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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
一章 騎士を目指す少女の一歩
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1-9 報告と報酬そして――

 風呂での約束の後、私たちはとりあえず現状から一歩踏み込んだ関係となった。

 お互いを相性で呼ぶことにしたのである。

 私がクーネルエのことをクーと、クーが私のことをミラと呼ぶのだ。風呂から上がったばかりの火照った体で、慣れるためにとお互いの相性をひたすら呼び続けた時間はなぜか異様な雰囲気だったとだけ告げておこう。クーなど顔を真っ赤に染めていた。

 そして翌日。

 朝食を済ませた後に私たちは宿をチェックアウトし、町を観光した後昼過ぎの定期便を使ってトエラへと向かった。

 定期便は途中の宿場町で一泊した後、トエラに昼頃到着する。

 そのままの足でギルドへと向かい、カウンターに私の担当受付であるルレアかクーの担当受付であるヒューエがいないかを探す。


「ヒューエは他の人の対応中みたいですね」

「ルレアは受付にはいないな」


 空いている受付にも、その奥のデスクにもルレアの姿は見当たらない。休みということもないだろうし、席を空けているのだろうか?

 そう考えていると、喫茶スペースにいたルレアがこちらに気づき声を掛けてきた。


「ミラベル、それにクーネルエさん。お疲れ様です。風見鶏の皆さんから情報は届いてますよ。なかなかの活躍だったそうで」

「そっちにいたのか。うむ、今戻った。とりあえずこちらもギルドへの報告を済ませてしまいたいのだが、今からでも大丈夫か?」

「ええ、すぐに受付を開けますね」


 ルレアはカウンターの奥へと向かい、持っていたコーヒーをテーブルに置くと立札で閉じていた受付を開けて私たちをそこに呼ぶ。


「ヒューエ先輩は今別の人を担当しちゃってるんですけど、私がまとめて対応しても大丈夫でしたか?」

「お願いします」


 クーの了承も受けて、ルレアは保管してあった緊急依頼書を取り出し記入を始める。


「とりあえず依頼の達成に関しては風見鶏からの証言ですでに完了していることが確認されています。ただ、念のためにボアフィレアスとの戦闘状況のことを話していただけますか?」

「うむ、とりあえず私たちが合流したのちにボアフィレアスの発見地点にたどり着いたところからだな」


 私たちは風見鶏と合流した当たりからの出来事を順を追って話していく。

 クーが消滅魔法で完全に屠ったこと、直後に二匹目のボアフィレアスが出現したこと。そしてそのボアフィレアスを私が一振りで退治したことを端的に告げ、風見鶏からの報告と相違がないかをルレアがチェックしていった。


「分かりました。風見鶏からの報告と一致していますね。ボアフィレアスが二体いたということで、危険度が各段に跳ね上がった依頼でした。なので、追加の報酬もかなり上がると思いますよ。とりあえず今は、基礎固定報酬分をお渡しします。支払いは現金と振り込みどちらにしますか?」

「私は振り込みで」

「振り込み?」

「あ、ミラベルには話していませんでしたね」


 クーの答えに私が首を傾げると、ルレアが思い出したように依頼料の支払いについて説明してくれる。

 傭兵ギルドは複数の銀行と提携しているらしく、依頼報酬を傭兵の口座やチームの口座に直接振り込むことが可能だそうだ。

 傭兵のランクが上がってくると、報酬も当然大きくなるため現金の支払いだと持ちきれない量の支払いが発生することがあるらしい。

 今回の緊急依頼も、追加報酬は持ちきれないほどではないがかなりの重さになることは予想されるそうだ。


「口座はすぐに作ることができるのか?」

「ええ、ギルドプレートの情報でそのまま口座が開設できますから」

「そうか。では私も口座を作るのでそちらに振り込みを頼む。引き出しはギルドか?」

「各銀行でも可能ですよ。その場合はギルドプレートを提示していただければ大丈夫です」

「了解した」

「ではミラベルもクーネルエさんも口座への振り込みと。金額は緊急依頼基礎の三十万エルナです。二日後には振り込みが完了しておりますので、各自でご確認をお願いします。追加報酬に関しては判明次第担当職員から連絡があると思います。これで一通りの処理は終了しますけど、何か質問とかありましたか?」


 私は特に思い浮かばない。クーの方を見れば、クーも特に何も浮かばないのか首を横に振った。

 それを見てルレアは一度頷きお疲れ様でしたと告げる。


「依頼のことはこれで完了として、少し相談があるのだがいいだろうか?」

「はい、なんでしょう?」

「私はここにいるクーネルエとチームを組もうと考えているのだ」

「クーネルエさんとですか?」

「うむ、担当受付を飛ばして交渉してしまったことは悪いと思うのだが、いいタイミングだと思ってな」


 チームの選抜に関しては、基本的にギルドに収集される傭兵たちの情報から判断されていると聞いている。それを知っているうえでギルド間をすっ飛ばして当人同士で直接交渉してしまうのは、マナー違反であるともいえる。ギルドの規約には明記されていないが本来ならば避けるべきことなのだそうだ。


「いえいえ、それは全然かまいませんよ。むしろ、ナイスタイミングだと言いたいぐらいです」

「そうなのか?」

「こちらでも、クーネルエさんとのチームの話は考えていましたから。すでにヒューエさんにも相談していたところだったんですよ。今回の依頼後にお二人の感触さえ良ければ、チームの話もそのまま進めちゃおうってことになってましたので」


 裏でそんなことになっていたのか。では本当にちょうど良かったのだな。


「わ、私も――むしろこんな私がチームでもいいのでしょうか?」

「もちろんですよ。というか、クーネルエさんの性格的にミラベルから誘ったのでは?」


 ルレアの視線に、私は大きく頷く。


「うむ、クーの実力は確かなものだ。それにな! 共に騎士を目指そうと誓ったのだ!」

「え、クーネルエさんも騎士を目指すんですか!?」

「えっと、まあちょっと欲しいものがありまして、それが騎士になれば手に入り易そうだなぁと」


 言葉を濁すクーネルエ。

 さすがに担当受付でもないルレアに、魔法を使うと真っ裸になるから対抗魔術繊維(マギラクトファイバー)の下着が欲しいなんて言えるわけがないか。


「そういうことだ。共に騎士を目指すのであれば、依頼内容で対立することもない。早期での傭兵引退も問題ないだろう。どちらかが騎士になれば、そこから引っ張り上げることも可能だしな」


 もし片方が騎士にスカウトされ入団しても、そこから傭兵時代に仲間であり実力もあったことを伝えればすぐにスカウトが向かうはずだ。

 その為にも、私たちは今以上に実力を付けつつ依頼をこなさなければならないがな。

 これも騎士になるための試練! そう考えれば、むしろ燃えるではないか!


「はぁ……まあ分かりました」

「何が分かったの? あ、クーネルエはお帰り」

「ヒューエさん、ただいま戻りました」


 横から声を掛けてきたのは、先ほどまで他の傭兵の相手をしていたクーの担当受付のヒューエだ。

 金の柔らかそうな髪をふわりと背中へはらい、クーの顔を覗き込む。


「その様子だと、依頼はちゃんとできたみたいね」

「はい!」

「いいこいいこ」


 まるで母親のような印象だ。初日にちらっと見た時とは全然印象が違うな。

 私の視線に気づいたのか、ヒューエさんがこちらに視線を向けた。


「あなたがミラベルさんね。私はヒューエ。クーネルエの担当受付よ。ルレアからいろいろと話は聞いてるわ。実技試験の相手を一撃で降参させたり、なかなかの逸材だそうね」

「あれはあの傭兵の実力が凄かったのだ。私の一振りで実力を見抜くなど、普通はできることではない」


 ルレアが呆れたような笑みを浮かべているが、なんだというのだ。


「まあそういうことにしておくわ。それでルレア、チームの話は?」

「あ、それでしたらお二人からむしろ組みたいと言ってきてくださいました」

「あら、ちょうどいいわね。私も今なら空いてるから、チームの登録しちゃいましょうか。二人はこの後大丈夫?」

「私は大丈夫だ」「私もです」

「ならやっちゃいましょ。ルレア、あの用紙出して」

「はい」


 ルレアがチーム登録用の用紙を準備している間に、ヒューエが受付の奥へと戻り窓口から顔を出す。


「とりあえずチームに関しての簡単な説明ね。後でまとめたものも渡すから、分からない時はそれを読むか私たちに聞いてちょうだい。で、チームなんだけど今からチーム結成の登録用紙を渡すからそれに名前を書いてちょうだい。その用紙はこっちで厳重に保管して、もし他の人を入れる場合そこに名前を書き足していって、抜ける場合は名前に二重線が入るの。そこに名前が書かれている人だけがチームとして依頼を受けたり、依頼料を分配できるわけね。書かれていない人は基本的にどれだけ仲が良くても、当人どうしがチームだと思っていてもギルド的にはチームとは扱わないから注意して」

「これがその用紙です」


 タイミングよくルレアがチーム登録用紙を私たちの前に差し出してくる。

 上部の空欄にチームのつまり傭兵団の名前を書き、代表者と副代表を選ぶ。その下にチームのメンバーとなる傭兵の名前を書いていくようだ。


「じゃあとりあえず名前だけ書いちゃいましょうか」


 と言うので、私はペンを受け取りミラベルとだけ記入する。その下にクーが自身の名前を書きこんだ。


「今のところは二人よね。代表はどっち?」

「ミラベルさんで」


 一瞬の隙も無く、クーが私を代表にプッシュする。私も特に異議はないので、一つ頷いた。


「じゃあ代表はミラベル、副代表が自動的にクーネルエさんですね」

「分かりました」

「それと二人のチームにはあまり関係ないかもしれないけど、チームメンバーが十五人を超えるごとに副代表は新たに一人追加できるから」


 人数が増えれば、それを纏める人も必要になってくるのだから当然だろう。


「依頼料の分配は受注時に決めることができるわ。基本的にはチームで管理、チームメンバーで折半、依頼に参加したチームメンバーだけで折半が多いわね。たまに一部をチームに入れて、残りを折半なんてものもあるから覚えておくといいわ。そうだ、チーム用の口座も作らないとね。ミラベルの口座と一緒に開設しておくわ」

「頼む」


 ルレアもヒューエもチームの結成は慣れた仕事なのか、必用なことをコンパクトにまとめて教えてくれる。

 おかげで、特に分からないこともなく十分ほどで説明を聞き終えた。


「で、最後になんだけど」

「一番大変なイベントですね」


 改まったようにヒューエが言うと、ルレアも苦笑する。


「チーム名どうする?」

「どうしましょうか?」

「どうしますか?」


 三人の視線が私に集中する。ルレアやヒューエは分かるが、なぜクーまで私を見る。

 まあ私が代表なのだから決定権は私にあると言えるかもしれない。けど、クーも副代表なんだから決定権に一部は持っているんだぞ? 自分の意思をもっと主張していこう!


「クーはどう思う?」

「特に希望はありませんね。ミラは何かありますか?」

「ふむ……私の希望か」


 騎士を目指すものの傭兵団としては、あまりおかしな名前は付けられない。

 例えば「傭兵団かしまし娘のミラベルをスカウトしよう」とか「傭兵団チキンピカタのミラベルだ。今後は騎士としてよろしく頼む」なんて自己紹介はしたくない。

 やはりここは傭兵団の名も騎士の絡むものにしたい。


「騎士の絡む傭兵団名ですか」


 私が希望を伝えると、受付嬢の二人がそろって顎に手を当てる。


「騎士って確か国から与えられる称号ですよね?」

「そうねぇ、勝手に使うとまずいかもしれないわ」


 なるほど、確かにメビウス王国の騎士は称号として与えられる。それを無断利用するのはまずいか。

 だが私に妙案が浮かぶ。


「では騎士団ではどうだろうか?」


 騎士は個人に対して与えられる称号だ。騎士団であれば、ただの名前として判断される可能性が高い。

 というか、これにしたい。


「騎士団……王国騎士団ではないし、傭兵だから依頼で他国に行くこともあるだろう。ふむ、国境なき騎士団でどうだろうか?」


 ふむ! いいじゃないか、国境なき騎士団! 騎士のような仕事を専門に受ける予定なのだから、騎士の名を汚すこともないはずだ。


「かなりスレスレな名前の気がします」

「だが目はつけてもらいやすい」

「別の意味で目を付けられそうな」

「フッ、騎士の名を汚すような行動をしなければ大丈夫だろう。彼らも暇ではない」


 そもそも、私に傭兵団の名前を一任してきたのは君たちだ。ならば私の希望に従ってもらおう。クーよ、それが嫌ならばきちんと自分の意見を出すことだな!


「では団名は国境なき騎士団ということで」


 ルレアが名前欄に書き込み、結成書類は完成した。

 記入漏れがないことを確認し、その書類を棚の中へと戻す。


「あ、目を付けられると言えばミラベルを探している人がいるという噂ですよ」

「私を?」

「ええ、ミラベルの服に似た制服を纏った男性だそうです。ミラベル・ナイトロードという人物を探していると公言しているとか」

「私の服に似た制服……それにナイトロード……」


 間違いなく騎士の誰かだろうな。家でしたことが発覚して、父が騎士団に手を回したか。

 おそらく町の警備兵たちや傭兵では私の確保は無理だと考え、連れ帰らせるために騎士団の部下を使ったのだろう。彼らは私の顔を知っているし、探すにも打って付けの存在だ。


「ふむ、ほぼ間違いなく私を探しているのであろうな」

「ナイトロードってあの騎士の家系の!?」


 私の出自に関して何も知らないヒューエとクーは大いに驚いている。ルレアには一応ぼかしていたつもりではあるが、あそこまで話していてはなんとなく予想はしていたのだろう。


「うむ、私はミラベル・ナイトロード。ナイトロード家の長女だ。父に騎士になることを禁止されたので絶賛家出中というわけだ」

「なんだかすごいことに巻き込まれちゃった気がします」

「チームを組むのを止めるか?」


 おどおどとしていたクーに尋ねる。面倒ごとを回避するのならば、チームを組まないのも一つの手だ。私はそれを拒否するつもりはない。


「あう……あう……や、やめません! 私も騎士になって対抗魔術繊維(マギラクトファイバー)が欲しいんです」

「あら、そういう理由だったのね。けど確かにクーネルエの欲しいものだと騎士団にはいるのがいいかもしれないわね」

「けどミラが連れ戻されちゃったら」

「それは問題だな。とりあえず素性を隠す必要があるか――ルレア、仮面などはないか?」


 捜索している騎士は私の顔を知っている可能性が高い。というかほぼ間違いないだろう。ならばとりあえず顔を隠して一時凌ぎでもしよう。


「仮面ですか。確か――あ、ありました」


 そういって机の中から取り出したのは、一枚の仮面。

 装飾は最低限で目の穴の回りと右頬の部分に紋様のようなものが描かれている。そして顎の下から左頬にかけてが大きく割れてなくなっていた。


「この仮面は?」

「昔お祭りで買ったものです。雰囲気に流されて買っちゃいましたけど、使う場所が無くて」


 まあ、顔の七割を隠す仮面を付ける場面なんてないだろうしな。

 だが分かる。お祭りには無意味なものでも買ってしまいたくなる雰囲気がある。

 私も幼いころに買ってしまった謎の人形が棚の奥にしまってあるな。


「とりあえずこれを借りてもいいか?」

「どうぞ。というか差し上げますよ?」

「ではもらっておこう」


 もらった仮面をその場で顔に付けてみる。軽く周囲を見てみるが、意外と正面の視界は悪くない。息苦しさがあるかもと思っていたのだが、左頬の部分が欠けているおかげでそれもあまり感じない。

 ただ、いつも通りの動きはできないな。左右への視線は妨げられてしまっている。戦闘時はとらなければ危険だろう。


「意外と似合っていますね」

「覆面新人傭兵ね」

「えっと、あはは……」


 クーの苦笑が全てを物語っていた。まあいい、追跡の連中を巻くまでの間だ。

 いったん仮面を外そうと手を伸ばす。と、突然「ごめん!」と大きな声がギルドのフロアに響き渡った。

 ギルドにいた全員の視線がそちらに集中する。


「ここにミラベル・ナイトロードという令嬢はおられぬか! 私はメビウス王国騎士団騎士隊所属のソーマ・エオロアルトである!」


 ギルドに入ってきたのは、まさに今話していた噂の男。

 そして私の知り合いであり、父から時期隊長の座も期待される若手のホープであった。


tips

「……ミラ」「……クー」「ミラ」「クー」「ミラ」「クー」「ミラ!」「クー!」

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