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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
15/86

1-13 チーム事務官

「あん? もう一度言ってみろ」


 スラム街にある廃屋の一室。廃屋というにはあまりにも整えられたその部屋で、最奥に座る男ギエラスは呟く。

 ハーフズボンにタンクトップ、そこから伸びる腕と足には見事と言える筋肉が浮かび上がっている。そして特徴的なスキンヘッドは、蝋燭の明かりを反射させ輝いている。


「し、新人の傭兵に邪魔されまして。その傭兵が、ギエラスさんなんか知らないと」

「ほう。ま、新人ならそういうこともあるだろうよ。んで、テメェはここで何してんだ」

「な、何って言いますと?」


 ギエラスの心胆を寒からしめる声に、ミラベルから逃げてきた男は身震いしながら問い返す。


「俺を馬鹿にした傭兵がいたんだな。んで、お前はそいつに何もせず逃げてきたってか?」

「それは……」

「しかもテメェ、聞けばガキ追い回してた挙句逃げ切られたそうじゃねぇか」

「な、なんでそれを!?」

「馬鹿にしてんのはテメェだろ!」


 ギエラスはずかずかと男に近づき、その肩を蹴り上げる。


「ぐあっ!」

「ガキに逃げられたあげく、いいようにやられて逃げましたってか! しかもいじめられたってママに告げ口ってか!」


 倒れた男を何度も踏みつけ、蹴り、罵声を浴びせる。

 その様子に周りにいた控えていた男たちも震えあがり、自分が巻き込まれないようにひたすら気配を消して耐える。

 やがて、男が動かなくなったところでギエラスは荒い呼吸を整えながら部下たちに指示を出す。


「こいつは適当に捨てとけ。無能はいらねぇ。それとその新人の傭兵ってのが誰か調べろ。この屑が原因かもしれねぇが、俺をコケにしたことには変わりねぇ。ケジメはつけさせる。テメェらも分かってんな! 俺は愚図と無能が嫌いだ。役に立たねぇんなら、俺の前から消えるか死ね。行け!」

「「「はい!」」」


 死体を引きずって部屋を出ていく男たちを見送り、ギエラスは椅子に腰を下ろす。


「チッ、つまんねぇ」


 人一人を殺しても、心が何も動かない。ただ、日々積もる苛立ちに、砂が一粒追加されたようなものだった。

 最初は人を殺すのが楽しかった。だからこそギエラスは合法的に盗賊を狩れる傭兵になったのだ。しかしギエラスが有名になると盗賊は逃げるようになり、つまらない魔物を殺すだけの日々になった。

 そんな鬱憤を晴らすためにスラムの屑を殺し、咎められギルドから追放された。

 そのことに恨みはない。そもそもすでにギルドにも興味をなくしており、どうでもよかったのだ。そしてスラムへと入り込み、今の地位を築いた。

 だが満たされない。昔のような、心躍る人殺しを堪能できたのは、警備隊がギエラスを捕縛に来た時だけだった。その時も、結局は大半を殺し、残りは逃げた。逃げた警備兵が部隊を再編して再び来ることを考え、ギエラスはスラムで拠点を築いた。長く戦うために、楽しく殺すために。

 だが警備隊は以来一度もスラムに来ていない。噂では、ギエラスの捕縛を諦めたなんてものもある。

 あれ以来、ギエラスの心は満たされたことが無かった。

 だからこそ――


「そろそろこっちから動くのもありか」


 きっかけは偶然。だが、ちょうどいいタイミングだとも思った。

 その新人を殺し、ギルドと全面的に衝突する。

 強い傭兵が派遣されるだろう。今度はもっと楽しい殺しができるかもしれない。


「その傭兵には生贄になってもらうか。ギルドとの全面抗争だ」


 スキンヘッドを輝かせ、ギエラスは怪しげに笑みを浮かべるのだった。


   ◇


 だれがどのベッドで寝るかでひと悶着あったが、結果的に私とトア、クーが一人となって一夜が明けた。

 どうやらクーは子供が好きなようだ。トアに必死に一緒に寝ようと言っていたが、その必死さに身の危機を感じたのか、トアが私と一緒に寝ると言って結論が出たのだ。


「では行くか」

「はい」「うん」


 仮面を付けて準備を整え、三人で宿を出る。

 宿を出たところで気配を探ってみるが、特に誰かが監視しているような感じはない。ソーマはしっかりと撒くことができているようだ。

 そのままギルドへと向かい、依頼受注でやや混雑する受付へと向かう。


「この場合どうするんだ?」

「とりあえず担当受付に挨拶だけして待機ですね」

「しばらく待つことになりそうだな」

「だから喫茶コーナーが併設されてるんです」

「なるほど」


 私たちはそれぞれにクレアとヒューエに挨拶を済ませ、相談したいことがあることだけ告げ喫茶コーナーへと足を向ける。

 喫茶コーナーのテーブル席は全て待機中の傭兵たちによって埋まっていた。その視線が一斉にこちらを向き、少ししてから外される。どうやらこの仮面が視線を集めたようだ。ただ、傭兵の中にも変人は多い。きっと仮面を付けた軍服の少女など、ありふれていたのだろう。


「どうしたものかな」

「少し時間をずらせばよかったですね。朝は良い依頼の受注競争になるので混むんですよ。少しすれば、依頼を受けた傭兵が掃けるので少しは空くんですけど」

「私たちの実績だと、まだお手伝い程度がほとんどだろうしな」


 緊急依頼こそ危険な魔物の討伐を受注できたが、あれはもともと緊急だったから受注できたのであって、本来の私のCクラスでは到底受けることができないものだ。

 Cクラスでは、猪や狼の討伐、魔物は受けられるものがほぼなく、護衛では個人商人の激安依頼になってしまうらしい。クーも最初のうちはその日の金を稼ぐのにも苦労していたのだとか。


「おーい、良かったらこっち来ないか?」


 早めにランクを上げられるといいなと考えていると、不意にテーブル席の一角から声を掛けられた。

 そちらを見れば、緊急依頼で一緒になった傭兵団風見鶏のメンバーがこちらに手を振っている。確かシェーキだった。テーブルには他にもロスレイとピエスタの姿もあり、もう一人知らない女性がこちらに小さく手を振っていた。


「あそこでいいか?」


 二人に問いかけると問題ないと答えが返ってきたため、シェーキ達の元へと向かう。


「久しぶり、というほど間も空いていないか」

「だな。まあ座れよ。すげぇ仮面付けてるな。最初誰だか分からなかったぞ?」

「色々あってな。あまり素顔を曝せる状態ではなくなってしまったのだ」

「なんか犯罪者みたいな言い方だな」


 まあある意味同じ状態だしな。しかも騎士団から狙われるということは、国家レベルの犯罪者だ。なかなかできる体験ではない。


「まあいいや。ミラベル達は今から依頼か?」

「いや、今来たばかりでまだ受付待ちだ。風見鶏はもう受注済みか?」


 席に座りつつ答え、逆に問いかける。


「こっちは休暇兼情報収集だ。風見鶏は戦闘に不向きだからな。いろいろとやることがあるんよ」

「なるほど、そのような傭兵もいるのだな」

「色々いるぜ。戦闘好きに雑務好き、出張料理人に経理専門なんて奴らもいる。ほんと、あいつに関してはなんで傭兵やってるんだか分からねぇな」

「確かにそれは……」


 傭兵でなくてもいいのではないのだろうか? まあ、傭兵であることのリスクや利点があるのかもしれないが、私には分からないな。


「シェーキ、私にも紹介してよ」


 話が弾みそうになったところで、横から声が挟まる。前髪で目元を隠した女性が頬杖をついてシェーキを見ていた。

 彼らと一緒にいるということは、この女性も風見鶏のメンバーなのだろう。


「おっと悪い。ミラベル、紹介するぜ。風見鶏の情報収集を担当してるユイレスだ。非戦闘部署(サポーティメント)だから基本は町に待機して、いろいろと俺たちのサポートをしてもらってる」

非戦闘部署(サポーティメント)のユイレスよ。よろしくね」

戦闘部署(ファイティパート)のミラベルだ。こっちは同じく戦闘部署(ファイティパート)のクーネルエ。それと、トアだ」

「よろしくお願いします」「ん」


 私の隣に座ったクーと、その膝の上にいるトアを紹介する。

 寝るときは私とトアが一緒だったが、膝の上に座るときは必ずクーの方に座る。そんなに胸がいいのか……


「クーネルエさんのことは知っているわ。けどそっちの子は初めて見るわね。お子さん?」

「そんなわけあるか。故あって保護している」


 トアが私の子供って、私は何歳だと思われているんだ……老けてはいないはずなんだが。

 まあ、ユイレスなりの冗談だと受け取っておこう。


「へぇ。子育てって大変って聞くし、何か困ったことがあったら相談に乗るからね」

「助かる」

「何言ってんだよ。恋人だっていないくせに」

「うっさいわね! 周りの男があんたらみたいなのが悪いんでしょうが!」


 シェーキの言葉に、ユイレスは怒りながらポカポカと肩を叩いている。しかし、本気で叩いているわけではなさそうだ。シェーキも笑いながら叩かれているし。

 これがチームというものなのだろう。私もクーと同じような関係になれるといいが。


「まあ、ユイレスに限らず困ったことがあれば俺たち風見鶏を頼ってくれて構わないぜ。俺たちの専門は情報とサポートだ。頼られてこそ、俺たちの力が発揮できる。ま、ちゃんと代金はもらうけどな」

「そうか。ではその時は遠慮なく頼ませてもらう」

「んじゃ、俺たちはそろそろ行くわ。元気でな」

「またね、ミラベルちゃんクーネルエちゃん、トアちゃん」

「うむ」「また」「ん」


 風見鶏のメンバーが席を立ち、喫茶コーナーから出ていくと、入れ替わるようにしてルレアが顔を覗かせた。


「もしかして席を譲ってくれたのか?」


 彼らは特に依頼など受けていなかったようだし、今日は情報収集だと言っていた。ならば、傭兵が集まるここは恰好の情報収集場所だろう。


「そうみたいですね」

「気を使わせてしまったな。今度何か礼をせねば」

「依頼を出せばいいんですよ。傭兵には仕事を。これが一番です」

「そうか」


 では機会があれば優先して風見鶏に依頼を出すとしよう。

 そしてこちらを見つけたルレアがテーブルへと寄ってくる。


「ミラベル、クーネルエさん、おはようございます。お待たせしてすみません。今日は依頼ですか?」

「それもあるのだが、その前に少し相談したくてな。時間は大丈夫か?」

「私の担当は一通り終えてますので大丈夫ですよ」


 ルレアが席に付き、私は昨日の出来事を一から話していく。

 そして、トアに何かいい仕事か勉強のできる場所がないかを尋ねた。


「うーん、ミラベルが保護するなら仕事はありそうですけど、少しトアちゃんとお話しさせてもらっても?」

「トア、大丈夫か?」

「うん」


 トアが頷くので、私は後をトアに任せてクーと共に四人分の飲み物を取りに行くことにした。


   ◇


 二人が席を立ったのを見送り、私は椅子の上にちょこんと座りやや不安げな瞳を二人の背中に送る少女へと問いかける。


「えっと、トアちゃんだったよね」

「はい」


 先ほどまでのおどおどした様子から一転、思ったよりも遥かに落ち着いた声音が返ってきたことに、少しだけ驚いた。


「ミラベルが保護したってことだけど、正直なところ働く気ってどれぐらいある?」


 浮浪者・浮浪児の中にはそもそも保護されること自体を嫌うタイプの人が少なからずいる。

 生真面目に働きながら、保護者の顔色を窺って生きていくぐらいならば、明日の食事は分からずとも自由にその瞬間を謳歌したいというタイプだ。

 そもそも、この傭兵ギルドは浮浪者にも門戸を開いている。真面目に働いて稼ぎたいという者ならば、浮浪者でも最低限の初期投資の支援は行うし、希望するならば戦闘訓練や勉強会なども定期的に開いている。つまり、そもそもスラムから脱したいというものはすでに傭兵になっていることが多いのだ。

 トアちゃんのような子供の場合は、ギルドのことを詳しく知らずそれ故にここに来なかったということもあるだろうが、ミラベルのためにも念のためそれは確認しておきたい。


「働く気はある。ミラお姉ちゃんには助けてもらったし、優しくしてもらった。恩は返したい。けど私は何ができるか分からない」

「なるほどね。文字は読める?」

「無理。計算が少しできるだけ」

「計算ができるの?」


 浮浪児だと、文字が読めないのは当然として、一桁の足し算すらできないものだと思っていたのだが。


「計算ができないと、騙される。パンを買っても、たくさん取られたりおつりを減らされたりするから」


 浮浪者用のパン屋というものがある。質は悪いがその分安いものを浮浪者たちに販売している店だ。

 スラムの近くにあり、浮浪者たちの大切な食糧元だが、まさかそんな小狡いことをしていたとは。浮浪者を騙しても、せいぜい数エルナ手取りが増えるだけだろうに――


「じゃあ足し算引き算ぐらいはできるのね」

「うん」


 簡単な計算ができるのなら、仕事の斡旋は可能だろう。ミラベルが保護したおかげか、トアちゃんの見た目は凄く良いものになっている。とても浮浪児とは思えないような髪の艶だし、服も大きさこそあっていないものの、ちゃんとしたワンピースだ。おそらくクーネルエさんのものを縫い直したのだろう。この見た目であれば、露店でも雇ってくれるはずだ。


「露店の販売員とかは結構ギルドに募集があるし、そこを紹介することもできるけど?」

「露店ならスラムの近くはダメ。きっとイタズラされたりする。私じゃ捕まえることできないし」


 それもそうね。顔見知りならなおさらトアちゃんの力を把握しているだろうし、そもそもミラベルがトアちゃんを保護した理由も浮浪者に追いかけられていたからだ。


「ギエラスのことを考えると、露店は止めた方がいいかもしれないわね。となると店舗か他の仕事」

「店舗は危ない。ガラスを割られたら私じゃ弁償できない」

「店自体への嫌がらせかぁ。ギエラスに目を付けられるって結構面倒ね。安全な場所で絞るとなると」


 浮浪者が近づけない、もしくはすぐに対処できる人が側にいる。そんな状態の仕事場となると、ほとんどないに等しい。そもそも、ここは傭兵の町と呼ばれるトエラだ。常に少々の危機と隣り合わせの状態のようなものなのだ。

 それにしてもトアちゃん、かなり頭は回る方なのね。自分の立場をしっかりと理解してるし、対立している人たちがどんなことをしてくるかもなんとなく分かっているみたい。

 子供がスラムで生きていく上で必要なことだったのかもしれないけど、これだけ早熟しているのならギルドの受付でもやっていけそうな――!!


「そうよ、ギルドがあるじゃない!」

「ギルド? ここ?」

「ええ、ここなら常に傭兵が誰かいるし、ギエラスも簡単に手は出せないわ。浮浪者が傭兵にちょっかい出そうものなら殺されても文句は言えないぐらいだしね」

「ここでできる仕事あるの?」

「正確にはここで働くわけじゃないのよ。ギルドで私が事務仕事をいろいろ教えるわ。トアちゃんはそれを勉強して、将来的にミラベルのチームのチーム事務官を担当するの」

「チーム事務官?」

「ミラベルがクーネルエと傭兵団を組んでいるのは知ってる?」


 私の問いにトアちゃんは一つ頷いた。


「国境なき騎士団だって言ってた」

「そう。まだ二人のチームだけど、拠点を買ったり、装備を整えたりは必要だろうし、ギルドとの手続きとかをトアちゃんに任せてもいいんじゃないかなって。最終的にも少人数のチームになるだろうし、お金の桁もそこまで増えないはず。だからトアちゃんでも少し勉強すれば十分活躍できるわ。なにより、ミラベルへの恩返しになるわよ」


 トアちゃんは仕事の有無以上に、ミラベルへの恩返しを気にしていた。ミラベルのチームの事務仕事を任せることができれば、それは最高の恩返しになるだろう。

 それに、ミラベルのチームは三年後には解体してしまう可能性が高い。その後は、トアちゃんをチーム事務の実績でギルドの職員に勧誘もできる。

 ミラベル達が騎士になった後までばっちりサポートできるのだ。


「どうかな?」

「やる。ミラお姉ちゃんの仕事手伝う!」

「その意気やよし。じゃあよろしくね」

「よろしく、おねがいします」


 私が手を差し出すと、トアちゃんはその手をしっかりと握ってくれた。


   ◇


 カウンターに並ぶと、クーがテーブルで話す二人を見ながら心配そうにつぶやく。


「トアちゃん、大丈夫でしょうか」

「浮浪児は基本的に一人で生きてきたからタフだと聞いたことがある。トアも、見ている限り落ち着いているようだし、大丈夫だと思いたいな」

「そうですね」


 混雑からしばらく並び、四人部の紅茶を持ってテーブルへと戻る。

 するとなぜか二人がガッチリと握手を交わしていた。


「何があったんだ?」

「さあ?」

「ミラベル、トアちゃんの仕事先なんですけど、ギルドでもいいですか!?」

「ギルド? ここか!?」

「はい! トアちゃんを私がサポートしながらいろいろと教えて、最終的には国境なき騎士団のチーム事務官に充てようと思うの」

「チーム事務官?」

「お金やギルドとの書類関連をやってくれる人のことですよ」


 聞きなれない言葉に首を傾げると、クーが解説してくれた。なるほど、そういえば騎士団にも事務専門のものたちがいたな。消耗品の交換や飲み会の支払いなどでいつも騎士たちに怒鳴っていた。トアもああなってしまうのか? いや、あれは事務官とは違う気がするな。


「私は別に構わないが、トアはそれでいいのか?」


 ルレアの勢いに後ずさりしつつ、ルレアの隣に座るトアに問いかける。

 トアはこちらを見て一つ頷いた。どことなく張り切っているように見えるのは、仕事が見つかったからだろうか?

 まあ、トアが問題ないのならば私が拒否する理由もない。ギルドで働くのならば、宿からも比較的近いし、私たちの行動も把握しやすいだろう。

 依頼で日を跨ぐことも多くなるだろうし、それをギルドで伝えられるのなら手間が省ける。

 ルレアが面倒を見てくれるというのもポイントが高い。


「トアがいいのならば、ぜひ頼む。ルレアの人となりは把握しているし、心強い」

「お任せください!」

「ではトアちゃんのことはこれで大丈夫だとして、私たちの依頼も決めちゃいましょう。日帰りで探すなら、そろそろ出ないと夕方までに帰れなくなりますし」

「うむ、そうだな」


 日を跨ぐ依頼は、トアのこともあるししばらくは遠慮しておきたい。ならそろそろ依頼も決めなければ


「それなら、ミラベルが初めての通常依頼ということで、基本的な害獣退治の依頼を取っておきましたよ」


 ルレアが持っていたファイルの中から一枚の用紙を取り出す。

 それはこの町の近所にある牧場からの依頼で、家畜を襲う害獣の駆除依頼だった。定期的に出している依頼らしく、初心者に動物を殺すことや、依頼の基礎を教えるための依頼になっているものだという。

 緊急依頼でボアフィレアスを倒している私だが、あまりギルドの慣例を崩すのも良くないということで、これを持ってきたそうだ。


「そういうことならば、断る理由はないな」

「懐かしいですね。私もこの依頼受けましたよ」

「どうだったのだ? なんとなく想像は付くが……」

「あはは、失敗しました。完全消滅させちゃいまして」


 やはりか……狼程度に消滅魔法は完全にオーバーキルだろうに。

 まあ、運動は苦手と言っていたし、腕を見ても刃物を振れるような腕ではなかった。たぶん、剣を握ったことすらないんじゃないだろうか。

 流石にそのままではまずいだろうし、短剣の使い方ぐらいは教えておくか? 消滅魔法を使うよりも先に近づかれたときの応急対処だけでも知っていれば生存率は大きく向上するだろうし。


「ふむ、では害獣の討伐ついでにクーに剣を教えてこよう」

「え!?」

「場所は――町の外か。だが距離は近いな。善は急げだ。ルレア、依頼の受注処理とトアを頼んだぞ。行くぞクー!」


 っと、町を出る前に短剣を買っていかなければいけないな。武器屋の場所はトアに教えてもらったから分かっている。

 私はクーの手を引っ張り、後をルレアに任せてギルドから飛び出すのだった。


tips

チーム事務官 書類整理や経費の確認などを行い、ギルド側との連絡も行う。事務官がいるといないとでは、チームの効率が倍以上違うと言われている。

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