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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
19/86

1-17 ミラベルの特別マッサージ

 時刻を告げる鐘は、五の鐘から二十二の鐘までしか鳴らない。

 夜中の間は鐘を鳴らすことはなく、静寂がトエラに訪れる。

 人通りのなくなった暗い大通りを進み、私たちはギルドへと戻ってきた。

 既にギルド自体の営業は終了している。

 だがギルドの一階は、扉が開いており中から明かりが漏れていた。

 扉の中へと入ると、受付の奥、事務所にルレアとヒューエの姿があった。どうやら私たちが戻ってくるまでギルドを開けておいてくれたらしい。


「今戻った」

「ミラベル! トアちゃん!」「クーネルエ!」


 私が声を掛けると、ルレアは目に涙を浮かべながら、ヒューエは嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。そして、私たちの現状に足を止めた。


「えっと、どういう状況?」


 困惑するのも当然だろう。なにせ、私は右肩にトアを、左肩にクーを担いでいるのだから。


「歩いている途中にトアの眠気が限界に来てな。クーは筋肉痛だ」

「ヒューエしゃん……全身が痛いれす……」


 ヒューエにお尻を向けたまま、クーが涙声を上げる。


「あらら、報告の時に言ってたやつね。こっちのシート使って」

「すまんな」

「すみませぇん」

「かけ布を持ってきますね」


 トアを起こさないように注意しながら、クーはそのままドサッとシートに乗せる。

 ふひぃとクーが変な声で悲鳴を上げているが、まあ痛みになれるのも一種の修行だ。頑張れ。

 ルレアが持ってきたかけ布をトアに乗せ、安心したようにトアの頭を撫でていた。


「とりあえず報告を。ギエラスと部下のベレロダは殺害した。協力してくれた騎士たちがすでに警備隊には伝えているはずだ。この後多少騒がしくなる可能性はあるが、それも直に収まるだろう」

「分かったわ。こっちからは風見鶏からの料金請求の証明書よ。こっちで確認して特におかしな請求は無かったからルレアが支払いの手続きを済ませてあるわ」

「そうか」


 ヒューエから渡された用紙には、請求料金の明細が記入されていた。

 今回風見鶏が調査のために動員した人数が五名。

 基礎依頼料が一人当たり三万で計十五万エルナ。

 危険地域手当が一人当たり一万で四人分の計四万。

 必要経費割当が五千。

 夜間行動手当で依頼料にプラス五万。

 緊急特別手当で総依頼料が二倍。

 総計が四十九万である。

 ギエラス一人の情報に対してこれは高いのか安いのか。情報屋を使ったことが無いので分からないが、ルレアがおかしな請求がないと判断したのならば、これが適正価格なのだろう。


「緊急特別手当というのは何なのだ?」


 この中では飛び抜けて料金を加算しているものについて、ヒューエに尋ねてみる。


「風見鶏みたいに人気のギルドだと、他のところからも依頼を受けているでしょ? 本来ならそれを順番にこなすんだけど、今回みたいに緊急性のある依頼なんかもあるのよ。それを他の依頼よりも優先する際に要求してくるのがそれね。飛び抜けて高くしてるのは、誰もかれもが簡単に緊急依頼にしないようにするためよ。今回は本当に緊急性が高かったから二倍だけど、緊急性がないものを急ぎとされた場合は三倍になることもあるのよ」

「なるほど、そういうことか」


 風見鶏はメンバーがそれぞれ得意分野を持っていると聞いた。依頼次第では、現在進めているものを一時中断する必要もあるから、簡単に緊急の依頼を出されないためにこの手当を付けているのだろう。

 確かに依頼料が二倍や三倍になるとすれば、簡単に緊急依頼は出せないな。この値段では、もし依頼を達成するために情報を買ったとしても、その値段だけで依頼の達成報酬がマイナスになってしまう。


「他に質問はある?」

「いや、大丈夫だ。二人には夜遅くまで迷惑をかけたな」


 ギルドにある時計を見れば、既にゼロの鐘を過ぎていた。日付が変わるまでにことを終わらせることはできたが、戻ってくる間に日を跨いでしまっていたようだ。


「トアちゃんが無事か分からない状態で、一人だけ家に帰るなんてできませんよ」

「そうね、ルレアったらギルドの中でずっとふらふら不安そうに歩き回ってるんだもの。出産に立ち会う父親みたいだったわ」

「本当に不安だったんですから仕方ないじゃないですか!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにルレアが言うが、私とヒューエは口元に指を当てて静かにとジェスチャーを送る。

 トアが寝ているからな。

 ルレアが慌てて口に手を当てるが、トアは今の声で目を覚ましてしまったようだ。


「お姉ちゃん」

「寝てていいぞ。もう遅いからな」

「うん……」


 無意識なのだろう。トアが掛けられていた布をぎゅっと掴んで肩まで被って丸くなる。

 そんな姿をほほえましく眺めていると、ヒューエが肩をトントンと叩いてきた。


「どうしたのだ?」

「今日はもう私たちも帰るんだけど、明日もできれば時間を見て顔を出してほしいのよ」

「何かあるのか?」

「緊急依頼の報酬金額が正式に決定したから受け取りに来てほしいの。この時間だとギルドの運営が完全に止まっちゃってるから、手続きできないのよ」

「そうか。了解した。明日も三人で来よう。おそらく午後になると思うが」


 トアの勉強のことを考えると朝から出向いたほうがいいのかもしれないが、まあそれほど急ぐこともないだろう。クーも午前中は動けるか分からないしな。


「トアちゃんは私が預かるとして、ミラベルたちは依頼は受けますか? 受けるなら私が簡単なものを探しておきますよ?」


 ルレアの問いに、私は少し考える。

 私個人の体力ならば、明日も普通に依頼をこなしても問題ないだろうが、今日これだけいろいろあった後だと、明日普通に依頼を受けるのは少し急ぎすぎな気もするな。クーもまともに動けなくなるだろうし、休暇にしてしまったほうがいだろう。

 久しぶりに個人トレーニングも行いたいしな。


「いや、明日は休暇にしよう。トレーニングルームを使いたいが」

「分かったわ。トレーニングルームは基本自由だし、好きに使っていいわよ。けど、他の人の邪魔はしないようにね」

「承知した」

「じゃあ帰りましょ。流石に眠いわ」

「はい」

「クー、帰るぞ。あと少し頑張れ」

「はぃぃ……」


 布にくるまったままのトアを肩に担ぎ、反対の方にクーを担ぐ。


「重くいないんですか?」

「この程度軽いものだ。騎士の行軍なら、もっと重い荷物を背負うこともある」

「全部騎士で例えられるから、私たちだと実感が沸きにくいわね」


 むぅ、しかし基本騎士としての訓練しか受けてこなかったからなぁ。


「では私はこっちなので」

「私もだわ」

「そうか。ではまた明日」

「明日ですぅ」

「はい、明日もギルドでお待ちしております」


 二人の笑顔に見送られ、私たちはギルドを後にするのだった。


 宿は最低限の明かりだけを残して閑散としていた。まあ当然だろう。この時間になれば従業員だって眠っている。

 私は静かな廊下を音を殺しながら進み、部屋へとたどり着く。

 クーにいったん降りてもらい、ポケットから鍵を取り出して部屋へと入った。


「ほら、クーはそこに横になれ。マッサージをするぞ」


 トアをベッドへと下し、布団を掛けてからクーに向き直る。

 うつ伏せでべちゃっとなっているクーのマントを引っぺがし、その背中に跨った。


「ミラ、眠いです……寝ちゃダメですか?」

「寝てもいいがマッサージはするぞ。これをしないと、夜中に全身を攣って目を覚ますことになる」


 初めて全身を攣る経験をしたときは、衝撃的だったな。痛みというよりも、もはや感情が制御できなくなるのだ。叫び声を上げながら、少しでも動けば襲い掛かってくる激痛に涙を流すことになる。

 あの時は、メイドたちが総出で私をマッサージしたのだったか。

 あれ以来、激しい運動後のマッサージは欠かさないようにしている。いくら他の痛みに慣れていても、きっとあれだけは慣れることはない。


「それは嫌ですぅ。お願いします」

「うむ、では」


 真っ白なふくらはぎへと手を伸ばし、軽く優しく揉み解していく。

 徐々に力を込めて、筋肉の芯へと力を届けコリを解す。何度も、何度も、丁寧に――

 すると、血行が良くなったのか、白い肌に赤が差し体温も上がるのが手の平に伝わってくる。

 同時に、クーの口から我慢するような吐息が聞こえてきた。

 ふふふ、マッサージに気持ちよくなってきたのだな。私もこれまで数多くのマッサージを受けてきたのだ。その知識をフルに使ったマッサージに酔いしれるがいい!


「ふぁ……むっ、う、う、うんっ!」

「声を押さえないほうが気持ちがいいぞ?」

「トアちゃんが起きちゃいますからぁ。ふわんっ!?」

「ではどこまで耐えられるか試してみるか」


 私も家では思いっきり声を出していた。ここで我慢されるのは、私の実力不足みたいではないか。

 ならば、クーには我慢できなくなるほどに気持ちよくなってもらうとしようか!

 モミモミとふくらはぎを揉み解し、ゆっくりと位置を上へと昇っていく。

 膝裏から太ももへ。柔らかく細い太ももは、私の指を逆に包み込んでくる。


「んっ、ふわ。ああんっ!」

「ほうほう、ここか」

「ちょっと、ミラ……そんなにされたら」

「ここも固っているな」


 硬い部分を念入りにコリコリと揉み解す。私の指がコリッとぶつかるたびにクーから声が漏れた。

 そろそろ限界だろう? いい加減声を上げるといいぞ?

 それにしても、丁寧なマッサージというものは意外と体力を使うのだな。

 自身の息が乱れるのを感じつつ、私はさらにマッサージを続ける。

 尻をもみ、腰をもみ、脇腹をちょっとだけつつく。


「ミラ!」

「すまんすまん」


 クーの体がビクンと跳ね、怒られた。少し調子に乗り過ぎたか。

 取り合えず後は肩と腕だな。


「ふぅ……はぁ。気持ちいいです」

「それは良かった。これだけ丁寧にやれば、明日に痛みが残ることはないだろう」


 肩を揉み解した後、二の腕のマッサージをしながら、必死に息を整えているクーに伝える。


「それは助かりますねぇ。さっきまで歩くのも辛かったですから」

「このマッサージがあれば、毎日でもトレーニングができるな。明日からも頑張ろう」


 とりあえず基礎体力をつけるためのランニングからだな。


「そ、そうですね」

「そういえばクーは運動用に使える靴を持っているか? よくはいているのは紐サンダルのようだが」

「もちろん持っていますよ。依頼で山に入ることもありますからね。動ける靴は何個かストックしてあります」

「ならば大丈夫だな。明日からはその靴で走るぞ」

「ほどほどにお願いしますね」


 クーは苦笑を浮かべ、そのまま大きなあくびをした。


「流石に限界ですね」

「今日は頑張ったのだからな。明日は昼頃まではゆっくりしよう」

「分かりました。お休みなさい」

「うむ、お休み」


 すぐに静かな寝息を立て始めたクーの頭を撫でつつ、私もそのまま同じベッドへと横たわる。

 トアのベッドに行くと、軋んで起こしてしまいそうだからな。今日はここで眠らせてもらおう。

 私は自身とクーにかけ布を被せ、瞳を閉じゆっくりと意識を落としていくのだった。


   ◇


 俺は傭兵だ。

 担当受付はちょっとエロいと有名なヒューエさんだ。

 いつもはヒューエさんから紹介された依頼を受け、ほどほどにこなして成功報酬をもらって生活している。

 今日も今日とて害獣駆除の依頼を済ませ、仲間と酒を飲み、そのまま部屋で眠ってしまった。

 んで本題はここからだ。

 俺はふと目を覚ました。

 たぶん一の鐘を過ぎたぐらいだったと思う。たらふく飯を食い酒を飲んだのだ。トイレに行きたくなるのも当然だろ?

 この宿のトイレは、共同だ。一階に男女別で設置してある。部屋からは階段を降りねぇといけねぇが、まあどの宿だってだいたいそんなもんだろ。

 俺も特に気にすることなく部屋を出た。

 で、階段を降りる直前で気づいちまったんだ。あの声に。

 くぐもった様な声だった。いや、声っつうよりも吐息だな。

 はふぅって感じの、思わず漏れちまった感じの吐息だった。

 ドキッとしたぜ。残ってた酔いも眠気もぶっ飛んだ。

 回りに誰もいないことを確認してよ、声が聞こえる方にふらふらと足が向かっちまうのも仕方がねぇだろ。傭兵なんて、女にはとことん縁のない職業だ。スッキリするには、買うしかねぇ。

 けど、俺みたいなパッとしない傭兵には、毎日楽しむような金なんて当然ねぇしよ。せいぜい週に一回の楽しみにするぐらいしかできねぇんだ。

 まあ俺の給料のことなんてどうでもいい。問題はその吐息よ。

 ここは華海亭って宿だ。この宿に泊まっている連中なんて、大半が傭兵だ。

 だから最初はどっかの傭兵が連れ込みでもしてるのかと思ったのさ。金さえ払えば、この宿はそれも許可してくれるからな。

 けど、声に近づくと違うことがわかっちまった。

 間違いねぇ。女どうしだ。

 衝撃を受けたね。傭兵の宿で女どうしで楽しむなんて、信じられねぇことだ。

 考えてもみろ。餓えた男連中がこんな声聞かされたら、突撃かます奴だって出てくるはずだ。俺は自制心の塊みたいな男だからもちろんそんなことはしねぇが、それでも心臓はこれでもかってぐらいに高鳴ってやがる。


「そこっ、凄いです」

「ふふふ、私のテクニックでふにゃふにゃだな」

「溶けそうですよぉ」

「溶けてしまえばいい。楽になるぞ?」

「そんなぁ」


 って会話が聞こえてくる。

 この扉の先だ。

 俺は扉に耳を当てて、声を聴くのに夢中になっちまった。だから気づかなかったんだ。俺の後ろから迫る怪しい影に。


「むっ!?」


 突然口をふさがれ、俺は思いっきり動揺した。けど、すぐにシーって声と、「俺だ」って言葉が聞こえてきた。

 そっちを見たらよ、俺の傭兵仲間の一人だったんだ。まじでビビったぜ。


「お前、こんなところで何してんだ」

「分かってんだろ」

「……まあな」


 仲間もこの声につられた口だな。

 仲間と一緒に扉に耳を当て、中の声を拾う。


「ミラ、もうそれ以上は」

「何を言う。クーはまだまだ硬いぞ。ほら、ここなんか」

「ひゃうん!?」


 やべぇだろ。これはやべぇだろ。


「次はここだ」

「ミラ、ダメです。そこはダメ! もう我慢できなくなっちゃいますよぉ」

「我慢する必要はないと言ってるだろ」

「だって、トアちゃんが起きちゃう」


 マジかよ。もう一人寝てんのか!?

 寝てるやつの隣で絡み合ってんのか!? 正気じゃできねぇぞ。なんて、なんてスリリングなことしやがる奴らなんだ。

 隣からゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 おい、目が怖ぇよ。そんな見開くな。充血してんぞ。


「んっ、んっ、んんっ!!」

「ふっ、こんなものだな」


 早いスパンでの籠るような声。そして直後の震えるような吐息。

 相手の声からしてもこれは――


「イッたな」

「イッたろ」

「そろそろ引こう。これ以上は拙い」

「なんかもう、いろいろ手遅れの気もするが、寝るか」

「ああ」


 お互いにうなずき合い、ひっそりと扉の前を後にする。

 当初の目的だったトイレを済ませ、俺はベッドへと潜り込んだ。

 隣のベッドからは、さっきとは別の仲間が気持ちよさそうにいびきをかいてやがる。羨ましい奴だ。

 俺は悶々としていた。さっきの声が耳から離れねぇ。


「起きてるか?」


 反対のベッドから、一緒に聞いていた男が声を掛けてくる。


「ああ。眠れるわけねぇだろ」

「明日……遊びに行かねぇか?」

「……行く」


 そんなもん、拒否できるわけねぇじゃねぇか。けど、そう決めたら少し落ち着いたな。

 明日の夜遊ぶためにも、依頼頑張らねぇとな。

 俺は傭兵だ。うだつは上がらねぇが、今日も明日も傭兵として精一杯生きて楽しんでやる。



tips

トア、途中から起きてました。凄くドキドキしてました。

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