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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
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1-19 国境なき騎士団の門出

 あの後めっちゃ怒られた。

 意識を取り戻した私とクローヴィスは、治療もそこそこにギルドの三階へと連れていかれた。

 そこは役員用の会議室や各部長の私室などがあり、主にギルドの役員のみが入れるところのようだ。その中でも一番奥にある豪華な部屋で、私とクローヴィスは正座を強いられた。

 まさかこんな形でギルドのトップと会うことになるとは思わなかったな。

 本部ギルドマスターは、六十を超えた初老の男性だ。だが、その貫禄は私のじい様にも似たものがある。

 目の前に立つだけで威圧され、思わず肩をすくめそうになるのだ。

 たぶん、顔を真っ赤にしてプルプルと震えているのも、私たちが怯える要因である気がするが……

 彼からげんこつをもらい、二度と無茶な私闘はしないと誓わされ、その上一カ月のトレーニングルーム使用禁止を言い渡されてしまった。

 それに加え、トレーニングルームの修理費を請求されそうになったが、私は自分がまだギルドに登録してから一週間も経っていない新人であることを盾に制限解放者の私闘禁止を知らなかったと言い張り、クローヴィスに全責任を押し付けて逃げることに成功した。

 制限解放者だけあって金だけは大量に持っているらしく、修理費の全額負担にクローヴィスは平然と答えていたが。


「ふぅ、やっと終わったか」


 そして説教も終わりようやく解放されたところで、私は大きく伸びをする。

 隣ではクローヴィスがジトっとした目をこちらに向けてきていた。


「なんだ?」

「狡くね? なんでミラベルの証言だけ認められるわけ?」

「登録一週間の新人と制限解放者の違いだな。新人ならばルールを把握していなくても仕方がないということさ」

「納得いかねぇ。しかも全額免除かよ」

「新人だからな。金がないのさ」

「緊急依頼のこと知ってんだかんな! 四百近く儲けてんじゃねぇか!」

「フハハ、なんとでも言うがいい! 結論はすでに出てしまったのだからな!」


 二人で言い合いながら階段を降りていくと、ルレアとトアが出迎えてくれる。


「二人とも、どうしたのだ?」

「ミラベル、お話があります。クローヴィスさん、ミラベルをお借りしますね」

「おう、いいぞいいぞ。しっかり叱ってやれ」

「ま、まてルレア! 私に責任がないことは、先ほど決定したばかりだ!」

「関係ありません! トアちゃんの見本にならなければならないミラベルがそんなことでどうするんですか! こっちに来てください。ギルドの細かいルールをしっかりと叩き込んであげます! トアちゃんと一緒にお勉強です!」

「ま、待つのだ。クーたちと昼食をとる約束――」

「もう十五の鐘を過ぎてますよ! ミラベルが寝ている間にみんなで食べました。ミラベルはお昼抜きです!」

「ぬぉぉおお」

「ハハハ、いい気味だ!」


 クローヴィスに指をさされ笑われながら、私はルレアが用意した個室へと拉致され一日かけてたっぷりと説教と勉強をさせられるのだった。


   ◇


 警備隊へ引継ぎやもろもろの事後処理を済ませ、今日こそミラベル嬢の説得を成功させるぞと意気込む朝。騎士の一人が私の泊まっている部屋に駆け込んできた。


「ソーマ様大変です! ミラベル様が!」

「ミラベル嬢がどうかしたのですか!?」

「ミラベル様が東の門に! 複数の傭兵たちと町を出る準備をしています!」

「なんだと!?」


 ミラベル嬢、約束を破って逃げるというのですか!

 すぐさま部屋を飛び出し、東の門へと向かう。そこには、いつもとは違う傭兵らしい服を着て仮面を被る銀髪の女性。間違いないミラベル嬢だ!


「ミラベル嬢! 約束が違いますぞ!」


 私が声を上げると、ミラベル嬢は一瞬こちらを見て、すぐに周りの傭兵へと声をかけ馬にまたがる。


「騎士の矜持はいかがしたのですか!」

「ソーマ様、どうしますか?」

「くっ、仕方がありません。追いかけますよ。すぐに馬の準備を」

「ハッ!」


 私がミラベル嬢へと近づこうにも、朝の門は人がごった返して近づくことができない。その間にも、ミラベル嬢は数名の傭兵たちと門を出てしまった。

 その上、門を出るとすぐさま馬を走らせ、逃げるようにトエラから離れていく。


「くっ、見損ないましたぞ!」

「ソーマ様、こちらに! 騎士の馬を準備させています!」

「分かりました。二人残して後は追いかけます! 逃げるのならば捕まえて、縛ってでも連れ帰りますよ!」

「了解!」


 ソーマは街道の先に小さくなっていく影を一度見ると、部下が用意した馬に跨り駆け出すのだった。


   ◇


 ソーマが上手いこと囮につられてくれたようだ。だが全員で追いかけず連絡係を二人残したのは、さすがというべきか。

 まあ、それでも間に合わないだろうがな。

 私とクーは、朝一でトアをギルドに預けると、ヒューエが探してくれた物件の下見へと向かった。

 一件目は五階建ての一室。2DKの比較的小さめの物件だ。

 部屋が小さい代わりに大通りに面したところに立っており、ギルドからも距離が近いなどの利点がある。

 二件目はギルドからは少し離れるが、一軒家の物件。庭付きで広さはあるが、逆に老朽化が激しく使うならば補修などが必要になるだろう。そこは実費で出してほしいとのことだ。

 三件目は同じく離れた位置にある一軒家ではあるが、手入れが行き届いておりすぐにでも使える状態になっている。その代り金額が二件目よりも高く設定されている。年換算すると五十万ほどの加算と考えれ、一年程度暮らすのであれば二件目を修繕するよりも安く済みそうだが、二年目以降になると返って高くつきそうだ。

 そして最後の四件目は、同じく離れた位置にある一軒家。ただ他と違うのは、新築であり無茶苦茶高い。私の所持資金がどれだけか分からないから、念のため入れておいたという感じだろう。

 と、一丁前に語ってみたのだが、ほぼ全部クーからの受け売りである。

 一件目からクーは真剣に部屋の隅々までチェックし、あれはどうか、これはどうなっているかなど案内人に尋ねている。

 ただ、案内人も当然のように答えているから、聞くのが当たり前のようなものなのだろうか? 私には全く理解できない。

 私に分かるとすれば、庭付きだと朝の運動ができるなぁとか、風呂が使える場所が近い家がいいなぁ程度のことだ。正直、戦力外通告されているようなものである。

 正直三件目にもなると、家に入った当初は「おおぉ!」となるのだが、一通りざっと見ると飽きてきてしまう。トアを連れてくればよかったか……


「ミラ」

「クー、下見は終わったのか?」

「はい、一通りは。ミラはどこか気になる物件とかありましたか?」

「私にはさっぱりだ。庭があればいいなぁぐらいには思うが、その程度だな。水回りの使い心地など全く分からん」

「ふふ、さすが貴族ですね」

「むぅ」

「そんな膨れても可愛くないですよ」


 膨らました頬を突かれ、ぷふーと息が出る。

 私の頬よりもクーの指先の方が柔らかい気がしたのは気のせいか?


「クーはどこがいいとかあったか?」

「三年程度生活することを想定するなら、二件目か三件目ですね。チームの拠点になることも考えれば、客室などもあったほうがいいと思いますし、一件目では手狭かと。あとこの二つの違いは、初期投資の違いぐらいですね」

「ふむ。どれぐらい違うのだ?」


 私が訪ねると、クーの代わりに案内人が具体的な数字を出してくれた。


「二件目は一括の支払いで千五百万エルナ。分割ならば十年払いで十四万になります。改修費用は六十万エルナ程度必用になるかと。三件目の物件は、一括購入の場合は二千万エルナとなります。購入はもちろん分割も可能ですが、十年払いで月十八万エルナとなります」

「ふむ」


 私たちは三年程度この家を使うことを考えている。その間で全額払ってしまう予定ではあるが、最終的な支払を考えても二件目の方が安く済みそうだな。

 何より、こちらで自由に改修を加えられるのもいいかもしれない。


「ならば二件目でいいのではないか? クーが気に入らないところがあるのならば、三件目でも構わないと思うが」

「いえ、特に気になるというところはなかったですし、では二件目の家にしましょう。そのように進めてもらっていいですか?」

「承りました。では店の方に戻って契約書類の製作を行わせていただきます」

「あと回収業者の紹介もお願いできますか?」

「もちろんお任せください。家具などの業者も紹介できますが、いかがしますか?」

「じゃあそれもお願いします」


 購入する物件さえ決まってしまえば、あとはとんとん拍子に事が進んだ。

 店へと戻り、すぐさま用意してあった契約書に判を押す。契約は十年間の分割払い。月に十四万である。だが、前倒しで払うことができるのならば、その分の金額は十二万五千エルナになるそうだ。

 できることなら、高額の依頼を早めに受けて、早めに支払ってしまいたいな。

 そして昼前には家の契約が完了し、トエラの役所へと市民申請書を提出する。

 これも、家をすでに購入していることでつつがなく受理され、無事に私たちはトエラの市民となった。これでもう、強引な方法で私を連れ帰ることはできなくなったのである。

 一段落したところでいったんトアたちと合流し、全員で昼食に行った。その際に、トアには新しい家を買ったことを伝え、昼食の管理にルレア達にも家の場所へと案内する。

 外見がボロボロの家を見て、ルレアもヒューエも顔を引きつらせていたが、改修前提だと聞いてほっとしていた。

 トアは……まあスラムじゃまだまだ使える程度の家だったから、特になんとも思わなかったようだ。なので、改修後に驚かせてやろうと、ひそかにクーと計画することにした。

 その後は、三人がギルドへと戻り、私たちは家の中の掃除と内装の相談をして一日を使うのだった。


   ◇


「ミラベル嬢!」


 ひたすら走り続け、地平線に夕日が沈み始めるころ。ようやくミラベル嬢たちが足を止めた。どうやら、野営の準備をするようだ。

 ここまで二つあった宿場町すら通り越してひたすら走り続けた馬は、既にヘトヘトだ。今日明日はたっぷりと休憩を与えなければ使い物にならないだろう。


「やっと追い付きましたぞ!」


 私は馬から飛び降り、仮面の少女へと近づく。


「約束を破り逃げるとはどういうことですか! ミラベル嬢が目指す騎士は、そんなことをするような者たちなのですか?」


 私が詰め寄ると、仮面の少女は一歩下がり「あの」と聞きなれない可愛らしい声を発した。

 その声に私が眉をしかめていると、仮面の少女がその仮面を外す。


「誰かと勘違いしていませんか? 私の名前はエリエナですが」

「なっ!?」


 仮面の下の顔は、ミラベル嬢とは似ても似つかぬ少女だった。

 よく見れば、少女の体系も筋肉の質も全然違う。ただ距離が遠く馬の上だったため気づかなかったのだ。

 その時私は理解した。

 騙されたのだと。


「や、やられた!?」


 ミラベル嬢がこんな囮作戦を思いついたというのか!? いや、言っては悪いがミラベル嬢は騎士の中でも大多数を占める脳筋側の人間だ。こんな囮を使って私を引き離すなんて考えは、浮かぶはずがない。

 となれば、だれか入れ知恵した者がいる!


「くっ、失礼。人違いだったようで」

「いえいえ、気にしないでください」


 それはそうでしょうね! どうせ囮になるための報酬をもらっているでしょうし!

 そう叫びたくなるが、私は騎士としてその言葉をグッとこらえた。

 怒りに身を任せてはいけない。いつだって騎士は冷静に状況を俯瞰せねば。

 ミラベル嬢にこの知恵を吹き込んだ者の狙いはなんだ?

 私を一日二日あの町から引き剥がしたところで、できることなど知れているはずだ。

 どこか別の町へと移動したのか? いや、それならば町に残したものが追いかけるから問題ないはずだ。

 ならばなんだ……私たちに対処するための方法――


「市民権か!」


 市民権を得てしまえば、強制的な移動は領主間の問題になる!

 急いで戻らなければ! ミラベル嬢がトエラの市民権を得る前に!

 私は急いで自分の乗ってきた馬の元に戻るが、一日走り続けた馬はすでに使い物にならない。

 水を飲みながら、完全に走ることを拒否してしまっている。


「くっ」


 近くの宿場町まで走るか。そこで馬を調達しトエラに戻る。ダメだ、どう考えても二日はかかる。間に合わない。

 やられた。完全にやられた!


「ミラベル嬢、あなたはそこまでして――」


 ミラベル嬢の騎士を目指す気持ち。それを私たちは少し甘く見過ぎていたのかもしれない。

 副団長にどう説明すればいいのか……今から気が重い。

 そんな私の様子に、ここまで乗せてきてくれた馬が慰めるように顔を寄せてくるのだった。


   ◇


 夜。私たちは華海亭の食堂でささやかな宴をしていた。


「上手くいきましたね」

「うむ。これから私たちの傭兵ライフが始まるのだ! 実に楽しみだよ」

「私も」

「うむ。トアもしっかり勉強して、私たちのサポートを頼むぞ」

「うん」


 家の改修が完了するまでは宿暮らしが続くが、それも一カ月程度だろう。

 その間にも、クラスを上げて報酬の良い依頼を受けられるようにならなければな。


「やることは多いかもしれないが、一つ一つ確実に終わらせていこう。じい様が昔教えてくれた。何事にも近道はなく、一歩はしっかりと地面を踏まなければならないとな。同じ一歩であっても、しっかりと踏んだ一歩は次の一歩の力になる。着実に、しっかりと力を付けて騎士を目指そうではないか」

「はい、頑張りましょう」

「がんばる」

「うむ。では、国境なき騎士団の成功を願って」


 私がグラスを上げると、クーとトアもそれに倣う。

 私は一つ頷き、二人のグラスへと自らのグラスを合わせた。


「乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱい!」


tips

家の購入には、領主から委託された土地管理者の許可が必要になります。ミラベル達が購入したのは、傭兵ギルドに分担された土地にある家を、ギルドの認可のもと懇意にしている業者から購入しています。


これで一章は終了となります。

次回の投稿は一カ月程度後を予定。最低でも六月一日には二章の連日投稿を再開します。

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