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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
13/86

1-11 スラムの支配者

 まだ昼だというのに薄暗い路地裏を走る。

 汚い道は、ごみと汚れの区別がつかず、影の中から突然現れる出っ張りに足をひっかけてしまった。


「きゃっ!」


 転んだ拍子に片足の靴が脱げ、持っていた袋が前に転がってしまう。

 重い音がして落ちた袋の中には、私の全財産。


「あっ!」


 膝の怪我や脱げてしまった靴を気にする暇もなく、私はすぐに袋を掴んで走り出した。

 直後に路地の影から数人の男が飛び出して辺りを見回す。

 そしてこちらを見つけて声を上げた。


「いたぞ!」

「右だ!」

「待て!」


 ほんとしつこい。

 男たちが追いかけているのは私だ。

 傭兵になりに来たというお姉ちゃんにいろいろな場所を案内しコツコツと稼いだお金を狙って、あの男たちは私を追いかけてきているのだ。

 男たちからすればこんなお金、微々たるものなのに。

 それでもあの男たちが私を追いかけてきているのは、たぶん私怨だろう。追いかけてきている男の中に、見覚えのある顔があった。

 酔っぱらって傭兵のお姉ちゃんに絡み、逆襲されて逃げ出した男の一人だ。

 お姉ちゃんにはかなわないから、一緒にいた私に狙いを定めたのだと思う。

 ほんといい迷惑。


「いつまでも逃げられると思うなよ!」


 大人(男たち)子供()。どれだけ私が頑張っても、足の速さが違いすぎる。

 男たちはすぐ私の後ろまで迫ってきていた。

 私は路地の角を曲がり、そこで立ち止まる。


「ようやく追い詰めたぞ」

「こんなガキの金奪ってどうすんだよ」

「はした金だぜ? 上納金の足しにもなんねぇよ」


 男の仲間たちは、なんで私を追いかけているのかすら知らなかったらしい。

 そんな男たちに追い回されてお客さんを探す時間が取られたと思うと、怒りを通り越してため息を吐きたくなる。


「俺がスッキリすっからいいんだよ。ついでにこのガキ殺して首でもあの女に投げつけてやるか」

「ゲスイなぁ。ま、俺たちも似たようなもんか」


 私を行き止まりに追い込み、余裕の様子で会話をする男たち。

 でも、私だって生まれてからずっとこのスラムの路地で暮らしているんだ。ここが行き止まりになっていることぐらい当然知ってる。けどあえてここに来たのは、ちゃんと理由がある。

 

「クソガキ、恨むんならあの傭兵を恨むんだな」


 下卑た笑みを浮かべている男に向けて、私はポケットの中の石を投げつける。同時に、行き止まりの壁の隅に隠れるようにある子供一人が何とか通れる程度の穴目掛けて飛び込んだ。


「この野郎!」


 慌てた男が手を伸ばし、穴を潜ろうとした私の足首を掴んできた。

 とっさに持っていた袋で男の手を殴りつける。


「ぐあっ」


 男の手首をエルナ硬貨の入った袋で打つと、その拍子に足首の拘束が緩む。すかさず足を引き抜き、転がるように壁から離れた。

 あのお姉ちゃんに感謝だ。沢山お金が入った袋だったから、男の手を強く打つことができた。いつもの少しだけお金が入った袋だったら、きっとこうも上手くはいかなかったと思う。


「クソガキィ!!!!」


 壁の向こうから、穴をのぞき込んで手を伸ばし男が怒鳴る。けど怖くない。もうあの男は追ってこられない。

 私は立ち上がりながら、わざとらしく服の埃を払い、男を見下ろす。

 ささやかな抵抗だ。散々追いかけまわされたのだ。これぐらい罰は当たらないはずだよね?


「じゃあね」


 はぁ、新しい靴探さなきゃ。

 片足だけになってしまった靴を見下ろして、私はため息を吐くのだった。


   ◇


 ギルドを出た後、おそらくソーマだろう追跡者らしき者の視線を振り切って町の中を歩いていた。特に当てもなく歩いていたため、知った道を優先していたからか今はトエラの入り口付近へと来ている。

 相変わらず路地からは浮浪者の子供たちが様子を窺っており、門の前では今から出発するのだろうか傭兵の集団が商人たちと立ち話をしている。

 時間的にも、そろそろクーが手続きを済ませているころだろうし、宿に向かおうか。

 そう思ったとき、路地の角から出てきた少女に視線が向かった。

 トアだ。

 ふむ、ちょうどいいし華海亭への案内を頼むのもいいかもしれない。いや、文字が読めないのだから、特定の宿への案内は難しいかもしれないな。

 ならまた別の機会にでも。そう思ったところで、ふとトアが靴を片足しか履いていないことに気づく。

 それによく見れば、全身が以前会ったときも汚れているようにも見える。目立った怪我はないが、何かあったのだろうか。

 気になった私は、ふらふらと路地へと向かいトアに声を掛けた。


「トア」

「誰?」


 警戒した様子のトアが、一歩後ずさる。そういえば仮面をつけたままだったな。

 軽く仮面をずらし顔を見せると、トアは驚いたように目を丸くした。


「お姉ちゃん?」

「久しぶり――というほどでもないが、その靴はどうかしたのか?」

「ちょっと追いかけられた」

「追いかけられた? いじめにでもあっているのか?」

「違う。大人に。私が羨ましいんだって」

「大人が!?」


 力を持たない女子を大人が追いかけまわすとは! 不届きな奴がいるものだ。


「詳しく聞かせてくれるか。騎士を目指すものとして、そのような輩は見逃せない」

「お姉ちゃん傭兵じゃないの?」


 まあ、最初は傭兵になりにこの町に来たと言ってしまったからな。騎士を目指すというのは不思議に感じるか。


「傭兵をしながら騎士を目指しているのだ」

「よく分からない」

「大きくなれば分かるさ」


 ごわごわとする赤茶色のトアの髪を撫でると、トアは嬉しそうに眼を細める。


「いたぞ!」


 その時、路地の奥から飛び出してきた数人の男がこちらを、正確にはトアを指さして声を上げる。


「もう来た」

「ふむ、察するにトアを追いかけまわしていた連中というのはあいつらか」

「うん。今日はお姉ちゃんの案内できない。ごめん」


 そういって路地裏へと逃げ出そうとする手を、私は攫んで止めた。


「まあ待て。いつまでも追いかけられていては、トアも仕事が見つけられないだろう。ここはお姉ちゃんに任せなさい」


 ナイトロード家では長女であっても兄弟の中では一番下だったからな。お姉ちゃんと呼ばれるとなんだか嬉しくなってしまう。

 ここはお姉ちゃんらしく、かっこよくあいつらを退治してやろう!


「お前たち! 少女一人を追いかけまわすとはどういうつもりだ! それでもメビウス王国の民か!」

「なんだこいつ」

「仮面なんか付けて、頭おかしいんじゃねぇの」

「剣なんか下げやがって、傭兵のつもりか?」

「む、そこの男」


 仮面姿の私を見て口々に野次を飛ばす男たち。その顔に私も見覚えがある。あの時ほど顔を赤くはしてないが、まず間違いないだろう。

 その顔を見て、トアを追いかけていた理由をなんとなく察する。


「なるほど、私にあしらわれたことの逆恨みか。ずいぶんと玉の小さいことだ」


 私が仮面を少しずらして素顔を見せると、その男は私の正体に気が付いたようだ。


「てめぇ! あの時の!」


 少し挑発すれば、男はすぐに顔を真っ赤にして怒りを露わにする。しかし、酔ったときの記憶があるのか、その腰は及び腰だ。本当に見ていて情けなくなる。


「これ以上この子を追わないというのならば見逃そう。しかし、いたいけな少女一人を今後も追い回すというのであれば、メビウス王国の傭兵として見逃すわけにはいかない。今度は地面だけでは済まなくなるぞ」


 仮面を直し、剣の柄に手を掛ける。


「傭兵――へぇ。なら俺たちに係わらないほうがいいぜ。なんせ俺たちの後ろにはギエラスさんがいるんだからな!」

「ギエラス? 誰だそれは。そんな奴は知らん!」


 なにせこの町に来たのも、傭兵になったのもつい先日だからな! どうせごろつきどもの元締めなのだろうが、そんな奴がどうしたというのか。


「ギエラスさんを知らない!? お前、もしかしなくても新人だろ」

「だからなんだ」

「ギエラスさんは元傭兵だ。しかも実力だけならばAクラスレベルのな! そんな人に逆らって、新人のてめぇがまともに活動できると思うなよ」

「ふん、馬鹿馬鹿しい」


 私は男の言葉を一蹴する。

 そもそも、傭兵からごろつきの元締めになった時点で程度は知れる。

 ルレアも言っていたではないか。ギルドに敬意を払わず、担当受付を便利道具のように扱うやつは適当な依頼を受けさせられて燻らされると。

 それですらギルドから首になることはない。その日暮らしをできる程度の金を稼ぐことはできるのだ。

 そのギエラスというのはおそらくギルドを首になったのだろう。実力Aクラスが事実かどうかは関係ない。ギルドを首になる程度の輩に、私が右往左往する理由はない!


「その男の実力など知ったことではない。ギルドで上に上がれず、貴様たちを使って小銭を稼いでいる時点で程度は知れるというものだ! さあ、トアに手を出さないと誓うのだ」

「お、おいどうする……」

「まずいんじゃ」

「チッ、ガキども覚悟しておけよ。ギエラスさんは自分を馬鹿にしたやつは全員殺してきたんだ。てめぇらだって殺されるぜ」

「それが答えか」


 諦める様子のない男に、私は抜剣し風切を放つ。

 瞬間、男が仲間の一人を自分の前に引っ張り出し盾とした。


「あああああああああああああああああ!!!!」

「ヒッ!?」

「チッ、どこまでも卑怯な」


 盾にされた男は、肩に深い斬り傷を受けてその場で悶え苦しむ。

 そんな男の姿を見て、他の男たちは一斉に逃げ出し路地裏へと隠れてしまった。 


「トア、口を開くなよ。噛むぞ」

「ん!?」


 私はトアの腰に腕を回し、そのまま脇に抱え男の下へと走り寄りその背中を踏みつける。

 体重は軽いが、全身の力で踏みつければ男一人ぐらいならばなんとか押さえ込める。


「お前は警備隊へ突き出す。傷はそこで治療してもらうといい。逃げたものたち! 聞いてるな! トアに手を出すのならば、次は自分がこの男と同じ目に合うと思え! 非力な女子供を獲物にする者に、私は容赦はしない!」


 裏路地に響き渡る声で告げ、男たちへの最終通告とする。もし今後トアに手を出すのなら、私は命をもって償わせよう。


「さてトア」

「なに?」


 抱えられたまま不安そうに私を見上げてくるトアに向けて、私は笑みを浮かべる。


「これでしばらくは大丈夫だと思うが、とりあえずこの場は私の話に合わせてくれ」


 そして視線を路地の入口へと向ける。そこには、足元の男の悲鳴を聞き駆け付けた警備隊の兵士たちが二人こちらに向かって走ってきていた。

 私はトアを地面に下して剣を鞘へと納め、仮面を外す。


「何があった! 今の悲鳴はなんだ!?」

「そこの男は!?」

「この少女が男たちに追いかけまわされていたのでな。助けに入ったところで交戦になり一人を斬った」

「君は?」

「傭兵のミラベルだ」


 私はギルドプレートを提示して身分を証明する。


「詳しく事情を聴きたい。いいか?」

「ああ」


 私はトアと共に順を追って警備兵に事の顛末を伝える。

 すると、ギエラスの名前が出たところで明らかに二人の表情が曇った。


「ギエラスの部下か」

「下っ端かもしれないが、これは追うのは厳しいな」

「ギエラスという男はそこまで厄介な男なのか?」

「傭兵なのにギエラスを知らない?」


 警備兵も少し驚いたように私を見る。それほどまでに有名なのか。


「先日傭兵になったばかりなのでな」

「そういうことか」

「簡単に言うと、ギエラスはここら一体の元締めみたいなことをしている元傭兵だ。傭兵時代に殺人や強奪を繰り返した挙句ギルドを追放になった後も、この町に居座ってスラムの支配者をしている」

「そこまで詳しく分かっているのならなぜ捕まえない?」

「当然動いたさ。けどギエラスの実力は確かにAクラスものなんだ。捕縛に向かった警備兵は全員返り討ちにあって死体になった。それ以来、警備隊の上部が失敗の責任を恐れて動かなくなっちまった」

「軟弱な」


 市民の身が危険にさらされているというのに動かないとは警備兵として実に情けない。騎士団ならば、どれだけの被害を出そうとも諸悪の根源は確実に絶つだろう。


「かもな。けどやっぱり死にたくはないんだ。俺たちにだって支えなきゃいけない家族がいる。それにギエラスは今ほとんど活動していない。やってることは下っ端にノルマを決めて金を巻き上げているだけの、どこにでもいる浮浪者の元締めなんだ。ギエラスのおかげで浮浪者の集団が縄張り争いで抗争をすることもなくなった。ギエラスが仕切る前に比べたら、裏路地やスラムはだいぶ落ち着いているんだ」

「だからと言って、放っておいていい理由にはならないだろう。現にトアは襲われていたのだぞ」

「なら大量の被害を出してギエラスを捕まえた挙句、自由になった浮浪者たちの抗争に市民が巻き込まれたらどうするんだ。警備隊として、迂闊に市民を危険に巻き込むようなことはできない。ギエラスを捕縛するにしても、回りに影響が出ないように入念な下準備を済ませないとな。まあ、上が動いてくれるのならの話になってしまうけど」


 警備隊が浮浪者よりも市民を優先するのは分かる。だが、本当にそれでいいのか。浮浪者たちもこの国の国民の一人だろう。


「ともかくだ、だいたいの事情は理解した。襲われていたところを助けに入ったのなら罪はない。むしろ、この男から賠償金が取れる。ほら」


 警備兵が男のポケットを探り、エルナ硬貨の入った袋をこちらに投げてよこす。

 重さはほとんどない。入っていても数百エルナと言ったところだろう。こんなものをもらっても、何も嬉しくはない。

 だが、トアには意味がある金かもしれないな。

 私は受け取った袋をそのままトアへ手渡す。


「それはトアが持っていけ」

「いいの?」

「もともと追われていたのはトアだからな。一番の被害者はトアだ」

「ありがと」


 トアは袋から硬貨を全て取り出すと、自分の袋へと詰めなおす。

 先ほどよりも重くなった袋を手の平に乗せて、トアは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「男はこちらで預かるぞ」

「ああ、頼んだ」

「他の連中を捕まえるのは難しいだろうが、多少この辺りの警備を強化することぐらいはできる。気休め程度だけどな」

「感謝する」


 彼も、別に好きで浮浪者を見捨てているのではないのだ。

 警備隊の規約の中でできることをやってくれる。そう考えたら、少しだけ憤りが消えた気がした。

 再び仮面を付けて路地裏から大通りへと出てきた私は、大きく深呼吸して気を取り直しトアに声をかける。


「ではトア行くぞ」

「え?」

「え、ではない。トアの靴を買いに行くぞ。片足しかないのは不便であろう」

「でも……お金足りないし」

「気にするな。それぐらい買ってやるさ」


 トアが男たちに追い回されたのも、私が酔っぱらった男たちを適当にあしらったせいでもあるようだしな。その程度の償いはさせてもらう。


「いいの? 本当にいいの?」


 トアが心配そうにこちらを見上げて私の服の袖を引っ張ってくるが、私はそこまでお金を持っていないように見えるのだろうか? ちょっと悲しくなるぞ。


「大丈夫だ。さあ、行くぞ」


 私はトアの手を掴み、靴屋を探して市場へと繰り出すのだった。


tips

スラムはトエラの東と北の門を結ぶ外周部の一帯。南部には河川が通っているが、北部にはないため比較的貧しい人が暮らしていたせいで一部がスラム化した。

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