2-4 蠢く影
あのバカ娘め。そう心の中で愚痴っても、私は文句を言われないと思う。
まさか、貴族の長女が家出するとはどういうことだ。貴族の娘ならばそもそもそんなことは考えないし、万が一思い浮かんだとしても行動するだけの知識も体力もない。
だが、残念なことに我がバカ娘はその全てを備えてしまっていた。
いったい誰に似たのだか……いや間違いなく先代か。先代も余計なことをしてくれたものだ。
私がミラベルに叩きのめされ次に目を覚ました時、ミラベルはすでにトエラへと到着しておりすぐにどうこうできる状態ではなくなっていた。
仕方がなく私が信頼できる騎士ソーマに頼み、ミラベルの説得を頼んだのだがその結果は失敗。
なんとなく予想はしていた。あの頑固者がソーマの説得程度でどうにかなるものではない。それができるのならば、私が説得できているはずなのだ。
故に、ソーマの本来の目的はミラベルの場所を特定することと、現状を確認することだ。
それは上手くいった。
ソーマから送られてきた手紙には、ミラベルは傭兵ギルドに登録しておりそこで依頼を受けながら卑賎を稼いでいるらしい。
ソーマには自分はミラベルではないなどと言って仮面を付けて否定はしているが、その態度や周囲の様子からミラベル本人であることは周知の事実だということ。
その場ではとりあえず現状を維持し、応援を送るので監視を続けるようにと指示を出した。
その直後に問題が発生する。
ミラベルが指名手配犯であるギエラスという男を殺したというのだ。その話により一気にミラベルの名は傭兵たちの間に広がり、注目を集めるようになった。
そこで私は初めてミラベルの目的に気が付いたのだ。
我が娘は、王族に直接自分の存在をアピールする気なのだと。
すぐにソーマへと指示を送り、実力による確保を命じた。だが遅すぎた。
ソーマはミラベルの協力者の誘導にひっかかりトエラの町を出てしまい、その間にミラベルはトエラで家を購入し住民登録をしてしまったのだ。
このようなことを戦い以外のことに疎いミラベルが考えられるとは思えない。協力者に頭脳担当がいることは間違いない。
次に出し抜かれることが無いようにソーマにはミラベル以外にもミラベルの周囲にいる人物たちの身辺調査も依頼した。
そして私自身も動く。
今日面会の約束をしている人物も、我がバカ娘に関することでだ。
「イエルド様、バラナス・ナイトロード様をお連れしました」
「入ってくれ」
「どうぞ」
「失礼する」
案内人が扉を開き、私はその中へと足を踏み入れる。
そこは貴族の館にある一般的な応接室だ。高価な家具に煌びやかな調度品の数々。それは貴族としての対面を維持するためのもの。
そしてソファーから立ち上がり私を出迎えたのは、トエラを有する現フリーク領領主イエルド・ミズドワルである。
たしか今年で五十一。息子も立派に育っており、いつでも立場を譲ることができる状態なのだとか。政務もすでに息子がほとんどを担当しており、だからこそ私の急な面会依頼にもこたえてくれたのだろう。
「初めまして。バラナス・ナイトロードと申します。以後お見知りおきを」
本来ならば、どこかの舞踏会などで会っていてもおかしくはないのだが、私が騎士団の副団長という立場上なかなか舞踏会などに出席することが少なく、イエルド殿とお会いする機会が無かったのだ。
「初めまして。フリーク領領主イエルド・ミズドワルと申します。さあどうぞおかけください」
「失礼する」
「バラナス殿には一度お会いしたいと思っていたのだ。なかなか会う機会に恵まれ無くてな」
「仕方ありますまい。貴殿はフリークの領主であり、私は騎士団の副団長。ともに忙しい立場です」
「それも少し前までの話だがね。今は息子のおかげでこうして貴殿と会う機会を得ることができた。後数年後には正式に家督も譲るつもりだ」
「その後は何か予定でも?」
「妻と別荘で静かに暮らすよ。この町はどうも年寄りにはうるさい」
窓の外から見える景色は、トエラの街並み。煙突から煙が上がり道には露店が立ち並ぶ。
それは王都にはない景色だ。この町のどこかにミラベルがいるのかと思うと、すぐにでも町に走り出したくなる衝動にかられた。
「ここは傭兵ギルドの総本山ゆえ仕方ありますまい」
そこに所属してしまったミラベルには、思いきり拳骨をぶつけてやりたいと思うが……躱されるのだろうな。それどころかカウンターで沈められそうだ。
「しかし、貴殿は騎士団の副団長。私のように暇な身ではあるまい? なぜこの時期にわざわざ?」
イエルド殿が本題を切り出し、私は気を引き締める。
「まことに恥ずかしながら、トエラで住民権を得た娘を一人王都へ移すことを許可していただきたい」
「ほう、穏やかな話ではありませんな」
住民権を得た平民というのはその領主の資産そのものである。それを欲しいというのは、金を欲しいと言っていることとほぼ同義なのだ。
イエルド殿はやや目を細めてこちらの真意を見抜こうとしてくる。この辺りは領主を支え続けた本物の領主貴族だと理解させられる。地位は同じとはいえ名誉一位貴族である私とは、根本的なところが違うな。
「その娘は我がナイトロード家の長女、ミラベル・ナイトロードなのです。恥ずかしながら、我が娘が家出をしましてな。この町で家を購入しミラベルという平民として住民権を得てしまったのです」
「ほう、それはまた」
我が娘のじゃじゃ馬っぷりを知り、イエルド殿の表情から鋭さが消える。
「娘は貴族としては珍しく剣の好きな子でして……騎士団に入るなどと言ってきかないのです。それを否定したところ、家出してしまいまして」
「傭兵としてこの町に来てしまったと?」
「まったくもって恥ずかしい話です」
貴族の長女が傭兵をやっている。そんなことが一般に知れ渡れば、ナイトロード家は他の貴族家から笑いものにされることは間違いない。イエルド殿にもきっと笑われるだろう。そう覚悟していたのだが――
「私もミラベル嬢の話は噂程度ですが聞いる。なんでも先代騎士団長にその才を見出された逸材だとか。なるほど、それならば腕を試してみたいと思うのも仕方のないことだろう」
やけに好印象なのだ。貴族の令嬢としてはあり得ない存在なのに。
私が驚いてポカンとしていると、イエルド殿が苦笑する。
「ミラベル嬢に勝つことができるのは、騎士団長とその先代だけ。この話は騎士団のみならず有名な噂話だよ。それを耳に挟んでいれば、あながちあり得ない話でもない。まあ、そういうことならば事情は分かった。つまり、家出したミラベル嬢を連れ帰るために住民の移動を許可してほしいということだな」
「ええ」
「ミラベル嬢は今年成人だったな」
そして少し考え込むイエルド殿。ただこちらも彼が何を考えているのかなんとなくだが把握できる。要はミラベルの移動許可を与える代わりに、何をこちらに要求してこようか考えているのだろう。
もしミラベルがまだ成人していないのであれば、住民権を得たとしても親の立場を使って連れて帰ることは可能だ。だが、成人している以上それはできない。成人以降は親の保護下から外れ、責任は自身に付随する。それがこの王国の法だ。
つまり、娘であったとしても住民の一人を移動させるものと同義として考えなければならない。
資産をよこせというのだから、当然相応の支払いが必要になるのは当然だろう。
「ふむ、ではこういうのでどうだろうか」
イエルド殿が懐から一枚の用紙を取り出しこちらに差し出してくる。
私はそれを受け取り内容を確認した。
「連続失踪事件?」
「うむ。二年前からトエラとその周辺の村で定期的に失踪事件が発生している。警備隊も事件の対応に当たっているが、いまいち進展が見えていない。それを騎士団に解決してもらいたい。それができればこちらは住民ミラベルの移動許可を出そう」
失踪事件の解決か。数年たっても解決できていないとすれば、確かにそろそろ騎士団への依頼が来てもおかしくない頃だ。だが、騎士団も国中の難題として回されてきた仕事がある。それらよりも優先してやってほしいということなのだろう。
「了承した。どれだけの人数を動員できるか分からないが、最優先で捜査に当たろう。目下、この町にいる騎士五名に調査任務を通達する」
「感謝する」
「なに、失踪事件がそこまで続いているとなれば違法奴隷の可能性も高い。となれば国を挙げての調査になるし、当然のことだ」
メビウス王国には奴隷制度が存在する。だが、王国法の元に管理されている奴隷たちには生命の保証がされ、奴隷からの解放条件も明確に定められている。
だが違法奴隷は違う。彼らは道具と同様に扱われ、解放に関する条件が存在しない。つまり永久に奴隷ということだ。
違法奴隷たちは大抵が山賊やマフィアによって攫われてきた平民だ。攫う必要がある関係上、女子供が多く男は少ない。
彼女たちの行きつく先がどこかは想像に難くない。
「騎士として、当然の使命を果たそう。期待して待っていてくれ」
「うむ」
面会が終了し、私は領主の館を後にする。
「旦那様、お疲れさまでした」
馬車に乗り込むと、私の専属執事が濡れた布巾を渡してくれる。それを受け取り、顔を拭くとさっぱりとした気分になった。
「話はまとまった。多少騎士を動かさなければならないが、越権行為にはならない程度だ。それでミラベルを連れ帰られるなら安いものだよ」
「それはよろしゅうございます」
「とりあえずソーマたちに指令書を出す。準備をしておいてくれ」
「承りました」
「それとティエリス」
「はい」
執事と共に馬車の中で、控えているメイドへと声を掛ける。
「指令書をソーマへと持っていけ。そのままソーマに付いてサポートをしろ。ティエリスの情報収集能力ならば、すぐに尻尾を掴めるはずだ。さっさと終わらせてミラベルを連れ帰るぞ」
「お任せください」
ティエリスは恭しく頭を下げる。
だが私は知っている。このメイドは私に忠義を誓ってなどいない。このメイドが仕えているのは我が娘ただ一人なのだ。
まあ、だからこそ使える。ミラベルを連れ帰るためならば、このメイドは自身の全能力を使って使命を全うしてくれるだろう。
◇
「よっと」
暗闇にまみれて私は屋根へと昇る。今回の仕事はちょっと大変だったかなぁ。まあ、私にかかればこんなもんだけどね。
手に入れたお宝の入った袋を見て、ニンマリと私は笑みを浮かべる。今夜はいい仕事ができた。
「どこに行った!」
「明かりを!」
「一班は路地へ! 二班は大通り! 三班は屋根の上を探せ! 奴は身軽だ! 頭上にも注意を向けろ!」
下からは、私を追ってくる王都警備隊の兵士たちの姿。
ここはメビウス王国王都。普段は荘厳で静寂に満ちるはずの夜更けに、警備兵たちの声がこだましていた。あんまりうるさいと近所迷惑になるよ?
掲げられた松明が列をなし、そのうちの一つが偶然にも屋根から覗き込んでいた私を照らす。
「いたぞ!」
「屋根の上だ!」
「三班!」
「やばっ」
屋根の上に上っていた三班が、急いで私を追いかける。
家々の屋根を飛び越え、警備隊から逃げ続ける私。だけど、何度目か屋根を飛び越えた後、同じように飛び越えようとして急いで体を止めた。
その先にあるのは町の中を通る川。昼ならば多くの主婦や子供たちが集まるその川は、対岸までの距離がありとてもジャンプで飛び越せるような距離ではない。
「追い詰めたぞ!」
「年貢の納め時だ」
「その仮面の下、見せてもらうぞ。盗賊ダイア!」
追ってきた警備兵たちが口々にそんなことを言ってくる。
なかなかいいフラグになってると思うよ? 私の演出に大切なのは、追ってくる相手の迫真の表情だからね。
「ふふ、私のことは涙の怪盗と呼んでって言ってるでしょ? ハンサムな隊長さん」
振り返った私は、マントを翻しボンテージから伸びるその肢体を惜しげもなく披露する。
たわむ胸に警備兵たちの視線が一瞬吸い込まれた瞬間、私の胸元で発動させた魔法が空を明るく染めるほど眩い光を放った。
「バイバイ、また会いましょ」
マントの裏からかぎ爪の付いたロープを取り出し屋根から飛び降りる。
落下しながらかぎ爪を屋根の端にひっかけ、するりと音もなく地面に着地し川にあらかじめ止めておいたゴンドラに飛び乗った。
上では突然の光に目をやられた警備兵たちが右往左往している。
「何の光だ!」
「くそっ、目が」
「ダイアを見逃すな! 一班二班確認できるか!」
「川だ! 船で逃げるぞ!」
「追え!」
地面から私を追って来ていた一班二班の警備兵たちが、ゴンドラを漕ぐ私を必死に追いかけてくる。けど残念。流れに従って速度を上げるゴンドラに、警備兵たちは次第に距離を放されていった。
そして緩やかなカーブで彼らの姿が完全に見えなくなるタイミングを狙い、川へと石を投げこんでから岸に上る。
これで少しは追手を分散させられるでしょ。
「ふぅ、今回も外れだったなぁ」
一応お宝を数点確保することはできたが、私が探していた本命はあの家にはなかった。
ほかにも本命がありそうな情報はいくつか持っているが、王都の情報は今日のが最後である。やはり王都は騎士団の本拠地だけあって情報の数がかなり少なかった。
「じゃあ次はトエラかなぁ」
頭の中にある情報の中の一つが、王都からそこまで離れていないトエラであることを思い出し、私はそっちへ移動することを決意するのだった。
tips
王国法・成人 満十五歳を迎えた王国民は成人となりその責任の一切を自身で請け負う。血縁、親類に係わらず、その責任を他者と共有することはない。




