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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
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1-1 トエラの町と案内の少女

 家を飛び出したのが夜だったため、王都メビエラの宿屋で一夜を過ごし、早朝の馬車で私はメビエラを発った。

 そして、目的の町であり傭兵ギルドの本部があるトエラへと到着したのは、その日の夕方だった。道中トラブルもなく順調に進んだ馬車の旅は、私の未来の幸先の良さを表しているようではないか。

 ずっと馬車に揺られていたために固まってしまった筋肉を解しつつ、トエラの門を潜る。

 最初に感じたのは、メビエラとは違う喧騒の大きさ。

 一人一人の声が大きく、四方八方から会話が漏れ聞こえてくる。

 まるで、食堂にでも来たかのような雰囲気に、私の気分も自然と盛り上がる。

 トエラの町はイキイキとしている。メビエラの伝統的な荘厳さも好きだが、やはり私はこの人の息吹きを感じるトエラの方が好きかもしれない。


「さて、とりあえずは宿を探さねばな」


 すでに夕方。もう一鐘(一時間)もすれば日も暮れてしまうだろう。今から傭兵ギルドに行って登録していては、宿を探すのがさらに遅くなってしまう。

 傭兵が多い町なだけあって、高級宿から寝るだけの宿まで様々なものがあるが、やはり女ということを考えても多少は安全性を考慮したいところ。先に探しておいた方がいいだろう。


「誰かに聞けるといいのだが」


 知識ではいろいろと知っているが、実際にトエラへとやってくるのはこれが初めてだ。

 土地勘のない私が当てもなくさまよっても、大した収穫は得られないだろう。ここは、現地の者に聞くのが一番だ。

 周囲をきょろきょろと見回してみると、路地の隅に隠れていた少女がこちらへと駆け寄ってくる。

 やはりいたか。


「お姉ちゃん、この町初めて?」

「ああ、女性でも安全な宿を探している。いくらだ?」

「百エルナ」

「では頼む」


 少女は身なりからしても、浮浪者だろう。

 浮浪者の子供の中には、この少女のように街に始めてきたであろう人物に声をかけ、案内をするようなこともしていることが多い。知識はほぼいらず、子供にもできる数少ない仕事だからだ。

 だから少しそれらしいポーズを取ってやれば、むこうから近づいてきてくれる。

 そして、しっかりと金を渡せばおかしなところに案内されることもない。客を騙すようなことをしていると傭兵志望で訪れる者も多いトエラでは、たちまち恨みを買って殺されてしまうからだ。

 私も少女の要求通りに百エルナ硬貨を渡し、案内を頼む。


「こっち。安全なお店知ってる。ちょっと高いけどいい?」

「大丈夫だ。そこに案内してくれ」


 安全を買えるならば安いものだ。

 幸い、私の小遣いをありったけ家から持ってきている。ざっと十万エルナはあったはずだから、即座に足りなくなるということはないだろう。

 無くなるまでに、傭兵ギルドで依頼をこなし稼げばいいのだ。

 騎士を目指す私ならば、簡単なこと。

 少女の後に続いて、町中を進んでいく。

 大通りには露店が並んでいるが、時間が時間のためもう店じまいの準備中だ。

 ふむ、そういえば夕食はどうするか。宿で出ればいいのだが。


「ちょっといいか」

「なに?」


 少女に声をかけると、びくっと肩を震わせ、恐る恐るといった様子でこちらを振り返る。


「いや、その店の夕食の時間は分かるか?」

「ご免なさい。そこまでは……」


 おそらくこの少女は、案内をしている最中に暴力を受けたことでもあるのだろう。ひどいやからの中には、自分の望む答えを知らないと平気で暴力を振るう奴らもいるからな。

 怒られるのかと怯える少女の頭に手を伸ばし、私は優しく撫でてやる。手入れされていないごわごわとした感触が伝わってくる。


「そうか。いや、気にしないでくれ」

「すみません」


 少女はやや足早に道を進み、やがて大通りの先にある一軒の建物を指さした。


「あそこ」

「ほう、なかなか良さそうではないか」


 五階建ての石造りの建物は、多くの窓から明かりがこぼれ盛況なことを示している。

 ただ、こうも盛況だと空き部屋がない可能性もあるな。保険は掛けておいた方がいいかもしれない。


「そうだ。ここで少し待っていてもらえるか。もし部屋の空きがなかった場合はまた別の宿を探してもらいたい」

「分かった。待ってる」


 少女は一つ頷くと、通りの隅に移動した。

 それを見て、私は宿の中へと入っていく。


「いらっしゃいませ! 華山亭へようこそ!」


 元気のいい声と共に、私よりも年上だがまだ若い女性が駆け寄ってきた。


「部屋を取りたい。空いているか?」

「ちょっと待ってくださいね。今確認します」


 女性はカウンターの裏へと入っていき、空き部屋を確認しているようだ。

 私はその間に周囲に視線を巡らせる。

 一階は二階まで吹き抜けと食堂になっているようで、並んだテーブルは大勢の客で埋まっている。

 その間を制服を着たウェイトレスが駆けまわり、注文を取っては料理を並べていく。

 客層は比較的女性が多いか。あの少女が言っていたことは間違いではないようだ。

 だが、私のように剣を持っているものはほとんどいないな。まあ、守られることが当たり前と考えるこの国で、剣を持つ女の方が珍しいか。

 ここまでくる道中では、剣や斧、杖を持ったものも多く見かけた。彼らはきっと傭兵だろう。足取りや筋肉の動きを見る限り、そこまで目立った実力者がいたようには感じなかったな。


「お待たせしました」

「どうだったかな?」

「部屋の空きはありました。シングルで大丈夫でしたか?」

「うむ、私一人だからな」

「ではシングルで、何拍のご予定でしょう?」

「とりあえず三日頼む」


 初めての宿に最初から長期間の予定を入れるのは、あまり感心できる行為ではないので様子見も兼ねてとりあえず三日分の宿を確保することにする。


「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「ミラベルだ」


 姓は答えない。この町でナイトロードの姓に意味はないからだ。

 私は一傭兵としてこの町で名を上げ、騎士団にスカウトされるのだ!


「ミラベル様ですね、ありがとうございます。食事は朝と夜が付きます。ただ、今日の夜なのですが、見ての通り現在満席となっておりましてしばらくお待ちいただかなければならない状態となっております」


 ちょうど夕食時だからな。それは仕方がない。


「席が空くまでどれぐらいかかりそうか分かるかな?」

「順番待ちのお客様もすでにおられますので、一時間以上は掛かるかと」

「一時間以上か」


 さすがにずっと部屋で待つのも辛い時間だな。私もかなりお腹が減ってきている。できればすぐにでも食べたいところなのだが。

 ふむ、すぐに食べられると言えばこの町にも屋台街があったはずだな。今夜はそこで食べるのもありかもしれない。


「そうか。ではこの近くに屋台街はあるか? 今夜はそちらで取ろうと思う」

「でしたら、この通りを西に抜けた場所に屋台街がありますので、そちらをご利用ください。この木札を渡せば、一枚につき一品料金が無料になりますので」


 店員が差し出してきた三枚の木札には、この宿の名前である華山亭の文字が焼き印され、その下に引換券と書いてあった。どうやら、その屋台街と提携しているようだ。

 傭兵の多いこの町では、とにかく部屋数を確保するために、食堂や調理場を設けず、屋台で食べてもらうことを前提にした宿もあるぐらいだ。

 近くに屋台街があるからこそできる方法だな。


「食事までにお申し出いただければ、食事をこちらの引換券と交換することもできますので、お気軽にお申し付けください」

「そうか。分かった」


 木札を受け取り、カバンの中にしまう。


「先に鍵をお渡ししますか? それともすぐにお食事に?」

「外に待たせているからな」

「では鍵はこちらでお預かりしておきます。こちらの札で鍵と交換いたしますので、なくさないようお願いいたします」

「分かった」


 私はその札を受け取り、再びカバンの中へとしまう。


「では行ってらっしゃいませ」

「うむ」


 店員に見送られ、私は再び宿を出た。

 そして道の隅を見れば、少女もこちらを見つけて駆け寄ってくる。


「空いてた?」

「うむ、宿は取れた。ただ夕食の席がいっぱいでな。屋台で済ませようと思う。西の屋台街まで案内を頼めるか?」

「五十エルナ」

「これだ」


 別の宿の案内なら、まあ最初の料金で押し通しただろうが、さすがに別の場所への案内は別料金らしい。

 特に不満もないので、素直に払い屋台街に案内してもらう。

 屋台街が近づいてくると、いい匂いが漂い始め人通りも増えてくる。

 背の低い女二人だ。はぐれると探すのが面倒くさそうだな。


「君、手をこちらに」

「?」

「はぐれると厄介だ」

「あ――分かった」


 少女と手を繋いで改めて人込みの中を進んでいく。

 そして屋台街へと到着した。


「ほう、ここが屋台街か」


 屋台で料理を食べるという経験はしたことがある。ただ、王都メビエラにある屋台は、ちょっとしたお菓子などが主なため、ここまでしっかりとした食事を出しているところはまずない。

 メビエラだと、景観を重視して禁止されているからな。


「ふむ、美味しそうなものが多いな。目移りしてしまう」


 私のつぶやきに、少女もこくこくと頷く。

 そういえば、少女は浮浪者だ。今日の報酬は宿への案内とここまでの案内で百五十エルナ。屋台の値札をざっと見たところ、肉饅頭の三百エルナが最低金額のようだ。ということは、この少女は今日の夕食を食べられないのではないだろうか?

 ここまで案内させて、これだけ美味しそうな料理を見せつけた後に、食べられないというのは酷だろう。ここに案内させた私にも責任はある。

 それに、食事は一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しいしな。


「君、名前は何というのだ?」

「私? 私はトア」

「そうか。ではトア、行くか」

「でも私、お金が足りないから」

「気にするな。それぐらいは払ってやる。たまにはそんなラッキーがあってもいいだろう」

「いいの?」

「いいんだ。行くぞ」


 私はトアの手を引いて屋台街の中へと入っていく。

 屋台街は田の字型に屋台が並んでおり、中の四角にテーブルが並んでいる。

 テーブルにはいくつか空きが見られ、そこまで急いで確保する必要はなさそうだ。


「さて、何にするか。トア、おすすめは?」

「あれとあれとあれ」


 トアがほとんど迷うことなく、いくつかの屋台を指さす。

 ふむ、店の名前がちゃんと出ているのだが、それをトアが読み上げることはない。そういえば宿に案内してもらうときも、宿の名前は一言も口にしなかったな。もしかしたら、トアは読み書きができないのかもしれない。まあ、浮浪者なら習う機会などないし当然か。

 トアが指さした屋台は、それぞれ麺、米、パンを使った料理のようだ。どれも主食にできそうなものばかり。うん、トアもお腹が空いているのだな。私もだ!

 宿でもらった木札は三枚。つまり三品まで交換可能ということだ。私一人ならば、主食一つに副食を二つと頼むところだが、トアと一緒ならば主食三品でも行けるだろう。


「ではそれにしよう」


 トアを引き連れ、屋台を回ってその三つを交換してもらう。

 そして空いているテーブルに料理を並べ着席した。


「しっかり手は拭くのだぞ」

「はい」


 テーブル近くで濡れ布巾が売っていたため、それを購入しトアに与える。浮浪者だけあって手もかなり汚れており、布巾はすぐに真っ黒になってしまった。

 私の使っていた分も渡し、ようやく綺麗になったトアの手を見て、料理を手に取る。

 麺ものは鶏出汁のシンプルなもの。具もハム一枚と白髪ねぎが添えられているだけ。だがそれが美味い。

 米ものは、炒飯。醤油バターで炒められ、ひき肉や野菜が彩を飾っている。焦げた醤油バターの風味が良く、パラパラとした米が肉の脂を吸って美味い。

 パンは具材をサンドして揚げたもので、中身は魚肉のパテようだ。揚げパンのサクッとした歯ごたえと、ホクホクとした火の通ったパテの触感がなんともたまらない。

 トアの言う通り、どれもこれも非常に美味しかった。

 トアも食べるのは初めてのようで、無我夢中で料理を口に運んでいる。

 私は通りがかった布売りを呼び止め、濡れ布巾を新たに一つ購入する。そして、油まみれになったトアの口元を拭う。

 口元が綺麗になると、トアが笑った。

 瞬間、トクンッと心臓が高鳴るのを感じる。

 なんだこれは……

 初めての感覚に、私は戸惑いを覚えつつもトアの笑顔から目が離せない。

 そんな私の様子が不思議だったのか、トアがコテンと首を傾げる。


「な、何でもない」


 なぜか熱くなった頬を隠すように、私は鶏出汁を飲むのだった。


tips

1エルナは1円相当

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