトは早いうちに潰すべきだと判断した。


「この忙しいタイミングでか。まあ、町の警備隊を派遣させるように指示を出しとくか」

「そうですね。それと、視察ルートにある宿場町の徹底調査を」

「そっちはお前に任せる。好きなように部下を動かせ」

「了解しました」


 部下が敬礼して部屋を出て行く。

 レットバルトは提案書に許可印を押し、取り出した白紙の指令所に宿場町の集中捜索の指示を書き込む。

 そして、各部署への命令書を書き終え筆をおき、窓から空を見上げる。


「しかしなぁ……またあの嬢ちゃんか」


 ビストの構成員逮捕に一躍買った協力者として記入されていた傭兵の名前。

 それはつい最近も見たよく知る名。


「バラナスよぉ。お前の娘はとんでもない逸材だぞ。実力考えりゃ、拒否はできんだろ……」


 友の娘の活躍に、レットバルトは苦渋の滲む友の顔を想像し苦笑するのだった。


tips

ビスト

盗賊、山賊の発展形。個人経営が団体に発展したように、盗賊たちが組織化した姿。

市民に扮した仲間を使い町の中に拠点を持ち、軽犯罪や麻薬取引などで収益を得ている。

盗賊よりも隠蔽に長けているため、逮捕が難しい。

組織内の結束が固いのは、末端をスラムから引き揚げたり、違法奴隷に人間らしい生活をさせているため、助けられたと思い込んでいるから。

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