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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
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2-1 ホーム完成

1章のあらすじ

騎士になることを反対され家出したミラベル。傭兵として働きつつクーネルエという仲間を見つけ、トアという少女を保護する。

しかしそこに親の魔の手が!

連れ帰られるのを阻止するため、ミラベルは強い魔物を倒したり、強い犯罪者を倒したりして傭兵ギルドの信頼を稼ぎ、家を買ってトエラでの住民権を得て領主の庇護下に入るのだった。


 国境なき騎士団の正式稼働から一カ月が経った。

 その間、私とクーはルレアやヒューエから提示される依頼をこなしつつ、順調にギルドからの信頼度を稼いでいる。

 依頼の内容は、動物から薬の材料となる素材を回収してくることや、非戦闘部署(サポーティメント)の薬草採取の護衛任務が主だ。

 戦闘部署(ファイティパート)の私たちでは、傷薬などに使う薬草の知識がない。それらを有している非戦闘部署(サポーティメント)の護衛は、戦闘部署(ファイティパート)ならば誰もが受ける依頼だろう。

 そんな依頼を行っている場所は、私とクーが出会うきっかけにもなった緊急依頼、その舞台となったオーロスの森の浅い位置である。小動物や、それを狙ったイタチやキツネ、猛禽類などの比較的初心者にもやさしい獣しか出てこないので、私としては腕がなまりそうで不服なのだがクーの短剣の練習にはピッタリの場所である。

 そのおかげもあってか、クーの剣捌きも見れる程度にはなってきたと言っていいだろう。

 トエラで依頼を受け、オーロスエラへと移動。そこで準備を済ませ依頼を完遂。その後は、定期便を使ってトエラに戻ってくるというのが、私たちの日常となっていた。

 そのおかげもあり、一日二日はトエラから離れることも多く、その間トアはルレアの家で世話になっている。

 朝から夜までみっちりと勉強や礼儀作法を教えられているトアは貪欲に知識を吸収し、瞬く間に浮浪児時代とは面影が残らないほど丁寧な言葉遣いを身に着けている。その上計算は得意であり、今ではルレアの書類整理も手伝っているのだとか。

 驚くほどの成長に、私もクーも舌を巻いた。

 ルレアは、トアの才能だと言っていたが、才能だけでどうにかなるものではないことぐらい勉強や礼儀作法を学んだものならばすぐに理解できる。よほどルレアの教え方も上手かったのだろう。

 ただ、お姉ちゃん呼びがなくなってしまったことにショックを受けたクーが、ギルドの手伝いをしているとき以外はこれまでと同じように接するように矯正したがな。

 そんな感じで各々にささやかな成長をしつつ、一カ月が過ぎたわけだ。

 そして今日!


「どんなふうになっているか、今から楽しみだ」

「そうですね。業者の人はかなりの改修をしたと言っていましたし」

「んっ」


 依頼していたチームホームの改修が完了したと業者から連絡があったのだ。

 なので今日は一日休みにして、クーとトアと共にホームへと向かっているところである。

 住宅地の間を抜け、しばらくすると家の数が減ってくる。それに合わせて一件あたりが大きくなり、庭もつくようになった。

 そんな中に、私たちの家があった。


「見た目は変わらないな」

「一応塗装はしなおしたみたいですね」


 二階建てのホームの外見は、一カ月前とさほど変わらない。だが、一応全体を塗装しなおしているのか、目立った染みはなくなっている。

 門から玄関までに続く石畳は、割れたものだけが新しくなっておりそこだけが目立っていた。


「では開けるぞ?」

「はい」

「うん」


 やや高鳴る鼓動を押さえつつ、私は玄関の扉を開ける。

 そこは完全に別世界だった。

 正面に続く廊下と階段は新品の木材に張り替えられており、真新しい独特の香りが鼻腔をくすぐる。

 右手にはリビングとダイニング。その奥にはオープンキッチンが備え付けられており、発注していた家具もすでに配置済みになっている。


「おお! 暖炉まで完備か」


 リビングのソファーの前には暖炉が備え付けられており、冬場は暖かそうだ。

 クーは真っ直ぐにキッチンへと向かい、目を輝かせながら収納や窯をのぞき込んでいる。


「このキッチン、広くて使いやすそうです。それにこの窯、最新式ですよ!」

「クーは料理は得意なのか?」

「よく母の手伝いをしていましたからね。一通りはこなせますよ。今日から早速ごちそうしますね!」


 これまでは食堂か屋台だったからな。自炊という発想自体が無かったが、クーが作ってくれるというのならば、ありがたく相伴にあずかろう。


「ならば後で食材を買いに行かなくてはな」

「はい、近くの市をチェックしないといけませんね!」


 私が暖炉の前にあるソファーに腰を下ろしていると、その横にトアがチョコンと座った。どこか落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見回していたが、やがてソファーの柔らかさに魅入られたのか、こてんと横になる。


「気に入ったようだな」

「ん。これは――いいもの」

「そうだろう、そうだろう。私が選んだ品だからな」


 家具を注文する際に、私がこだわった一品だ。座り心地は抜群だし、ソファーの手に頭を置けば仮眠をとることもできる。硬すぎず柔らかすぎず、程よく尻を支えてくれるのだ。

 ソファーは家の中で最も多い時間くつろぐ場所だ。そこをこだわるのは当然だろう?

 ちなみに、クーはキッチン周りや収納棚にこだわっており、トアは勉強にも使える机にこだわりを見せていた。家具を選んでいる最中も、それぞれの趣味が現れていてなかなか面白かったな。


「二人とも、二階の部屋も見てみましょう」

「そうだな。トア」

「うん」


 若干名残惜しそうにソファーから立ち上がり、三人で二階へと向かう。

 階段を上がると三つの扉が目に飛び込んでくる。一部屋は空き部屋になっており、残りの二つが私とクーの分だ。最初はトアに三つ目の部屋をと思っていたのだが、トアがいらないというので私と共用と言うことになった。

 そんな私の部屋を覗くと、最初に目に飛び込んでくるのは巨大なベッドだ。いわゆるキングサイズというやつだな。それだけで、部屋の半分を埋めてしまっている。


「やはり大きすぎないか?」

「大丈夫ですよ。どうせ三人で寝るんですし」

「まあそうなのだが……」


 トアの部屋を私と共用するとなったとき、ベッドを二つ入れるのかということが問題になった。さすがに一般民家を改修して使うので、ベッド二つを入れると他のタンスなどを置くスペースが極端に狭くなってしまうのだ。

 そこで、少し大きいベッドを買い一緒に寝ることになったのだが、なぜかクーが最大サイズのベッドの購入を希望し、私も一緒がいいと主張し始めたのである。

 最近はトアと一緒に寝ることも多かったし、きっと一人で寝ることが寂しくなったのだろう。まだまだクーも子供だな。

 結果、私の部屋はキングサイズのベッドが部屋の半分を占め、残ったスペースに三人分の衣類タンスと鏡台が設置させている。

 なんだか、私とトアの部屋というよりも、三人の寝室だな。

 その隣の部屋がクーの部屋だが、こちらは逆にさっぱりしていた。

 ベッドもなく、あるのはまだ空っぽの本棚と作業台。それに水瓶である。

 ここで薬草から簡単な傷薬を作ったり、剣のメンテナンスをできるようにしてあるのだ。こちらはクーの私室というより共同の作業部屋と言ったほうがいいだろうな。


「あとで私の魔宝庫から本を補充しておきますね。ついでに水も入れておきましょう。ミラは何か必要なものありますか?」

「すぐにはいらないだろうな。剣の整備に必要なものは、後ほど鍛冶屋から取り寄せよう」

「分かりました」

「クーは傷薬の作り方も知っているのか?」

「いいえ、トアちゃんが今いろいろと勉強してくれているそうですよ」

「そうなのか?」


 受付の仕事に、文字や計算、それに礼儀作法も勉強しているというのに、さらに薬の勉強までしているだと!?

 私が驚いてトアを見ると、トアは私を見上げながら無表情で小さくブイサインを作る。


「ぶい」

「ふっ」


 その姿に思わず笑みがこぼれた。


「トア、ブイサインするならせめて笑顔だ」

「ぶい?」

「けど大丈夫なのか? 明らかに許容量オーバーだと思うのだが、焦る必要はないんだぞ?」

「ん。大丈夫。楽しくてやってることだから。それに、薬が作れれば色々と安く済むし」

「確かにそうだが」


 傷薬や鎮痛剤を自分たちで用意できるようになれば、確かに素材料だけで済むのだから安上がりに済む。

 だが、調薬はほかの勉強とは比べ物にならないほど知識が必要になると聞いたことがある。


「それに、お姉ちゃんたちを待ってる間、けっこう暇になるの」

「ああ、それは確かにそうだな」

「二泊ぐらい空いちゃいますからね」

「本を読んでても、余計に試したくなるの」


 ああ、それは分かるぞ。私も剣術の指南書などを読んだ後は無性に試してみたくなるからな。

 訓練場でよくやったものだ。そのたびに案山子や鎧を破壊するものだから、訓練場の整備士たちに怒られたものだが。


「なるほど。無理をしていないということならば、私から特に言うことはないな。調薬用の器具も一式そろえるとしようか」

「ん。ありがと」

「トアの調薬が、このチームの力になるのだ。気にすることなどない」


 トアの頭を撫でてやると、頬を染め嬉しそうに笑みを浮かべる。その笑み、ブイサインの時にも浮かべられなかった?


「では買い出しついでにそれらも見に行きましょうか」

「そうだな」

「うん」


 私たちは買うものの予定を纏め、午後の時間を使って必要な道具の注文を行うのだった。


 さて、ホームの完成に浮かれてばかりもいられない。

 私たちは傭兵。傭兵は仕事をして金を稼がなければならないのだ。

 色々なものを注文した翌日、私とクーは早速採取依頼を受けてオーロスの森へと来ていた。

 今回の採取対象は、穴ジカと呼ばれる鹿の仲間の角だ。穴ジカは立派な一本角を持っており、それを使って地面に穴を掘り寝床を作る珍しい鹿だ。

 穴の中で生活するため、あまり大きくならず大人でも両腕で抱えられる程度にしかならない。そんな大きさの鹿の一本角なので、希少価値のある一品なのだ。

 ただ、穴ジカは角を切り取っても一年ほどで元の大きさまで戻るらしい。なので、ある程度残して角を切り取り、巣に戻してやればいいのだとか。

 だが中には荒っぽい連中もいるようで、生け捕りが面倒くさいから殺して角を取るせいで穴ジカ自体の数は年々減っているのだとか。


「全く、困った連中もいるのだな」


 森を進みながらそんな話をクーから聞いて、私は憤慨する。


「昔はオーロスの森の浅い位置でも巣穴が見つかったそうですが、人間の乱獲が原因で今は少し奥まで行かないと巣を見つけられないそうですよ。奥に行けば凶悪な肉食獣や魔物もいるはずなんですが、それよりも人間の方が脅威と判断したんでしょうね」

「誰かの怠惰が多くの真面目なものたちに迷惑をかけ、生態系すら変化させてしまう。私たちも気を付けなければならないな」

「そうですね」


 そんな話をしながら森の中を進んでいく。まだ比較的浅い位置だけあって、こちらに襲い掛かってくるような獣はおらず、むしろ私たちの姿を見ると逃げていく小動物ばかりだ。

 そんな中、一メートルほどの小さな斜面に目的の穴を見つけた。

 高さ三十センチほどの横穴だ。


「とりあえず一つ目だな」

「浅い位置なので、捕れるかどうかは分かりませんがね」


 既に角を着られた穴ジカの巣穴かもしれない。実際に捕まえるまでは、角を取れるか分からない。

 穴ジカは、危険を感じると巣の奥へと逃げてしまう。そんな穴ジカを巣から引っ張り出すには煙が一番だ。

 用意していた藁に火を点け、燻らせて煙を作る。

 それを巣の中へと流し込んでいくと、数分ほどで中からガサガサと音が聞こえてきた。


「クー、持っていてくれ」

「はい」


 クーに藁を渡し、私は飛び出してくるであろう穴ジカに備える。

 そして――


「ほっ」


 穴からぴょこんと飛び出してきた穴ジカを、私は胸に抱え込んだ。

 突然捕まえられたことに、穴ジカは最初激しく暴れたが、次第に腕の中で大人しくなると諦めたように私の二の腕に頭を置いて丸くなった。

 丸いくりくりとした瞳が私を見上げてくる。ふふ、可愛いやつめ。


「クー、角はどうだ?」

「ダメですね。小さすぎて切れません」

「そうか。捕まえてすまなかったな」


 私が穴ジカを地面に下ろすと、素早く草木の中へと逃げて行ってしまった。

 そこまで深くもない穴だ、煙も入れ続けなければ十分程度でなくなるだろうし、すぐにこの巣も使えるようになるだろう。


「では気を取り直して次に行くか」

「はい、頑張りましょう」


 私たちは、森の中を進んでいく。

 穴ジカの体温、暖かかったな――


 丸一日を掛けて行った探索は、角一本という結果に変わった。

 もはや初心者が行かないような森の中腹まで進んでようやく一匹角を切れるだけの長さの穴ジカに出会うことができたのだ。

 そこまでくると、時折こちらに襲い掛かってくる動物もいて気を抜くことはできなかったが、クーにとってはいい訓練になっただろう。穴ジカの巣を探しながら、周りの警戒を行うというのは意外と難しいのだ。

 どちらかに集中してしまうと、もう片方が見落としがちになる。現に、何度かクーは奇襲に気付くことができなかったし、奇襲に警戒しすぎて穴を見落としたこともあった。

 そんなこともあって、ヘトヘトになったクーを連れて私は日が暮れて真っ暗な街道を進みオーロスエラへと戻ってきた。

 依頼自体は穴ジカの角一本以上ということだったので、これを提出すれば達成となる。ただ、二本三本と数が増えればその分報酬も上乗せされる仕組みだ。

 だが無理だ……私には、これ以上穴ジカのつぶらな瞳を見ながら角を切るなんてことはできない!

 確保しておいた宿で、私たちはベッドに並んで座りクーにそのことを切り出した。


「クー、今回の依頼はこの一本で達成としよう」

「ほぇ? 良いんですか? 一本だけだとあまりいい実入りにはなりませんが」


 依頼主も三本以上を想定して出した依頼なのだろう。一本二本では移動費や宿代を考えるとマイナスにこそならないが、プラスもほとんどなくなってしまう。

 だが――


「私はもう、あの悲し気な鳴き声を聞きたくないんだ……」


 首と口を押え、顔を固定して角を切り取る。その際に喉を鳴らして「きゅーん」とか細い声で鳴くのだ。とても悲しそうに、とても辛そうに……

 そして目には涙を溜める。乾燥防止のための分泌液であり、悲しくて泣いているわけではないと頭では理解できていても、やはり辛いのだ……


「そうですね。確かにあれは心に来るものがありました。他の傭兵が殺してから角を取る理由も、そのせいな気がしてしまうぐらいでしたから」

「そうなのだ」


 がっくりと肩を落としたまま頷く


「分かりました。ではこの依頼はこれで終了としましょう」

「すまない」

「いえいえ、ミラの優しいところが見られて、私としては嬉しかったですから」

「すまない」


 私はクーに手招きされ、横になってその膝に頭を乗せる。目を閉じると、耳に残った穴ジカの鳴き声が「きゅーん」と聞こえてくるようだ。

 これは思ったよりも深刻かもしれない。そんな風に思っていると、クーの手が私の頭を撫でる。


「ゆっくり休みましょう。それで、明日の夜は美味しいものでも作りましょう」

「うむ。ありがとう」


 クーの膝枕は柔らかく、ほのかに甘い香りに包まれて私の意識はゆっくりと沈んでいくのだった。


tips

ウミガメの産卵時に流す涙は体内の塩分調整のための分泌液。


と、いうことで二章開始です。書き終わってないので毎日投稿に間に合うよう頑張ります。

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