1-8 お風呂!
ミラベルとかいう嬢ちゃんの指示で、俺たち風見鶏のメンバーはオーロスエラへの伝令役を任されることとなった。その上、宿の手配やらなんやらしておけって、何様だよ……と思わないこともないのだが、ボアフィレアスを一振りで倒した強さは本物だ。クーネルエって女もボアフィレアスを一瞬で消滅させやがった。直後に杖を向けられたときは肝が冷えたが、嬢ちゃんがなんとか取り成してくれたおかげで今俺たちは全員がそろってオーロスエラへ向かうことができているのだ。だから嬢ちゃんの頼みを聞かないこともない。というか、俺たちの中で意見は一致していた。
傭兵は強さに逆らわない。特に俺たちみたいな荒事に関してはあんまり得意でない傭兵団は、強い連中の便利な協力者ポジションを築くことが大切だ。
風見鶏の傭兵は、偵察や今のような伝令、ボアフィレアスのような魔物や害獣の誘導に秀でた連中が多い。この強みを生かすことで俺たちはギルドから良い評価を受けている。
だから、ボアフィレアスを一人で倒せる嬢ちゃんたちにはよほどの無理を言われない限り逆らわない。
そうすれば今後ともあいつらと関係を持てるし、依頼の手伝いを頼まれることがあるかもしれない。
それが風見鶏の傭兵ライフだ。
「にしても凄かったな。あの嬢ちゃんが使ったのって覇衣だろ?」
草原を馬で掛けながら、俺は風見鶏で唯一と言っていい戦闘が得意なメンバーであるロスレイドに尋ねた。
嬢ちゃんが剣を振った瞬間、硬い泥の鎧を持つはずのボアフィレアスが骨ごと真っ二つになった。あんなことができるのは、覇衣を使う以外に考えられない。
「ああ、それもかなりの練度のものだ。俺が真似しても、泥の鎧を抜くのが精一杯だろう。そのまま跳ね飛ばされる未来が見える」
「そこまでか」
「彼女、ミラベルと言ったか? 聞いたことのない名だな」
「おそらく新人だろう。強い連中の情報を俺たちは逃さない」
強者のサポートを主とする俺たちは、強い傭兵の情報は日ごろから積極的に収集している。
女性でまだ幼さの残る風貌、その上あのレベルの覇衣を使える存在など見逃すはずがない。ならば考えられるのは一つだけ。まだ情報が出回らないほどの新人だということだ。
「とんでもない新人だな。もう一人の魔法使いは?」
「クーネルエか。あっちはある意味有名だな。消滅の魔法使い。強いは強いが魔法が強すぎて討伐証明部位を回収できない傭兵として有名だ。一応目はつけていたが、俺たちも戦闘は苦手だからな。結局声は掛けていなかった」
まあ、そのことは今回の成果を見ても正解だったと思える。クーネルエが倒したボアフィレアスは肉片一つ残っていないからな。
毎回あんな感じに消滅させてしまっているのだろう。
「どうするの? あのミラベルって子には声掛ける?」
ロスレイドと反対側から俺を挟むようにして声を掛けてきたのは、つい先ほどまでボアフィレアスの誘導を行っていたピエスタだ。
誘導に関しては右に出る者はいないほどのエキスパートであり、ギルドでも一目置かれている。
「そのつもりだ。だから今回の頼みは聞いておくに越したことはない」
「けどちょっと高圧的じゃなかった? 僕ら傭兵としても先輩だし、年齢的にも先輩だよ? あの口調、僕は苦手かも」
「舐められないようにしているのでは?」
ロスレイドの考えも分かるが、俺としてはあれが素のしゃべり方なのではないかと思う。
「嬢ちゃんはたぶん貴族だ。嬢ちゃんの服見覚えなかったか?」
「うーん、僕は一瞬すれ違っただけだしなぁ」
ピエスタは思い浮かばないようだ。だが、ロスレイドには何か思い当たるものがあったらしい。
「騎士団か」
ロスレイドの意見に俺は頷く。
「若干変わってはいるしスカートだったから気づきにくかったが、ありゃメビウス王国騎士団の正装だ。それを模して作ったのかそのものを改造したのかは分からないが、どちらにしろそんなことができるのは――」
「貴族しかいないってわけかぁ」
「しかも騎士団に伝手のある、な。あの実力もそれなら頷ける」
幼いころから騎士に指導を受けていたのであれば、あの実力も納得というものだ。メビウス王国最高峰の実力保持者に習ってるんだからな。
「だからあのしゃべり方か」
「どこかで先輩傭兵から絡まれるかもしれないが、俺たちは嬢ちゃんの味方をするぞ」
「「了解」」
あの実力に言葉遣いに容姿だ。荒くれ物の多い傭兵で平穏無事でいられるわけがない。その時にちょいと解決の手伝いができれば、風見鶏はあの嬢ちゃんをバックにつけられる。
最近だと、これまでサポートしていたオブノのおっさんのところが傭兵団を解散しちまって引退間近だったからちょうどいいな。
そんなことを話しているうちに、オーロスエラの町が見えてきた。
「俺は警備兵長に話を付けてくる。ロスレイドとピエスタは宿の手配を頼む。値段は気にせず女性が安心して泊まれる宿で風呂付だぞ。すぐに入れるように用意するよう指示も忘れるなよ」
「はーい」
「了解した」
俺は二人に指示を出し、門で見張りをしている兵士の下へと駆け寄るのだった。
◇
馬車が出発して二十分ほどでオーロスエラへと到着した。もともと、防壁が見えている程度の距離しかなかったのだ。時間がかからないのも当然だろうな。
既に門は開かれており、通行も通常の状態に戻っている。風見鶏がちゃんと伝達してくれたようだ。
門の検査で私とクーネルエはギルドカードだけ提示し、町の中へと入る。するとすぐに風見鶏のロスレイドとピエスタが声を掛けてきた。
「宿の手配できていますよ。希望通りの宿を見つけておきました。案内しますよ」
「ありがとう」
「じゃあ俺はトエラに戻るんで、帰りは自分たちで馬車を見つけてくれ」
「分かった。送ってくれて感謝する」
「なに、これが仕事さ」
御者は馬車を反転させ門から出ていく。
それを見送り、私たちは二人の案内で宿に向かった。
オーロスエラの街並みはトエラと似ている。傭兵らしい人物が道を歩き、商人たちが彼らを魅了すべく商品を紹介する。
活気のあるいい町だと思う。
オーロスの森から一番近い町であり、他国から狙われる可能性も高い立地ということで、この町は国の直轄領地となっている。そのため、町の収益はそのまま国の収益となるのだ。
それが理由か知らないが、治安維持のために貴族区とは明確に仕切られており貴族区の一番奥にこの町の代官が済む邸宅があるらしい。
ナイトロード家としては関わることがあるかもしれないが、傭兵の私が代官や貴族と関わることなどまずないだろう。
「この宿ですよ。他の宿より高いですけど、食堂と風呂があって清潔だと人気の宿です。一応シングルで二部屋とってありますけど、大丈夫でした?」
「うむ、特にチームというわけでもないしな。打診はしているが」
「そうなんですか。クーネルエさん的にはどうなんです?」
「答えは保留中です。いろいろと考えたいので」
クーネルエはもじもじとしながらやや頬を赤らめつつ顔を伏せる。反応的にはそこまで嫌がられているわけではなさそうだ。というよりも、可能性としては高いか? ただ騎士になるということがどう影響するか分からないからな。そのあたりを担当受付と相談するつもりなんだろう。
「焦らしますね。焦らしが上手い女性は良い女性だってシェーキさんが言ってました」
「あいつは何を言っているんだ……」
ロスレイドが呆れたように顔を顰め、ピエスタがクスクスと笑う。
「そうだ、宿にお風呂の準備もお願いしてあるので、すぐに入れる状態になっていると思いますよ」
「それはありがたい。血が乾いて髪がカチカチになってしまっていたのだ」
髪に指を通すと、すぐにがっちりと止まってしまう。血が付く前までは洗剤で洗っていたし香油も使っていたからかなりサラサラだったのだがな。と言っても、クーネルエには負けるが。消滅の魔法、女性としては喉から手が出るほど欲しい魔法だ。まあ、私に魔法の才能がない以上どうしようもないが。
「では僕たちはこれで」
「そうか、いろいろと手配してくれて感謝する。拠点はここに?」
「いえ、僕たちもトエラですよ」
「そうか。ではまた会う機会があるかもしれないな。その時はよろしく頼む」
「こちらこそ」
二人と握手を交わし、別れた後に宿へと入る。
「いらっしゃいませ! あ、ミラベル様とクーネルエ様ですね」
「ああ、よく分かったな」
「外見の特徴は聞いていましたので。すぐにお部屋にご案内できますよ」
受付の女性が手早く処理を行い、私たちにそれぞれの部屋の鍵を渡してくれる。
そして、宿泊費や入浴場、食事時間などの説明を受けた後にそれぞれの部屋へと向かった。と言っても、同時に取ったので隣部屋になっていたが。
「さて、風呂はすぐにでも入れるということだが、クーネルエはどうする? 私はすぐにでも行くつもりだが」
髪のガチガチは一秒でも早く何とかしたい。
「私も行きます。せっかく準備してくれていたみたいですから」
「では風呂に行く準備ができたらそちらの部屋に行こう」
「分かりました。お待ちしてますね」
簡単な約束を取り、部屋へと入る。
ワンルームの簡単な部屋で、ベッドとテーブルに棚が置かれているだけの部屋だ。素泊まりには十分だな。
私は荷物を棚へとしまい、風呂に必要な洗剤と香油、タオルや着替えを袋に詰め替えて準備を済ませる。
宿内の服装は特に規定がないと言っていたが、公序良俗に反しない程度に頼むと言われた。きっと下着一枚で歩くような輩もいたのだろう。傭兵はがさつなものも多いからな。
部屋の鍵をしっかりと閉めて、隣の扉をノックする。
すぐにクーネルエが袋をもって出てきた。室内のためかマントは脱いでおり、セーターを押し上げる女性の象徴が嫌でも目に飛び込んでくる。
だがここで動揺してはいけない。どうせ、風呂ではもっと残酷な結果を見せつけられるのだ。
平静を保つように心がけつつ、では行こうかと宿の中を歩く。
「ミラベルさんはお風呂とかよく使われるんですか?」
「うむ、家にいたころからほぼ毎日使っていたな。訓練で汗をかくし、筋肉の疲労を取るには風呂が一番だ」
その為、我が家の訓練場の片隅には温泉が掘られていた。沸かす必要もないため、掃除の時以外はいつでも使えるようになっていたため、我が家の住人だけでなく訓練に来ていた騎士のものたちもよく使っていたな。
流石に私が使うときは男たちが入ってこられないように使用人に見張りをさせていた。
まあ、時々アホ猿が塀からのぞき込もうとするので、覇衣で撃退していたが。
「家にお風呂ですか。しかも温泉なんて凄いですね。私はほとんど入らないんです。魔法で綺麗になっちゃいますから」
「確かにクーネルエの魔法があれば、風呂やシャワーは必要ないな。羨ましい限りだ」
「でもミラベルさんが言ったみたいに、疲れを取るときなんかは入りますよ。それにお風呂自体は気持ちよくって好きなんでお風呂がある宿では必ず使いますし。だから今も結構楽しみなんですよ」
「ほう、では今度良かった風呂を紹介してくれ」
「ぜひ」
一階に降り、案内板に従って廊下を進むと裏庭に出た。そこには渡り廊下があり、庭の隅にある小屋へと続いている。そこが風呂になっているようだ。
既に湯が張られているのか、屋根の隙間から湯気が零れだしている。
「大きさはそこまで大きくはないな」
「まあ、お風呂を使う人自体意外と少ないですからね」
宿の風呂を利用すると別料金を取られるのは当然で、やはり余裕のない傭兵や贅沢が敵な市民は風呂を使うことはまずない。
使うとすれば、衛生面を注意しなければならない商人や料理人、後は私たちのようなちょっと余裕のある傭兵ぐらいなのだろう。
とすれば、あの大きさも頷ける。
「早速いきましょう」
スキップするような軽やかな足取りで進むクーネルエ。よほど風呂が楽しみらしい。
私もその後について渡り廊下を進む。
小屋の扉を開けると、男女別の脱衣所へとつながっている。
当然女性側へと入り、服をかごへと入れてタオルだけ持って浴室へと入った。
暖かい湿気に満たされた浴室は、ワンルームほどの大きさの部屋に浴槽が五つ並んでいる。
「ふむ、個別になっているのか」
「ミラベルさんはこういうタイプは初めてですか?」
「珍しくはないのか?」
「そうですね、宿であまりお風呂を使うお客さんがいないところはこういうタイプが多いですよ。お客さんから要望があれば、その人が使う分だけお湯を沸かせばいいですからね」
「なるほど」
温泉や大浴場だと大量のお湯を沸かす必要があるからな。一人だけ入りたいという客がいる場合、その個人のためだけに巨大な浴槽一つ分の水を沸かすのは効率的じゃない。
かといって一人しかいないからダメなんていえば、客を逃すことになる。だから浴槽を個人用に分けて必要な分だけ使えるようにしておくのか。
理にかなっているな。
「大浴槽も気持ちいいですけど、自分だけのお湯っていうのもなかなか贅沢な気分になれますからね」
「そういう考え方もあるのか」
我が家ではかけ流しの温泉だったからな。そういうことを考えたことが無かった。傭兵になると世界が広がるな。騎士の試験をすぐに受けられなかったのも、ある意味いいことだったかもしれない。
五つある湯船の隣に、一つずつ洗い場が設けられているようで、私たちはそこに座り体の汚れを落としていく。と言っても、クーネルエには必要なさそうだがな。
しかし、私の髪には乾燥した血がこびり付き、肌もところどころに黒い点が残ってしまっている。
タオルで擦って必死に落とすが、なかなか落ちずに肌が真っ赤になってしまった。しかも髪は手櫛を通すたびに汚れが出てくるので一向に綺麗にならない。
「手伝いますよ」
「すまない」
先に洗い終わっていたクーネルエが見かねて、手伝ってくれる。
クーネルエの柔らかい指先が髪の間を通り、丁寧に汚れを落としていく。
「本当にすごい絡まってますね」
手櫛の引っかかる感覚に、クーネルエが苦笑を漏らす。
「浴びてしまったからな。今度からは気を付けねば」
「毎回血まみれは嫌ですしね。じゃあお湯掛けますよ」
手に汚れが付かなくなったところで、浴槽から汲んだお湯を頭からかぶり洗剤を落とす。
「綺麗な銀髪に戻りましたよ」
「そうか。私も頭が軽くなった気分だ」
最後に香油を髪へと刷り込ませ、タオルを巻いて蒸すように保温する。
「ふわぁ……」
私がタオルを巻いている間に、クーネルエは自分の湯船へと浸かると吐息をこぼした。
その吐息にせかされ、私も湯船へと足をつける。
じんと熱が伝わり、ピリピリと肌を刺激する。
体をゆっくりと沈めていけば、暖かさに包まれるのと同時に体中の筋肉が解れていくような感じが伝わってくる。
「んんっ、ふわぁ……あふぅ」
あまりの気持ちよさに、体を伸ばしながらため息を吐くと、隣から視線を感じた。
そちらを向けば、クーネルエが驚いたように目を丸くしてこちらを凝視している。
「どうした?」
「あ、いえ。あまりに可愛いらしい声が聞こえてきたもので」
「む!?」
しまった。あまりの気持ちよさに、地声が漏れてしまっていたのか。
「ミラベルさんでも、女の子らしい声が出るんですね。あ! いえ、別に馬鹿にしたとかじゃなくて、いつも格好いい話し方だから、少し驚いちゃって」
わたわたと焦って手を振るクーネルエに、私は苦笑を漏らして「気にしてない」と返す。
そして地声の――いつもより少し高い声のままでクーネルエに話しかける。
「本来の声の高さはこれなのだ。いつもの声は意識して低めの声で話しているに過ぎない。ただ、今のように気持ちが緩むと不意に出てしまうこともあるがな」
「そうだったんですか。でもなんでまた?」
「私は騎士を目指しているからな。騎士らしく人々の前に立つとき女の高い声ではどうしても鼓舞に覇気が籠りにくいのだ。体に響き心を震わせる声というものは、やはり太い声の方がいい。そう感じたからこそ、私は低い声を日常的に使うようにしている。この男のようなしゃべり方も騎士になったときのことを意識したものだ」
まあ、じい様や兄さまたちと一緒に過ごしていた時間が長かったため、そちらに影響されたことも事実ではあるが。
幼いころから騎士を目指したせいで、同年同姓の子供と遊ぶこともめったになかった。
「なるほど、声一つとっても気を付けることは沢山あるんですね。騎士を目指すなら、私も低い声を意識したほうがいいのかなぁ」
「魔法部隊ならばその必要もあまりないと思う。そもそも、騎士の中にも軟派なしゃべり方をする者もいるしな」
さすがに女性言葉を使う筋肉ムキムキで長髪の男性と会ったときは頭が混乱したが。
彼は今も騎士として働けているのだろうか……
「しかし、クーネルエがそう考えてくれるということは、私のスカウトは成功していると思ってもいいのかな?」
「そうですね。いろいろと考えてみたんですけど、ミラベルさんの提案が一番現実的なのかなって。いつまでも一人で傭兵を続けるのは無理がありますし、対抗魔術繊維のこともあります。ただ、それ以上に私としてはミラベルさんからチームに誘ってもらったことが嬉しかったのかもしれません。これまで私からチームへの参加を申し込んでも断られることばかりでしたし、そのことでヒューエさんにもいろいろと迷惑を掛けちゃってましたから。けどたぶん一番の理由は――」
最後の理由だけは、クーネルエが口まで湯船に浸かってしまったことで聞くことはできなかった。
一瞬聞き返そうとも思ったが、クーネルエがわざと聞かせないようにしたのだから蒸し返すのも酷だろう。
「なのでミラベルさん!」
ザパンと勢いよくお湯を波立たせながら、クーネルエが湯船から体を乗り出しこちらに腕を伸ばしてくる。
「私とチームを組んでもらえませんか?」
「ああ、よろしく頼む」
私はクーネルエと同じように湯船から体を乗り出し、差し出された手に私の指を絡め、しっかりとつかみ合うのだった。
tips
風見鶏。団員は戦闘以外のエキスパートが多く、その上情報収集のために作った広い伝手を持ちあらゆる面からサポートを行ってくれる。
一部では彼らのサポートを受けられることが、傭兵として優秀な証とまで言われるほどであるとか。




