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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
18/86

1-16 騎士

 階段を一段一段上がっていく。

 二階に人の気配はない。そのまま三階へと向かう。

 三階に上がると、廊下の奥に扉が一つ。他の扉は壊れて入り口自体が塞がっていた。

 つまり、あの先にギエラスがいるということか。

 私は剣の柄に手を掛け、扉へと近づく。

 気配が二つ。一つは一階にいた時から分かっていたもの。もう一つは弱々しいもの。これがトアか。

 怒りが湧く。覇衣が溢れ、周囲の木材を軋ませた。


「行くか」


 覇衣を刀身へと纏わせ、その厚みをこれまでで最大にする。

 トアの場所は気配で確認した。この一撃で救出まで一気に済ませよう。


「ナイトロード流抜剣術、風切!」


 全力で振りぬかれる愛剣から、込めに込めた覇衣の刃が放たれ目の前の扉を粉々に砕く。同時に室内へと突入し、正面に立つギエラスの姿をとらえた。

 ギエラスは慌てたように剣を抜き、覇衣を纏って風切を防いでいた。なるほど、Aクラスというのは妄言ではないらしい。

 だが、今の一手で私の勝利は確定した。


「随分なノックだな!」


 風切を防ぎ切ったギエラスが、こちらに剣を振るう。おそらく風切や刃走と同じような覇衣を飛ばす技だろう。

 だが流派によって極められたものでもないただの遠当てなど、無意味!


「ハッ、テメェただの新人じゃねぇな。面白れぇ!」


 私の覇衣によってギエラスの遠当ては無効化された。ギエラスは目をギラつかせながら私へと切りかかってくる。

 良い動きだ。隙の無い構に、力の乗った振り下ろし。どこかの流派に入れば、すぐにでもいいところまで行けるだろう。

 だが、いいところまでだ。


「温いな」


 ギエラスの剣を、私は覇衣を纏った腕で受け流す。


「なっ!?」

「邪魔だ!」


 さらに、受け流した腕をギエラスの腹に当て、覇衣を叩きつける。

 ドンっと空気を叩く重い音と共に、ギエラスが吹き飛んだ。


「ぐふっ……なにが」

「貴様の遠当てと同じだ。さて、トア待たせたな」


 ギエラスを吹き飛ばしつつ、私は部屋の目標地点へと到着していた。

 ギエラスが座っていた椅子の斜め後方。そこに、両手足を縛られ、口に布を噛まされた姿のトアがあった。

 瞳にたまった涙を指で払い、手足の拘束を剣で断ち切る。

 トアはすぐに布を外し、私に抱き着いた。


「お姉ちゃん!」

「怖かったろ。もう大丈夫だ」


 トアを抱きしめ、背中を優しく撫でる。

 その間も、ギエラスの動きには注意を払う。立ち上がったギエラスが剣を構えた。

 これだけの実力差を見てまだ戦おうとするか。

 感動の再会なのだ。邪魔はさせない。

 私は抑えていた覇衣を全て解放する。威圧感はギエラスへと向け、私の怒りと殺気を全てぶつけてやった。

 結果は明白だ。


「な……あ……」


 体が動かせまい。声一つ出すことができない。ギエラス、それが真の恐怖というものだ。


「お姉ちゃん?」


 おっと、威圧感が少し漏れたか。威圧感の完全指向指定は私もまだ集中を要するからな。トアにこの威圧感を感じさせないよう最大限の注意を払わなければ。


「大丈夫かトア。怪我はないか? あいつらに酷いことをされなかったか?」

「縛られただけ。あとずっとここにいたから」


 どうやらあいつらはトアに興味がなかったらしい。私を呼び出すための餌としか見ていなかったのか、それともスラムの人間はあいつらにとって金づるでしかないのかもしれない。

 だが、今となってはそんなことはどうでもいい。

 トアに手を出した。それが、許されざる行為なのだから。


「さてトア」

「なに?」

「今から私はあいつを退治しなければならない。トアは椅子の後ろに隠れて目を閉じているんだ」

「目を閉じるの?」

「うむ。子供が見ていい光景ではないだろうからな」

「うぅ……分かった」


 目をつぶることに難色を示していたトアだったが、最終的に納得してくれた。

 そして椅子の裏へと隠れ、約束通り目を閉じる。


「すぐに終わらせるさ。なあ、ギエラス」


 少しだけ覇衣の威圧感を弱め、ギエラスが話をできる程度にしてやる。


「どうだ? 本当の威圧というものを受けた気分は。自分がいかに矮小で、小さな池の中で過ごしていたかを理解できたか」

「テメェ」


 必死に声を絞り出すギエラスだが、その額からは大量の冷や汗が流れているのが良く見える。禿だからな。


「私とて強いわけではない。私よりも強いものは傭兵や軍にも大勢いるだろう。お前がこれまで大きな顔をできていたのは、スラムという強者のいない場所に隠れていたからにすぎない。それを自分が強者なのだと勘違いした結果がこれだ」


 一歩。たった一歩ギエラスへと近づくだけで、ギエラスの肩がビクリと震えた。

 本能で恐怖を感じているのだ。決して勝つことのできない相手から殺意を浴びせられていることに。

 おそらくギエラスにとって、圧倒的な強者からの殺意を浴びるのは初めての出来事なのだろう。

 私は幼いころから何度もある。訓練の度に本当に殺されるのではないかと思える殺気を浴びて戦ってきた。おかげで、強者からの殺気にも多少の耐性ができている。

 ギエラスのように完全に動けなくなることはない。


「さあギエラス。貴様が望んだことだ。剣を交え合おうではないか」


 威圧を解き、剣を構えるとギエラスは激しく咳き込みながらその場に跪いた。


「逃げることは許さない。降参も認めない。貴様は私の守るべきものに手を出した。その報いはその身に刻み込む」

「畜生! なんなんだよ!」


 ギエラスが立ち上がった。その膝は小鹿のように震えているし、剣の先はメトロノームのように揺れている。それでも、奴の目は確かに私を睨んでいた。

 その眼から読み取れるのは、怒りと、憎しみと、困惑。

 そして構えもなく、技もなく、ただ駆け寄り切りかかってくる。


「て、テメェは何もんなんだよ!」


 すれ違いざま、私は振り下ろされる腕ごとギエラスの首を切断した。

 ゴトリと床に頭が転がり、怒りに満ちたままの視線がこちらを見ている。まだ意識だけはあるのか?

 ならば聞け。貴様が何に手を出したのかを理解しろ。


「私はミラベル・ナイトロード。民を守る騎士だよ」


 ギエラスの意識が完全になくなるのと同時に、私は剣についた血を振り払い鞘へと戻す。


「トア、待たせたな」

「もういいの?」

「うむ」


 トアの元へと向かい、目をつぶったままのトアを抱き上げた。


「さ、帰るぞ」

「うん」


 ギエラスの死体を見えないように、トアの視線から体で庇いつつ部屋を後にする。

 そのまま一階まで降りて玄関から外へと出た。


「さて、クーはどこに行ったのか」

「クーお姉ちゃんも来てるの?」

「うむ。雑魚の相手をしてもらっていたのだ」


 戦闘の跡は玄関先にしっかりと残っている。

 地面が消滅した様子はないか。だが、奴の姿が欠片も見当たらないとすると、倒すこと自体には成功していそうだ。となると、可能性としては――


「そのあたりか?」


 玄関の横、生垣の中を覗き込む。


「当たりのようだな」

「ひゃぁ!?」


 生垣の中では、今まさに着替えている最中のクーがいた。

 クーはとっさに杖をこちらに向けてくるが、その存在が私だと分かるとホッとしたように息を吐く。


「なんだミラですか。びっくりしました。それにトアちゃんご無事で何よりです」

「クーお姉ちゃん、なんで裸なの?」

「色々と事情があるんです……」


 哀愁の籠った表情に、トアもこれ以上の追及は諦めたようだ。

 そしていそいそと着替えを行い、クーが生垣から出てくる。


「ギエラスは?」

「倒した。口ほどにもなかったな。あれでAクラスの実力とはとても信じられん。どうせ、他人の評価を奪って得た名声だったのだろう」


 私の威圧感一つで動けなくなるような奴がAクラスになれるわけがない。

 魔物ならば、私以上の威圧感を放つ連中が巨万といるからな。あの実力では、Aクラスの依頼を受けたとたんに死体になって帰ってくるだけだろう。


「そうだったんですか。まあ、お二人とも無事で何よりでした」

「そちらも問題なかったか?」

「ええ、私を痴女呼ばわりしたあの人には、跡形もなく消え去ってもらいました」

「そうか。ではこれでスラムの掃除は終わりだな。帰ってルレア達に無事であることを報告――」


 しようと歩き出す瞬間、私はとっさに剣を構え上空を見上げた。


「ミラ?」

「そこにいるのは誰だ」


 確かに聞こえた。小さくだが、屋根を踏むカツンという音が。

 だが気配は感じない。よほど隠れ方が上手い奴が潜んでいる。ギエラスの増援か?


「へぇ、今のに気付いたのか。凄ぇな」


 中止していた屋上に人影が現れる。マントを纏った短髪の男だ。腰に剣を下げているが、あれは主武器ではないな。ベルトから紐で剣の鞘を付けるのは、とっさの時に柄を掴めない可能性があるから、主武器とするには危険すぎる。

 となると、両腕に巻いた包帯を考えても格闘家か。


「何者だ。ギエラスの仲間か」


 覇衣を纏わせ、風切の準備を済ませる。答え次第ではいつでも斬る。


「まあ落ち着けよ。俺はそっち側の人間だ」

「そっち側――ギルドの傭兵か?」

「あれ? 俺のこと知らない?」


 なんだ、最近は自分の名前は知っていて当然という連中ばかりなのか。

 私が眉をしかめていると、クーがこっそりと耳打ちしてくる。


「ミラ。あの方、クローヴィスさんです。傭兵の中じゃ超の付く有名人ですよ。ほら、戦闘部署(ファイティパート)の制限解除者の一人。私も特徴だけは聞いていましたが、初めて会いました」

「制限解除者――」


 確か、依頼に付属するAクラス以上や何名以上などの指定を全て無視して受注することができる、ギルドからその実力を最高クラスに評価された極一部の傭兵だったはず。

 と、言うことはギルドの最高実力者の一人か!


「おうよ。依頼から戻ってきたら、スラムの馬鹿が傭兵に喧嘩売ったって聞いてな。興味半分で来たわけだ。まあ、もう終わっちまったみたいだけどな。お前らが片づけたんだろ?」


 敵でないことが分かり、私は覇衣を解いて剣から手を放す。


「うむ。言葉だけの実に無意味な男だった」

「こちらは結構苦戦したんですがね……何とか倒せました」

「そっか。ま、所詮スラムの連中だしな。んじゃ俺は帰るとするわ」

「待ってくれ! クローヴィス殿と言ったか。制限解放者ならば一度手合わせ願いたい!」


 ギルドの頂点に立つ実力の持ち主。その力、是非とも私の剣で味わい今後に役立てたい!

 しかしクローヴィスは困ったように眉を掻くと、すまんと言って私闘の申し込みを断った。


「制限解放してると、立会人込みでも私闘は禁止なんだわ。押さえられる奴がいなくなるからさ。もう一人制限解放者がいれば特例的に認められるけど、今いないみたいだしな」


 制限解放者ともなれば、困難な依頼が目白押しなのだろう。クーも初めて会ったと言っていたし、常にいろいろなところへと飛び回っているに違いない。


「むぅ、そうか。ならば仕方がない」


 今日のところは諦めよう。


「ま、あんたは面白そうだから機会があれば相手してやるよ。またどこかでな」


 スタッと屋根を蹴る音と共にクローヴィスの姿が一瞬で消える。

 どこに行ったのかと見れば、他の屋根へと次々に飛び移り、あっという間にスラムから出て行ってしまった。

 あの動きは身軽なだけでできるものではない。覇衣か、それとも魔法を使っているな。にもかかわらず、気配がハッキリしなかった。常に朧気でどこにいるか掴みにくい。それだけでも、クローヴィスが相当な実力者であることは理解できる。

 あんな者もいるのか。やはり世界は広い。まだ知らない強者が巨万といる。

 是非とも手合わせの機会を作りたいところだが、今は先にルレアたちへの連絡だな。


「では帰ろうか」

「うん」

「はい」


 私たちはトアを挟んで手を繋ぎ、スラムを後にした。


 スラムの出口までやってくると、駆けてくる二人分の足音。


「ミラベル嬢!」

「よう、無事だったみたいだな」


 ソーマとシェーキだ。


「二人とも、どうしてここに?」

「俺はお前らを待ってたんだ。情報を仕入れようと思ってな」

「私は威圧感が収まったので、終わったのかの確認に。部下への指示もありますので」

「そうだったのか。とりあえず原因であるギエラスは私が殺した。シェーキの情報にあったアジトの三階に死体があるはずだ」

「マジか! やっぱミラベルはすげぇな! 俺が見込んだだけのことはある」

「それと、ギエラスの元部下という奴がいた。名前は確か――」

「ベレロダですよ」


 名前が思い出せずにいると、クーが名前を出してくれた。そうだ、ベレロダだ。一瞬あっただけだったから、ほとんど印象に残らない奴だったな。


「そうだベレロダだ。そちらはクーが消滅させている」

「ベレロダ――ギエラスの傭兵団の元団員か。そいつも確か指名手配されてたよな。ギエラスが呼んだのか?」

「ベレロダはそう言っていました」


 クーが頷くと、シェーキはさらに考え込む。


「ってことは、他のメンバーも呼んでる可能性があるな」

「特に他の気配はなかったが」


 スラムに入ってからまともに会話したのは、あとクローヴィスという傭兵だけだ。だがあいつはギエラスとは無関係のようだしな。


「念のため情報集めとくか。あんがとよ」

「いや、こちらこそ助かった」


 シェーキは手を振って人込みの中へと消えていく。それを見送り、ソーマへと向き直る。


「と、言うことだ。主犯であるギエラスは殺害。共謀の可能性のある一人も殺害。スラムの住民は一応死んでいない」


 最低でも少しは殺すことになると思っていたし、実際クーが消す建物を間違えなければあの建物の中にいた二人は消滅していた。

 偶然クーが消した建物には人がおらず、バリケードを作っていた住人達もすぐに逃げてしまったためスラムの地面が血で汚れることはなかったが、本当にただ運が良かっただけだな。


「警備隊にはそちらから伝えてもらえるか? ギエラスの死体は回収が必要だろうし、ギエラスが死んだ後抗争などでスラムが荒れることを懸念していた。伝えれば警備の強化が行われるはずだ」


 警備隊の上層部は総じて腰が重いようだが、すでに起こってしまった出来事の対処ぐらいはするだろう。


「そうですか。そこまでは私たちでやっておきましょう。その代り、約束はしっかりと守っていただきますよ! 明後日には宿にお伺いしますので、しっかりと話し合いましょう」


 種を蒔くならここだな。


「構わないが、私も傭兵として生活がある。依頼などで町を出てしまう場合があるが、それは了承してもらうぞ」

「なっ!? また逃げるおつもりですか!」

「いやいや、仕事だよ仕事。私の実力は先日の緊急依頼でギルドにも認めてもらっているからな。場合によってはギルドから依頼があるかもしれないだろ?」

「ぬぬ……まあいいでしょう。ところで、その子が助けた子供ですよね? 住むところなどはどうするので?」


 トアを見下ろしながら、ソーマが訪ねてくる。そういえばソーマはトアと会ったことが無かったな。だから、トアが私たちと同じ宿にいることも知らないのか。


「私が保護している子だ。しばらくは私たちと一緒に宿暮らしだな。万が一実家に帰ることがあるのならば、その時はトアも連れていく」

「はぁ。まあそれはナイトロード家の問題なので私は管轄外ですね。分かりました。では私は部下への指示がありますので、これにて失礼いたします! ミラベル嬢、くれぐれも逃げようなどとは思いませぬように。部下が門は常に見張っておりますので!」

「はぁ、仕方がないか」


 私は大きくため息を吐きながら内心で笑みを浮かべる。これで種は蒔いた。後はルレア達が上手く見つけてくれることを祈るだけだな。

 二人がいなくなったことで、私たちは再びギルドへと向かって歩き出す。

 そしてすぐに気づいた。


「クー、先ほどから歩き方が変だぞ?」


 なんだか棒人間のように膝が、というより筋肉が曲がっていない?

 トアもクーの不思議な歩き方に、不思議そうに首を傾げている。


「ミラ……き、筋肉痛が……全身が痛くなってきて、吊りそうで」

「ああ、あれからだいぶ経ったし、私を待っているときにずっと隠れていたからだな」


 じっとして動かなかったことで朝の訓練の筋肉疲労が襲ってきたようだ。明日の朝ぐらいから筋肉痛で動けなくなると思っていたのだが、思ったよりも早く来たな。

 戦っている最中に来ないのは予想していたが、やはりもっと体力を付けねば傭兵としても騎士としてもやっていくのは難しそうだ。


「もう少し頑張れ。ギルドに報告したら、宿でマッサージしてやるから」

「は、はいぃ。ああ! 駄目トアちゃん! 今触られたら私おかしくなっちゃう!」


 涙目になりながら杖を突いて歩く姿は、同い年とは思えないほどに萎れて見えた。


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