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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
31/86

2-10 活動開始

「み、ミラ! どうするんですか!?」


 詰め所を出た後、クーが慌てた様子で尋ねてきた。


「む? どうするとは何をだ?」

「だから、ミラの移動許可が下りちゃうって話です! せっかく住民権を獲得したのに、移動許可が下りたら意味ないじゃないですか!」


 確かにそうだな。囮を使ってソーマを騙し、家を購入して得た住民権は今のところ私を守ってくれている。しかし領主が私の移動許可を騎士団に発行してしまえば、成人しているとはいえまだ十五で家出中の貴族長女である私は親の判断で連れ帰られてしまうだろう。

 だがそれも可能性の話だ。


「ダイアは間違いなく動く。先ほどの話も聞いていたことだし、騎士団がドレッドノータスの幹部捕縛に動く前に殺そうとするだろう。騎士団はそれを止める必要もある。大変だな」

「ダイアさんに任せるということですか? 騎士団を出し抜いて暗殺が成功することを信じると?」


 ダイアの能力から考えて、成功確率はフィフティ・フィフティと言ったとこか。

 彼女の隠密能力はピカイチだ。騎士団でも気づけるものは何人もいないはず。

 だから本気で忍び込んだ彼女を発見するのはおそらく不可能。となれば、ドレッドノータス自体を監視しつつダイアに殺させる隙を作らせないのがベストだろう。

 少ない人手でどこまで守り切れるか。

 ただ、騎士団は守るということに関しては他の追随を許さないプロだ。

 隠密のプロと守ることのプロ。二つのプロが激突するということは、血こそ流れないもののさぞ苛烈な戦いになるだろう。

 そんな苛烈な戦いの中に一石投じたらどうなるか。


「クーよ、私たちの傭兵団の名前はなんだったかな?」

「なんですかいきなり? 国境なき騎士団ですけど」

「そうだな。私たちは自称騎士団だ。そしてその活動目的は騎士団っぽいことをすることにある」

「ええ、上層部へのアピールのためですからね」

「そして目の前には悪党がいる」


 一般市民を誘拐し、違法奴隷として販売することで暴利を得ているものたちがな。


「そういうことですか」


 どうやらクーも私が何をしようとしているのか理解できたようだ。呆れたような苦笑を浮かべている。


「さ、こちらも準備を始めよう。ギルドに該当しそうな依頼が出ていないか確認しなければな。それに、今回の依頼の顛末も伝えねば」

「そういえば今回の警備依頼、失敗になっちゃうんですかね?」

「どうだろうな。依頼未成立か失敗か、雇い主が捕まってしまったからな」


 すでにギルドへ依頼料金は支払われているはずだが、最終日まで警備を行っていないし、何よりダイアの侵入を許してしまっているんだよな。

 ウェーダには隣の敷地だから関係ないなどと言ったが、あの店から侵入されたことは間違いないんだし、一度は捕まえたとはいえ今は逃げられてしまっている。

 まあ、支払いまでにギルドにバレなければ関係ないのだが、ギルドの情報網って馬鹿にできなさそうだしな。


「日割り計算でもいいので払ってくれるとありがたいのですが」

「うむ、一週間近くの依頼料がゼロ、その上依頼失敗扱いでは私たちのクラスアップにも支障が出かねないからな。ルレア達と相談してみなければ」

「そうですね。けど今から行くにはちょっと時間が早くないですか?」

「そういえばまだ八の鐘は鳴っていなかったな。先に朝食にするか」

「はい!」


 すっかり日も上り、町中には普通に人が歩いている。だが八の鐘が鳴っていない以上、ギルドはまだ開いていないだろう。

 昨夜のごたごたで夜食も食べ損ねてしまっているし、休憩がてら補給するとしようか。


   ◇


 隠れ家へと戻ってきた私は、可愛い私のネコちゃんたちに迎えられる。

 皆何かしらの理由で家にいられなくなった子たちだ。


「ただいまぁ」

「お帰り!」

「お疲れ様! 今日も上手くいった!」

「当たり前でしょ! ダイアさんが失敗するわけないし!」

「今回は何人増えるかしらね? お部屋足りるかなぁ」

「それよりも服だよ。新しいの買わないと」

「ごはんは……屋台でいっか。適当に買ってくるよ?」

「お風呂にする? ごはんにする? それとも……」

「中途半端に照れるならやらなきゃいいのに。私を食べる?」

「お風呂にする? シャワーにする? それとも、体拭く?」

「それごはん準備できてないんじゃん! てかうちお風呂もシャワーもないし!」


 なんとも賑やかになったものよねぇ。最初は私一人だったのに、移動しながら助けているうちにどんどん増えてきちゃった。

 今回助けた子たちの中にも何人か私と一緒に来たいって子もいるみたいだし、また増えるのかぁ。

 まとめ役の子が上手く回してくれているから何とかなってるけど、私だけだったら背負いきれなかっただろうなぁ。


「皆ただいま。お仕事はまあまあってところかな。とりあえず疲れたから、まず寝るわ。明日もやらなきゃいけないことあるから、話は全部が終わってから。いつもの約束でしょ? それと今回助けた子たちはまだ別の場所でかくまってるから合流は少し後よ。数人は増える予定だからそのつもりでお願い。後これが今日の収穫ね」


 私はウェーダ宝飾店の金庫から持ち出した宝石と硬貨の詰まった袋をまとめ役の子に渡す。この子がお金の管理をやってくれているので、私は自分で管理したことがほとんどない。


「分かりました。いくらになったかはいつも通りに纏めておきますね」

「そんなの良いんだけどね。みんなのことは信頼してるし」

「信頼していても、はっきりさせるところはさせないと」

「はいはい。じゃあ後よろしく」

「はい、おやすみなさい。さ、みんなもダイアが寝るんだから、静かにね」

『はーいお母さん!』

「誰がお母さんですか!」


 うん、お母さんだと思うよ? 年齢的にはまだまだ女の子なんだけどね。

 みんなのまとめ役やっている間に貫禄出てきたって言うか、この家のことに関しては、私も迂闊に口にできないし。

 階段を上って自分用の部屋へと入る。部屋自体は人数に対して足りていないのだが、わざわざ皆が私のために用意してくれた私室だ。

 ベッドへと倒れこみ、目をつむる。

 今日のことを思い出す。私と戦ったあの女の子たちのこと。

 直接戦ったのはマントの子だけだけど、チラッと見た戦闘は凄まじいものだった。

 私だってあの程度の男たちになら負けるつもりはないが、あそこまで一方的に蹂躙できるかと言えば、おそらく無理だろう。

 特に仮面を付けた少女の戦いは圧巻だった。

 剣の一振りで数人が吹き飛ぶって何よ……強さの次元が違うわ。正直あの子と戦わずに済んだことにホッとしている。

 もし戦っていれば、私が負けていた可能性が高い。

 得意な隠密も、詰め所では完全にばれていた。今じゃもう不意打ちも難しいだろう。


「はぁ、もっと頑張らなきゃ」


 だがあの子が教えてくれた情報には感謝だ。

 騎士団が動くには数日かかる。その間に私はドレッドノータスの拠点を調べて幹部連中を皆殺しにする。

 それが今回被害にあった子たちへの手向けだから。


「私設警備団だし、拠点の場所はすぐに分かるわね。あと用意しなきゃいけないのは」


 指を折りつつ、必要なことを上げていく。

 暗殺対象のリスト化は絶対だ。無関係な人を殺せば、私は私を許せなくなる。

 それから潜入ルートの選定もしないといけない。

 騎士団が周囲を監視する可能性もあるから、その下見も必用かなぁ。

 あと武器の補充。魔法じゃ派手過ぎるし、今のナイフ一本じゃ心もとない。吹き矢が壊されちゃったから、新調しないと。

 それに合わせた針の調整も必用よね。


「ああ! やること多すぎるぅ!」


 片手の指で数え着られなくなった時点で、私は考えるのを放棄した。

 枕を抱きバタバタとベッドの上で暴れていると、コンコンとドアがノックされた。

 そして私の返事を待たずに僅かにドアが開く。


「ダイア、どうかしたの?」

「お母さん」

「お母さんじゃありません!」

「ふふ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたらこんがらがっちゃってね。イチエは何か用事?」

「あの子たちがごはん買ってきたから、もしまだ起きてたら少し摘まむかなって思って。どう?」

「じゃあ少しもらおうかな」

「お邪魔しまーす」


 イチエがドアを開きお盆を手に中へと入ってくる。そこにはまだ湯気を立てる料理が少しずつ並んでいた。

 手近な椅子を引き寄せようとしたので、私はベッドに腰かけながら隣に座るように促す。

 少し恥ずかしがるような仕草を見せつつ、イチエは私の隣に腰かけ、その膝の上にお盆を置いた。

 私はフォークを手に取り、料理の一つを口に運ぶ。


「うん、美味しい。イチエはもう食べたの?」

「まだだよ」

「じゃあ、あーん」

「あ、あーん」


 私が食べ、その後に同じものをイチエに食べさせる。顔を真っ赤にしているイチエがとても可愛い。イチエを食べちゃいたいぐらいだ。

 そして一通りを食べ終え、ふぅと息を吐く。お腹が膨れたら眠気が襲ってきた。これじゃ何も考えられないなぁ。

 ふあーっと一つあくびをすると、イチエが立ち上がりお盆を脇のテーブルに置く。

 そして私の肩を掴み、ベッドへと押し倒し私の上に跨った。


「あら大胆」

「ふふ、こういうのもたまにはいいんじゃないかなって思ったの。だっていつもはダイアがリードしちゃうんだもん」


 うーん、確かにこのアングルはなかなか素晴らしい。私を見下ろしてくるイチエは、まだ子供のはずなのに、その表情には妙な色気がある。

 けど色気ばかりではなく、背伸びしている子供っぽさも感じ、私の背筋にくすぐられる様な刺激が走った。

 やっぱりあの(裸マントの)子とは違うな。見上げるなら、丘が欲しい。

 イチエの顔が近づいてくる。私はその首に手を回し、抱きしめるようにしてイチエを引き寄せた。


「んっ」


 柔らかく触れた感触に、イチエの体がピクリと反応する。うん、やっぱり抑えきれない。

 腕に力を入れ、イチエをベッドへと倒す。そして足を絡めそのまま上をとった。


「ええっ!?」

「ふふ、リードされるのもたまにはいいかなって思ったけど、やっぱりイチエは私のネコちゃんね。頑張ってる姿にゾクゾクしちゃう」


 驚くイチエを手早く脱がし、私もベッドの中で全てを脱ぎ去るのだった。


   ◇


 屋台で朝食をとっている間に、八の鐘が鳴った。

 私たちは腹ごなしを済ませ、ギルドへと向かう。

 相変わらず混みあっているギルドの受付で、私たちはルレア達のいる受付の列に並んだ。回りからの視線が私の仮面に刺さる刺さる。視線が視覚化できていれば、今頃仮面はハリセンボンになっているな。


「どんな依頼を探すんですか?」

「犯人への復讐依頼があればそれがベストだが、犯人捜しや最悪行方不明者の捜索依頼でも大丈夫だろう。証拠は騎士団が押さえているのだし、行方不明者の売買リストなどがあればそこから辿れるという体で突入は可能だ」

「暴れる気満々なんですね」

「うむ。せっかく騎士団っぽい依頼を受けられるのだ。派手に宣伝せねばな」


 そんなことを話しながら待っていると、私たちの順番が回ってきた。


「ミラベル、クーネルエさん、おはようございます」

「ん、おはようございます」

「うむ、おはよう」

「おはようございます」


 軽く挨拶を交わしたところで、早速本題に入ろう。


「依頼に関して少し問題が発生してな、いろいろと確認したいことがある。後で時間を作れないか?」

「分かりました。あと鐘半分ぐらいには落ち着くと思いますので、待っていてもらえますか? とりあえず部屋だけ取っておきますので」

「頼む」

「トアちゃん、203が空いてると思うから、予約表に書いておいて。後部屋に掛け板も忘れずにね」

「ん、分かりました」


 とたたと事務所内を駆け抜け、トアが壁際に掛けられた予約表へと走っていった。

 そしてペンを掴んで予約表を見上げ、次に周囲を見回し始める。

 む、手が予約表に届かないのか? お、台を見つけたな。むぅ、重くて動かないのか。お、だれか近づいていく。

 トアとその男が何やら話すと、トアが両腕を大きく広げた。男はその後ろに回り込み、脇の下に手を入れてトアを持ち上げる。

 男に持ち上げられ手が届くようになったトアが、予約表に記入を始めた。

 その様子を周囲の事務員たちがほほえましそうに見ている。


「完全にアイドル状態です」


 私の視線を追っていたのか、ルレアが苦笑しながら答えた。

 確かにこれはアイドルだな。


「さて、トアちゃんのことは一度置いておいて、概要だけ教えていただけますか?」

「うむ。ウェーダ宝飾店の店主ウェーダが誘拐と違法奴隷の売買ほう助の罪で騎士団に拘束された。罪は証拠を押さえられているためまず間違いない」

「はぁ!?」


 私が掻いつまんで説明すると、ルレアはダンッと机を叩いて立ち上がる。

 ギルドが静寂に包まれ、視線が全てルレアへと集約した。ルレアはすぐに我を取り戻し、恥ずかしそうにそっと着席する。

 そして私に顔を近づけてきた。


「事実なんですね?」

「うむ。なので明日からの警備依頼はキャンセルになるな。その場合の報酬の話や、私たちの依頼評価の話を聞きたい。それと、別に探してほしい依頼がある」

「何でしょう」

「誘拐や復讐関連で依頼があれば欲しい。相手は奴隷商人かドレッドノータスだ」

「ドレッドノータス……施設警備団ですよね――確かウェーダ宝飾店の警備もしてたわね。つまりそういうことですか?」

「うむ」


 理解が早くて助かるな。


「国境なき騎士団として動きたいということですね! お任せください! 草の根かき分けてでも探し出して見せますよ!」


 そういえばルレアは私の騎士っぽい依頼に凄い乗り気だったな。今までの依頼は完全に新人傭兵のそれだったから、ルレアももやもやがたまっていたのかもしれない。

 ならここは頑張ってもらうとしよう。


「それと、さすがにこの話は私で収めていいレベルを超えてますので、ギルドの上に伝えさせていただきますね。場合によると話し合いに同席することもあると思いますので、ご理解ください」

「うむ、こちらとしても判断できるものがいてくれた方が話が早く進むからな」


 いちいち間に人を挟んで会話すると、意思や情報がどんどんねじ曲がっていくからな。

 最終的には、迷路のようにこんがらがった挙句、全く別の意味にとられかねない。

 直接話せるなら、それに越したことはない。

 と、二階に上がっていたトアが事務所へと戻ってきた。


「ルレアさん、部屋の確保――できました203です」

「ありがとトアちゃん。ではミラベル、クーネルエさん、部屋で先に待っていてください。こちらもなるべく早く片付けて向かいます」

「うむ、よろしく頼む」

「お願いします」


 後のことをルレアに任せ、私とクーは二階へと向かう……まえに、喫茶コーナーで飲み物を買ってくるとしようか。


tips

ダイアはタチ

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