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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
34/86

2-13 帰宅

 襲撃を終え、ティエリスを含めた三人でホームへと戻ってくると、トアが出迎えてくれた。

 どうやら、ルレアが気を利かせて今日一日を休みにしてくれたらしい。

 ならばちょうどいいと全員で簡単な朝食を終えたのち、二人に改めてティエリスを紹介する。


「クーはすでに知っているが、屋敷にいるとき私の専属メイドをしてくれていたティエリスだ」

「改めましてはじめまして。ティエリスと申します」


 メイドとして完璧な礼に、クーもトアもおどおどとしながら頭を下げる。

 うむ、綺麗なお辞儀というものはそれに慣れない相手にも頭を下げさせてしまう不思議な力があるのだ。メイドたちの間ではこれが出来て一人前という習慣があるとも昔聞いたことがある。

 市などに買い物に行ったときに店主に試し、相手が思わず頭を下げるかどうか試していたのだとか。試される店主も大変だな。


「それでティエリスなのだが、今回の事件により私たちの元に身を寄せたいと言ってきた。もともと私の専属メイドだっただけあって家事などには精通しているし、トアの教育にも手を貸してくれるという話なのだがどうだろうか?」


 私はドレッドノータスへの襲撃前にティエリスと話した内容を二人にも説明する。

 二人の反応は比較的肯定的なものだった。


「うーん、話を聞く限り特に問題ないと思います。今でも結構ルレアさんに負担を掛けてしまっていますし、料理に関しても屋台より安く済みますから」

「私も賛成。いろいろ教えてもらいたい」

「ふむ、では全会一致でティエリスを受け入れるということだ。ティエリス、よろしく頼むぞ。今日からすぐに移るか?」


 一応空室にもベッドやタンスは入れてあるからすぐに暮らし始めることは可能だ。


「いえ、一度戻り旦那様に事情の説明をしてこようと思います。ミラベル様に仕えているとはいえ、旦那様にもいろいろと配慮をいただいておりましたので」

「そうか。ではその間にこちらで日用品の準備はしておこう。着替えと大切なものだけ持ってきてもらえば大丈夫だ」

「分かりました。ご配慮ありがとうございます。一週間以内には戻ってこられると思いますので」

「了解した」


 ティエリスは、朝食の片づけを済ませたのち屋敷へと戻っていった。

 そして、再び三人に戻った私たちは、今日をどうするか相談する。


「とりあえず午前中は仮眠をとりたい。軽く眠って午後は遊びにでも行かないか?」

「いいですね。いつまでも夜型でいるわけにもいきませんし。トアちゃんはどうします?」

「調薬、やってみる。材料がそろったから」

「そうか。火を使う場合は気を付けるんだぞ?」

「ん」


 まあ、ルレアに指導されているし大丈夫だとは思うが、念のため注意だけはしておく。

 そして夜着へと着替えベッドへと入ると、当然のようにクーがその隣に並ぶ。

 トアはすでに隣の部屋で調薬の準備を進めているようで、カサカサと何やら本をめくる音が聞こえてくる。

 静かな部屋で二人並んで天井を見上げていると、クーがふと呟いた。


「ダイアさん、これからどうするんでしょうか?」

「ふむ、どうだろうな。以前から宝石は二の次で基本的には違法奴隷に係わっているものを狙っていたようだし、今後もそれを続けていくのだろう」

「でも限界はありますよね? 騎士団が本気で動いたら」


 今回は騎士団も全力ではなかった。すでにトエラに入っていた数人の騎士が動いていただけである。だからこそダイアや私の襲撃が成功したともいえるだろう。

 だが、今回のことでダイアは本格的に騎士団から狙われることになる可能性は高い。

 今後は今まで以上に活動は難しくなるだろう。


「王都や大きな町から離れれば、活動はしやすくなるだろうが、違法奴隷に関する情報も減るだろうからな。どこかに潜伏してしばらくやり過ごすか、それとも――」


 騎士団と正面から戦うのか。


「私としては対立はしてほしくないのだがな」

「そうですね」


 私たちが騎士団に入団した時、ダイアと対立していると何かとやりにくそうだ。彼女たちの出自を知っているだけに余計にな。

 何とかダイアを騎士団と共存させる方法はないものか。


「ダイアさんが宝石を盗むのって、違法奴隷を狙っていることのカモフラージュだと思うんですけど、同時に資金源の確保だとも思うんですよね。違法奴隷の被害にあった子たちを保護しているって話ですし、それにもお金は必要です。でも、逆に考えれば、資金源さえあればダイアさんも宝石を盗む必要はないんじゃないかなって思うんですよ。今回の一件で、ダイアさんが違法奴隷商を狙っていることは騎士団にも発覚しちゃいましたし」

「ふむ、資金源か」


 難しい問題だ。

 簡単に稼げる方法があるのなら、そもそもダイアだって宝石を盗むことなどしないだろう。相手が違法奴隷商ならばことを大事にはしないだろうし、ダイアが公に指名手配されることはなくなる。

 それに、一度だけ大量の資金を手に入れてもだめだ。ダイアの目的は多くの違法奴隷たちを救うこと。そのためには一度の大金よりも継続的な資金提供が必要になる。

 求めるものは、継続的に安定した量の資金を手に入れること。そんなこと、よほどのパトロンを手に入れるほかに方法はない。


「多くの貴族から反感を買っているのもマイナスだな」


 ダイアは貴族から宝石を盗んでいたことで、違法奴隷とは関係ない一般の貴族からも危険視されている。今更ダイアが襲っていたのは違法奴隷を扱っていた可能性のある貴族だと言っても、そんな証拠はどこにもないだろう。

 それ故に、貴族のパトロンを付けることも絶望的だ。


「ダイアが保護している子供たちが働けるようになれば、少しは変わってくるのだろうが」

「それまでに数年はかかりそうですもんね」

「そうだな」

「と、言うかそもそも私たち、ダイアさんと連絡とる方法ないんですよね」

「むっ」


 そういえば、ダイアの隠れ家も連絡する方法も知らないな。


「出来れば連絡を取る方法ぐらいは知っておきたかったな。ダイアの情報網は侮れないものがある」


 虐げられてきた市民を味方に付けているダイアの情報網は意外と広い。

 ウェーダの奴隷売買を嗅ぎつけたのもその情報網だ。ダイアにとっては奴隷商以外の犯罪者の情報など無意味かもしれないが、騎士を目指す私たちとすれば知っていれば有益な可能性も否定できない。

 これは、何としてもダイアと連絡を取る方法を確保しなければ。


「風見鶏に依頼してみるか?」

「相当高く付きそうですよね……」

「むぅ、少しは自分たちで情報を集めてみるか。情報収集を他者に頼ってばかりなのも問題かもしれない」


 私たちはまだ本格的な情報収集をやったことが無いからな。もし風見鶏などの情報専門傭兵団がすぐに動けない場合や、彼らに頼るまでもないような情報が欲しい時は自分たちで動く必要がある。


「そうですね。じゃあクラスアップしたら、少し情報収集の練習をしましょうか」

「うむ」


 寝返りを打つと、目の前にクーの顔があった。どうやらこちらを見ていたようだ。


「どうしたのだ?」

「いえ、なんだか最近、明日の予定をしっかり立てられて幸せだなって」

「ん? どういうことだ?」

「ミラと会うまでは、明日の予定なんて考える余裕なかったんです。とにかく簡単そうな依頼受けて、成功させることしか考えられませんでした。その日のごはんや宿代を稼ぐのがやっとだったし、場合によってはごはんを抜いて宿を確保する日もありましたから」


 そうか、クーは依頼を失敗する頻度が多かったんだったな。


「だからこんな余裕のある生活が夢みたいで、次目が覚めたらミラもトアちゃんもいなくて、いつもの宿で目を覚ますんじゃないかって不安になっちゃうときもあるんですけどね」


 おかしいですよね、と苦笑するクーの手を胸元に引き寄せ私は両手で包み込む。


「ミラ?」

「大丈夫だ。私もトアもここにいる。ここが紛れもない現実だ。クーの手はとても暖かいぞ? 私の手はどうだ?」

「――はい、とっても暖かいです」

「ならばこれは夢ではない。夢で熱は感じない。不安になったらいつでも言うと良い。こうやって私が熱を感じさせてやろう」

「ミラ、ありがとうございます」


 クーがベッドの中でもぞもぞとこちらに近づいてくる。そして私の手を抱えるように胸元へと引き寄せた。


「なんだかすごく安心しました」

「なら寝よう。午後はトアと遊ぶのだからな」

「はい」


 私たちは互いの暖かさを感じつつ、ゆっくりと瞼を落としていった。


   ◇


 私は用紙を前に、唸っていた。

 今回の事件を上司に提出するための報告書。その内容をどのようにまとめるかである。

 今回私たちに回ってきた任務は、最近多発していた行方不明事件の解決である。これに関しては間違いなく解決できただろう。なにせ計画を立てていた者たちは全員が死亡、実行犯も大半が死亡し、残りも警備隊と協力して逮捕できた。協力者も今は牢屋の中だ。

 この結果だけ見れば、確かに最高の出来だと言えよう。これが本当に騎士の行動で起こった結果ならば――だが。


「ぬぅ」

「ソーマさん、どうしたんですか? さっきから唸ってばっかりですけど」


 お茶を持ってきてくれた部下の一人に尋ねられ、私は曖昧な笑みを浮かべる。


「報告書がなぁ」

「ああ、今回俺たちほとんど働いてないですもんね」


 そうなのだ。協力者の逮捕も、実行部隊の殺害も、その大本も、全て私たちではなく二人の女性によって片づけられてしまった。

 一人は巷で話題になっていた怪盗ダイア。

 そしてもう一人は、我々がここにいる理由でもある副団長のご息女であるミラベル嬢。

 どちらも卓越した技術を持っていることは知っていたが、まさかここまでやらかしてくれるとは……


「完全に二人の後始末に奔走した感じになってしまった。騎士としては不甲斐ないにもほどがある」


 ダイアが協力者の情報を手に入れ、そこに偶然居合わせたミラベル嬢と共に協力者を逮捕。その後、違法奴隷商が擬態していた私設警備団をダイアが襲撃、合わせてミラベル嬢も襲撃、二人で幹部と代表を殺害し、事実上の解体まで追い込む。

 私たちは情報の入手が遅れ協力者を発見できていなかったうえ、周辺を固め逃走する下っ端たちを捕まえることしかしていない。


「こんな報告書を上げてしまっていいものか」


 事実をありのままに書いた報告書は、あまりにも不甲斐なさ過ぎた。


「でも虚偽報告は拙いですよ」

「分かっている」


 もちろんそんなことをするつもりはない。恥の上塗りなどしては、自分の騎士としての矜持が崩壊する。


「せめて手土産でもあればいいのだがな。奴らに爆破されたのが痛かった」


 襲撃後に奴隷商の証拠と横のつながりを拠点から回収することができればよかったのだが、幹部の一人が資料ごと建物を爆破した。おかげで、こちらはここで手打ちとするしかない状況だ。

 違法奴隷商は法を掻い潜るために他の犯罪組織との横のつながりが広い場合が多い。それらの資料はこの国から犯罪組織を根絶するために重要なものなのだが。

 そんなことを思っていると、扉がノックされた。

 騎士団が間借りしている警備隊のこの部屋をノックするのは、警備隊の隊員ぐらいのものだ。


「どうぞ」

「失礼します! ソーマ様、騎士団当ての封書が届いております!」

「封書?」


 副団長からの新たな指示だろうか?

 隊員から封書を受け取りつつ、裏を確かめる。そこに記された印に、私は目を見開いた。


「ダイアからだと!?」


 宝石と舞踏仮面をマントが包むような形で描かれた印は、ダイアが予告状に付けるものと同じものだ。

 即座に封書を解き、中身を確認する。

 先頭には直筆の手紙。後ろの数枚は何かの資料のようだ。

 資料の内容をざっと確認すると、どこかの私設団の名前や商人の名前がちらほらと出てきているのが見える。


「これは……まさか!」


 私の慌てた様子に、部下や手紙を持ってきた警備兵は驚き立ち尽くしていた。


「ああ、すまん。確かに受け取った。感謝する」

「し、失礼します!」


 私が感謝を述べると、警備兵は敬礼して部屋を後にする。そして部下が何事かとたずねてきた。


「少し待て」


 部下に待機を命じ、手紙を読んでいく。


 騎士団の皆さんこんにちわ。

 今回はいろいろと面倒を掛けちゃってごめんなさいね。できることなら騎士団とは正面から戦いたくなかったんだけど、私にも見逃せないものがあるの。

 その代わりと言ってはなんだけど、私には必要のない情報だけど、あなたたちには使えそうな情報が何個かあったから渡しておくわね。これでちょっとは手心を加えてくれたら嬉しいなぁって。

 ま、無理だろうけどね。けど私は捕まるつもりはないの。それがたとえメビウス王国最高の戦力である王国騎士団でもね。

 もし追いかけっこする機会があったら、お互い頑張りましょ。

 涙の怪盗ダイアより愛を込めて――

 

 追伸 この情報は仮面の子にも渡しておくわ。騎士を目指しているって話だし、きっと有効に使ってくれるわよね


 くっ、ふざけた手紙を。

 しかし、奴に不要で私たちには有用な内容だと? この資料がか。となるとやはりこれはドレッドノータスから奪ってきたものか。


「これを読んでみろ」


 部下に手紙を渡し、資料を改めて確認する。

 出てくる団体の名前は、どれも社会的に有名な団体ばかり。だが、それらとドレッドノータスで取引しているものの内容は、麻薬や違法奴隷、偽造貨幣など違法なものばかりだ。

 これはまさに、私が欲していた犯罪組織の横のつながりである。


「くっ、我々を馬鹿にしているのでしょうか」

「馬鹿にしている――とは少し違うような感じもする。ダイアは純粋に弱者の救済しようとしているのだろう。その手段が、我々の様な清廉なものだけではなく、清濁全てを併せのむ方法なだけで」

「ですがそれでは」

「そうだな。弱者の理解は得られるが、力を持つ者からは反発をくらう。到底いつまでも続けられるものではないだろう」


 ダイアのこれまでの動きが、違法奴隷に関する情報を得て動いていたという事実はウェーダからの聞き取りで判明した。だが、だからと言って彼女を見逃す理由にはならない。彼女は貴族の館から金や宝石の窃盗を行っている。それは紛れもない犯罪だからだ。


「大きな犯罪を潰すために小さな犯罪を犯す。それを騎士が国が認めてはいけない。騎士が守るものに大きいも小さいもない。ダイアは必ず捕まえる。そして違法奴隷も、他の犯罪も全て潰す。それを目指さなければ、最初から無理だと諦めていれば決していい国は作れない。分かっているな?」

「もちろんです。まあ、実際には限界があるので、小事の対応は警備隊になってしまうんですがね」

「それを言うな……」


 現実とは何とも歯がゆいものだ……だが我らが大事を徹底的に潰せば、それだけ小事に回せる人手も増える。我らがやることに変わりはない。

 ダイアからの情報は有効に使わせてもらおう。最近国外は安定している。騎士を内側に回すこともできるだろう。団長ならば、この情報を見ればきっとそのように動いてくれる。

 だがその前に問題もある!

 この情報をミラベル嬢も有しているということだ! 急がなければ騎士を目指しているミラベル嬢が名声欲しさに四方に突撃をかます可能性が高い!

 私は報告書にダイアからの情報を書き込むとともに、副団長への手紙を急遽したためるのだった。


tips

メイドのお辞儀 至高のお辞儀は王すら頭を下げると言われている。情熱、思想、理念、頭脳、貴賓、優雅さ、勤勉さ、そして何よりも! 見た目が良くないといけない!

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