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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
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1-15 スラム突入

 スラムの入り口は、時間もあって人っ子一人いない静かな場所だった。

 まるでそこは、別世界の入り口のように境界ができている。色が違うのだ。

 通から路地へと一歩入れば、薄暗く汚れた世界に包まれるだろう。

 私とクーは、その境界線に立って情報を待っていた。ルレアとヒューエにはギルドに待機してもらい、情報の伝達をお願いしている。

 そして最初に来たのはソーマだった。


「ミラベル嬢、スラムの包囲は完了しました。逃げるような動きを見せる輩がいれば、捕まえるように通達してあります」

「そうか。感謝する」

「いえ、ミラベル嬢に話を聞いてもらうためですから」

「ふっ、では感謝はしないでおこう」


 時間が経って少し落ち着いてきた。怒りが収まったわけではないが、覇衣があふれ出すのを制御する程度のことはできるようになっている。

 少し気を抜けば、すぐにあふれ出してしまいそうだが――


「しかしそのギエラスという男も愚かなものですね。騎士が守ろうとしているものに手を出すとは」


 それは騎士へと最大の挑戦であり、最高の侮辱である。

 メビウス王国の騎士は、一度守ると決めたものは命を賭してでも守り抜く。

 故に、常勝を誇り、絶対の守護者であるのだ。

 ソーマも、私の心はすでに騎士であることを知っている。だからこそ、そんな言葉が出てきたのだろう。


「奴は私が必ず倒す。騎士団の手だしは無用だぞ」

「もともと包囲するだけですよ。スラムに関与することは警備隊の管轄です。勝手に我々が手を出すことはできません」

「そうだったな」


 二人で話していると、路地の奥から微かな足音が聞こえてきた。それは次第に大きくなり、音の正体が私たちの前に現れる。


「よ、待たせちまったか?」

「早かったな」

「情報は俺たちの専売特許だ。ギエラスなんて有名人なら、見つけるのも楽なもんさ」


 現れたのは、ギエラスの所在を探らせていた風見鶏のリーダーシェーキだ。

 どうやら浮浪者に混じってスラムに入っていたのか、ボロボロの服を身にまとっている。


「それで場所は?」

「スラムの中心部。そこに三階建ての一軒家がある。周りと似てるが、入り口が整備されてるから分かるはずだ。ギエラスはそこの三階だよ」

「そうか。情報感謝する」

「なに、これも仕事だ。言い値で払ってくれるんだろ?」

「ああ。ルレアに請求しておいてくれ。話は通してある」

「あいよ。んじゃそんな金払いのいいお客さんにサービスだ。この奥、ギエラスの部下が大量に張ってるぜ。百人は超えてる。正面から行くのは得策じゃねぇな」

「百越えか。ちょうどいいな。クー行くぞ」

「はい」


 私はクーと共に路地へと入っていく。


「おいおい、正面からは拙いって」

「ミラベル嬢なら問題ないでしょう。ここで口を出すのは野暮ですよ」

「あんたは心配じゃないのかよ」

「心配ですね。ここの浮浪者が全員斬り殺されてしまわないか。しっかりと逃げてくれればいいのですが」

「ソーマ、聞こえているぞ」


 私を快楽殺人者のように言うな。逃げるなら追わないし、むやみに殺すこともしない。

 私の獲物はギエラスだけだ。


「では私は配置に戻らせていただきます。あなたも早めにスラムから離れたほうがいいですよ。今のミラベル嬢の戦闘に巻き込まれると、一瞬で死ねます」

「そんなやべぇのかよ」

「今のミラベル嬢と戦えと言われたら、敵国の部隊に単騎で突入する方がましですね」

「何もんだよ……」


 そんな彼らの会話が聞こえなくなるころ、私の関知範囲に大量の人を感知する。

 シェーキが言っていた待ち伏せたちか。確かに多いな。だが雑兵ばかりだ。


「ミラ、実際のところどうするんですか?」

「時間をかけるつもりはない。クーには魔法を使ってもらうぞ。分かりやすい力を見せつければ、あいつらは逃げ出すだろう」

「分かりました。恥ずかしいですけど、トアちゃんのためです」


 さらに奥へと進んでいくと、数人の男たちが路地にバリケードを張っていた。


「止まれ!」


 言われるままに足を止め、柄を握る。


「ここに何をしに来た! ここはギエラス様のテリトリーだ!」

「そうか。この先にギエラスがいるのなら、通してもらう!」


 覇衣を纏い、抜剣と共に風切を発動させる。

 全力で込めた覇衣の欠片が風切と共に飛翔し、男たちが組み立てたバリケードを一撃のもとに粉砕する。


「なっ!? お前ら! 来い!」


 男は慌てたように周囲に呼びかける。すると、建物や物陰に隠れていた浮浪者たちが次々に飛び出してくる。その手には、刃物や角材が握られている。つまりは敵だ。

 分かりやすくていい。下手に倒れている浮浪者などに紛れられると、こちらも区別がつきにくいからな。

 それに、大勢に見てもらったほうが、クーの力も示しやすい。


「クー、右前、刃物を持った男の横の家だ。中に弓を持った奴が二人いる。建物ごと消せるか?」

「問題ありません。派手に行きます! 虚無へと誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!!」


 詠唱と共に杖の先端が輝き、青白い光を伴って魔法陣が浮かび上がる。

 ボアフィレアスの時はしっかりと見る機会が無かったが、これは――


「綺麗だ」

「ひぅ!?」


 私の言葉になぜかクーが顔を真っ赤にして動揺し、杖の向きがわずかにズレた。


「あ!?」

「む?」


 放たれる閃光。一直線に飛んだ青白い光は、狙っていた建物の隣の家に直撃し、壁を、屋根を、床を、その全てを消滅させる。そして同時に消滅魔法の反動で、クーのマント以外全ての衣類が消滅した。

 空気が消滅したことによる突風に、マントが激しく煽られる。

 建物一つを消滅させると、そこに流れ込む空気の量もかなりのもののようだ。

 バタバタと波立つマントを必死に抑えるクーは、真っ赤な顔のまましかし浮浪者たちから視線はそらさない。

 うむ、敵から目をそらさないのは大切なことだな。

 予定とは違ったが、クーの魔法は浮浪者たちに大きな動揺を与えていた。

 誰もが言葉を失い、消滅した家の後を見て呆然としている。ここは追撃で一気に解散させるか。


「さて、まだ私たちの道を妨害するというのであれば、お前たちにも消えてもらおう。なに、苦しむことはない。彼女の魔法は一瞬で欠片すら残らず消滅させることができるからな」


 一歩進み、剣を振るう。

 ナイトロード流剣術、飛剣術刃走(はばしり)。抜剣術風切を剣を抜いた状態からできるようにした技だ。

 攻撃の速度こそ抜剣術に劣るが、攻撃力は剣に乗せた覇衣に依存するため風切と変わらないゆえに使い勝手のいい技だ。

 刃走がわずかに残っていたバリケードを完全に粉砕し、路地が開けた。

 そしてそれが合図となる。

 男たちの恐怖が爆発し、一斉に逃げ出したのだ。

 傭兵になる気概もなく、訓練も受けていない者たちでは、所詮この程度だろう。

 さて、道は開けた。


「クー、下着だけでも履くか?」

「ううぅ、恥ずかしい。恥ずかしいけど、このままでいいです。どうせまた使うと思いますし。けどサンダルだけは履いたほうが良さそうですね」

「そうだな」


 私が砕いたバリケードの破片が散乱しているしな。素足で歩けば、裏がズタズタになりそうだ。

 魔宝庫から替えのサンダルを取り出し、それを履いて私たちはスラムの中心を目指して進んでいった。


 最初の消滅魔法は想像以上に効果を発揮したらしい。

 あれ以来、浮浪者の妨害はなくもともと妨害するつもりだった場所にバリケードが残されているだけだ。それを刃走で毎回粉砕しつつスラムの中心部へとやってきた。

 中央に井戸があり、円形の広場が広がっている。建物は全部で七つ。そのうちの一つがギエラスのアジトなのだろう。

 シェーキは玄関を見れば分かると言っていたが――

 それぞれの玄関を見比べてみれば、確かに違いがある。

 他の建物は汚れのほかにも玄関先まで雑草が伸び、地面のレンガを砕いて伸び放題になっている。しかし、一軒だけ踏み固められ雑草が生えていない家があるのだ。

 汚れはそのままだが、人が通った後を隠すことはできないということか。


「あの家だな」

「消しますか? 建物だけ消すこともできますけど」

「いや、ギエラスがトアを人質に取っている可能性もある。消すのはトアの安全を確保した後の方がいいだろう。このまま突入しよう。クーは私の後ろをカバーしてくれ」

「分かりました」


 気配は二階に一人。三階に一人か。三階のがギエラスだとすれば、二階にいる奴がルレアの言っていたギエラスの部下のベレロダだろう。

 まあいい、わらわら湧いてこられるよりも、二人斬ればいいのは楽だ。

 クーを伴って念のため周囲を警戒しながら玄関を越える。直後、二階の気配が動いた。


「クー上だ!」

「え!?」

「死ねぇ!」


 二階の窓から飛び降りてきたベレロダ。その剣がクーの頭上へと振り下ろされる。

 私はとっさにクーを突き飛ばし、私も建物の中へと転がり込む。


「チッ、躱されたか」

「クー、大丈夫か!?」

「問題ありません! ここは私が。ミラは早くトアちゃんを助けに行ってあげてください」


 どうする。確かにトアを早く助けてあげたいが、そこまで時間が迫っているわけでもない。こいつを二人掛かりで処理したほうが、クーもトアも安全に助けられるのではないだろうか。


「そっちの銀髪がミラベルか。ならさっさと行きな。ギエラスが待ってるぜ」

「貴様を処理してからでも遅くは――」

「遅いな。一人で行かねぇとガキが死ぬぜ? あのガキはギエラスが持ってるからな。ま、今の時点で五体満足かどうかも知らねぇけど」

「貴様ら」

「ミラ、行ってください。私にはこれもあります」


 クーはそういって魔宝庫の中から今日買ったばかりの短剣を取り出す。


「……分かった。こいつの相手は任せる」


 この場をクーに任せ、私は建物の中へと入っていった。


   ◇


「行かせて良かったんですか? ミラなら確実にギエラスを殺せますよ」

「かもしれないし、そうじゃねぇかもしれない。けど俺には関係ない。あの女が死のうが、ギエラスが死のうが、俺は金だけ持って逃げるだけだ」

「逃げられると思っているんですか。ここはすでに包囲されています」

「包囲っつったって完璧なわけじゃねぇ。スラムの住人しか知らない道はいくらでもある」

「そうですか。まあ包囲は関係ありませんね。あなたは私がここで倒します」

「倒すねぇ。その格好で?」

「…………ええ」


 杖を持つ左手で、クーネルエはマントがめくれないようにぎゅっと掴み、その隙間から右手を覗かせる。

 そこに輝くのは、ミラからもらった短剣だ。

 練習の時から驚くほど手に馴染み、今日初めて握ったとは思えないほどである。

 そんなクーネルエの様子を見て、何かを納得したようにベレロダは一つ頷いた。


「なるほど、痴女か」

「違います!」

「いや、けど……その格好はよぉ」


 クーネルエは顔を真っ赤にして否定するも、説得力は皆無である。


「諸事情でこんな格好をしていますが、痴女ではありません。それに、これから消滅するあなたには、関係ないことです!」


 杖の先端に光が灯り、それをベレロダへと向ける。

 ベレロダはとっさに横っ飛びで玄関の塀へと身を隠した。

 直後、光の当たった塀が鉄枠を残して消滅する。同時に、クーネルエのサンダルも密かに消滅した。


「なるほど、おしゃべりは無詠唱の時間稼ぎか」

「躱された」


 何もクーネルエは無意味にベレロダと話していたわけではない。

 無詠唱とはそのまま、詠唱を省いて魔法を発動させる技術のことだ。しかし、これを行うには詠唱をするよりも魔力と集中を必要とし、発動までに時間がかかるのである。

 それをごまかすために、クーネルエはあえてベレロダの言葉に乗っていた。


「俺も元Bクラスだ。その程度でやられると思うなよ。今度はこちらから行かせてもらう!」


 消滅した塀の土台を飛び越え、剣を構えたベレロダが迫る。

 運動神経のないクーネルエは回避することもできず、その攻撃を短剣で受け止める。それは、今日ひたすら体に叩き込んだ動きが勝手に出たものだった。


「ほう、なかなかいい動きをする。魔法使いとは思えないな」

「体で覚えましたからね。虚無へ誘え、消滅の一撃! エクス――」

「おっと、そうはいかん」


 至近距離から魔法を放とうとするが、ベレロダが剣を引き再び振るってくる。それを受け止めるのに、詠唱が中断されてしまった。


「くっ」

「防御は上手いが、まだまだだな。ハァ!」


 ベレロダが力任せに一歩踏み込み、クーネルエにたたらを踏ませる。


「死ね!」

「黒を纏え、ダークスモーク!」


 クーネルエはとっさに煙幕を発生させ、自身をその中へと紛れ込ませる。

 ギリギリでベレロダの一撃を受け止め、二撃目から逃れるためにさらに煙の奥へ。

 完全にお互いが見えなくなるまで黒煙を放ち、スラムの中心部に黒い空間を生み出した。


「ほう、器用な手も使えるじゃないか」

「火炎よ穿て、ファイアボール!」

「おっと」


 ベレロダの挑発から場所を割り出し、ファイアボールを放つもあっさりと剣によって防がれる。

 やはり弱い魔法ではベレロダに通用しない。そう感じたクーネルエは魔法の仕様を消滅のみに絞り込むことにした。

 無詠唱で消滅魔法の準備をしつつ、ベレロダの位置を探る。

 ミラベルならば、ベレロダの気配だけでその位置を割り出すこともできたかもしれないが、クーネルエにそんな力はない。

 ただじっとその場にとどまり、相手の動きを静かに待つ。

 風の音、砂の音、地面に響く足音、何一つ逃すまいと耳を澄ませ意識を集中させる。

 タンッと強く地面を蹴る音が聞こえた。


「左側!」

「見つけた!」


 そちらを振り返れば、目の前にベレロダがいる。剣を振り上げ、既に攻撃の体勢に入っていた。

 振り下ろされる刃。それを、すんでのところで受け止める。


「これで魔法は撃てまい」

「くっ」


 左側から攻められたことで、クーネルエはとっさに杖で剣を受け止めていた。

 その為、杖の先端から出る消滅の魔法をベレロダに向けることができない。

 ベレロダの剣に力が籠り、杖へとめり込んでくる。

 このままでは杖を壊され、そのまま斬られる。だが、対処の方法は一つだけある。クーネルエが羞恥心を捨てればいいのだ。今マントを押さえている手で剣を振るえば、ベレロダへと攻撃を仕掛けることができる。


「私は……私はこの肌をミラとトアちゃん以外に見せるつもりはないんです」

「ならばそのまま死ね!」

「ですから!」


 振りぬかれた刃が、ベレロダの太ももを深く切り裂く。


「なっ!?」


 激しい腕の動きに翻るマント。そこには、肌を大きく曝したクーネルエの姿があった。

 耳まで真っ赤に染まりながらも、視線は真っ直ぐにベレロダを射抜いている。


「あなたには、記憶もろとも消えてもらいます! 虚無へ誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!」

「くっ、躱しきれ――」


 放たれる閃光。範囲指定によって放たれた消滅の魔法は、ベレロダを含む空間一帯を消滅させ突風を巻き起こす。


「誰にも……誰にも見られていませんよね? ううぅ……恥ずかしい」


 ベレロダが消滅したのち、そこに残っていたのは必死に周囲を窺いながら建物の影へと隠れるクーネルエだけだった。


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