2-8 ダイアの狙い
ティエリスにダイア関連の事情を説明しながらウェーダ宝飾店へと戻ってくる。
そこにクーの姿はなかった。
「クー、どこだ!」
「ミラベル様、裏口が空いています」
「中、まさかダイアか!」
くそっ、このタイミングで来たということは、周辺から様子を窺っていたということだろう。私が先走ったせいでダイアの突入タイミングを作ってしまったのか。
室内へと飛び込み、売り場へと向かう。そこには倒れた二人の警備員。
駆け寄って息を確かめると、普通に安定している。だが意識はない。頬を叩いても目を覚ます様子もない。
「これは毒ですね。おそらくこの針でやられたのでしょう」
もう一人を見ていたティエリスの言葉に、私は首筋に刺さっていた針を発見し抜き取る。
縫い針の様な小さな針の尻に布が巻き付けてある。これは吹き矢か?
そして地下室への扉が開いている。鍵は壊されているようだ。
「クーは下に行ったのか」
「戦闘音などは聞こえませんね」
「とにかく私たちも下に行こう。どちらにしろ、ダイアが侵入したのならば捕まえなければ」
階段を駆け下り地下室の扉を開く。
そこには、女性に馬乗りになった裸マントの少女の姿。クーだ。消滅魔法を使ったのか。
「ミラ!」
「クー、無事か!? すまない私が持ち場を離れたばかりに」
「こっちは大丈夫です。今ダイアを捕まえたところなんですよ」
「裸の少女に押し倒されているわ! 服越しにすごく柔らかい感触と暖かさが伝わってくるの!」
「ええい、静かにしていてください!」
「もがっ」
変なことを口走っているダイアの口を、クーは手で覆い隠す。
「ミラ、とにかく捕まえましたので何か捕縛できるものを」
「う、うむ」
なかなか状況はカオスなようだが、ともかくダイアを捕縛できたのならそれに越したことはない。
とりあえず私が縛っている間に、クーには替えの服を着てもらおう。
ティエリスに監視してもらいながら、私はロープでダイアの両手を後ろ手に縛り椅子に拘束する。
「ふぅ、やっと落ち着きました」
「うむ、お帰り」
着替えを終えたクーが戻って来たところで、私たちはダイアを前に椅子を並べて一息吐く。上の階では警備員たちがまだ意識を失っているが、針は抜いてあるし時期に目を覚ますだろう。
「ところでそちらの方は?」
「ああ。前にも話していたティエリスだ」
「ティエリスさん? ミラの専属メイドだった?」
「はい、ティエリスと申します。以後宜しくお願い致します」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
ティエリスが頭を下げると、クーも慌ててペコペコと頭を下げる。
私はとりあえず、娼婦を追いかけたところその娼婦が変装したティエリスだったことをクーに説明した。
「何やら騎士団の協力でここら辺を調査していたらしい。ダイアのことがあったので詳しいことはまだ聞いていなかったが」
「そうですね。そのあたりのことも話さないといけませんか。一応騎士団の依頼なので守秘義務が発生するのですが」
「あ、私外に出てましょうか?」
席を立とうとしたクーネルエを、ティエリスが止める。
「いえ、クーネルエ様はミラベル様の仲間のようなので問題ないかと。むしろ巻き込まれる可能性を考えれば聞いておいてもらったほうがいいかもしれません」
「分かりました――というか私のことはご存じなんですね」
「一応ミラベル様の周辺のことは騎士団から報告を受けておりますので」
「ああ、なるほど」
どうせソーマ当たりから持っている情報を全て吐き出させたのだろう。
「まず騎士団が調査している内容ですが、最近多発している行方不明事件の調査です。これは領主様からの依頼で、ミラベル様の説得に来ていたソーマ様をはじめとする数名の騎士と私が動いています」
ティエリスの話によれば、行方不明者は女性や子供が多いことから殺人などではなく拉致による違法奴隷化の線が強いと判断し、自身は娼婦に変装して人気のないところを歩くことでわざと襲われるように装っていたらしい。
この店の回りをよく通っていたのは、仮面を付けた怪しい人物がいたからとのこと。それって私のことだよな?
だが疑問も残る。
「なぜ私だと気づかなかったのだ? ソーマから情報は得ていたのだろう?」
「一時的に身分を偽るため仮面を付けているとは聞いていましたが、住民登録を終えてもなお付けているのは思わなかったのですよ。それに気づきませんでしたか? ミラベル様がスラムの掃除を成さった後、仮面を付けた傭兵が増えたのですよ?」
「そうなのか?」
全然気づかなかったのでクーに尋ねてみる。するとクーは苦笑して答えた。
「そうですね。以前に比べれば増えたと思いますよ。ただ、ミラがギルドに来ると皆さん外していますけど。たぶん、本物の登場で気後れしていたんじゃないですか?」
「ああ、だからミラベル様は知らなかったのですね」
なるほど、真似して仮面を付けたはいいが、いざ本物が目の前に現れると真似している自分が恥ずかしくなる現象か。
私も経験があるぞ。じい様の剣技を真似ていたのをこっそりとみられていた時は、恥ずかしさのあまりに斬り殺したくなったからな。
「そんな理由でミラベル様だとは気づかなかったのです。剣を交えた時点で分かりましたが、確認の意味も込めて少し戦闘しましたが」
「刃走二連を躱されたときはさすがに驚いたぞ。全く、私の技術が落ちたのかと思ったではないか」
「ミラベル様の技術が落ちたのなら、旦那様はさぞお喜びになるでしょうに、悲しいことに鋭さは増しておりましたよ」
「ふむ、私もまだ成長しているということだろうな」
最近身長もまた少し伸びたし、筋肉も洗練されてきている気がする。剣を振る瞬間の空気が切り裂かれる感覚が滑らかになってきたのだ。
ティエリスの評価に頷きながら満足していると、そのティエリスがため息を零す。
「ですがこれで振り出しですね。情報が少なすぎて、騎士団も手をこまねいているのが現状です」
「ククッ」
「何がおかしいのですか?」
笑い声を零したのは椅子に拘束され顔を下に向けているダイアだった。
「ねえ、私を解放してくれたら誘拐事件の良い情報を教えてあげるわ」
「あなたが何か知っているのですか?」
「ええ、とっておきの情報。誘拐事件の犯人もアジトも、誘拐された人たちの場所も知ってるわよ」
「なっ!?」
顔を上げたダイアは、私たちの驚く表情を見てしてやったりと唇を釣り上げる。
もしダイアの言っていることが事実だとすれば、誘拐事件の真相に一気に近づくことができる。彼女の情報網がどうなっているのかは分からないが、情報を徹底管理していたアースドロップの入荷を察知していたことを考えると、あながち嘘には思えない。
だが、もしこの場を乗り切るための嘘であった場合、私たちはダイアにむざむざ騙され逃げられた馬鹿ということになる。
「どうする? 結構時間ないわよ。騎士団が調べていたのに、違法奴隷が流れたなんてことが知れたら、面目丸つぶれよねぇ」
ダイアはさらに挑発を続ける。
その余裕の表情は、よほど自分の提案に自信があるということか?
ティエリスを見ると、かなり悩んでいる様子だ。
ここは別の視点からの意見ももらうとしよう。
「クー、どう思う?」
私もティエリスもどちらかと言えば騎士団側の人間であり、その思考は似たものになりがちだ。だからここはあえて平民出身のクーに尋ねてみることにした。
それに、ダイアを捕まえたのも実質クーだ。だからダイアの処遇にはクーも十分に参加する権利がある。
「私としては聞いてみてもいいと思います。私たちの依頼はこの店の警護で究極的に言えばアースドロップを守ることですし、ダイアを捕まえることではありません。それにもしもう一度アースドロップを狙われたとしても、私とミラなら守り切れますしね」
それはクーの自信だった。今回単独でダイアを取り押さえられたことで、自分の実力に自信が付いたのだろう。
「そうか。なら私はクーの意見を尊重しよう。ティエリスが望むのならば、ダイアとの交渉を受け入れる」
国境なき騎士団の方針はそうなった。後はティエリスがダイアを信じられるかどうかだ。
ティエリスの出した結論は――
「分かりました、解放しましょう。ただ先に一つなんでもいいので情報を出してください。それが確かであれば、身体を解放し、その後に他の全ての情報を吐いてもらいます」
「そんなことする必要はないわよ。場所もちょうどいいし、すぐに分かるもの」
「どういうことだ?」
「そこの本棚。横にスライドできるようになってるわ」
ダイアが首だけ示したのは、部屋の壁際に置かれた大きな本棚だ。棚の中には本や器具が並べられており、到底簡単に動かせるような重さではないと思うのだが。
クーが本棚に近づき、その側面をのぞき込む。そして「あっ」と小さな声を上げた。
「クーどうした?」
「これ、床にレールが埋め込まれています」
「レール?」
「この棚、簡単に動きますよ」
クーが棚を持って横に力をこめると、さほど音もたてずにスーッと横に移動する。
そして移動した棚の裏側から、鉄の扉が現れた。
あんな扉、私たちは聞いていない。アースドロップが隠されている場所はこの部屋にあるテーブルの下の隠し金庫だ。ウェーダ殿もそこが最後の砦だと言っていた。
「誘拐事件の真相は、あの奥にあるわ。鍵は特殊なものだろうから、私が開けるわよ。解放してくれる?」
「ミラベル様、よろしいですか?」
「うむ」
ティエリスがダイアの拘束を解くと、手首に付いた紐の後を気にしつつ軽くさする。
そして机の上に置いてあったピッキングツールを使い、鉄の扉の解錠を試みる。
カチャカチャと音を立てながら五分ほど。カチンとこぎみ良い音が室内に響いた。
「ふぅ、やっと開いたわ。やっぱりかなり厳重ね」
「特殊な鍵なのか?」
「ええ、対抗魔術繊維を使った最新式の施錠システム。魔法で破壊すると逆に開かなくなるし、内部構造もこれまでの鍵とは全く別のものを使わないといけないものよ。この鍵一つでこの店の宝飾品なら好きなのが買えるわね」
「それは凄いな」
その鍵をピッキングツールを使って開けることができるダイアの技術もだがな。
「ダイア、この奥に何があるのですか? 関係ないものであれば、躊躇なく」
ティエリスはナイフを手に警戒を一切緩めない。ダイアが少しでもおかしな行動をすれば、すぐにでも取り押さえることができるだろう。
「大丈夫よ。とっても関係があるものだから」
鉄の扉を開くと、そこは直線に続く土壁の通路。人なら二人は並んで通れるだろうかという大きさだ。奥には明かりがともっており、部屋の様な場所があるのがわかる。
「さ、行きましょ」
「いや、私が先頭を進む。ダイアは私の後ろに続け。ティエリス、ダイアの後ろは任せるぞ。クーは最後に付いてきてくれ」
ダイアが進もうとしたところを、私は肩を掴んで止める。さすがに先をダイアしか知らない場所で先頭を進ませるつもりはない。
このような閉所ならば覇衣を使える私が一番動きやすいだろうし、ダイアの後ろにティエリスがいれば変な動きにもすぐに対処できる。
後ろから増援が来るとも限らないが、クーならば遠距離の時点で魔法で対処もできる。
三人も特に依存はないのか、私の指示通りの順番で通路を進む。
そして予想通り通路すすんですぐに、部屋一つ分の空間があった。
むき出しの土壁、そこにいくつも掘られた横穴。横穴の深さは三メートルほどだろう。だがより特徴的なのは、その横穴全てに鉄格子が付けられていたことだ。
「ここは」
私は思わず足を止める。
広い空間には全部で十の檻があった。
通路から出てきたダイアが私の横に立つ。
「ここは監禁場所。町や村で攫った人たちは一時的にここに預けられ、売られるまでの時間を過ごすのよ」
「ではここが!?」
「そう。そしてこんな場所をわざわざ用意しているウェーダこそ、最近多発している誘拐事件の犯人よ。どう、なかなか有益な情報でしょ? ティエリスさん」
「ええ、本当に。憎たらしいほどに有益ですね」
ティエリスが檻の一つに近づくと、中から「助けて!」という声と共に女性が鉄格子にしがみ付いてきた。それを皮切りに、ほぼ全ての鉄格子から助けてと女性や子供の声が響く。
「なぜ……なぜウェーダ殿がこんなことを……」
「ミラ、誰か来ます! 攻撃しますか!?」
全員が入ってきた通路を振り返る。クーはいつでも魔法を撃てる状態で待機していた。だが私は待ったをかける。このタイミングでここに踏み込んでくるということは、間違いなく関係者だ。
このメンバーで負けるとは思えない。ここはこの場まで来てもらい説明をしてもらおう。
「クーはこっちへ。話を聞こうではないか」
クーが私の元へと駆け寄ってくるとほぼ同時に、通路から男たちが飛び出してくる。それは外を警戒していた警備員たち。その後には知らない顔がぞろぞろと通路から出てくる。増援だろう。
そして最後に入ってきたのは、ウェーダ殿だった。
「まさかここを見つけられるとは思いませんでしたよ。ミラベルさんクーネルエさん、ここまでダイアの侵入を許すなんて警備としては失態もいいところですよ」
「ここは店の土地として登録されていないからな」
通路の移動を挟んで、だいたいこの場所は隣の民家の地下だろう。私たちの契約は、店舗の警備だ。ここはどう考えても店舗外である。
「ここに入ってこられても依頼失敗ではないさ。っと、そんな冗談はどうでもいいのだ。説明してもらえるのだろうね? ウェーダ殿」
「こんな状態で随分と余裕ですね。追い詰められているのはあなたたちだというのに。まあ今回の仕入れは少し少なくて困っていたところです。ちょうどいいですしあなたたちにも私の商品になっていただきましょう。説明は――檻に入ってもらってからじっくりとしてあげましょう。彼女たちを残らず捕獲してください! 多少の傷は大目に見ます!」
ウェーダを守るように展開していた男たちが一斉に動き出す。
全員で十五人。この程度ならば私やティエリスなら一人でも対処が可能だ。
「ダイアよ、お前は彼女たちの救出を進めてくれ。あの檻の鍵を外せる技能を持っているのはお前だけだ。あの男たちは私たちに任せてもらえればいい」
「あら、楽な方を任せてくれるなんて助かるわ。じゃあお願いね」
「構わんさ。私も彼らには言いたいことがあるからな」
ダイアが檻の一つへと向かう。
数名の男たちがそれを追いかけようとするが、私の風切が彼らの前を通り抜け壁に縦一文字の傷を付ける。
「お前たちの相手は私だ。騎士が守るべき市民を不当に誘拐し監禁、さらに違法奴隷として販売していたというのであれば、見逃すことはできない。覚悟はできているのであろうな?」
「騎士を目指すものとしても見逃せません!」
「私は騎士団の協力者ですからね。もともと見逃すという選択肢はありません」
覇衣を纏い、男たちに剣を向けた。
そういう訳だ――
「一人残らずたたっ斬る!」
tips
祭りの仮面 どこにでも売っている仮面。木製のものに塗装を施してあり、製作者が好きな模様を付ける。最近はなぜか傭兵に人気。




