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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
12/86

1-10 仮面の騎士と本物の騎士

 ソーマ・エオロアルト。

 若干二十歳にして現騎士団副団長の父が一目を置く存在。

 騎士団は団長をトップとしてその補佐に副団長が、その下に騎士隊・従騎隊・騎馬隊・魔法隊の四部隊があり、それぞれに隊長と副隊長がいる。

 ソーマはそのうちの騎士隊で将来的に隊長になるであろうと噂されるほどの逸材だ。

 上兄のフィエル兄さまが団長となり、ソーマが隊長として部隊を指揮する。これがおそらく、父の描く未来の騎士団の姿なのだろう。

 それを目指すために、既に父が自宅の訓練場に招いて訓練も行っていた。故に私とも会う機会が多く、顔を覚えられている。

 なるほど、父が個人的に動かせる騎士の中ではベストな人材かもしれないな。あの生真面目すぎる性格を除けばだが――


「私は今とある指令を受け、ミラベル・ナイトロードという令嬢を捜索しております! ここに最近ミラベルと名乗る女性が登録したという情報を知り伺った次第であります!」


 ギルドのフロア全体に届く大きな声で、ソーマは私を探していることを明言する。

 同時に、ルレア、ヒューエ、クーの視線がこちらに集まった。


「どうするんですか?」

「叩きのめしてもいいが、それをすると後々騎士団との禍根になりかねないからな。ここは人違いで通させてもらおう」

「無理があるんじゃ……」


 まあ、見た目は仮面をかぶっただけだし、服装もいつもの改造騎士服だからな。

 だが奴はソーマなのだ。


「おや! そこにいらっしゃるのは、ミラベル嬢ではありませんか!」


 ソーマがこちらに気づき、でかい声のまま近づいてくる。おかげで、フロアにいた全員の視線が私に集中した。そして同時に、私の付けている仮面に首を傾げている。


「ミラベル嬢! お父様が探しておられましたぞ!」

「人違いだ」

「「「…………」」」


 ギルド内の沈黙が重い。他の傭兵たちからも「それは無理だろ」という感情がひしひしと伝わってくる。


「あの……ミラベル嬢?」

「人違いだ。私はナイトロード家のものではない」

「いやいや、その改造騎士服はミラベル嬢しか所有を認められておりませんではありませんか」


 そういえばこの騎士団の制服を改造した服は、父にわがままを言って作ってもらった特注品だったな。騎士団のものを流用しているから、私以外が袖を通すことは禁止されていたものだった。


「デザインが似ているだけだろう」


 クーたちの視線が痛いが、ここで折れるわけにはいかない。私は騎士になるために傭兵になったのだ。ようやくそのための一歩が踏み出せるというのに、こんなところで家に連れ戻されてたまるか。

 いざとなればこの剣で――

 軽く剣の鞘を撫でてから、私はソーマへと向き直る。


「もう一度言う。私はミラベル・ナイトロードという美しい令嬢ではない」


 こら、後ろで「今自分で美しいって」とか指摘するんじゃない。いいじゃないか少しぐらい見栄を張ったって。私は今ミラベル・ナイトロードではないのだから。


「では確認のために仮面を取っていただいてもよろしいでしょうか? 私はつい三日前にもミラベル様の顔を拝見しておりますので、顔を見ればすぐに分かります」


 先日も一緒に訓練していたからな! 父に尻を蹴られていたのはよく覚えているぞ!

 だが、これはまずい。仮面を取ればさすがにごまかしきれない。すでにごまかしきれていない感はあるが、まだ取り返しがつく場所だ。

 この仮面は私の最終防衛線。これだけは死守せねば。


「すまないがこれを取るのは勘弁してもらいたい。以前仕事の最中に傷を負ってしまってな。あまり見せたくないのだ」

「では傷のない場所だけでも」

「無理なのだ。魔物に正面から傷をつけられてな。顔全体がボロボロになってしまっているのだ」

「その割には、見えている部分が綺麗なのですが」

「……」

「……あの、ミラベル嬢?」


 引く気はないか。ソーマも父から司令を受けている以上当然かもしれない。

 だが私もここで引くわけにはいかないのだ。

 仕方がない。できることならば使いたくなかったが――


「つまり貴殿は、私に傷を曝せということか! この公衆の面前で女子の顔についた傷を曝せと! そうおっしゃるのだな! 仮にも人々の前に立ち、人々を守るべき立場であるメビウス王国騎士団の騎士である貴殿が、婦女子に顔の傷を曝せと! そうおっしゃるのだな!」


 私の声に、様子を窺っていた者たち以外に、今まで我関せずだった傭兵たちまでもが視線をこちらに向ける。そして、顔の傷を曝せと命じる騎士(ソーマ)に対して嫌悪の表情を浮かべた。

 彼らはこれまでの会話をしっかりと聞いていない。故に、印象に強く残ったワードを意識してしまう。

 傭兵という荒事の稼業についていても、この国に住むものたちの根底には女性を守るべきものと考える思想が無意識ながら根強く残っているのだ。

 この無意識から脱却したい私としては忸怩たる思いなのだが、手段は選んでいられない。ここはあえて汚泥を啜ろう。


「それが王国騎士団として本当に正しい姿なのですか! 私の傷をそこまでして見たいのですか!」


 周囲からの視線がさらに強くなり、ソーマは驚いた様子で数歩後ずさる。


「ぬぅ! ここは……いや、しかし間違いなくミラベル嬢ですし……私は副団長に信頼されてここに来ているのだ。ここで引き下がるわけには――」


 むぅ、まだ引かないか。だが騎士の教示を傷つけられる可能性がソーマを確実に揺さぶっている。ここはさらに押していく。

 そう思い口を開こうとしたとき、カウンターの中からヒューエが出てきて私たちの間に割って入った。


「はーい、一旦落ち着きましょうか。お互い頑固になっちゃっているみたいだし、お互いに冷静になる時間が必要だと思うなぁ」


 静かなヒューエの視線が、ここはいったん引けと言っている。

 何か考えがあるのだろうか?


「ですがその方はどう見てもミラベル嬢、みすみすこの機会を逃すのは」

「彼女が傭兵である以上、今後も必ずこのギルドには来るわよ。機会ならまだ沢山あるわ。それに、騎士様の受けた依頼はすぐに連れ戻さなきゃいけないものだったかしら?」

「……いえ、特に時間の指定はありませんでした」

「つまり、依頼を出した側も簡単にはいかないことは分かってたんじゃないの? 現状を報告すれば相手も分かってくれると思うけどなぁ?」


 そんなことをされたら、今度はもっと面倒な連中が来てしまうかもしれないではないか。

 ここは私がミラベルではないということで押し通したほうが。

 私がヒューエに手を伸ばそうとすると、袖の裾をルレアがそっと掴んでいた。

 むぅ、動くなということなのか。


「どうかしら? ここは騎士団のためにも一度引いて状況を報告するほうがいいと思うけど?」

「分かりました。騎士団の名誉のためにも今日は引き下がりましょう。しかしミラベル嬢! 私は必ずあなたを連れて帰りますからね!」


 そう言い残し、ソーマはギルドから出て行ってしまう。


「ルレアにヒューエさん、いったいどういうつもりだ?」

「これ以上ギルドで問題を起こされるのも嫌だったしね。それにミラベルさん、少し熱くなり過ぎよ? 必死になるのは分かるけど、自分の目標を傷つけるようなことはしちゃいけないわ」


 ヒューエの指摘に私はハッとする。

 そうだ。今私がやろうとしていたのは、私が入団したいと望むメビウス王国騎士団の名誉を傷つける行為でもあった。

 私が憧れた騎士団は、常に最前線で国民を守り、精錬で、強靭で、誇り高い存在だったはずだ。それを私自身が傷つけてどうする。


「すまない。家に戻されると思って熱くなり過ぎたようだ」

「分かってくれたのならいいわぁ」

「ではいつまでも受付を占領するわけにもいきませんし、落ち着いたところで現状の確認と今後について話し合いませんか?」

「そうですね。チームになる以上私も無関係ではありませんし、少しでもミラの助けになりたいですから」

「ありがとう」


 傭兵になって彼女たちと知り合えたこと。これが私にとって最高の幸福なのかもしれないと思えた。


   ◇


 私たちはギルドに併設されている喫茶コーナーへと移動し、それぞれに飲み物を注文してテーブルを囲む。


「さて、飲み物の準備もできたところで今後の相談よ」

「うむ、まずはソーマをどうするかだな」

「それと今後来る可能性もある増援のこともね」


 そうだ、ソーマは今日のことを父に報告するだろう。となれば、この町に私がいることは確定してしまうし、今後は手の空いた騎士を送り込んでくる可能性が高い。彼らへの対処も考えねばならないのか。


「まずミラベルさんは戻るつもりはないってことでいいのよね?」

「うむ。私は騎士になるのだからな。今戻ればおそらく婚約させられるだろう。それと私のことは呼び捨てでかまわない。クーの担当受付ならば同じチームの担当なのだからな」

「なら私も呼び捨てでいいわ」


 ならば私もとクーが主張し、結局全員がお互いを呼び捨てにすることが決まった。


「現状としてミラベルが人違いであると証明するのは無理ね。相手はミラベルの顔を知っているのだし、その制服は特徴的すぎるわ」

「脱ぐつもりはないぞ? これは私の覚悟でもある」


 騎士のような服を着ることで、私自身が将来本物の騎士の服を着る決意を表しているのだ。単純にデザインが好きだということもあるが、簡単に脱ぐつもりはない。


「まあそれはいいわ。で、今後人前に出るときはその仮面を必ずつけておくことね。素顔を見られれば言い訳できないわ。未成年の家出だから多少強引な手を使っても連れ戻されるわよ」


 まして貴族の長女だ。私は犯罪に巻き込まれても武力で解決する自信はあるが、捜す者たちはそうは思わないだろう。守るためといって全力で捕まえに来る。

 そして彼らに大義名分がある以上、斬り捨てるわけにもいかない。


「ずっと仮面か。戦闘時は邪魔になるので取りたいのだがな」


 命のやり取りをしているのだ。左右の醜くなるなんて致命的な欠点はなくしておきたい。


「それぐらいはいいと思うわ。基本町から出ちゃえばトエラにいる傭兵のミラベルとは別人で押し通せるし」

「ふむ」

「つまりミラが町の中でどう対応するかということですね」

「そういうことね」


 まあ、そこが一番の問題なのだがな。


「一番いいのは、ミラベルが騎士に会わないことですね」

「そうなんだけど、それは無理そうよね。あの騎士様の様子だときっとギルドに張り込むわよ」

「ソーマならやるだろうな」


 あいつは真面目さだけが取り柄みたいなものだからな。父から任された任務を完遂するまではどんなことでもするだろう。まあ、それを他人に強要しないから実力は付くし隊員からの信頼も得られるのだが、相手となると厄介だな。


「一番いいのはミラベルがトエラから出ることなんですが、そうすると私が担当から外れちゃうんですよねぇ」

「それは私としても困るな。トエラは傭兵ギルドの本部なだけあって依頼も多く集まるし、何より王都からも近い。王族の目に留まらなければならない身としては、離れるのは不利だ」

「ではいっそのことデコイを作るのはどうでしょう」

「「「デコイ?」」」


 クーの提案に私たちはそろって首を傾げた。


「幸いにもミラの髪や服は特徴的ですし、似た人を作って町の外に逃げてもらうんです。騎士の方にはそっちを追ってもらって、その間にトエラでの基盤を構えるんです」

「なるほど、騎士の目を私以外の人物に向けるということか」

「可能か不可能かでいえば可能ですね。仮面も似せたものを作れば、顔を似せる必要もなくなりますから、むしろ好都合ですね」

「クーネルエ、いいアイディアよ!」

「じゃあ私たちでトエラから出る傭兵を探してみましょ。女性を探さないといけないからちょっと大変かもしれないけど、事情を説明すればきっと協力してくれるわ」

「そうですね。ただ今日明日ですぐにできるとは思えませんし、その間はミラベルには隠れていてもらわないと」

「今の宿だと危険か?」

「見張られている可能性がありますね。ミラはどこでも目立っていたでしょうし」


 ソーマがトエラの入り口から私の足取りを追ってきたのだとすれば、宿の場所も把握されている可能性は高い。さすがに、女性の多いあの宿を張り込むといくら騎士と言え変質者として通報される可能性があるしやらないだろうが、引きこもれば応援と共に踏み込んでくる可能性もある。


「宿を移すか」

「では私の使っているところに来ませんか?」

「クーのか?」

「はい。チームを組むならどちらにしろ一緒に行動したほうが動きやすいですし、私が宿の契約を変更しておけばミラの名前は残りません」

「足取りを消せるということか。クーの宿はどこなのだ?」


 これで実は同じ宿に泊まっていましたではギャグにもならない。

 華山亭は比較的高級宿だから、被ることはないと思うが。


「華海亭という宿です。魚料理に拘っていて、頼めばお風呂も用意してくれるんですよ」

「華海亭か。華山亭と似ているな」

「姉妹店らしいですよ。ミラは華山亭に泊まっているんですか?」

「ああ。案内してもらったのがそこだったからな」


 クーの話を聞く限り、どうやら華山亭は女性にも安心を売りにした高級宿として、華海亭は傭兵向けの比較的リーズナブルな宿として営業しているらしい。

 だが、傭兵向きだからと内装が汚いということはなく、内装がシンプルな代わりにベッドを良いものにしていたり、依頼で出ている間も部屋を取っておいたり荷物を預かるなどの、いわゆる傭兵向けサービスを充実させた宿なのだとか。


「では私もそちらに移ろう。幸い荷物は全て持ってきているからな」


 緊急依頼を受けた際に、何日かかるか分からなかったので宿はチェックアウトしてきていた。このまま華海亭へと向かえばいい。


「華海亭ね。ならこっちの準備ができたら宿にギルドから連絡員を送るわ」

「頼む」

「では私は先に戻って契約の変更をしてきます。ミラはここで待ちますか?」


 このままここで待つのもいいが、華海亭に向かう際に尾行が付かないとも限らないか。

 なら少し周辺を歩いて尾行の確認をしておきたいな。ソーマが出待ちしている可能性もある。


「いや、町をぶらついて監視の様子を確かめてこよう。しばらくしたら華海亭へ向かう」

「じゃあ場所だけ教えておきますね」


 クーから華海亭の詳しい場所を聞くと、華山亭からはそれほど離れていない。だが、路地が二本ほど違っているので、華山亭を見張っているものたちがいたとしても気づかれにくいだろう。


「ではまた後で」

「うむ。では私も少し探りを入れてくる」

「行ってらっしゃい」

「お気をつけて」


 仮面を付け直した私とクーは、二人に見送られギルドを後にする。クーはそのまま華海亭へと向かい、私は少し歩いたところで立ち止まった。


「ふむ」


 案の定尾行はいるな。敵意はないが視線を感じるのだ。視線の強さは酔っ払いのものよりもはるかにしっかりとしている。どうやらソーマは尾行に関しては素人のようだ。

 振り返って路地の入口を見るが、誰もいない。立ち止まった時点で引っ込んだか。

 そして再び歩き出すと、温い視線を感じる。

 着いてきているな。

 では軽く撒いて時間つぶしの間に町の入り口にでも行こうか。


tips

部隊編成

 騎士隊 80人 騎士の花形  正面突撃や直接の先頭を行う。剣や槍が主流

 従騎隊 140人 騎士隊の補助 騎士隊の動きに合わせて弓などで遠距離攻撃を行う

 騎馬隊 30人 少数部隊   最も人数の少ない部隊で、敵隊列の粉砕を行う

 魔法隊 40人 異色     個人の個性が最も強い部隊であり、長距離からサポートするものもいれば、騎士に混じって突撃するものもいる。割と自由な風潮。


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