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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
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2-6 予告状

「ウェーダ殿、何やらただならぬ雰囲気だが」

「ミラベルさんにクーネルエさん、今朝こんなものが家のポストに投函されていたのです」


 ウェーダは胸の内ポケットから一枚の封筒を取り出した。

 私がそれを受け取り、表を確認する。そこには可愛らしい丸文字で予告状としたためられている。どう考えても女性のしかも比較的若い者の筆跡だ。


「予告状」


 裏面には何も書かれておらず、封はすでに切られている。


「中を見ても?」

「ええ、どうぞ」


 一言断ってから封筒を開き中を見る。中に入っているのは一枚の手紙だ。

 内容はこうである。


 月の輝きは喰われ、世界は漆黒に染まる。

 悪の華は咲き誇り、弱者はただ涙を零す。

 蜜を啜るは優美なる蝶。

 蝶を追うは児戯なる番犬。

 私は涙の怪盗ダイア。

 あなたの蜜をいただきにまいります。


 どこからどう見ても犯行予告だった。

 しかも何やら凝った文章で書かれており、私には正直めんどくさそうな奴という印象しか湧かない。

 こういうのはクーに任せた方がいいな。

 私は手紙をクーに渡し、ウェーダ殿に尋ねる。


「これは店のポストに?」

「いえ、自宅のポストに投函されていました」

「なるほど、この内容は理解できたのですか?」


 私の問いにウェーダ殿は神妙な面持ちで頷いた。


「多少分からない部分もありましたが、何を狙っているのかは予想がついています」

「伺っても?」

「これです」


 ウェーダ殿がポケットから折りたたまれたハンカチを取り出す。それを手の平の上にのせて丁寧に開いていった。

 そこにあったのは、一つの青い宝石。それはまるで涙のようにカットされたブルーサファイアだ。

 いや、よく見ればこのサファイアにカットの後はない! 全てが滑らかな曲線で形成されている!?


「ティアドロップサファイア。涙の形に削りだしたサファイアは本来そこまで珍しいものではないのですが、このティアドロップサファイアは掘り出された時点ですでにこの形をしていたのです。周囲に付いた石や土を取り除いた時点で傷一つない涙の形。しかも平面が一つもない曲線のみで作られた天然の奇跡。我々(宝石商)の間ではアースドロップと呼ばれています。しかも約四カラット。この時点で数千万エルナは超え、宝飾品として完成すれば億の値段が付く可能性のある代物です。今回、情報の漏洩に細心の注意を払って入荷したものですが、どこから怪盗に情報が漏れたのか」


 なるほど、アースドロップか。確かに先ほどの予告状になんとなく合致する部分があるな。

 とりあえずクーの意見はどうだろうか?


「クーはどう思う?」


 クーは視線を予告状から外さずに答える。


「これが予告状だとすると、おそらく相手はよほどの自信家なのでしょう。極秘に入荷したものならば、それだけ大規模な警備はやりにくい。その隙を突いたほうが盗るだけならば簡単です。にもかかわらず、あえて予告状なんてものを出して自分が狙っていることを相手に知らしめている。ならこの予告状の内容も全て無関係とは言えないと思います。通例に従うなら、書かれているのは何を狙うのか、いつ狙うのか、誰が狙うのか、どう狙うのか、そのあたりが書かれているのかと」


 ……凄いな。私にはただめんどくさそうな文章としか思えなかったぞ。


「ふむ、となると狙いはアースドロップで間違いないだろう。誰がは間違いなく涙の怪盗ダイアというこの予告状を出した犯人だろうな。後はいつとどうやってか」

「このダイアという怪盗のことが分かれば、少しは手がかりになるかもしれませんが」

「ウェーダ殿、そのあたりはどうなのだ?」


 この怪盗が以前からアースドロップを狙っているのだとしたら、宝石商の間でも噂程度にはなっているはずだ。私たちよりも詳しいはずである。

 だが返ってきたのは微妙な反応だった。


「何とも言えませんね。王都で貴族を狙った泥棒が涙の怪盗ダイアと名乗っているとは情報がありましたが、これまでうちの様な店を狙ったことはないんですよ。なので、貴族狙いの盗賊だと宝石商の間では判断されていました。警備隊からは、盗まれた宝石が売却される可能性もあるから気を付けてほしいとは言われていましたが」

「そうか」


 となるとこちらで調べたほうがいいかもしれないな。

 風見鶏を使うことになりそうだが、また急ぎの要望だしかなり金額は掛かってしまいそうだ。今回の依頼料だけでは私たちが赤字になってしまう。


「クー」


 私はクーを呼び、耳元で相談する。

 警備任務を受けた以上、アースドロップを守り切るのも私たちの仕事のうちだろう。だがまじめにやれば私たちが赤字。どうにかして経費をウェーダ殿に出してもらうことはできないだろうかと。

 するとクーが一つ頷いた。何か手があるのだろうか。


「ウェーダさん、とりあえずこれはお返しします。それと個人的にはこの怪盗に関して調べるべきだと思うのですが、何かあてはありますか?」

「一応警備員の大本に掛け合って情報がないか聞いてみましたが、特にめぼしいものはなくこれから調べてみるということなので」

「どれぐらいかかりそうですか?」


 クーが警備員の一人を見ながら尋ねると、その男は腕を組み悩んだように唸った後自信なさげに応える。


「うちは警備が専門で、腕っぷしなら自身はあるが情報とかは苦手な連中が多いからなぁ。最低でも三日から一週間は掛かっちまうはずだ」

「となると、ちょっと厳しいかもしれませんね」

「そうなのか?」

「予告状にあった月の輝きは喰われ、世界は漆黒に満ちるという一文、たぶん犯行予定日を表していると思うんです。明後日が丁度新月なんですよ」


 そういえば、初日に月を見た時もだいぶ細くなっていたな。クーはそのことにも気づいていたのか。


「なるほど、月の欠ける様子を喰われると現したわけですか。確かにそれなら辻褄が会いますね。しかしそれが当たっているとすると、情報が間に合いませんね」

「そこでなんですが、私たちの知り合いに情報収集が専門の傭兵団があるんです。そこに頼めば少し値は張りますが優先で調べてもらえることも可能なんですよ。良ければ間を取り持ちましょうか?」


 上手い! 自分たちが情報を調べるために依頼をするのではなく、ウェーダ殿が情報を調べるように誘導したわけだな! こうすれば私たちは風見鶏との仲介をするだけで、実際に依頼を出すのはウェーダ殿になる。

 そして現在の夜間警備を行っているのは私たちだから、必然的にその情報は私たちにも回ってくるというわけか!


「そうですね。アースドロップを盗まれればそれこそ被害は甚大です。ここは少しの出費を嫌がっていられる場でもありません。クーネルエさん、その傭兵団との仲介をお願いできますか?」

「分かりました。では今からでもギルドに行って先方と連絡を取ってみます。その間ミラ一人で警備をしてもらうことになっちゃうんですけどいいですか?」

「うむ、私としては構わないぞ」


 連絡を取るだけならそこまで時間もかからないだろうしな。


「クーネルエさん、今日すぐにその方にお会いすることってできますかね? なるべく急ぎたいので、すぐにでも依頼を出したいのですが」

「向こう次第なのでちょっとなんとも。ただ可能なら、戻ってくるときにお連れすることはできると思います」

「では私もクーネルエさんが戻ってくるまで待ちましょう。あ、警備員の皆さんは帰ってもらって大丈夫ですよ。ここからは国境なき騎士団のお仕事ですから」

「そうか。少し後ろめたいが、そういうことなら俺たちは先に上がらせてもらう。明日も予定通りの時間に来るから、それまで頼むぜ嬢ちゃんたち」

「うむ、任せてもらおう」


 警備員たちは私たちと軽くタッチを交わし、町中の雑踏へと消えていった。


「では私もギルドに行ってきます。ミラ、お願いしますね」

「うむ。そちらも頼むぞ」


 こと交渉に関しては、私なんかよりよっぽど有能だと思うがな。


「はい。では失礼します」


 そしてクーもウェーダ殿に一礼し、ギルドに向かって駆けだしていった。

 残った私たちは店内へと戻り入り口の鍵を閉める。


「ウェーダ殿大変なことになったな」

「はは、全くです。まあ、宝石商なんてものをやっていれば、こんなこともあるのかもしれませんね。友人へのいい土産話にできるといいんですが」

「そうして見せるさ。それが私たちの仕事だからな」


 今回私が騎士として守るのは、この一市民の財産だ。

 それを横から奪おうとする不届き物は、私の愛剣の錆にしてくれよう!


 クーが戻ってきたのは、それから一時間ほどした後だった。


「お待たせしました。風見鶏のユイレスさんがいたので、一緒に来てもらいました」

「ミラベルは久しぶり。そちらが私たちに依頼したいっていう方かしら?」

「ええ、初めまして。ウェーダ宝飾店店主のウェーダと申します」

「風見鶏所属非戦闘部署(サポーティメント)のユイレスよ」


 玄関先で握手を交わし、私たちは応接室へと入る。

 そこですぐに交渉が始まった。

 ウェーダ殿が要求するのは涙の怪盗ダイアの情報。具体的にはこれまでの行動や窃盗のやり方などだ。それを明日の夜までに集めてきてほしいというものである。

 これに対してユイレスは悩む素振りを一切見せず、すぐに金の話となった。

 ダイアの情報に関しては、既にかなりのものを有しているらしい。だから今ある情報の提供で一定金額を、明日の夜までに新しい情報が手に入れば、追加の報酬を希望した。

 悩んだのはウェーダ殿だ。

 どこまでの情報を希望するのか。今持っているだけでも、風見鶏ならば相当な量の情報を抱えているはずだ。それだけでも対策を考えることは可能だろう。だが直近の情報ともなれば、ダイアの動きを予想しやすくなるのも確かだ。

 確かにこれは悩むな。


「どうしますか? 調べるなら、あまり悩んでいる時間はありませんが」

「そうですね。では直近まで全ての情報をお願いします。ここで出し渋るのは、商人として二流でしょう」

「分かりました。では現在持ち得る情報を纏め、今日の二十二の鐘までにはここにお持ちします。同時に他のメンバーに調査をさせ、分かったことを纏めて明日の十六時までに提出しましょう。料金はその時に」

「分かりました。よろしくお願いします」


 その後、私たちが周囲の巡回などをしている間に、二人は金額について話を詰めたようだ。

 ユイレスは契約書をもって情報を纏めに風見鶏のホームへと戻っていった。


「では私も今日は帰ります。ユイレスさんからの情報はお二人が受け取っておいてください。明日の朝私も確認します」

「先に読んでしまっても構わないか?」

「もちろんです。夜間警備のあなたたちが一番必要な情報のはずですから」

「了解した」

「では明日の朝に」

「うむ。お疲れさま」

「ウェーダさんお疲れ様です」


 ウェーダ殿はやや疲れた様子で肩を落とし帰路へとついた。

 ウェーダ殿が帰ったからと言って、私たちのやることが変わるわけではない。

 昨日と同じように警備を続ける。

 そしてユイレスが言っていた二十二の鐘が近づいたところで、店に近づいてくる気配を感じた。

 私が庭から正面へと回ると、ちょうどユイレスが資料をもって戸を叩くところだった。


「ユイレス」


 私が声を掛けると、ビクッと大きく肩を震わせ、驚いたようにこちらを見る。


「ビックリしたわ。いきなりそんなところから声掛けないでよ」

「私としては普通に声を掛けただけだが」


 たまたま家の影の暗がりになってしまっただけだ。


「仮面を付けた人物に暗がりから声を掛けられるのってなかなかの恐怖よ? まあいいわ。とにかく資料を持ってきたわよ。今ある分がこれね」


 受け取った資料は用紙の束だ。パッと見てもかなりの量がある。


「凄い量だな」

「結構有名だったからね。私たちに依頼が来る可能性もあるってシェーキが集めさせていたのよ。まさか本当に来るなんて私は信じてなかったけど」


 少しだけ悔しそうにユイレスはそう付け加えた。


「ふっ、なら今から集める情報でアピールすればいいさ」

「なっ、なにいってるのよ! 私はシェーキのことなんてなんとも……」

「む? 自分の有能さをアピールできれば、シェーキの鼻を明かすことだってできるだろう?」

「あ、ああ。そういうことね。まあ、ミラベルだものね」


 ユイレスがはぁと深いため息を吐いた。いったい何なのだ。


「まあ確かにアピールは大切よね。ええ、そうね。じゃあ私は頑張って情報集めてくるから。クーネルエによろしくね」

「うむ、お互い頑張ろうではないか」

「ええ、お互いね」


 受け取った資料を持って部屋へと戻る。するとクーがすぐに私の持っていた用紙に気付いた。


「それ、ユイレスさんからですか?」

「うむ、先ほど外で会ってな。ついでに受け取ってきた。早速読んで対策を考えよう」

「そうですね」


 テーブルに資料を広げ、クーと共に内容を確認する。

 ダイアが最初に確認されたのは、今から二年ほど前のソラエラという名の町。ソラエラも規模としてはトエラと同程度の大きさだったはずだ。そこで予告状の後に貴族の館に忍び込み、宝石を盗み出した。予告状を出していたのは、どうやら最初からだったようだ。

 その後は半年ほど消息を絶つも、次に現れたのはソラエラと王都の間にある宿場町だ。そこにある商人の店から指輪を盗み出したようだ。この時にも予告状はきっちりと出されている。この商人はダイアのことを知っていたらしく、厳重な警備を敷いたのだがダイアはその網を掻い潜り宝石を奪取。逃走まで成功している。

 その際に判明したのは、ダイアが女性であるということ、そしてボンテージにマントを纏い舞踏仮面を付けた姿で盗みに入っているということだけだった。

 次にダイアが現れたのが王都である。一年ほど前から王都の貴族を狙って連続で犯行を繰り返しているらしい。どの犯行にも予告状があり、宝石を盗み出されている。

 王都警備隊の必死の追跡により、ダイアの手口が主に変装による侵入だと判明。対策が立てられたが、それをあざ笑うかのようにダイアは手口を変装から強襲に切り替えたようだ。

 これは警備隊の情報もダイア側に漏れていたとみていいだろう。そのあたりから、ダイアの単独犯ではなく、ダイアの後ろには組織的な存在が予想されている。

 ただ、実行犯がダイアのみであり、背後関係も一切不明なことから警備隊はダイアの捕獲を最優先にしているらしい。

 そして一年近く王都での犯行が続き、いまだダイアを捕らえられることができないことから、騎士団への協力依頼も検討されているのだとか。


「現在分かっているのはこれぐらいか」

「かなりのやり手みたいですね。しかも背後に組織がいる。これはかなり面倒になりそうですよ」

「うむ。だが私たちは盗ませなければいいのだ。籠城を突破するには三倍の兵がいると聞く。守るだけならば、私たちの方がはるかに有利だろう」

「けど他の人たちはそれでも盗まれています。油断は禁物ですよ」

「そうだな。よし、ダイアのこれまでの行動から、ここに来た場合の経路を予想してみよう」

「はい」


 資料の上から私たちはこの店の見取り図を広げ、ダイアの行動パターンを予想しながら侵入経路を模索していくのだった。


tips

郵便 メビウス王国内ではすでに整備が進み、比較的確実に手紙や荷物を届けることができる。トエラの様な大きな町では住民権をもとに各家に番号が割り振られており自宅のポストまで、小さな村では村長の家など代表者の家に届けられる。

外国に送る場合は私設郵便団や傭兵、行商を利用する。

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