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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
30/86

2-9 宝石商の裏の顔

 長年の夢だった私の店。ウェーダ宝飾店の始まりは、町の小さな貴金属店だった。

 少し裕福な市民や、記念品などを求める顧客のニーズに合わせ、指輪や小さな宝石の付いたアクセサリーを専門に扱っていた。

 富裕層や貴族からすれば一つ一つは安物であり、とても欲しいと思えるようなものではない。

 しかし、今度プロポーズするという男性客の緊張した表情や、あの人のために綺麗になりたいと懸命にアクセサリーを選ぶ女性、今日は記念日なのだと選んだペアの指輪を着けて微笑む男女を見て、ウェーダはこの店を頑張っていこうと思えた。

 

 だが現実はそんな優しい世界ではなかった。

 町中に他の町ですでに成功を収めた貴金属店の支店が出店したのだ。

 巨大な資本を持ち、名の知れた貴金属店の登場で必然的に客足は減り、売り上げも落ちた。経費を削り宝飾品の質を上げたり、富裕層向けの商品を仕入れたりもしたが焼石に水だった。

 そして毎月の家賃や宝石の仕入れ、それが徐々にウェーダ宝飾店にのしかかってきたのだ。

 帳簿を見るたびに頭を抱えため息を吐く日々。

 もはや、お客の表情を見る余裕すら失っていた。


 そんな時である。彼らがやってきたのは。

 彼らは自分たちのことを私設警備団だと名乗った。

 商店や行商と契約を行い、料金分の警備を行う。仕事は傭兵にも似ているが、専門的な警備を行ってくれるし、長期間の依頼も出しやすいということで、貴金属店として一点一点が比較的高価なウェーダ宝飾店でも何度か考えたことはあった。

 だが今の経営状況では到底雇えるものではない。

 丁寧に断りお帰り願おうとすると、彼らは裏の顔を覗かせたのである。

 ――この店をやり続けながら、もっと儲ける方法があると。店を潰さずに済む方法があると。

 初めて持った自分の店を潰したくないと、藁にも縋る思いだった私はその甘い誘惑に誘われてしまったのだ。

 最初に攫ったのは、従業員の一人だった。

 もともと彼らが狙っていた女性であり、体調不良の時を狙って地下室へと監禁した。

 他の従業員には心配である風体を装い、警備隊には捜索願も出した。

 私は疑われることもなく、女性はあっさりと売られていった。そして入ってきた手取り金に、私は堕ちたのだ。


 簡単すぎた。あまりにもあっけなく私の店の経営が立て直せるほどの金が入ってしまった。

 今思えばそれは、彼らの手口だったのかもしれない。

 最初に大金を渡し、その簡単さに魅入られる。まさに私は彼らの思うつぼだったのだろう。

 だが今更引き返せない。この店を守るためには、金を手に入れなければならないのだ。

 一人目こそ私自身が誘拐したが、二人目以降は彼らが攫ってきた。私は監禁の場所として地下室を提供し、彼らの表の顔である私設警備団が店の警備を行う。

 そして彼らの正体を知っている顧客が、私の店の顧客を装って来店し、地下へと入って商品を品定めするのだ。

 最初の半年はびくびくしながら、月に一人か二人のペースで違法奴隷を売却していた。

 奴隷売却の資金のおかげで、私の店は軌道に乗り表の顔である貴金属店としても繁盛を見せ始めていた。奴隷を購入する貴族との顔がつながったからだ。

 彼らの金の使い方は庶民の比ではない。値段を気にすることもなく、気に入ったものは買っていく。そんな様子を見た私は笑みを浮かべていただろう。以前とは全く別の邪悪な笑みを。


 半年を過ぎたころ、私は彼らの勧めもあって店の隣の土地を購入しそこの地下に本格的な監禁施設を作った。地下で店舗側とつなぎ、奴隷の購入を求めるお客を貴金属店への来店と誤魔化しつつ迎え入れる。購入後は隣の家から奴隷を運び出し、購入者は何食わぬ顔で店から退店する。

 怪しまれないように、一点二点商品を買っていってくれるのだから、さらに儲けは増えた。

 一年するころには罪の意識など薄れ、一度に多くの者たちを誘拐し奴隷として販売した。同時に、警備隊や傭兵ギルドなど誘拐された人たちを探しそうな連中にいい印象を持たせるために定期的に依頼も出した。

 何もかも順調だった。

 資金も貯まり、さらに手を広げようとも思えるほどに。

 帳簿を眺めながら、宝飾店の二号店を出そうか、それとも違法奴隷販売所の協力店を作るかなどと考えてしまっていた。

 我ながら全くもって馬鹿である。

 そんなことに気付いた時には、もう遅いのに。


「ふっ」


 目の前の光景に小さな笑いが漏れる。

 薙ぎ払われる警備員たち。武力が自慢のはずの彼らがまるで赤子のようだ。

 全てを威圧するような覇衣を纏う、銀髪で仮面の少女。彼女の側から離れずに、サポートするように立ち回る娼婦の様な女。二人の後ろから魔法で援護する青髪の少女。

 そして次々と牢屋の鍵を解除し、誘拐した者たちを救い出している怪盗ダイア。

 今まで私が売ってきた奴隷たちと変わらない背丈の、だが誰もが最高価格になりえるだろう娘たちだ。

 彼女たちによって自分の全てが壊されていると思うと、そしてそんな状態でさえ彼女たちの値段を考えている自分がとても滑稽に思えた。


「ここまでですね」


 最後の一人が私の足元に倒れこむ。数秒唸った後、ぐったりと地面に伏せて動かなくなった。


「残るはあなた一人だ」

「そうですね。私も彼らのように殺しますか?」

「いえ、あなたには聞かなければならないことがたくさんあります。大人しくしていただけますね?」


 娼婦の女性がスカートの中から手錠を取り出す。


「私に戦う力はありませんよ。大人しくあなたたちに従いましょう」


 両腕を差し出すと、ガチャンと手錠が掛けられる。鉄で作られた輪っかは、とても冷たい。私が売った奴隷たちも全員この冷たさを感じてきたのですか。

 ですが今の私なんかでは想像すらできないほどの恐怖を感じていたのでしょうね。


「ミラベル様、私はウェードを騎士団の元へ連行します。お二人はどうなさいますか?」

「私は彼女たちの手助けをしよう。人手があったほうがいいだろう。騎士団には後ほど顔を出す。どこに行けばいい?」

「警備隊の詰め所の一室をお借りしていますのでそちらへ」

「了解した」

「では行きましょうか」


 その言葉は丁寧なものだが、心胆を寒からしめる冷たさがある。まあ犯罪者に対する扱いなのですから当然ですね。

 私は娼婦の女性に背中を小突かれながら通路を進む。背後から「なにぃ!」と驚くような声が聞こえてきたが、それは私には関係ないことだろう。


   ◇


 ウェーダがティエリスによって連行されていく。

 それを見送った私は、告げた通りダイアの補助へと回った。

 既にほぼ全ての檻の鍵は開けられており、助け出された女性たちは今も解錠を続けているダイアの周りに集まっている。

 そしてまた一つ、カチンと音が響き檻が開かれる。

 ドアを開けると閉じ込められていた少女がダイアへと抱き着いた。


「ありがとう! ありがとうございます!」

「ふふ、間に合ってよかったわ」


 ダイアの胸元にすっぽりと収まる少女は、ダイアを見上げながら目尻に涙を浮かべる。。


「あなたに涙は似合わないわ。あなたの涙は私が盗んであげる」

「えっ?」


 スッと二人の顔が近づく。

 そしてすぐに離れた後、ダイアは自身の唇をチロリと舐めた。少女は何をされたのか理解できていなかったが、徐々に脳が情報を処理し、同時に顔を真っ赤に染めさせた。


「ふふ、甘くて美味しい。嬉しい時の涙はとっても甘いのよ」


 ダイアは少女の涙を舐めとったのだ。

 その光景を見ていた私とクーは呆然とする。まさか、涙と怪盗というのは――


「だ、ダイア」

「ん? なに?」

「涙の怪盗というのは、その――そういうことなのか?」

「ええ。私はこの子たちのうれし涙が好き。だからこうやって酷いことをされている子がいれば助けに行くし、その後の面倒だって見ているわ。私の情報網はね、町や村に戻った子たちなのよ。噂を聞いてそれを私に教えてくれるの。この店の違法奴隷も最近怪しいんじゃないかって、この地区の住人の噂になってたのよ」

「そうだったのか」


 アースドロップ、完全に的外れだったのだな。

 まあ、もしかしたらウェーダは気づいていたのかもしれないが、私たちの前ではそれを話せるわけもないか。


「あ、もちろん涙だけじゃなくて女の子自体も好きよ! 裸のクーネルエちゃんに押し倒されたときは、思わず濡れそうだったわ」

「なにぃ!」

「へ、変な言い方しないでください! 盗賊を取り押さえただけです!」


 あ、ああ。あの時か。びっくりしたぞ。最近はやけに一緒に寝ようとするし体を拭いているとほぼ必ず手伝ってくれるから、クーにそっちの気があるのかと思ってしまった。すまんな――ん? これ私に対する行動の説明にはなっていないのでは?

 私がふと疑問に思っていると、クーが話を切り替えるようにパンと手を叩く。


「そんなことより、いつまでもこんなところにいては皆さんの気も滅入るでしょうし外に出ましょう。それに彼女たちの今後のことも考えなくては」

「ああ、今後に関してはこっちで受け持つわ。二年以上いろんな子を助けてきたノウハウがあるからね」

「そうですか。皆さんがそれでいいならお任せしますが」


 クーが捕まっていた子たちに尋ねると、そろって頷く。

 やはり直接檻から出してもらったことで、信頼感が生まれているのだろう。

 そういうことならば私も特に言うことはない。

 私がやる仕事は別にあるからな。


「じゃあみんな、外に出ましょう!」


 ダイアに促され、少女たちはゆっくりとしかし力の籠った足取りで外へと向かうのだった。


 外に出た後、女性たちをダイアに任せ私とクーはティエリスとの約束通りに警備隊の詰め所を訪れた。

 仮面を付けた私が詰め所に入った途端、室内に緊張が走ったが、私であることに気付くとここに来た理由に納得したのか、一人が騎士団に貸している部屋を教えてくれた。仮面の騎士は騎士団の副団長の娘。もはや警備隊では周知の事実らしい……

 教えてもらった間借りしている部屋へと向かい扉をノックする。


「ミラベ「ミラベル嬢!」


 名前を言い終わるよりも早く扉が開き中からソーマが飛び出してきた。

 相変わらず熱い奴だ。


「久しぶりだなソーマ」

「ええ、ええ! お久しぶりですとも! 上手いこと騙された以来ですからね! クーネルエ嬢もお久しぶりです」

「その節はお世話りなりました」


 そういえばあの時から会っていなかったな。何かと事後処理で忙しかったみたいだし、ソーマたちがどこに宿をとっているのかも知らなかったのだから仕方がないが。


「ティエリスは戻ってきているか?」

「ええ、今ウェーダへの尋問が終わったところです」


 室内へと招き入れられると、そこには椅子に縛られたウェーダの姿があった。特に暴行を受けたような様子はない。


「ミラベル様、お疲れさまです。こちらはウェーダが素直にいろいろと吐いてくれて助かっています。ずいぶんと情報も集まりました」


 ティエリスから渡された資料を受け取り、内容を確認する。


「ふむ、例の私設警備団というもののことか?」

「はい」


 表向きは施設警備団ドレッドノータス。長期の契約を主軸に、商店や行商の護衛を務める警備団体だ。仕事の評価はいたって真面目で丁寧と、評価も高い。

 裏の顔は違法奴隷の誘拐と販売を一手に請け負う犯罪集団。拠点はここトエラに設置してあり、周辺の村やこの町のスラムの住民などを攫うこともあるようだ。さらにここ半年はだいぶ手を広げているらしく、関与の可能性がある誘拐事件が王国全土で発生している。

 顧客は富豪や貴族が多く、怪しまれない取引場としてウェーダ宝飾店はうってつけだったわけだな。

 誘拐等の実行犯は警備団の下っ端の中でも一部の部隊。その他の部隊はそもそも誘拐を働いている事実すら知らない。まともな警備団だと思って働いていると。指示を出すのは警備団の幹部クラス。幹部委員会と代表は全員がこの裏稼業に係わっているようだ。

 これは実行犯よりも実際に指示を出しているトップクラスを確実に捕まえるか殺すかしなければならないな。

 顧客のリストがあるかどうかは不明。あればそいつらも違法奴隷購入の罪で捕まえることができる。この国に腐った貴族はいらない。


「騎士団の方針は?」

「我々はドレッドノータスを襲撃するつもりです。この町には七名の騎士がいますので十分かと」

「それにティエリスもいるからな。包囲殲滅ならば問題ないか。領主への連絡は?」

「この後私が。念のためバラナス様にも許可をいただくつもりです」


 ここまで証拠がそろっているのなら、父さまならば問題なく許可を出すだろうな。

 もともと領主から依頼された仕事だということだし、そっちもすぐに許可が出るだろう。


「と、言うことだ。お前はどうする、ダイア」


 私が窓の外にむかって声を投げかけた。騎士たちが一斉に剣の柄に手を掛け戦闘態勢をとる。

 そんな中、窓枠から細い女性の手だけが顔を覗かせた。わざわざ狐の形を作ってだ。


「私の女の子たちを苦しめたんだもの。許すつもりはないわ。徹底的に潰すんだから」

「動くならこちらの許可が下りる前に動くことだ。途中で乱入された場合は、巻き込んでも知らんぞ」

「はいはーい。情・報・か・ん・しゃ」


 チュッと投げキッスの音が聞こえ、腕が引っ込んだ。

 騎士の一人が即座に窓の外を覗くが、誰もいないだろうな。すでに屋根の上を走っていったよ。それにしても不用心だぞ? 窓の外で待機して剣を振り下ろされていれば首が飛んでいた。


「ミラベル様はどうなさいますか? こちらに参加することも可能だと思いますが」

「今の私は傭兵のミラベルだ。ミラベル・ナイトロードとして家の名前を使うつもりはないよ。許可が下りた後の討伐は騎士団に任せる。まあ、それまでにドレッドノータスがあればの話だがね。彼女は強いぞ?」


 お前たちだって気配に気付けなかったのだろう? 私もさっきまで一緒にいたから気配に気付けたのだ。

 ダイアが本気で暗殺に動けば、騎士団に討伐許可が下りる前に幹部連中は消されるだろうな。


「知りたいことは分かった。これ以上邪魔をしてもいけないし、私たちは帰られてもらおう」

「そうですね」


 私とクーが部屋を後にしようとすると、ソーマが背中から声を掛けてきた。


「ミラベル嬢! 私たちがこの作戦を完遂した時、ミラベル嬢の移動許可が発行されます。それがどういう意味を持つか、当然お分かりでしょう!」

「うむ、しっかりと分かっているぞ。頑張ってくれ」


 騎士団がドレッドノータスを討伐すれば、私は騎士団によって強制的に家に戻されるだろう。そしてダイアがドレッドノータスを潰せば、騎士団は任務を達成できなかったとして移動許可が下りなくなる。

 故に、許可が下りるまでの間は騎士団がドレッドノータスを守ることになるな。怪盗であるダイア自体を捕まえる理由はいくらでもあるし、騎士団の行動としても何も問題はない。


「ではまた会おう」

「お邪魔しました」


 騎士団とティエリスの視線を背中に浴びながら、私は部屋を後にするのだった。


tips

私設団体 会社の前身となる組織体。この時代、個人経営から統廃合し多くの団体が生まれ、それぞれに利益を求めて活動していた。製造に関してはまだまだ職人の秘匿技術と各ギルドが強いため、主にサービス業などで成功を収めている。

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